早朝。
朝もやが音もなく海面から立ち上る薄暗い船揚げ場に、6人の艦娘の姿があった。
この地が廃漁村だった頃から存在する砂利コンで固められた斜面に、
穏やかに波が打ち寄せている。
素足になり浅瀬に艦娘たちが立ち並ぶと、それまでの静寂を打ち破って
短く一回、港にサイレンが響き渡り、
海中からまっすぐに突き出た電光掲示板の黄色い回転灯が作動すると共に、
”配置に就け”の五文字に続けて、該当の艦娘の艦名が表示される。
やがて。
鈴の音のような涼しげな音をともない、
まるで、空中に幻が形を成したかのように。
地下の「封印庫」から地表へ艤装が転移し、艦娘たちの身体の要所要所へと装着されていく。
それは、港湾のありきたりの風景の中にあって、
どこか荘厳な趣さえ感じられる光景である。
しばらくの間、艤装装着時の違和感に耐えるように目を閉じ、
立ったまま体の緊張を解いて、事に身をゆだねていた
共有された情報と、電光掲示板の“進行”の表示で艤装装着の完了を確認する。
身体の動きを確かめながら慣らすようにゆっくりと岸辺を離れ、資材倉庫に立ち寄る。
資材倉庫の海側に設けられている桟橋には、これからの航海に必要な資材が
既にそろえられていた。
狭い水路状に形成されているその場所を、船べりをこすらないように
気を付けてゆっくりと通り過ぎながら
平戸がベルトコンベア上の資材へ手をかざすと、各種資材は艦娘の能力で
小さな人型の光の粒子へと変換され、
踊るように舞い上がった光は次々と平戸の体へと吸収されていく。
「よし…行こう。」
吸収と同時に体の隅々まで動力がいきわたるのを感じた平戸は、
共有されている情報で前方の進路の安全を確認すると
後足を後方の海面へと勢いよく蹴りつけて、埠頭から外洋へ向けて飛び出していく。
資材倉庫からの離脱を終えた平戸たちは隊列を整え終えると、
徐々に船速を上げて、海面の波を力強く左右に押し分けつつ母港を後にした。
本作戦に臨むにあたって、各自に施された装備は以下の通りである。
※旗艦 駆逐艦敷浪改二
(12.7cm連装砲A型改三(戦時改修)+高射装置☆5、
13号対空電探、25mm連装機銃☆MAX)
※駆逐艦如月改二
(25mm3連装機銃☆3、三式水中探信儀、三式爆雷投射機)
※駆逐艦
(10cm連装高角砲、三式水中探信儀、三式爆雷投射機)
※駆逐艦
(10cm連装高角砲、三式水中探信儀、三式爆雷投射機)
※海防艦対馬改
(三式水中探信儀、三式爆雷投射機、九五式爆雷)
※海防艦平戸改
(三式水中探信儀、三式爆雷投射機、九五式爆雷)
部隊員各々が自らの判断で、そして提督の立場にも配慮しての事だろう、
導き出した装備枠の概要だ。
結果的に対空を効果的に伸ばせる部分では伸ばし、残りを対潜に全振りした構成となっている。
提督は一人一人に対空火器を持たせる考えだったのだが、
それでは要請に沿った警戒活動の遂行に支障が出ると、隊員各々が対潜を重視した兵装を
選択したのである。
決して考えなしにというわけではなく、
対空火力に優れた改二の二人が居れば、ある程度は空からの攻撃にも対処できると
踏んでのことである。
全体的に見て、いささか器用貧乏的な感があるのは状況が状況なだけに致し方あるまい。
そこは、使い慣れた装備でカバーといった所か。
最初の目的地は、とある南方の海域にある本営傘下の泊地である。
作戦の規模の大きさから集結地点は
そのうちの一つが割り当てられていた。
しばらく海上を進むと、遠くで手を振る警備当番の艦娘たちが見えた。
その光景は、気分の高揚を与えてくれると同時に、
たとえ一時の間とはいえ、大切に感じる者たちとの別離の寂しさも心の中へと
流し込んでくる。
それを振り払うかのように。
「行ってきます!皆さん、どうかお元気で!」
平戸は隊の皆と一緒に、それに元気に手を振り返して、しばしの別れを告げた。
隣の鎮守府の警備受け持ち海域へと入ると、さらに南方を目指す。
何ヶ所か港を経由し、5日程かけて、
その日も暮れようとする夕刻、
割り当てられた集結地点の一つ、目的の泊地へとようやく到達。
泊地に隣接する地上部にも一応休息施設は用意されているのだが、各艦娘の所属する鎮守府から
艤装封印庫を移動させてくるわけにもいかず、
地上施設での休息は艤装を付けたままの懸架式の休息となる。
あまり長居をする場所でもないので大抵の艦娘は湾内の水上に錨泊し、
機関をアイドリングで稼働させて温めたまま一時の休息をとっていた。
泊地の資材倉庫から体の中に吸収した資源で十分に足りるため、海上では食事をとる必要もなく、
平戸たちにとっても翌朝の出発は早いので海上での停泊の方が何かと都合がいい。
作戦展開中の海域に程近い場所である
暗くなる前に見た限りでは日の落ちた湾内には相当数の艦娘が
艤装の装着による身体的な補正があるとはいえ、
赤外線の輻射を浴びるかのように、
南国の厳しい暑さは平戸の表皮にじわじわと染み渡ってくる感じがする。
そういった、母港の気候とはまた違う南洋独特の、熱のこもった大気の満ちる
静かな夜の
姿は見えずとも同じ艦娘たちの気配が感じられ、それが独特の臨場感を醸し出し。
何だか、かくれんぼでもしているかのような…。
平戸は不謹慎かもと思いつつも、つい、そう考えてしまう。
状況はといえば、
間違っているともいえない。
時が経過し、湾内に日が差し始め、
眩しい朝日に照らされながら、艦娘たちが湾外へと出港していく。
敵要衝への進軍当日。現地時間マルゴーマルマル。
晴れ渡った空には雲一つなく、本日の空模様は事前情報通り快晴のようである。
「それじゃあ、行きましょうか。」
敷浪の言葉に従い平戸たちは自分たちの受け持つ海域を目指して移動を始めた。
「……。」
活力に満ちた朝の日差しに明るく照らし出される、広々とした海原を、
スケートで滑るように受け持ちの海域を目指して航行しながら、
隊列の最後尾を任されている平戸はふと、普段よりも隊の皆の会話が少ないことに気付く。
やはり、間近に迫った任務開始に少しばかり緊張してきたのであろうか。
そんな雰囲気に先頭の敷浪が気を利かせてか、口を開こうとするそぶりを見せた時、
敷浪のすぐ後方を追従していた如月が、ふと思い出したようにこんなことを言い出した。
「あ。そういえば。提督が確か、こんな事おっしゃってたわね。任務達成のご
提督のポケットマネーでマミヤさんのバケツプリン、“好きなだけ”
みんな頑張らないとねー。」
時が止まったかの様に、隊列の足元以外の動きが失われるが、
先ほどまでとは場の空気が違う。
次の瞬間、一斉に言葉を交わし始めた。
「提督、サーンキュッ。ごちそうになりますねー!」
にこにこと嬉しそうに、顔の横で手を傾けて合わせる陽炎。
本人に確認もせず、もはや払わせる気満々である。
「デュフフ、ktkr。」
「…うん、頑張る。」
「それにしても、ご主人様って時々、思い出したように気前良くなるよね?」
「こーら。思い出したように、なんて言わないっ。提督の懐事情は私たちの思っている以上に
厳しいかもしれないんだから。」
「さらっと
「ふぅ…。皆、興奮しすぎ。」
「そう言う対馬ちゃんだって、ふだん色白のほっぺたほんのりと赤くして、もうkawaiiったら
ありゃしない!
「NOタッチでお願い。」
にわかに、航路は賑やかさを取り戻す。
きっかけが生じればすらすらと話題が出てくるあたり、
単に周囲を
平戸の思い過ごしだったようである。
あるいは、”うつし鏡”の様に平戸自身が緊張感に囚われていたのかもしれない。
楽しげな会話を耳にして、肩のこわばりが解け体が楽になるのを感じる。
敷浪も隊の士気が低下していないことを確認し、一息つく。
しかし、なかなかうまいタイミングでの話の切り出し方であった。
さすがは如月、といった所か。
少々口下手なところのある敷浪では、こうはいかなかっただろう。
敷浪はほっとしたように如月と笑顔を交わすと、再び目的地へと目を向けた。
今回の作戦は、最終的な目的からとらえると奇襲の性質を強く帯びた攻勢作戦。
その集大成となる本日。二手に分かれた連合艦隊が
標的となる二か所の敵要衝を、艦隊主力で幾重にも包囲し波状攻撃を行う。
敷浪たちはその内の片方の連合艦隊外縁部において、補助的な役割を担っていた。
程なくして、敷浪たちは目的の座標へと到達した。
海沿いの切り立った崖の周囲に数多くの海鳥の声がこだましている。
敵勢力側の港からその場所へは、海岸線にまで丘陵地帯が迫り断崖絶壁が複雑に入り組んだ
半島周辺を大回りして来なくてはいけないので、
攻撃発起点から目標を目指して移動する攻撃部隊の針路を敵艦船が急襲するには、
仮に早期発見を許したとしても、前もって準備を万端に整えでもされていない限り
時間的にぎりぎりである。
本日の作戦の展開において危険性は低くそれほど重要な海域ではないのだが、
往来の便が悪いとはいえ一応は敵勢力圏への開口部でもあり、
水深が深いので予期しない敵潜水艦の活動が懸念されていた。
半島をはさんで反対側は港まで海上を遮るものが何もなく見通しだけなら抜群であり、
作戦の隠蔽を徹底するならば、先端部の膨らんだ半島を壁にして、
できうる限り、海上のこちら側だけで活動する必要がある。
大まかに言えば、本隊の攻撃準備が整うまでの間この周辺を哨戒し、
誰もこの海域を通さなければ良いのだ。
任務開始から数時間経過。現地時間ヒトヒトマルマル。
戦場において戦闘が生じないというのは、それはそれで喜ばしい事なのだが。
「それにしても…静かよね。」
12ノットの風にたなびく長髪を耳の後ろにやりながら如月がそうつぶやく。
だが、なんとなく。
心の奥底に引っ掛かりを感じる。
誰かに見られている気がする…という漠然とした感覚は、
果たして無意識下の自意識過剰の発露に過ぎないのであろうか。
実際、各自搭載した探信儀はよく働き、警戒すべき対象の水中に、
そして、索敵の及ぶ範囲の水上にも怪しげな動きは見られない。
次回、「大規模作戦」後編。
平戸の、心の闇。