平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

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          11-2.「 大 規 模 作 戦 」後編

 

 

 現地時間、ヒトヒトフタマル。

攻撃目標付近、海上。第一機動部隊。

 

試製41cm三連装砲二門など、強力な主砲を備える大型の艤装を装着した艦娘が、

海面の高波をかき分けつつ慎重に。

だが、片時も(たゆ)まず前進を続ける。

 

航空戦艦、山城改二。

しっかりと目を逸らすことなく行く手を見据える落ち着いた面持ちは、

しかし今は、どことなく浮かぬ顔だ。

そんな山城に、意識を共有し元気に話しかける艦娘がいる。

 

「扶桑さんの方で既に対応済みなのでしょう?だったら気にしても始まりませんよ。

本営からの新たな指示も特にないようですし。攻撃開始前に現場である程度の対応策を

講じることができたのは、むしろ、幸いと言えます。」

 

戦艦艦娘、比叡改二丙。

幾多の艦娘の中でも、”改二を超える力”を発現した数少ない一人だ。

巫女服を模した華やかな制服を着用している。

その、常に前向きな明るい人となりは、山城が最も信頼をおく相手の一人でもある。

比叡が続けて言う。

 

「いよいよ作戦の山場ですね。これまでの多くの積み重ねを無意味にするわけにはいきません

から。気合い入れて、行きますっ。言うまでもないですが、金剛お姉さまの名に恥じぬよう、

全力で。」

 

二人の周辺には部隊を構成する艦娘たちが展開している。

その数、二人を含め全30余隻。

 

空母3、戦艦4、重巡洋艦6、軽巡洋艦5、駆逐艦12、その他補助艦艇。

この半島周辺を舞台として行われている作戦は、今回、全世界で連動して行われる

複数の作戦の一つに過ぎないが。

見ての通り、「半島作戦」の第一機動部隊本隊だけでもかなりの規模である。

 

 ”第一”、というのには訳がある。

攻撃目標の要衝は、陸側を山脈に囲まれている。 

 

その幾つかの分水嶺を越えた反対側の、半島の根本あたりから

およそ100海里ほど離れた沖合に、ぽつんと。

航空基地を擁する小島が存在しており、

要衝の背後を守るように、半島を挟んで反対側の外洋に睨みを利かせている。

 

問題なのは、半島の要衝からも島の航空基地からも、お互いが

航空威力の圏内にあることに他ならない。

 

一心同体。どちらか一方に攻撃を加えたところで敵基地航空隊の増援で返り討ちに遭い、

攻略がおぼつかないのだ。

 

故に、「半島作戦」では連合艦隊の戦力を二つに分け、

それぞれ、航空戦艦山城、航空戦艦扶桑を旗艦として、同時攻略を試みることになっている。

奇襲の性質を強く帯びた攻勢作戦だ。

これまで、敵側への作戦の隠蔽は少なくとも現場から見る限り問題ないようだった。…だが。

 

つい先ほど、扶桑側から

艦隊の外縁部に敵戦力の一部と思われる不穏な動きありとの連絡があったのだ。

 

一体、どこから湧いて出たのか。それが率直な感想だった。

奇襲のタイミングを見誤る程、初歩的なミスがあったとは思えないが…。

あるいは。こちらが付近の索敵を開始する以前にひっそりと要衝の港を離れていたとすれば。

かなりの偶然が重なった結果と言わざるを得ない。

 

(くだん)の敵戦力が向かっていると思われる扶桑の艦隊からは、

未だ、島への攻撃開始の準備が整ったという報は入ってきていない。嫌な予感がする。

攻撃目標を目前にして隊列を整えつつ周囲を遊弋(ゆうよく)する、

旗下の艦隊に目を()りながら。山城は小さくつぶやく。

 

「この()に及んでの不幸は勘弁してもらいたいわね…。」

 

 

 

 

 

 そして、二人の会話よりほんの少し前。

現地時間、ヒトヒトヒトマル。

 

「気持ちを切り替えましょう。打ち合わせ通り、各自、持ち場へ。」

 

一旦、横一列の隊形を崩してから、対空の(かなめ)となる敷浪を守って周囲を囲み、

平戸たちは輪形の陣容を構える。

 

敷波の発した注意喚起を受け、それを真っ先に目視で捕捉したのは

隊列の最も半島側に位置していた陽炎(かげろう)だった。

 

「んー、ひょっとしたら気合を入れなおさないと…かも?」

 

敷浪及び指揮下の5人全員へ共有された言語情報に、

隣を航行する平戸がその方角を見遣(みや)ると水平線の彼方より点々と現れる艦載機の機影。

 

向こうは当然、こちらを狩りに来ているのだ。悠長(ゆうちょう)に構えてくれよう筈もない。

敷浪たちが迎え撃つ態勢を整えて早々に、海上の空を縦横無尽に飛び回る艦載機から

雨あられと降り注ぐ爆弾と魚雷にさらされてしまう。

 

当然の事ながら、否応なしに制空権を確保された。

本隊からの増援を待つか、あるいは敵要衝への攻撃開始まで持ちこたえるか。

いずれにせよ、まずはうるさい羽虫共を優先的に何とかしなければ身動きがとれない。

 

やがて船影も確認される。通常の艦隊戦の枠組みを逸脱し、驚くほど肉薄してきた。

明らかに短時間での決着を目論(もくろ)んでいる。

 

駆逐艦3、軽巡洋艦2、軽空母1。

軽空母も含めて、そのほとんどが上位種であるエリートクラス。

 

こちらを逃がす気はないらしい。

相手は深海棲艦なのだから、艦娘に対する攻撃性は常識的な事の筈なのだが、

にもかかわらず。

異様さが際立つ程の敷浪たちに対する戦闘意欲がうかがえる。

 

敵の部隊からは彼我の戦力差に対する厳重な警戒は微塵も感じられない。

むしろ見せつけるかのようである。まるでこの会敵を予期していたかのように。

 

加えて、警戒部隊の単なる放逐を目的としているわけではない、

機動力に重きを置いた本格的な部隊編成。

 

扶桑率いる本隊からは最初の緊急報告の際、

増援の到着まで可能な限り持ちこたえるべしとの回答を得ている。

 

不意打ちを食らう危険性は無くなった以上、単純に自軍の第二機動部隊本隊と対比すれば

恐らく返り討ちであろうが、

仮に何らかの連携の一部であった場合、放置すれば、これより内側の戦列に

幾ばくかの被害が及んでしまう。

敷浪の顔にわずかに焦りの色が浮かぶ。

 

「これは…待ち伏せ?(いや)、もっと以前そもそもの初めから…。」

 

単なるその場限りの奇襲にとどまらない、嫌な想像が脳裏をよぎる。

敷浪は疑念を隅へ追いやるように軽く頭を振ると。

敵の部隊編成に関する新たな緊急の状況報告を、一部の艦娘だけに

共有の制限される意識帯に乗せ終え、

現在直面している状況に神経を集中させる。

 

 艦載機の後から追いついてきた敵艦隊は、

手も足も出ない弱者をじわじわと追い詰め優越感に浸るかの如く

敷浪たちと一定の距離を保ちつつ、悠々と単縦陣を形成すると。

有利な戦況に持ち込もうとするそぶりもなく、速度をぴったり合わせ

波間を“並走”し始めた。

こちらを見下すかのようなあからさまな扱いに、陽炎も思わず気色ばむ。

 

「やっぱり酔っぱらってんのかしらね、あれ…。顔赤いし?」

「あんまし(さざなみ)たちを侮ると、大やけどするYO!」

 

漣がピッグテールに結んだ左右の髪を逆立てて、敵艦隊に向かって気炎を上げる。

それに答えるように遠くから砲撃音が鳴り響いた。

ほぼ同時に弾着観測用の弾頭が飛来して周囲を海水のうねりと水煙で覆いつくす。

 

敷浪の対空兵装が効率良く成果を挙げてきてはいるものの、

それだけではさすがに手数が少なすぎる。

上空を埋め尽くす機影は、一向にその数を減らそうとしていない。

 

今となっては装備の対潜への配慮が足かせとなって、

遅々として進展しない戦況の推移に大きく影を落としていた。

 

さらには敵駆逐艦、軽巡洋艦からの二撃目、三撃目が着弾し、足止めを食らったまま、

皆の耐久値は確実に削られていく。

 

 

 

 如月は思う。こんなんじゃ、いったい何のために強してもらったのかしら?私は。

 

心の中で自らを叱咤(しった)し、さらに、さらにと自分を追い立てるものの。

その効果は無情にも焼け石に水で、目に見える形で現れてはいなかった。

 

少しばかり妙だ。

向こうも迅速さを求められているのであろうが、目的への進路を切り開くためだけにしては

艦載機の投入数が尋常ではないような気が…。

 

それでも如月はめげることなく、鎮守府の古株としての責を果たそうと

全力で真新しい艤装を駆使し続ける。

 

うまく動きを合わせてサポートを成功させる(たび)に、

敷浪が目を合わせ、軽く頷いてくれるのもありがたかった。

隊の要はまだ諦めていない。

こういった劣勢のさなか、そう思わせてくれるのは大いに助かる。

 

必要最低限とも言える対空火力で、しかしそうとは思えないほどの立ち回りを

演じ続けながらも、如月には気にかけている事が一つあった。

 

平戸である。

事前の予測を超えて戦況は芳しくないとはいえ、

あくまで如月の個人的な分析ではあるが、現状、手詰まりという訳では決してない。

 

ただ、これは以前から敷波と意見のやり取りをしている歴史の文献に基づく認識なのだが。

今のこの状況は、かなり“似通っている”筈なのだ。

 

今回の場合、敵の戦力は海上にあるとはいえ、

人員不足の中駆り出された、練度にそぐわぬ南方連絡海域。

彼我の圧倒的な戦力差の中、一方的に追い詰められていく同胞たち。

 

「大丈夫…。まだ、頑張れる。」

 

通達先を定めない対馬の意識が、かすかに伝わってくる。

波間に時折見え隠れする小さなその姿も、爆風にもてあそばれる豊かな髪の毛の下の

表情まではうかがい知ることができない。

 

「もちつけ漣よ。お前になら出来る筈…いや今夏だし」

「陽炎型ネームシップの名が泣くでしょ。もうっ。しっかりしなさいっ自分!」

 

 

 

 そんな中。懸命に戦闘を続けながらも平戸の脳裏に、

普段は霧がかかったようにはっきりとしなかった、あるイメージが去来する。

 

今、目の当たりにしている光景が“それ”に重なり、

普段にも増して思考の自己犠牲への収束に拍車をかけ。

狂気にも似た強迫観念へと平戸を駆り立て平常心を失わせていく。

 

…あるイメージとは。

かつて人類の近代国家の大部分を巻き込み、多くの文明を戦火で覆い尽くした世界大戦。

人と人との殺し合いによって陸に、そして海にも数え切れぬ程の怨嗟が生み出されていく。

 

海底にわだかまる怨嗟に飲み込まれる以前、船舶に宿る意思として、まだ海上にあった頃。

平戸は大戦のさなか、旗艦として従えることになった幾つかの船団を、

そのほとんどの場合において守り切れず。

自らも、人による破壊の渦に巻き込まれ

船団の指揮官をその身にいだいたまま、共に海の底へと沈んでいった。

 

戦時下である。同様の出来事は世界各地で見られ、珍しい事ではなかっただろう。

しかし、彼女が従えた船団のたどった経緯はいずれにおいても、一段と戦闘が激しく、

多くの近しい者たちを失った戦いでもある。

 

死に物狂いの戦いの末、最終的に行きついた果てが。

船団に対する責を最後まで果たすことなく海上に残したままの、

指揮官以下各位を道連れにした轟沈であった。

 

戦闘の中で命を失っていった人々の気持ちはもちろんのこと、

平戸の心情を推し量るに、

第三者の思考の及ぶ域をはるかに越えた無念さであったろう事は、想像に難くない。

 

私がもっとしっかりとしていれば、私がもっと注意を払っていれば、

私が、もっと、もっと強ければ!

指揮官や皆に、あんな悲しく、つらい思いばかりをさせる事はなかった。

 

私は、海の底へ戻ってもいい。

指揮官の眠る場所が、私の居るべきところなのだから。けれど、皆の事だけは。

 

 

 

…二度と、繰り返すわけにはいかない。

 

 

 

 如月が平戸の様子の変化に気付き声をかけようとするも、時すでに遅く。

 

「私が艦隊の道を切り開きます…。」

 

平戸は誰ともなしにポツリとつぶやくと。

輪形陣を離れ単身、敵艦隊の懐を目指して突き進んでいく。

事ここに至っては敷浪も、対空射撃への集中を解き平戸の動きに意識を割かざるを得ない。

 

「平戸っ、隊列に戻りなさい!今すぐに!」

 

制止の声は果たして、平戸の耳に届いたのか届かなかったのか。

いくら回避率が高くとも、海防艦がたった一隻で隊列を離れ

艦砲射撃にさらされればどうなるか。誰の目にも明らかだ。

 

相手の裏をかき、無謀ともいえる突撃で一気に艦載機の包囲網を突き抜けると、

目前に迫った敵艦隊の隊列を観察しながら平戸は考える。

 

現在の私たちの戦力では、全火力をもってしても真正面から敵艦隊に対抗するのはまず、無理だ。

ならば向こうに引かせるしかない。

 

恐らく、敵艦隊の本命は、私たちではない。

であれば、真っ先にたたくべき対象はただひとつ。

手段さえ選ばなければ…。

 

 

 

 海底にわだかまる怨嗟の具現化である異形の群れのただなかに。

激しい深紅の熱に満たされた、その広大な空間には不釣り合いな程に小さな、

本当に小さなたった一つの人影が、必死に艦娘としての命の(ともしび)を誇示していた。

 

頭にかぶる水兵帽などとうの昔に行方をくらまし、編み込んだ髪の毛も

すっかり解けかかっている。

 

「いたぁい…。やめて。」

 

平戸に手痛い一撃を与えた駆逐深海棲艦が、向けられた平戸のまなざしに

一瞬ひるんだように次弾の的を外す。

 

次の瞬間。その駆逐艦は、とどめの一撃を加えられ撃沈していた。

相手側からすれば訳が分からなかったろう。

 

「…知っていますか?力任せの運動性能にばかり頼っていると、かえって動きが鈍るんですよ?」

 

だが、海防艦にとっても。

一度の被弾は、ほぼ致命傷と言っていい。

不調を訴える機関に現状維持を強いたまま、炎と煙の中で平戸は苦しげに胸を掻き(いだ)く。

 

「う…くぅ、…っ。平気、ですよ?こんなの…。フフッ…。逃がさない。あなたは絶対に、

“壊さなくちゃ”いけないんですから…。」

 

平戸はそう呟く。見る者を震え上がらせる、静謐(せいひつ)な微笑みをその顔に浮かべながら。

髪を振り乱し、更に限界を超えて動きを速めた。

 

多勢に対したった一人な上に火力が足りず、目標の敵艦は何度攻撃を加えても健在のまま。

己の回避率のみを頼りに降り注ぐ弾頭にさらされ、それでも平戸は一歩も退かず、

標的と定めた敵軽空母に砲口を向け続ける。

 

遠くから望むその姿は、異形の者たちに囲まれ。

海上を疾走しつつ、時折苦し気に体を震わせ上体を屈める。

 

焼け焦げちぎれた衣服、傷だらけの小さな身体、損傷し煙を上げ続ける艤装。

唖然とせずにはいられないだろう。

普段の物静かな平戸からは想像もできない激しい戦闘に、

こんな無茶な身のこなしが長くもつ筈がないという一種の予感も手伝って、隊の皆の頭を冷やし。

敷浪をはじめとした残りの艦娘たちも驚くほど効率よく、空中に跋扈(ばっこ)する邪魔者を(ほふ)ってゆく。

 

 

 

 「平戸っ!」

 

敵艦載機の猛攻を何とかしのぎ切り、敷浪たちが平戸の下へと駆け付けた時には、

敵軽空母はすでに大きく火を噴き。

 

抜け殻のように立ち尽くした平戸はまるでぼろきれの様な満身創痍の姿で、

その身は傾いて両足をふくらはぎまで海中に呑まれかけていた。

 

平戸の顔には、先程までのような表情の変化は見られない。

 

敵艦隊は要となる軽空母を大破させられ、艦載機や、その他艦船の被害状況も鑑みて

任務の続行を断念せざるを得なくなったのだろう。

先程までとは打って変わって、敷浪たちに対する興味をきれいさっぱり失ったかのように

ゆっくりと反転し、軽空母を守りつつ元来た航路を撤退していく。

 

「ひどい…。」

 

平戸の様子を間近で見た如月が、

自分にその資格があるのか分からずに、あるいは触れて幻のごとく

消えてしまうのを恐れながら。そっと手を伸ばし平戸の肩を引き寄せて優しく抱きしめる。

 

平戸は表情を失った顔のまま。嗚咽する事すら忘れ去り、

まばたきもせず、ただ涙を流して如月に抱かれた肩の間から虚空を見上げ続ける。

 

その場にいた皆は二人を囲み、ただ茫然と、

静けさを取り戻した戦場に満ちる空虚さをかみしめていた。

 

 

次回、「まどろみ」

全裸膝枕ハァハァ。

 

 

もちつけ=おちつけ ネットスラング。

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