平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

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          12. 「 ま ど ろ み 」

 

 

 鎮守府は、今日も快晴だ。

暑すぎず、寒すぎず、さわやかな陽気の下、木々の緑に包まれている。

 

「平戸ちゃん、大丈夫かな。」

「……。」

 

時刻は昼下がり。

鎮守府本棟の裏手にある運動場の周囲の芝生の斜面に、

あかつき?と対馬は仲良く並んで腰を下ろし、ぼんやりと青空を眺めていた。

 

対馬は先日、南方での作戦行動を終了し帰投したばかりで

十分に疲れがとれたとはまだ言えない状態なのだが、

作戦に参加した他の隊員たちと同様、

幸いにして、大掛かりな修復を必要とするような損傷はこうむっておらず、

隊としての被害は決して軽微ではなかったものの

それほど長い期間、温浴場のやっかいになるようなことはなく、こうして屋外で

休息をとることができていた。

 

唯一の例外が平戸で、全快まではかなりの日数を要すると聞く。

柔らかい芝の上に座る二人が、何となく

心ここにあらずといった感じなのはそのためである。

 

「…そろそろ行かなくちゃ。時間だから。」

 

対馬がそう言って地面から立ち上がる。

対馬はこれから、執務室で行われる戦果報告の会合に参加しなければならないのだ。

それを見上げつつあかつき?が言う。

 

「お疲れさま。」

 

立ち上がってはみたものの、やはり遠くの景色へ目を()りしばらくその場で佇む対馬。

つられてあかつき?も温浴場の建物のある方へと目を向ける。

 

「早く良くなるといいね。」

 

あかつき?の呟くような言葉に、対馬は一回、コクンと頷くと。

その場を後にして鎮守府本棟へと足を進めた。

 

 

 

 …大規模作戦のさなか。「半島作戦」の第二機動部隊本隊に敷浪からの

最初の緊急連絡が届いたのは、攻撃開始の直前だったらしい。

ここまで来たら作戦の進行を制止する訳にもいかず、攻撃は敢行された。

 

抵抗が激しく攻略にてこずりはしたが、半島の要衝の奪還には成功し、

世界規模で連動して行われた多くの作戦全体としても、まずまずの結果であった様だ。

 

この運気を失わないうちに、近々、第二次作戦の可能性もありとの噂も聞こえてくる。

敷浪たちと交戦したあの敵部隊が、一体どのような経緯であの場に現れたのかは。

結局のところ、分からずじまいである。

 

 一方、内輪の事情をかえりみると、

作戦から帰港した敷浪たちの受けた被害が思った以上に大きく、

戦果を喜ぶような雰囲気ではなかった。

ことに、奮闘した平戸の傷は重く。

付き添いの如月と共に温浴場に入渠したまま、二日程経た今も、姿を現す気配はない。

 

 

 

 湯煙の向こうに、

身体を支える体力がない者用の、横になって顔が水面から出るくらいの

浅く広い浴槽の中に正座した、如月の細くしなやかな腰があった。

膝枕をして、平戸の頭を支えてやっている。

 

レンズにひびが入ってしまったため、普段滅多なことでは外すことの無い眼鏡も外し、

浴槽の湯に浸かったまま、一糸まとわぬ仰向けの姿で静かに寝息を立てる

膝枕の上の平戸の頭を、

額に張り付いた前髪を整えてやりながら如月がいとおしむようにそっと撫でる。

 

この子は、何もかも一人で抱え込みすぎだ。

かく言う自分も、荷物を背負わせてしまっている者の一人なのだが。

 

あの人と二人だけで向き合うと、調子がくるってつい意地を張ってしまう。

緩衝材の代わりにしている平戸に対して申し訳ないと感じつつも、

なかなか素直になれない如月である。

 

「…この鎮守府に居る皆、平戸ちゃんがいないとダメなところがあるから。」

 

でも今は。そんな事とは切り離されて、しっかりと体を休めてほしい。

如月は平戸に、そっと語り掛ける。

 

「元通り、元気になってね?平戸ちゃん…。ゆっくりでいいから。」

 

 

 

 執務室に集まった先の大規模作戦への参加者が、各々(おのおの)一通り、形ばかりの

戦果報告を終えた後。

誰からともなく、皆一様に押し黙ってしまう。

 

この鎮守府の日常から平戸が欠けた事による喪失感が、半端なものではなかった。

当然、提督のポケットマネーとプリンの件を持ち出そうとする者など、ありはしない。

 

平戸の代わりに会議の書記をこなしている初風であったが、

彼女も、いつにも増して四苦八苦している様子だ。

この喪失感は、例えるなら別世界に迷い込んだかの様な、感覚的にはそれ程のものである。

 

一見、目立った個性のあるような子ではない。

真面目で、いつも一生懸命で、他者を思いやる包容力があって…。

人格面以外にも優れた技能を多く持ち合わせているが、ほとんどすべて、

他者への献身に裏打ちされてのものだ。

 

他者との関わりにおいて、それも大切な心掛けの一つではあるのだが。

平戸には、過去の記憶に縛られているとはいえ、

極端すぎるくらいに、本来の自分を自らの意思で押し殺してしまうようなところがある。

だが、平戸に接した者は献身を越えた向こう側にある、平戸の本質も感じ取れているのだ。

 

一種のムードメーカー、とでも言えばよいのだろうか。

平戸の存在がどれだけ心の支えとなっていたか。

同じ鎮守府に所属している一同、改めて思い知らされていた。

 

 提督の執務机に向かって並べられた折りたたみ椅子の背もたれに背中を預け、

ほとんど無意識のうちに、ポツリと敷浪が呟く。

 

「平戸は、あの子はね、自分のけがが痛くて泣くんじゃないのよ。自分が守れなかった

誰かに対して、身を削りながらつぐないの涙を流す。そういう子なのよ。あの子は。」

 

続けて、心配を隠しきれない面持ちで言う。

 

「せめて少しでも。自分のために泣いてくれた方が、あの子にとってどれだけ良いことか…。

このままだと、せっかく今まで積み上げられてきたあの子の心が、また擦り減っていって

しまうだろうから。」

 

しばしの静寂のあと。

敷浪のその言葉の意味を噛みしめつつ、提督は腕組みを解いて言う。

 

「被害は大きかったが、皆の活躍のおかげで任務は達成できた。ご苦労だった。

作戦に参加した隊員が一人も失われる事無く、ここに戻ってこられたのも、立派な戦果だ。」

 

従来の会議の進行に沿うならば、

結果を踏まえて任務の経過について意見を交換し合わなくてはならないのだが、

そのような場の空気でもないので、一旦小休止を挟むことにする。

 

 

 

 休憩所の古びた長椅子に腰を落ち着け、自販機で購入した甘めのコーヒーを口にして

脳に栄養を補給し、一息つく。

いつもは無糖派の提督だったが、この時ばかりは体が糖分を欲していた。

 

全体の事情を鑑みて、本音を、結果的にうまく建前で構成する様な思考が

自分が不得手であることは、提督は十分に承知していた。

 

「こんな時、建前と割り切って平戸の抗命(こうめい)に言及できない俺は。やはり、指揮官として失格

なのかもしれないな。」

 

会議での自己評価を、今回の作戦の采配の結果に重ねてそんなことを口にした時、

予想だにせず、すぐ近くから声が返ってきた。

 

「そうかもしれませんね。」

 

テーブルを挟んで向かいの長椅子に、いつの間にか敷浪の姿があった。

敷浪は、提督を静かに見据(みす)えながら言葉を続ける。

 

「提督は私たち艦娘に対して、もう少しはっきりとした態度をとってもいいのではないで

しょうか。艦娘それぞれの生きる意味に対して、提督は少し配慮しすぎるところがあるよう

にも思います。」

 

言うようになったじゃないか。敷浪の。

 

「もっとはっきりとした態度を取っていれば、平戸は、あそこまで自分を拗らせる事は

無かった。」

 

敷波のその言葉は一方的にも聞こえるが、

平戸の力になれなかった自分に対するやるせなさもあるのだろう。

生きるという事に関しての不器用さは、提督と敷浪、両者通じる所がある。

 

平戸については再三、敷浪から相談を受けていた。

にもかかわらず。当分の間、様子を見るという結論を出し、

今の今まで、その心の機微を把握しきれていなかったのは完全に提督の落ち度だ。

返す言葉もなかった。

 

しかし、敷浪は続けて言う。

「けれど提督なら、あの子の心を救えるかもしれない。少なくとも…私は提督のその采配に

幾度となく救われています。」

 

提督は敷浪の言葉の真意を測りかね、まじまじと敷浪の顔を見る。

今回のような惨憺(さんたん)たる結果を生み出した者に対してその言葉はないのではないか。

 

「提督は、現場の判断という意味だけではなく、普段の活動の中でも私たちの意思を最大限に

尊重してくださいます。それが無かったら、今回の作戦でもあの劣勢のさなか、各自が揺るがぬ

自信をもって、自らの意思で。ここまで柔軟に事態に対処はできなかった。恐らく、あの子も

この港へ戻っては来られなかった…。」

 

…買いかぶりすぎだろう。

 

「なんとなく、です。」

提督の心の声に答えるかのようにそう言うと、敷浪は休憩所の椅子から立ち上がる。

 

「自信を持って。変わらないでください、提督。私たちにはあなたが必要です。」

 

敷浪は提督に向かって、珍しくはっきりとした表情で柔らかく微笑むと、

皆の待つ執務室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「なかなか、信頼されてるじゃないか。」

「いつから、そこに居た。」

「まあ、それなりにな。」

 

立ったまま廊下の壁に背中を預け、腕を組む白衣の女科学者に声をかけられる。

 

対象をこの鎮守府内の人員に限っての事なのだが。

この人物には、提督と艦娘とのやり取りを遠くから眺めてにやにやとする妙な癖があった。

定かではないが、あるいはそれは。

システムの起源に端を発する、艦娘たちの心の底に不安の象徴として刻まれた

自らの立場を穴埋めするかのような、反動であるのかもしれない。

 

「…用が無いなら執務室へ戻るぞ。悪いが、仕事が立て込んでいる。」

「確かにそうだな。」

 

始めから目的が別にあったのだろう。

提督が水を向けると、ついうっかり、といった感じであっさりと態度を切り替え、

 

「ここにお前が興味を持ちそうな出力結果が幾つかあるのだが。」

提督に歩み寄りながら手にした数枚の書類を指し示す。

 

「心身共に、”今現在”これといった問題は見られないようだ。後は時の流れが解決してくれる。」

 

平戸の事だろう。

今回の件が耳に入り、世界中を奔走する忙しいスケジュールの合間を縫って

駆けつけてくれたのだ。

容体がはっきりとしただけでも安心感が違う。提督が礼を言おうとすると、

それを手で押しとどめ、続けて言う。

 

「問題なのは、精神的な部分だ。」

 

同一の物事を肯定してみせたり否定してみせたり妙な言い回しをする。

白衣の女は居住まいをただすと短く端的に、こう口にした。

 

「艤装の制御式が焼き切れそうになっていた。平戸は、あの子は沈む気だったぞ。

…自分から望んでな。」

 

 

 

そして。

時刻は定かではない、いずことも知れぬ薄暗い室内で。

一人の人影が、目の前に明るく灯った画面を注視する。

 

その表示には。

”三七〇”の数字と共に、先の作戦への介入の経過が映像と文章でくっきりと

映し出されていた。

 

手も足も出ない獲物をもてあそぶ肉食獣のそれのように。

人影の口元は、次第に残虐な笑みを形づくっていった。

 

 

次回、「始まりの日」

シリアス展開注意報、その2。

 

 

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