平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

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【インフォメーション】
※今回投稿文(01-2.)への変更※
(2022-09-10)
・07-捕1.の投稿に伴い、
 平戸ちゃんから相談を受けた敷浪さんの思考過程の部分に、
 「他者に求めるということへの極度の抵抗感を
 なくしていかなくてはならない。」
 という内容を追加しました。
 (07-捕1.は、目次ページの07-2.の続きです。
 01-2.の時点ではネタバレも含まれますのでご注意ください。)




          01-2.「ゆめとうつつ」 後編

 

 

 平戸は執務の仕事を任されるようになってから、時間を要する海上の警備へ参加する事はほとんどなくなったが、母港での自分の班の訓練時には提督と初風に了解をもらって予定を切り替え、欠かさず参加している。

 

「敷浪さん。」

 

静かに波の打ち寄せる船揚げ場で、平戸から声をかけられた相手は無言で、しかし、わかる人にはわかる程度に目元をやわらかく緩めて軽くうなずき返す。

 

 「敷浪」。この鎮守府の古株で唯一の改二。

背丈は艦型相応といった所。

ひょろっとしたスレンダーな体格で、少し釣り目がちな顔立ちとポニーテールが特徴の駆逐艦だ。

 

彼女は平戸がこの鎮守府へと“(こぼ)れ落ちて”きた頃からの知り合いで、

口下手で必要以上のことは口にしないが面倒見はよく、平戸の方もよくなついたため、まだ右も左もわからなかった平戸に艦娘としての基本的な身の振り方を一から教えてくれた、恩師ともいうべき存在である。

当人はそういった堅っ苦しい扱い方をされるのをとても嫌がるのだが。

 

「今日も、よろしくお願いします。」

「装備はどうするの?」

「前回と同じ組み合わせを申請します。」

 

 平戸はあまり装備品を選ばない。装備の出来ない機器は別として大抵のものは早々(そうそう)に使い方をのみこんで器用に使いこなしてしまうタイプだ。

 

小柄な体格とは言え海防艦娘も、例えば主砲の場合、平射の単装砲から高角連装砲まで小口径の砲ならばかなり柔軟に幅広く装備できるのだが、

今日の訓練の内容が艦艇同士の水上戦であることを理由に命中と回避の向上を見込んで、

今も12.7cmの後期型に代わって最近配備された新品の12cm単装高角砲E型を2基と、良く使う33号対水上電探の組み合わせを選択したばかりである。

 

もちろん平戸が今までに使用した事のない装備も数多く存在するが、敷浪が実戦時に愛用している高射装置付きの12.7cm連装砲A型改三は、同じ駆逐艦同士、かなり昔に縁があった艦娘のおさがりで、他の要素との各種補正も豊富に揃ったなかなか使い勝手の良さそうな品だ。

 

 敷浪は慣れた手つきで書類にさらさらと必要事項を記入し平戸に確認の署名を(うなが)すと、

かがみこんで外部持ち出し禁止のシールが貼られた大きな金属ケースの鍵を開け、中から該当する“消耗品”を選んで取り出す。

 

訓練は本来、実戦の予行演習でもあるため、実戦に参加する人員で行うのが(なか)ば原則のようなものであるのだが、後継である副班長の育成や班員の成長にとって平戸との訓練が良い経験になるという班長の敷浪の判断で、もちろん平戸自身の戦闘感覚を鈍らせないためにも、訓練の日に数回行われる模擬戦を班員と平戸の交代で行っていた。

 

「見ぃつけた。今日はお手柔らかにね、二人とも。」

 

 敷浪から、請求した装備の能力が付与(ふよ)されている“おふだ”を平戸が受け取っていると、訓練の場にそぐわぬ甘い声がその場に響く。

二人に話しかけてきたのは、敷浪達とは別の班の、今日の訓練相手となる艦娘たちの班長である。

 

 「如月」。敷浪と並ぶ古株の一人でこの鎮守府の艦娘たちの母親役。

潮風に傷んだ様子もなくつややかに輝く腰まで伸びた長い黒髪と、(あか)篝火花(シクラメン)を模した髪飾りがトレードマークの駆逐艦娘だ。

どのような状況下においても、常にほんわかとしたマイペースを崩さず思考や行動を読ませない。なかなかの曲者(くせもの)である。

考えている事と表情が一致していない時があり、ちょっと怖い。

 

「ふぅーん、なるほどねー、そうきたかー。」

 

班員に配るため机の上に並べられた“おふだ”と、平戸が手に持つそれを眺めながら、そうつぶやく。ふらっと挨拶に立ち寄っただけのようなそぶりで、さっそく情報を収集された。

海上に出てから目視で確認すればいいだけの事だが、動き回る相手を観察するのは結構手間がかかる。アドバンテージであることに変わりは無い。

 

「ちょっと。不公平なんだけど。」苦言を呈する敷浪。

此処(ここ)に来た時点で模擬戦は始まっているのよ?硬いこと言いっこなし。」

 

にこにこと微笑みながら二人に軽く手を振って戻ってゆく。

少し離れたところで、周囲に聞かせるかのように振り返って言う。

 

「なんなら、見せてあげてもいいけどー?敷浪と私の仲なんだしー。」

“おふだ”のことだろう。妙な噂の立ちそうな言い回しはやめてもらえないだろうか。

「結構です。」取り合わない敷浪である。

 

如月が離れていくのを油断なく確認し、溜息をひとつつく。

訓練開始の時間が来ると自動的に「技術棟」の「計測室」で正式な状況の記録が始まるので、あまりのんびりもしていられない。

 

「それじゃあ、始めましょうか。」

 

 海上へ出る時は普段と違い、市販の靴と靴下は履いていない。海面へと続く斜面に用意されている防水ケースに、ここまで履いてきた共用のサンダルを収納しておく。

靴下の(たぐい)は、艤装(ぎそう)としてそれぞれの好みに合わせ再現されるので問題はない。

 

班員が各々(おのおの)素足になって船揚げ場のゆるい傾斜に立ち、初夏とはいえまだ幾分(いくぶん)肌に冷たい海水に何歩か足を踏み入れ、先ほど敷浪が平戸に渡した物と同じものを取り出す。

 

それは艦娘本人の希望に沿って一人何種類かづつあらかじめ用意されている既製品で、

それぞれの艦名の記された専用の“おふだ”のような見た目のそれを、手が届かなければ他の者の助けを借りて背中に貼ると、

その部分と手足と、体の何ヶ所かに黄みがかった半透明な構造体が空間に展開される。

 

訓練用の疑似艤装(ぎじぎそう)

 

艦娘の「艤装」は船舶に設置するものといくらか異なり、身につける外殻のような(おもむ)きを(てい)している。そういった本物の艦娘の艤装の構成をトレースし、実体のない非物質構造を人為的に艦娘の能力で再現させた風変わりな兵装。

 

かなり特殊な不確定性より成る半物質論理構造を有する艦娘にとっては実体を伴っている様なものであり、これによる攻撃は、実弾よりも威力は格段に落ちるものの被弾によるダメージはこうむるし、それなりに痛い。

 

ともあれ、疑似艤装の装着による身体能力の向上の方は本物の装着時と遜色(そんしょく)なく、実際の艦船と同等といえるそれを勘案(かんあん)すれば被弾の身体への影響はスポーツ競技のかすり傷程度なので、

機器による被弾の計測のしやすさや金銭の節約、省資源の観点から訓練時には主にこれが採用されている。

 

仮初(かりそめ)のものとはいえ艤装と接続すると、慣れるまでの短い間、分厚い全身鎧を着こんだような、五感を遮断されたような感覚に陥る。

 

これは艦娘の身体能力が飛躍的に底上げされたためで、これにより艦娘は海中の水温や高速で水上を進む際の水圧等への耐性を得る。

あまり感覚的に気持ちのいいものではないが、暑さ寒さや大けがの危険から守られるのだから安いものである。

 

ちなみに。生体反応等の計測自体は、その記録が正式な手順にのっとったものではないというだけで、定められた時間以外でも、艤装を装着した時点で常に行われており、

リアルタイムでの情報のやり取りがあるという事はつまり、艤装装着時の艦娘の挙動はすべて、否応(いやおう)なしに「計測室」へ筒抜けという事になる。

 

 

 

 足に装着した疑似艤装を駆使して、艦娘たちが海上をスケートで滑るように移動する。

 

…たった一撃。一撃当たりさえすればいい。その程度の耐久だ。なのにうまくいかない。

疑似艤装を装着している事によって情報が共有され、

視界の隅でまた一人、自軍のリタイアが“告知”される。

最早(もはや)、戦術的敗北の判定は免れ得ないだろう。

事前の立ち位置では結構優位にあった(はず)なのに、それでも(くつがえ)らない。

如月班長の采配もいい線いっているとは思うし、悪賢さでは確実に上だ。

向こうはバランスが良すぎるのだ。

と、言うよりも敷浪さんが班員各々(おのおの)の現場での持ち味を臨機応変にうまく組み合わせて、

隙が見当たらないくらいの域にまで高めている。

独自の経験に裏打ちされてのもので、なかなか真似(まね)のできることではない。

それに追い打ちをかけているのが、あのちっこい海防艦の子だ。

毎回、分かってはいるのにうまくはめられて…。

ちょっ。考えてるそばからっ?!いつの間にぃー。

 

 海防艦娘の最大の弱みは耐久値の低さにある。当たればそれまで。そんな感じだ。

専門の対潜は追随(ついずい)を許さないし、対艦の火力も対空も見劣りはしないのに、なかなかそれを生かすことができない。

 

その自らのネックに平戸が出した答えが、回避、命中の集中的な向上だ。

高い回避率と命中率で複数の対戦相手を翻弄(ほんろう)しつつ、

他の攻撃力が高い味方が削った相手の現在の耐久値を、記憶した被弾回数から瞬時に見通し、集中攻撃で確実に仕留めていく。

見事なコンビネーションである。

 

最終的には味方を狩りつくされ、当然の結果として六人全員の砲火にさらされた如月がとうとう白旗を上げる。

 

「やだ、もう。また枝毛が増えちゃう。こんなに被弾するなんて…。」

 

 言葉とは裏腹にうきうきと嬉しそうな様子である。

巡航速度で並走しつつ、片頬に手のひらを当て、首をかしげながら問いかけてくる。

 

「平戸ちゃん。やっぱりあなた筋がいいわ。執務の方から戻ってくる予定はあるのかしら。」

「そう簡単に、如月のところへ譲るつもりはないから。」

 

敷浪が取り敢えずといった感じで、機先を制するように口をはさんだ。

 

「ネコババする気は無いわよ。このまま事務仕事に埋もれさせてしまうのは、もったいないなーって思っただけ。」

 

敷浪と如月の二人は鎮守府の古株なだけあり幼馴染みの様な関係で、この掛け合いも、深い意味など無い気ままな冗談のような物なのだが。

 

 実は、提督から敷浪に託されたばかりの頃の平戸は、彼女がまだ、人の運用する船舶だった時の記憶に引きずられる傾向が殊更(ことさら)強かったようで、

物事に自分が関与していなくても、何か事が生じるたびに、

ごめんなさい、ごめんなさいと、

しきりに自らを責めるばかりで、会話もままならない程であったのだが、

そんな平戸と根気よく向き合い、今、ここに居る平戸自身を見つめ直させる事で自我の成長を助け、平戸の才能を開花させたのは紛れもなく敷浪のたまものである。

 

 如月はきびきびと平戸たちの(そば)を離れ、第二回戦の打ち合わせを始めている。

相当やる気である。受けて立つ平戸たちの方も負けているわけにはいかない。

 

「平戸は装備の効果に頼り過ぎね。もう少し、回避や命中以外の()の能力値の向上にも気を配った方がいいと思う。」

「やっぱり、同一の傾向に慣れすぎるのも良くないでしょうか…。」

「器用貧乏ってのも考えものだけど。でも、火力関係はもう少し伸ばしておいても実戦で損はしないんじゃないかしら。」

 

平戸が執務室へ通うようになった経緯(けいい)は、実戦や訓練の中で長く平戸と接することで二人とも元より承知しているのである。

 

惜しいとは思えども水を向けるだけであり、平戸の意思に反して無理強いする気はないのでそれ以上深く追及はしない。

二人のその配慮が、平戸はとてもありがたかった。

 

 日が傾き鎮守府の建物に夜の光が(とも)るようになった頃、ようやく訓練が打ち上げとなった。

船揚げ場に沿って続く道路のそばで敷浪と一緒に備品の片づけをしながら、平戸は昼間の忙しい間にする暇のなかった取り留めのない話をする。

 

寝泊まりしている部屋が同じ建物の中にあるとはいっても敷浪はそれなりに責任ある立場でもあり、いつ見ても忙しそうにしているので、当の敷浪は嫌な顔をするわけではないのだが、他の仕事の最中やプライベートの邪魔をするわけにもいかず、

二人がこういった目的のない軽い会話をする機会はそれほど多くはなかったりする。

 

新しく覚えた事務仕事の事、同僚の艦娘や人間との日々の出来事。

敷浪はそれを煙たがる事もなく、仕事の手は休めずにではあるが、相槌(あいづち)を返しつつ聞いてくれるのであった。はたから見ると、まるでその日の学校での出来事を母親に聞いてもらいたがる子供の様である。

 

平戸が執務室の提督の近くで働きたいと敷浪に初めて相談したのも、この場所であった。

 

相談された時、敷浪は普段と違い、それまで取り掛かっていた作業の手を止めた上で平戸の顔をしっかりと見て返答してくれた。

 

今回の申し出は、未だ、平戸の”迷い”が色濃く反映されたものではあったが、

自発的な要請であることを敷浪は重視したのだ。

平戸の場合はまず、”他者に求める”ということへの極度の抵抗感を

なくしていかなくてはならない。

そうすれば、おのずと。

(おのれ)自身が求めるものも、平戸の中ではっきりと見えてくるであろう。

 

「平戸は、平戸のしたいようにするのが一番だと思う。平戸はもう、私がいなくても自分のやりたいことが段々と見えるようになってきているんだから。それでなくても私たち艦娘には、海の底から引っ張って来た、私たちが深海棲艦だった頃から抱える、なにがしかの迷いがあるんだからさ。もちろん、私にもそういったものはあるし。だから、やりたいことが見えるようになったってことだけでも、かなりの進歩だと思う…。自信を持ちなさい、平戸。他人に言われたままに行動するのではなく自分で理解して行動するという事は、揺るぎの無い、より強い自信を生み出してくれる筈だから。」

 

 敷浪の言う海の底から引っ張ってきたもの、すなわち迷いとは、平戸たち艦娘がまだ、船舶に宿る意思のようなものであった頃に経験した、厳しくつらい過去に基づく後悔、罪のつぐないの念、そういったものの事である。

 

艦娘が生来持つ、人の運用する船舶だった時の記憶という物は、かなり厄介な代物であり、

そういった意味合いの事があったと真実味をもって感じられるのに、完全に自らの人格の一部として溶け込んでしまったかの様に、具体的に何があったのかまでは、はっきりと認識できない。

 

そういったおぼろげな記憶や、文献で確認した過去の歴史を踏まえて必要と感じても、何に対してどう向き合えばいいのかが捉えにくく。

感覚的に対処は出来ていても行動している当人からすれば、まるで目隠しをされて当てずっぽうに手を振り回しているようで、

以前の平戸に限らず、“零れ落ちてきた”ばかりの艦娘たちとの接し方が難しいのは、このような要因があるからでもある。

 

迷いの認識の段階でこの複雑さだ。

迷いから解放されて本来の自分と対面するという事が、艦娘にとっていかほどの困難な道のりかは、まさに()して知るべしといった所か。

 

「なになに?二人して内緒話(ないしょばなし)?ずるいなぁー。私だけ仲間外れにして。」

 

平戸と敷浪の会話に、如月が“きびちょ”してきた。(注)

 

「話している最中に…。」

「良いじゃない。気楽な世間話なんだし。減るもんでもなし。」

「あんたにはかかわりのない話だから。」

「がぁーんっ!!」自分で実際にそう口にする人も珍しい。

「よよよ。私とのあの日々は、所詮(しょせん)遊びだったのね…。」

「…何の話?」

 

 突如として目の前で始まった寸劇に。

平戸は、ふと、今のこの状況に幸せを“感じてしまっている“自分に気付いた。

 

…それでなくても私たち艦娘には、海の底から引っ張って来た、私たちが深海棲艦だった頃から抱える、なにがしかの迷いがあるんだからさ。

 

敷浪のあの時の言葉が平戸の脳裏に思い起こされる。

 

その場にいるはずなのに、平戸一人が置き去りにされたかのように。

二人の会話が、遠のいてゆく。

 

ゆっくりと、横を見遣(みや)ると。

目の前で徐々に深まりゆく夕刻の海上の闇に、平戸は自分のあるべき本来の姿が重なるような、

そんな感覚を覚えるのであった。

 

 

次回、「シャワー」

題名からしてもうアレなんだが…。(セルフ突っ込み)

 

(注)きびちょ=急須(きゅうす)のこと。転じて「横から口を出す」の意。

 

 

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