【インフォメーション】
※今回投稿文(15-3.)への変更※
(2022-09-10)
・07-捕1.の投稿に伴い、作戦中の初風さんの独白の部分に、
「平戸ちゃんを苦しめる”迷い”を何とかしてあげたい。」
の一文を追加しました。
「何だ…、あれ。」
窓の外へ震える人差し指を向け。研究員の一人が茫然と、そう口にした。
その言葉を聞き、あるいは自分で屋外の異様な光景に気付いて、
突如として鎮守府構内に出現した“枯れ木”の姿に、「計測室」で働く者たちが一様に
驚きの声をあげる。
そんな中…。
周囲の研究者たちと共に窓の外のそれに目を
この場の責任者である、顔に眼鏡をかけた研究員は心の中でつぶやく。
あの女が、あの程度の隠蔽工作で危険性は無しと判断したのには
少しばかり驚きましたが。
始めから、その程度の技術者であったということでしょう…。
“枯れ木”のそびえたつ海辺までは、ある程度距離があるが
ここからでもはっきりと視認できる。
無数の黒い触手が束になって巨大な木の幹を形成し、
その表面と、鎮守府の地表をのたうち回っている。
往年の特撮怪獣映画も、かくやという光景だ。
とくと見るがいい。
あれが艦娘と呼ばれる存在の、本来の姿だ。
なんと、醜い。
しょせん、あの者たちは
外部から供給された情報を忠実に再現してみせるだけのまがい物。
人と同列に語ろうなど、見当違いにも程がある。
”
正式名称、「人型敵性体排斥計画」。
計画の実行にあたって、深海棲艦側のいくつかの勢力とも協力関係にあるため、
直接的には艦娘が”排斥”の対象とされているが。
その究極的に目指すところは、
海底の怨嗟を根源とするすべての存在の抹殺。
それが、人種、職業を問わず各方面で活動を続ける同志たちの、
数十年にわたる悲願だ。
370番の変異体が深海棲艦側の手に渡り、その技術が量産化されることで
艦娘に内在する深海棲艦化の危険性を広く世に知らしめることが出来れば。
人間社会内における艦娘の立場は、否応なしに危ういものとなるだろう。
変異体の性質の安定には、さらに数時間ほど必要であろうが、
タイミングを見計らい、
輸送船を伴う深海棲艦遊撃部隊の、この港に対する強襲が行われるはずだ。
相対する守備側はといえば。
今までに類を見ない事例
それなりの時間を要するだろう。早くて数日、といったところか。
増援要請に応じて付近に集まる一時しのぎの艦娘たちも弱体化を免れ得ないため、
変異体の奪取は比較的容易と思われる。
ここまでは、おおむね予定通りと言えよう。
「半島作戦」に介入し、370番に与えた負荷が
最終的に功を奏した形だが。
あの個体特有の、人並はずれた“怨嗟への回帰願望”。素晴らしい結実だ。
さらにそれに加えて、
この事象は、より強固に仕上がったであろうが高望みはすまい。
眼鏡の研究員は、
口元に野生じみた残酷な笑みを浮かべる。
人の世の再建は。
「どういうこった、こりゃあ。」
顔に無精髭を生やした提督が携帯端末を片手に、そう、独りごちる。
普段ひょうひょうとして不安げな様子など見せない彼が、眉根を寄せるのを見て、
執務室の戸棚の書類を整理していた秘書艦の羽黒が声をかける。
「どうしたんですか、提督。」
「あの堅物の野郎、神隠しに遭いやがった。」
本営を通して増援要請があったのだが、
目的地の座標が海上ではなく、あの男の鎮守府直下である。
訳が分からなすぎるので連絡を入れてみたところ、
どうやら現在、通信規制下に置かれているらしい。
まあ、事態が特殊過ぎるので、つながるとは思っていなかったが。
それはそれとして。
要請に応えるにしても、最短でとばしたとして海路だけで恐らく6時間はかかる。
「堅物…。この間、会った子の…。直接お話はできませんでしたけど…。」
書類を手にして自分の机に戻りながら、羽黒は総会での出来事を思い出した。
眼鏡をかけ、風呂敷包みを抱えた銀髪の小さな海防艦娘。
先の大規模作戦に参加し、大きな損傷を負ったばかりとも聞くが。
もし、あの優しげな子が何か苦しい目にあっているのだとしたら。それはつらすぎる。
それとなく羽黒の表情の変化を見ていた無精髭の提督が、
椅子の背に背中をあずけ、務めて事も無げに言う。
「まあ、心配はいらねぇだろ。リグナムバイタの木槌でぶったたいたってへこむような
してるさ。」
その木槌の
硬いのか軟らかいのか、微妙なところであったが。
執務室の窓の外に目を向け、
平戸と、平戸が楽しげに口にしていた鎮守府の面々の無事を
願わずにはいられない羽黒であった。
そのまま携帯端末を操作し、関連の情報が見つからないか
探していた無精髭の提督は、
通達先を限定して届いた新たな任務に目を留め、
ニヤリとしながら小さくつぶやく。
つい先程、先方の都合でキャンセルされたばかりの派遣任務と、
艦隊編成の必要条件がほとんど被っていたからだ。
「ふうん…。面白いじゃねぇか。敵”遊撃艦隊”の包囲、ね。こんな具体的な座標、
いったい、どっから引っぱってきたんだか。」
目下、混乱のさなかにある平戸の鎮守府では、
菜園の職員に対する状況説明が、つい先ほど行われ、
急ぎの用事のある者以外には、今現在、自室での待機命令が出されている。
女科学者も言及していたが、
当然の事ながら、この鎮守府一帯の交通封鎖も行われているらしい。
元々人里離れた場所なので、目立った混乱もなく、
名目上は、新型兵器の稼働実験、だそうだ。
不謹慎だが、提督にとっては少しばかり懐かしさを感じるフレーズでもある。
今のところ、影響の範囲も対象も限定的なので、
はたから見れば、ひっ迫感に欠けるように思えるが、それはうわべだけの事。
当事者間でやりとりされている情報だけでも、既に、
”脅威”の推移によっては、“しかるべき対応”も検討されている。
艦娘にとっても、人類にとっても。状況は決して予断を許さない。
艦娘の深海棲艦化を促進させる“怨嗟への回帰願望”。
その汚染源となっている平戸の艤装と、付随する格納設備の
「封印庫」からの排出、隔離は実行済みであるものの、
異変が生じた後での処置であるため、
「封印庫」の外壁の一部も崩れ、他の艤装への浸食もかなり深刻なものとなっている。
技術棟の計測室で、職員たちが今も必死に艤装内部の情報の洗浄、無毒化の作業中だ。
遠目には、鉱物から構成されているかのように見える”枯れ木”の外観だが、
木の幹や地面に張りめぐらされた根は、激しさはないものの、
誰も近づけさせまいとするかのように常に形状を変え、動き続けている。
提督は今、”枯れ木”の根本に広がる松林から数百メートルほど離れた
”枯れ木”の根の動きの影響を受けない位置で待機し、
艦娘たちが力を行使して、”枯れ木”が動きを止めるのを待っている状態である。
”枯れ木”への対処法の理屈自体は、深海棲艦との戦闘よりもはるかに単純明快だ。
形こそ大きく異なるが元は艤装なのだから、
意識を共有させ、向こうからこちらへ流れ込んでくる情報量に押し負けないよう、
こちらの持つ情報を継続的に流し込んでやればいい。
要は、艦娘たちの持つ”海上での思い出”を、”怨嗟への回帰願望”へのカウンターとするのだ。
こちらから積極的に接続を試みる分、”枯れ木”の影響を受けやすくなるリスクは伴うが。
具体的な作戦展開としては
”枯れ木”の周囲を、極力その影響を受けないように一定の距離を置いて、
この鎮守府の艦娘たちが囲んでいる状態にあるはずなのだが、
”枯れ木”は海上ではなく、地上に存在している。
海側だけではぐるっと一周、取り囲むことができない。
では、どうするのかといえば。
“艦娘が艤装をつけたまま陸に上がってはいけないなどという決まりは、どこにも無い。”
身も蓋もなさすぎるが、過去の「マミヤストア」の事例も端的にそれを証明している。(注)
さすがに地上では、機動力が海上に比べて激減するであろうが、
今回の作戦の攻略対象は、動的な破壊活動を行うようなものではなく、
いわば、弾切れの固定砲台のようなものなので問題はない。
この状況下で作戦行動をすることに自信の持てる者が名乗りを上げ、
海側を敷浪の指揮するグループ、陸側を如月の指揮するグループといった感じで、
二班体制で事に当たっている筈である。
しばらくして、絶え間なく動き続けていた黒い根が一様にその動きを止めた。
訪れた静寂の中。周囲の安全を十分に確認し、提督は根の一本に近づく。
触ってみると、先程まで身動きしていたのが嘘のように固い感触がした。
ためしにハーケンを一本打ち込んでみると、撃ち込まれた側はもろく砕ける事もなく、
なかなか良い具合に食らいついてくれる。
予想した通り、深海忌雷の外皮とだいたい似たような感じだ。
これが各種深海棲艦の装甲レベルの強度だったら、どうしようかと思っていた。
登山においてのロッククライミングは、通常、二人一組で行われる。
特殊な器具も必要となる。
鎮守府構外への遠出は、平戸が執務に携わるようになってから、
外出の随伴に伴う負担が平戸にかかることのないよう、なるべく自粛していたのだが、
道具の手入れは欠かさずにいたので、
岩壁を上るのに必要な装備をそろえるのに、それほど手間はかからなかった。
ちょうどそこで、
提督が頭に装着しているヘッドセットに着信がある。
今回の作戦にあたり、
艦娘たちの意識と、提督との間の連絡に使用されている周波数帯は、
あらかじめ白衣の女科学者から指定されているものだ。
今回の作戦は、表向きには”枯れ木”の活動の抑制が目的ということになっている。
そもそも女科学者自身は、平戸の救出が目的であることに一言も言及していないのだが。
作戦の詳細については、作戦参加者の内々にとどめておくよう、
口止めされたことと関係があるのだろうか…。
とはいえ、おかれている状況が状況なので、
この後も、この方法で連絡を取り合えるという保証はない。
「作戦、開始しました。いつでもどうぞ。」
装着したヘッドセットの向こうから聞こえてきた敷浪の声は、
普段よりも苦しげだ。
かなりの負担を感じているのだろう。
何かを伝えたげな様子で間があいたので、
定型句を返さずに先を即してみる。
「どうした?」
「…平戸の事。よろしくお願いします。」
「案ずるな。」
ザザーッと混線したかと思うと、
矢継ぎ早に複数人の声が流れ込んできた。
「絶対に、取り戻してきなさいよっ!ヘマしたら、ただじゃおかないんだから!!」
開幕、初風の声量的にも容赦のない第一声に、一瞬、耳が変になるかと思った。
「ネームシップの名に賭けて、こっちのことは心配無用よ?」
「フフッ…平戸ちゃんが戻ってきたら、料理対決ってのもいいわね…。」
「凱旋をお待ちしておりますでよ、ご主人様っ!」
「あたし、平戸ちゃんに教えてもらいたい家事、まだいっぱいあるし。あと、次、
この子に話させてあげて!」
あかつき?が、誰かに会話を譲る。
「…あ、あの。」
一同が静まり返る。
不思議とその声には、周囲に空気を読ませるような何かがあった。
…対馬か。
しばらく無音が続いた後、一言。
「怪我に、気をつけて。」
「丈夫さが取り柄の俺だからな、平戸の事も守り抜いてみせる。」
他にも、作戦に参加している艦娘たちの激励の声が続き、
皆の期待にも応えねばと、改めて身の引き締まる思いがする。
そろそろ頃合いだろう。
「時計、合わせっ!!」
提督は大きく息を吸い込んだ後、皆に向かって号令をかけた。
慎重に、かつ
前回がむしゃらに逃げた道を、今回は
ほどなくして”枯れ木”のふもとまでたどり着き、
足を止めず、そのまま斜面を駆け上がりながら頭上を見上げた。
足場の定まっているスポーツクライミングだと15m6秒くらいでいけたりするのだが、
天然の岩壁だとそうもいかない。それこそ、一歩一歩手探りである。
場所にもよるが、有名な登攀ルートで既存のハーケンを利用し、
慣れている人の場合でも30m登るのに1時間は優にかかる。
それを前提として。
現場を間近に見て、改めて登攀に費やす労力と所要時間をざっと見積もる。
”枯れ木”に枝の部分は無い。幹だけだ。
最上部まではおよそ150メートル。
天然の杉の木によくみられる、まっすぐな先細りの形状で、ルートがとりやすい。
枝打ちの管理によって形成される植林の杉のような完満でないのは、
提督にとって非常に有利だ。
しかも、最下部三分の一は、いわゆる、取り付き点に至る以前の急勾配。
艦娘たちの体力の限界を考慮してあらかじめ設定された、猶予にとぼしい
制限時間内での勝算は十分にある。
提督は、足を速めた。
「ひゃぁんッ!」
太ももの内側を触手が這い回り、
初風は
「うねうねグネグネ、何これぇぇ~っ!」
身体の要所要所に、背中に装着した艤装から延びる触手が絡みついていた。
自分の体に、自分の意志とは関係なしに動き回るミミズのようなものがついていたら、
こういう反応にもなろう。
敷浪が皆に呼び掛ける。
「慌てないで。しっかりと心をおちつけて、深海棲艦と戦っている時と同じように、
自分の望むことを伝えようとすれば収まるから!」
「把握した。要するにマミヤストアさんで、お菓子もう一個買うの我慢する時の
感覚だねっ!」
訳知り顔に相槌を打つ
どことなく、あきれているように見えるのは気のせいであろうか。
「…それは少し、違うと思う。」
「こんな状況下でも忘れずに突っ込みを入れてくれる対馬ちゃんが、あたしは、とっても
いとおしいよ。」
「前略このひとです。」
少しでも気を許すと形を崩そうとする自分達の艤装をなだめながら、
皆必死になって、人の思いを、漆黒の木の幹に流し込み続ける。
やがて、おおよそのコツをつかめたのか、
各自、身に着けた暴れ馬をうまいこと御しつつ、集中力を維持し、
安定して、“枯れ木”からの圧力を抑え込むことが出来るようになった。
敷波は周囲の状況に油断なく気を配りながらも、
作戦の流れが一段落したと判断する。
力が釣り合っている感じがするので、如月の方も問題なくうまくいっているようだ。
意識に流れ込んでくる情報を確認しても、緊急の通知は見当たらない。
時間的にも作業の推移的にも、今のところ理想的な流れだ。
だが、これがもし深海棲艦との激しい戦いの
敗走を余儀なくされていたであろうくらいの負荷は、心身に常にかかり続けている。
皆、気力を奮い立たせようと、共有した意識を介して軽口などたたき合っているが、
先の見通しは決して甘くはない。
敷浪は改めて気を引き締めると、
目の前の陸地にそびえる“枯れ木”に向かって手をかざし続ける…。
提督は心の中でつぶやいた。
三点支持を心掛けたまま、腕時計の表示で経過時間と高度を確認し一息つく。
あたりの光景を見渡す。随分と、高くまで登ってきた。
余暇のレクリエーションであるならば、ここからの眺めをじっくりと楽しみたいところ
であるが、今はそんなことをしている場合ではなかろう。
登り始めに深く考える余裕はなかったので、見上げた時、問題なさそうに感じた陸側から
そのまま上ってきてしまったが、視界を遮るもののない海側を望める位置であったなら、
恐らく、海上で作戦行動中の敷浪達の姿を視認できたはずだ。
これまでの所、ハーケンは岩壁の割れ目に打ち込む際しっかりと歌い続け、
岩壁の動きが停止し、強度が保たれていることがわかる。
提督は艦娘たちに感謝する。
上を見る。
枯れ木に形が似ているだけあって、登攀の手助けとなるクラックも多く
ここまでは順調だ。
この先も似たような道のりで、それほど手間はかからないだろう。
だが。最上部に至る最後の部分に、岩壁が90度以上傾斜したオーバーハングが見える。
恐らくあそこがルート中もっとも難しい場所、核心部となるはずだ。
あまり皆を待たせてもいられない。
ハーケンから
提督は先を急いだ。
…思った以上に、消耗が早い。
敷浪は作業の手を休めないまま、周囲の皆へと目を向ける。
誰もが、今では軽口もたたかずに“枯れ木”に向かって手をかざし続けている。
体感時間的には長く感られているが、共有しているタイムカウンターの表示を見る限り、
当初の予定の限界時間までは程遠い。
敷波の頬を、脂汗が流れ落ちる。
“枯れ木”の動きの停止が提督の命綱であると言ってもいいので、
そう簡単に、人数を減らして誰かを休ませるわけにもいかない。
かといって、力尽き、
まともにさらされれば、
艦娘の深海棲艦化という、最悪の事態を招きかねない。
皆の体力が、作戦終了までもってくれるとよいのだが…。
状況は、かなり厳しい。
初風は思う。
こんなあたしでも平戸ちゃんの友達なんだと、胸を張って味方になれる
だけのことをしたい。
普段、お世話になっている恩返しをしたい。
なのに。どうしても体が思うように動かない。
自分の体力が、尽きかかっているのを感じる。
何がなんでもくらいついてやるって意気込みで
無理言って参加させてもらったのに。こんなんじゃ、情けなさすぎるじゃないっ!
悔しさで、思わず涙が出そうになる。
曲がりなりにも艦娘なのだ。こういった状況に対する精神的な耐性はあるものの、
初風はここに居る者たちの中では最も練度が低く、運動もそれほど得意ではない。
周囲に気を
今回のこればかりは、根性論でどうにかなるようなものではない…。
電池が切れたかのように、いきなり三半規管の制御が利かなくなり
目の前の光景が、ぐるんと一回転した。
「初風…?」
敷浪が初風の疲労に気付き、
やたらと重く感じる体を、無理にでも動かして近づこうとしたが。
それより一足早く。
ふらついた初風の背中を支える者がいた。
「ふぇ…?」
初風は、かすんでよく見えない目を懸命に見開き、
自分を見下ろす人影を判別しようとする。
「余計なお世話かもしれませんが…。こう見えても、人間との付き合いは長いんで。
少しはお役に立つかと。」
戦艦艦娘、比叡改二丙。
先の大規模作戦で、第一機動部隊を率いる航空戦艦山城改二と
会話を交わしていた艦娘だ。
これは…夢?!
比叡に体を支えられたまま身を縮め、
面識のない艦娘の突然の登場に、初風が目を白黒させていると。
「あーらら。物凄いことになっちゃってるネ。デモ、大丈夫。”
数書きゃ作れる”って言葉もあるネ。誰にだって結果はカンタンに出せないもんだけど、
途中で諦めたら、それまでヨ!」
「お姉さま。たぶんそれ、合ってる言葉、“数”だけ…アト、メタハツゲン。」
目の上に手をかざして、“枯れ木”を眺めるのは。
帰国子女属性持ちで有名な、同じく戦艦艦娘、金剛改二丙。
比叡が気を取り直して言葉を続ける。
「陸地の方にも味方の船影をとらえたので、そちらにも、ここに来る途中で見かけた
後続の何人かが向かっていると思います。」
比叡と金剛の二人は、ちょっとした定期討伐任務を遂行後、
アリューシャン方面から母港へ帰投する途中、増援要請を受け取り、
ちょうど近くを通りかかっていたので部隊から離脱、自慢の健脚で押っ取り刀、
駆けつけたのだそうだ。
比叡の説明で状況を把握した周囲の皆は、再び作業に集中している。
「立てますか?」
初風は、支えられている背中の手から、これまで比叡の接してきた人々の思いが
流れ込んでくるのを感じる。
まだ、頑張れる。嬉しい。
目の前にそびえる“枯れ木”を比叡と共にしっかりとした眼差しで見据えると。
初風は再び、“枯れ木”の圧力を封じ始めた。
冷静に考えて。
単独でのオーバーハング突入など、命知らずもいいところなのだが。
その行程のさなかにある提督は、あれこれと考えている余裕などなかった。
人けのない、時の止まったような虚空に、
キーン、キーンという金属とハンマーのぶつかり合う甲高い金属音が木霊する。
ハングでは、支点設置のための簡易セルフが取れないので、
無駄に体力を消耗しないよう、基本的に手足で岩壁からぶら下がるような感じで
少しづつであっても。
じりじりと、たゆまず自分の体を前進させる。
前回の
神経質になるほどのことではないが、
岩壁の登攀は、いかなる場合でも絶対に落ちないようにすることが前提だ。
宙吊り状態からの脱出方法も講じてあるが、
落ちれば最低でも、現在位置から中間支点までの距離の二倍落下することになるので、
あまり気持ちのいいものでもない。
先程、腕時計で確認した高度からすると、頂上は間近な筈だ。
現在挑んでいるハングも、元々、それほど大きく張り出しているわけではない。
しかし。もう少しで端に手が届くというところで、
先を急ぐ提督の行く手を
見かけによらず、なかなか手こずらせてくれるじゃないか。だが…。
提督は渾身の力を振り絞り、
進行方向に伸ばした利き腕側の全身を、オーバーハングの突端へ向けて傾けた。
「皆、平戸の帰りを心待ちにしているからな…。この場は、遠慮なく乗り越えさせてもらうぞ!」
陽光に照らされた吹きさらしの岩棚の
しっかりと掴んだかと思うと。
提督は一気に上半身を引き上げ、素早く様子を確認した後、岩棚の上に転がり込む。
しばらくその場に腰を下ろし、息を整え、体の節々の緊張を緩める。
いくら体力に自信があるといっても、膂力も注意力も極度に必要とされる
オーバーハングを乗り越えた直後に、すぐには動けない。
上空には、青々とした空が
風はあるが、ありがたいことに強風というほどではない。
ここより上に続く道はない。最上部だ…。
こちらの進捗を報告して、敷浪たちの心労を取り除いてやりたいところではあるが、
危惧した通りというか、案の定というか。
通信機の調子がかんばしくない。
必要なとき連絡を取り合えないというのは結構、困りものだが、
気にしすぎて歩みが遅れては本末転倒なので、
こうなった以上、予定をどんどん先へすすめるしかない。
足元の床にザイルの入ったバッグを下ろし、
念のため、
立ち上がり、改めて周囲を見渡した。
すると。
比較的平坦で、だだっ広いその空間の中央付近に
この場に到達するまでにかかった労力からすると、拍子抜けするほどあっさりと。
提督のよく知る普段の平戸の意思だけで“枯れ木”が稼働していると考えるのは、
少しばかり虫が良すぎる。
当然、海底の怨嗟の影響下にあることを考慮すべきであろうが、
さすがに、罠を仕掛けるような機能まで“枯れ木”は持ち合わせていないだろう。
とはいえ、周辺の気配に対する警戒を緩めることなく、提督は平戸の
そのとき。
どこからか聞き覚えのある声が聞こえ、提督は思わず足を止めた。
次回、「未来へと続く言葉」。
(注)07-1.「カラメルバケツプリン(5Lサイズ)」発売当時の