【インフォメーション】(2022-07-03)
・前回で物語の山場は過ぎましたので、
今回へりくつは少なめです。
・文章量が増加したので、分割して投稿いたします。
※今回投稿文(17-1.)への変更※
(2022-08-12)
・気になった箇所を微調整。
(2022-07-21)
・さらに微調整。
(2022-07-04)
・気になった箇所を微調整。
「なんで、動くのよっ!止まって…。止まりなさいってば!」
“枯れ木”に生じた変化に、
取り乱しそうになる初風を、背中を支える比叡の言葉が制する。
「落ち着いて。変化は派手ですが、先程までのような揺るぎのなさは
感じられません。これは…。」
意識を介して、
陸側にいる如月の落ち着いた声が会話に加わる。
「どうやら、封じ込めの効果は継続しているようね…。上にいる二人の事が気になるけれど。
もうひと踏ん張り、といった所かしら。」
皆の疲労はピークを迎えており、
艦娘同士で意識を共有しておくのも精一杯なありさまで、
外部との連絡能力など、とうの昔に有名無実化していた。
それらの、やりとりを受け。自らの判断とも照らし合わせて、
事態の新たな推移で動揺が広がらぬよう、
敷浪が作戦に参加している艦娘たちに檄を飛ばす。
「状況の変化による最終目的への影響は、恐らく軽微。各自、現状を維持してください。
なんとしてでも。最後まで任務を遂行しましょう。」
「了解!」
疲労は感じられるが、
希望を見失ってはいない多くの声が、それに応答する。
提督と平戸の二人は、
今まさに、大崩壊の真っただ中に置かれていた。
それまで強固だった“枯れ木”が、突如としてグラグラと揺らぎだし、
周辺部分からボロボロと崩れだす。
崩れ落ちた破片は地面にまで到達することなく、
まるでそれが、幻であったかの如く、次々と煙のように掻き消えていく。
まずい。落下する。
そう感じた提督は、
たとえ気休めにしかならずとも、少しでも平戸の身を守るため
腕の中の小さな体をしっかりと抱え込む。
さらには、最後のあがきであろうか。
艦娘たちの束縛をものともせず周囲から複数の触手が伸びあがり、
寄せ集まって壁のような塊を形成すると、提督たちの身に迫ってきた。
“枯れ木”の幹に打ち込んだハーケンなど、もはや機能していないであろうし、
飛び降りるという
無謀な行為を思いつくまでもなく、
周囲から押し寄せる壁には、蟻のはい出る隙もない。
平戸をかばいつつ。
相手から距離をとれず、思い切った立ち回りのできない
不確かな足場で、最大限の威力を得るため、
さやから抜き放ったナイフを逆手に持ち、
動き出した木の幹に対して提督は、死に物狂いで徹底抗戦の構えをとる。
昔、人間の軍隊に所属していた頃、訓練で身についた条件反射のようなもので、
それが目の前の脅威に対して、ほとんど意味を成さないであろうことに気付いてはいたが、
提督は、決して思考を停止させることはない。
事態の打開につながる糸口が見つからないだろうか。どこかに…。
歯を食いしばり、目を逸らすことなく大きく見開いて、
目前の光景を凝視し続ける。
その視界を、漆黒の壁が覆いつくした…。
最後の瞬間どうなるかなど、想像もしていない。
意地でも、自らの目的の具体的な把握にしがみつき、
提督の頭の中にあるのは、
時が永遠に引き延ばされたかのような、今のこの現状への認識だけだ。
どれだけの時が流れたであろうか。
実際には、ほんの数秒にも満たないであろう永劫に感じられる変遷を経て。
さすがに、提督は
いつまでたっても触手による打撃が加えられる気配のないことに
疑問を感じ始める。
ふと、目を下ろすと。
提督の腕の中で泣きじゃくっていたはずの平戸が
触手の壁に向かって身を乗り出し、
その動きを押しとどめるかの如く、手をかざしていた。
周囲の壁に向け、語りかけるかのように。
平戸は口を開く。
「私が、”あなたたち”を苦しめてしまっていたんですね…。」
少し目を伏せ。いったん口をつぐんだ後、
しばらくして
気持ちの切り替えを終わらせたかのように、顔を上げ、
平戸は言葉を続けた。
この世界で、きっと私たちは。
多様性を託すに
自分が”本当に”欲しいと思うものは、自分が見つけようとしなくちゃ見つからない。
なかなかはっきりとはしてこない。
それは他の誰とも違うし、誰に尋ねても明確な答えはかえってこない。
たとえ見つかったと感じても。
その時自分の欲しがったものが、その場限りの激情によるもので、
日常の中で維持への労力を苦に感じて、与えられることの喜びを見失うならば、
それは自分の”本当に”欲しいもの、自律した本分とは、どこかがほんの少し
異なっていたということ。
自分が司るべきは、もっと別の何かであるということ。
私たち一人一人は、自分で思っている以上に。
だけど、自分だけではなく、皆が同じように当たり前の事として、
二人を押し潰さんと周囲に迫った黒い壁は、
その言葉に耳を傾けるかのように、動きを止め、
先程までの騒々しさからは似ても似つかぬような、場にそぐわぬ静寂が漂っている。
”枯れ木”を構成する触手は、平戸の艤装が変異したもの。
その光景はまるで、
艤装に宿るといわれる、様々な地域の大戦時の死者の魂を
平戸が鎮めているかのような。
そんな、
提督にもわかった。
呟くような静かな口調だが、これは平戸の決意の表れだ。
平戸は今、
それまで長い期間、心の最後の拠り所としてきた、
自分を捨て去ることで許されているという幻想から離れ、
艦娘となって初めて、
自分自身の足で立って歩きだそうとしている。
平戸は瞑目し、思う。
自分という存在の維持に対して、誰からも、
明確な保障を与えてもらえない、
世界に自分がたった一人になったような、この感覚も久しぶりだ。
足がすくみ、体の震えが止まらない。…怖い。
それでも。
私はこの鎮守府で提督から、
そして艦娘の皆や、今までに知り合った人たちから、
たくさんの手掛かりを与えてもらえたから。
平戸は目を見開き、涙の跡やら埃やらで大変なことになっている顔で
前方をしっかりと見据えて宣言するように、ひとことひとこと、はっきりと口にした。
「もう、嘆いたり、投げ出したりはしない。だからどうか、安らかに…。」
そうしている間にも、
“枯れ木”の崩壊は続き、二人の周辺の構造物は
次々と崩れ去っていく。
提督と平戸の周囲の触手が盛り上がったかと思うと、
ゆっくりと、二人を包み込み始めた。
それらからは、攻撃性は感じられない。
むしろ、提督たちを
これは…。守ってくれているのか…?
気が付くと提督は、
腕に平戸を抱えて、何事も無く、地表に足をつけていた。
我に返った艤装が二人を助けてくれた、ということだろうか。
”枯れ木”の最後の根が、空中に溶けだす感じで幻のように掻き消え、
地面に残された大穴のふちには、提督たちと共に、
物言わぬ、普段通りの平戸の艤装が転がっているのみである。
いろいろと急展開すぎて、
提督の頭は、事態の推移についていくのが精一杯であったが。
これで、終わりだろう。
妙なフラグ立てとか、勘弁してくれよ…?
地面にがっくりと腰を下ろし、へたり込んでいると。
腕の中の平戸が提督の肩を、そっとたたいて話しかけてくる。
「提督、あれを。」
平戸が指でさし示す方向へ目を
茜色の夕日が降り注ぐ中、
二人の
ちらほらと提督の視界に入ってくる。
こちらとの連絡も取れず、
巨大な“枯れ木”の姿がいきなり掻き消えたので、
状況の把握を優先したのだろう…。
というのは建前で、
恐らく提督と平戸のことが心配で、いてもたってもいられず、
自発的に、こちらの安否を確認しに来たのだ。
二人のもとへと駆け寄る姿には、
作戦に参加していた艦娘の、ほとんど全員といっていいだけの人数が確認できた。
明らかに、斥候を偵察に出したといった感じではない。
まったく。これでは、任務放棄もいいとこじゃないか。
…しかしまあ、悪い気はしないな。
たまには、こういうのも。
感極まったのか、なりふり構わず、
大泣きに泣きながら走る姿も見える。あの忙しい感じは、
初風であろうか。
遅れがちな小さな対馬を助け、あかつき?が手を引いている。
皆の後ろから、落ち着いた走りで近づいてくるのは、敷浪と如月だ。
そして、全員無事だ。誰も、欠けてはいない。
いつもの鎮守府が戻ってきた。素直に、そう感じる。
登山ジャケットにくるまった平戸は、鎮守府の皆の姿に目を向けつつ。
緊張が解けたのか、
すこし眠そうな
「自分で自分がわからなくなりかけていた時、外から、皆の大切なものへの確かな思い
が伝わってきました。それが、私の意識に活力を与えてくれていました。もし、それが
無かったら…、私は
「そうか。さすがは、
一人一人が、自らの本当にやりたいことを模索し続け、
自律した本分から逸脱しないことで。
一人として同じ者のいない、ばらばらな存在が共存する。
いなづまの求めたであろう、その世界を目指すことで、
艦娘たちの助けに、自分は少しでもなれたであろうか。
腕の中の平戸と艦娘たちの姿に。
そう感じた、提督である。
「枯れ木騒動」から数日後。
月明かりに照らされた、山あいの小さな廃村に、
一人の人影があった。
背格好からして、若い大人らしい。
その人影は、
朽ちかけたバス待合所の壁に釘で打ち付けられた
栄養ドリンクのホーロー看板のそばを通り過ぎ、
村のさらに奥へ奥へと歩みを進めていく。
月明かりが浮かび上がらせる周囲の物陰と、
懐中電灯の光量のみを頼りに、
足取りに、迷いが見られないところを見ると、
何度も通い慣れた道筋らしい。
村の中心の広場に植わっている銀杏の大木を少し回り込んだところで、
人家の生垣だったらしき場所に、人影は立ち止まった。
しばらくその場で佇む。
何者かが現れるのを待っているらしい。
懐中電灯が照らし出しているのは足元のみで、
顔にかけている眼鏡が月明かりを反射して光った。
平戸の鎮守府で、「技術棟」の最高責任者を任されている、
眼鏡をかけた研究員だ。
静けさの中、不意にがさりと物音がすると、
眼鏡の研究員の足元に、
物陰から、鶏ほどの大きさのうごめくものが近づく。
小さな四肢を持ち、青く輝く単眼が特徴的な魚の頭部のような形のそれは、
まぎれもなく、深海棲艦の眷属である。
海上に出現する高速魚雷艇の
深海棲艦が陸上の奥地まで積極的に侵攻することは少ないが、このような形態を
有するものも皆無ではない。
協力関係にあるのか、そうでないのか。
眼鏡の研究員が足元の”それ”を見下ろす目は、冷ややかである。
あるいは、お互いに利用しあっているだけなのか。
…人間と、それ以外がわかりあうなど。所詮、ありえはしないのですよ。
研究員は心の中で、そう思いながらも。
深海小鬼の話に、耳を傾ける。
どうやら、意思の疎通が図れるらしく、
しばらくすると
立ったまま見下ろして、呟くように言葉をかけた。
「そちらの懸念は承知しています。手持ちの艦隊への被害も、少ないものとは言えなかった。
遊撃部隊の包囲、壊滅についてはこちらでも調査中です。はい。必ず、突きとめて御覧に
入れます。ですが。あの海防艦が存在する限り、艦娘のシステムは脆弱性を抱えたまま
であると言っていいでしょう。このまま、彼女に同様の負荷をかけ続ければ。いずれは…。」
図らずも、弁解するような口調となってしまっていたが、
研究員の思考の中身は、どこまでも強気である。
それにしても、事態が6時間ともたずに終息するとは思わなかった。
やはり、変異の仕上がりが不完全であったのだろう。
「半島作戦」への介入まで行ったにもかかわらず、今回の計画は失敗に終わったが。
370番は。あの個体は…、特別だ。
いまだ、多くの可能性を内包している。
あれを手放さずにいれば、
いずれ勝機もめぐってくる。時間ならば幾らでもある。
”上層部”も、そうやすやすと見限りはしない…。
闇夜の静けさを切り裂くように発砲音が一つしたかと思うと、
懐中電灯の明かりの中の、
目の前の小さな深海小鬼の下半身が、いきなり、吹き飛んだ。
広場周辺が、いくつもの煌々とした明かりに照らし出され。
その場に、凛とした女性の声が響く。
「なかなか素直に動いてもらえて、こちらとしても大助かりだ。」
「?!」
振り返った眼鏡の研究員から、少し離れた位置に、
拳銃を構えた、白衣の女科学者が立ちはだかっていた。
驚きから我に返って、思わず声を張り上げる。
「馬鹿、なっ!どうやって…。」
「携帯式の、深海棲艦への対抗手段がないと考えるのは。いささか早まりすぎではない
かな?その場を動くな、と強くイメージする心がありさえすれば、この通りという訳だ。」
艤装の技術をフィードバックして、独自にカスタマイズされた
軍用拳銃を下ろしながら、白衣の女が言う。
「
じっくりと聞かせてもらおうか。」
泳がされていた…?
今更ながらに、その事に思い至る。
まさか…。事態を、あえて放置したとでもいうのだろうか?
収拾可能であると踏んで。
こんな無茶苦茶な女のやることにつきあってはいられない。
そう簡単に捕らえられてやるつもりなど…。
研究員がちらりと横目で見た
近くの木の太い枝から、
どさりと、何かが落下した物音がする。
「今の一撃は、新開発の感応弾だ。意識を共有している存在全体を、かなりの広範囲に
わたって、被弾者と同様の状態に陥らせることが出来る。つい先日の無粋な介入に
対する返礼という訳だ。あちらの方で地面に落ちた本体の方も、思うように身動きが
取れない状態だろう。」
気が付くと、周囲を何台かの白いワゴンと黒服の男たちに囲まれていた。
近づいてきた一人に肩を掴まれる。
「技術運用査察部の者です。御同行願いましょうか。」
そこで、女科学者が思い出したように言葉を続けた。
「ああ、あともう一つ。あの
通用しないだろうな。」
その言葉の意味を理解し。
抵抗する気力を失ったかのように両腕を力なく、だらんとさせた、
眼鏡の研究員であった。
この場所まで乗ってきた白いワゴンへ戻り、
車内のシートに腰を下ろしながら。女科学者は思う。
私は…、始めのうちは艦娘という存在を、人の形をしているとはいえ、
人類存続のために使用される、単なる兵器であると。
自分から意識して、そう認識しようとしていたことは否定できない。
だが、最初の艦娘である、いなづまの顛末を見届け、
自然発生への転換を経て、
いなづまと同様の潜在能力を持ち生まれてくる、
艦娘たちとかかわりあう中で、確信している。
艦娘たちは外部から与えられる情報を単になぞって再現しているのではなく、
自己と他者の区別をはっきりと認識し、自我を獲得できている。
しかもその自我は、進化による過程を経ずとも、すでに、
力任せに他者を排するのではなく、他者の力を借りて自らを存続させるという、
人間の持つ特性と非常に近似した地点にまで到達していた。
それを示す多くの事例から目を背けようとする者たちに、艦娘の持つ可能性を
好きにさせるわけにはいかない。
あの研究者を実際の罪に問えるかどうかは、
この際、問題ではない。
懲戒処分で放免される未来も、見えてしまっているのだが。
あらかじめ根回ししてある、何人かの強力な後ろ盾を得るのに、
対応を渋らせないだけの口実はそろえることができただろう。
十分というには程遠いが、これで、今回の件に関しては、
かなり身軽に動きが取れるようになる。
そこまで考えたところで、
女科学者は改めて、表情を引き締める。
だが。もちろん、これで終わったわけではない。特に…。
スーツの胸ポケットが、小刻みに振動する。
かかってくると思っていた。
女科学者は、半ば、習慣のように懐から携帯端末を取り出し、
通話ボタンを押下する。
すると。女科学者が口を開くよりも先に、
「やってくれましたね?」
好戦的な表現なのに、どこか愉快げに。
携帯端末のスピーカーから、
作り声などではなく。明らかに、”若々しい”女性の声が発せられる。
「みひろ、か。」
「そうやって、まともに名前呼んでくれるの、両親と
あいかわらず、子供っぽい語り口だ。
女科学者は、そう感じた。
まだフリーで研究を続けていた頃、
女科学者が軍へ就職するきっかけとなった、ある事件の中で
二人は知り合ったのだ。
それ以上、言葉を続ける気配もなく。
スピーカーの向こうからは、
待っていたかのように連絡を入れてきたあたり、
特に必要性もなく、単に状況の推移を楽しんでいるだけ、
ということもありうる。
…女科学者をして。
何を考えているのかよくわからないところのある人物である。
「あいつと血縁であることを利用した、搦め手を講じてこないことだけは、評価している。」
今、
慎重に会話の糸口を探ろうと、そう言葉を投げかけると。
「平戸さん、でしたっけ?彼女に対してなら、そういうやり方も有効だったかもしれませんけど。
何だか、つまらないじゃないですかぁ。そういうの。」
そんなことは、一切合切どうでもいいような軽い口調の後、
心底、楽しげな明るい笑い声がはじける。
「派手さに乏しい、っていうか。楽しまなくっちゃ。せっかくの、広い世界なんだし。」
悪い人物ではない、筈なのだ。
二人で向き合った事件の中で、
少なからず、心を通い合わせた事のある女科学者にはわかる。
他者の心の痛みを解する、優しい子のはずだ。
いったいどこで、進む道が分かたれてしまったのか。
そもそも、
なぜ彼女は、当たり前のように”生きていることになっている”のか。
女科学者は「みひろ」の存在の消滅を、
二人が出会ったあの事件の結末に、確かに観測したはずなのだ。
人の世の根底に流れる”幾多の忌避感”は、
この後も連綿と、様々な人々に受け継がれ。
白衣の女科学者も、提督も、
そして、艦娘たちも。
鎮守府の皆の戦いは、終わることなく続いてゆく。
「…今度は、負けませんから。」
自発的な、はっきりとした意思の感じられる発言は、
ただ、それだけ。
スピーカーの向こうの女性は、その短い言葉を残し、携帯端末は沈黙した。
-中編へつづく-