平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

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【インフォメーション】(2022-09-09)
07-捕1.「好き?嫌い?…キライ!?」前編の続きです。
目次ページの付録の部分は投稿順に並んでいます。
読む順番には並んでいませんので、ご注意ください。


【本文を読み始める前に】
今回、肌色成分多めになっております。
苦手な方はご注意ください


※今回投稿文(07-補2.(後編))への変更※
(2023-05-08)
・微調整を行いました。

(2023-05-06)
・さらに改稿を行いました。

(2023-05-05)
・雑に感じる部分がありましたので、全体的に改稿しました。

(2022-09-13)
・「…普通は、喜びますよね。」という独白の位置を変更。
・「些細な事」という認識だと、「見ろ、人がゴミのようだ。」になって
 しまいそうなので、
 「諦めずにいれば何とかなりそうな気がしてくる。」に変更しました。
・「まがりなりにも」を「(まご)うことなき」に変更。
・細部の微調整。




     07-捕2.「好き?嫌い?…キライ!?」後編

 

 

 カポーン…。

岩風呂へ湯水が流れ込む音に、風呂桶の音が重なる。

 

 平戸は一人、露天の岩風呂に身を浸していた。

ここは、初風が事務方の代表者として貸し切りの契約手続きを

終えたばかりの入浴施設。

 

故障中の温浴場に代わる単なる一時しのぎなので、

平戸は正直、小さな銭湯だろうくらいに考えていたのだが、

海上警備から帰港した、昼番の艦娘たちが夕食を摂り終えたころ、

本棟前ロータリーに入浴希望者が集まって、

皆でワイワイとマイクロバスに乗り込み、いざ到着してみると

瀟洒(しょうしゃ)でモダンな佇まいの鉄筋コンクリート造和風平屋建てリゾート施設だ。

 

ごめんなさい。変な先入観持ってて…。

 

脱衣所で制服を脱ぐ時も、

なんだか、ぎくしゃくしてしまった平戸である。

 

…普通は、喜びますよね。

 

すっかり出遅れてしまった平戸と違い、

入浴施設の屋内へ足を踏み入れた皆は、あっという間に散開して、

幻想的な洞窟風呂やら、ライトアップされた滝を臨める洋式泡風呂付きガゼボやら、

ドクターフィッシュやらを堪能している様子だ。

 

鎮守府の温浴場も、広くて天井が高く快適なのだが、

なにぶん、機能が優先されエンターテイメント性に乏しい。

 

鎮守府の誰しもが、少し意外に感じたのは。

如月が真っ先に飛びつきそうなシチュエーションなのに、

他に用事があるとかで、今回はパスだそうだ。

お風呂は、仮設温浴場が使える海上警備の日以外は基本的に

執務室のシャワールームを借りるつもりらしい。

提督の心労がふえそうである。

 

 そういえば。

敷浪さんの姿が見当たらないようですが、どうしたんでしょうか。

今もまだ、何かお仕事を…。私がお役に立てるかも。

 

そこでふと、

平戸は昼間の初風との会話を思い出す。

 

『好きなものってどうやって決まるんだろ。浮気っぽいからなぁ…。さすがにその辺

どうにかしなくちゃだけど…。』

『あたしが好きになれる物事って何かあるのかなって…。』

 

提督も敷浪も、平戸の意志をとても重視してくれる。

その期待にもこたえなくては、と思うものの、

ここぞ、というところで自分にかかってしまうブレーキを

平戸はどうしても無視することができない。

 

主体性に乏しいというのは、こういうことなのでしょうか。

物事の先導を他者に頼りきりでは団体行動にかえって支障をきたしてしまいます。

皆に負担をかけないよう、もっと配慮しなくては…って、あれ?

 

平戸の他者への気配り自体は、決して悪い事ではなく、

むしろ、褒められてしかるべきことではあるのだが。

それだけに特化しやすいというのも、いろいろと弊害が生じる。

結局、自己抑制に思考が帰結してしまい、がっくりとうなだれる平戸であった。

 

(はた)から眺めていると、

ぼんやり虚空へ目を()っていたかと思うと、

何かに気付いたように突然ハッとしたり、溜息をついたり。

いろいろと忙しい。

とはいえ、平戸本人にとっては決して笑いごとではない。

 

ふと気がつくとそこには、

緊張感を心の底から緩めることができない自分がいる。

変わることなく、いつもそうなのだ。

現状に対する幸せを感じてしまえば感じてしまうほど、物事を楽しく感じれば感じるほど。

自分のすぐ足元にぽっかりと口を開いた(くら)い穴も、

その深さを、さらに増していく気がする…。

 

 

 

 そんな平戸の背後に忍び寄る人影が…。

 

体の左右後方から伸ばされた両手でさわさわと上半身をまさぐられ、

ぷっくりと膨らんだ淡い桜色の頂点にピリピリとした刺激が走る。

 

「へ…。ふわぁっ?!くすぐったいです。や、やめてくださいぃ…んっ…。」

「平戸ちゃんのお胸の膨らみはやっぱり先っぽだけかぁー。典型的なちっぱいですな。

ふんわりとした安心感には乏しいけれど、硬さの残るコリコリとした触感もまた格別…。」

「そんなの温浴場でいくらでもわかるじゃないですかっ…いきなり触れたりしないで

くださいっ!驚きますからっ。あと、詳細に説明しないでくださいっ!」

 

湯水の中で胸を掻き抱き、横座りの姿勢のまま体を傾けて

じりじりと(さざなみ)から距離を取る平戸。

 

「チッチッチ。シチュエーションとは、場を支配するファクターとして侮りがたい効力を

持つものなのですぞ、平戸ちゃん」

 

それは要するに、気分のおもむくままにやりたいことをやっているだけだよ、

ということなのでは…。

 

懐疑的な半目の表情の平戸を余所(よそ)に、漣は言葉を続ける。

「腰が抜けたような、そのナイスリアクションから察するに。なにやら悪代官プレイをご

所望のようですけど、今の漣はバストソムリエ…。艦娘たちの変遷なき胸部装甲(パーマネントブレストプレート)の計測、

分類、体系化が我が使命。この裸の園はまたとない絶好の機会。今こそ、コンプリートの

本懐を果たす時っ!」

 

あれこれと御託(ごたく)を並べているが、

平戸の目の前に仁王立ちになり腰に手を当ててドヤ顔の漣の胸元にも

他の人の事を言えるほどの明確な陰影は確認できない。

やはり、まな板の部類である。

 

「まな板とか、余計なお世話なんだYO。冗談はともかくとしてっと…。」

 

目の前の平戸にではなく、

平戸からは姿の確認できない、どこぞの誰かへ向けてビシッとツッコミを入れてから、

今までの話の流れをぶった切って、さっさと素に戻った漣は、

眠るように目を閉じると脚の力を抜き、

重力に引かれるまま、とぷんと湯水に肩までつかって一息つく。

 

「ふぅ、いい湯ですにゃー、ニャー。」

 

…自由すぎる。

” つむじ風 ”のような艦娘である。

 

にもかかわらず、実際には他者に対する求め方が妙にあっさりとしているからだろう。

吹き抜けて、とっ散らかった後にはすっきりとした爽快感が残る。

 

これまでも事あるごとに、ちょくちょく漣に振り回された覚えのある

平戸であったが…そもそも、漣に振り回された経験のない艦娘など存在するのだろうか…

絡まれて嫌な気はしない。

 

 顎までお湯に沈んで体を隠し、

上目づかいで漣の様子をうかがう平戸。

「……。」

 

発達中の(くだん)の” つむじ風(ねったいていきあつ) ”は今現在、

2mほど前方、水温の高い露天風呂洋上に静かに停滞し。

風呂場では、普段ピッグテールに結んでいる髪の毛を下ろしている。

髪の色は、銀髪と赤毛がブレンドされたようなパステルピンク。

こういうのをストロベリーブロンドと言うのだろう。

 

入浴時の頭髪の扱いとかは結構ぞんざいで、特に工夫しないタイプ。

しっとりと潤いのある髪の毛のつやが

露天風呂の数少ない照明を反射してキラキラと輝く。

生来の髪質の良さが、ひしひしと感じられた。

 

手入れに頓着しないことを加味すれば、

もしかしたら、如月さんがとても大切にしている、

あの黒髪にも負けないのではないでしょうか。

 

ちょうど、そこまで考えたところで、

耐候性特殊コーティングが施されている艦娘用の特注品とはいえ。

それを装着している顔が湯水に近く、

湯煙で、風呂場でもかけっぱなしの眼鏡が徐々に曇り始めたので、

平戸の思考は、そこでストップしてしまったのだが。

 

平戸の遠慮と気遣いを差っ引いて、身も蓋もなく言ってしまえば。

小柄でほっそりとした小動物的な体型も相まって。

漣は誰から見ても、紛れもなく可愛い系の外見なのだ。

…じっとしていさえすれば。

 

「平戸ちゃん。」

「ひゃいッ?!」

 

漣についてあれこれ考えこんでいたことが悟られたのだろうか。

何の前触れもなしに当の本人から話しかけられて、ぴょこんと小さく飛び上がる平戸。

 

「頭の上。ほら、天の川。みるきぃうぇい。宇宙は広大だねぇ。」

「あぁ、はい。この時期でも結構はっきり見えますよね。」

 

平戸は海上警備を離れてだいぶ経つので、

夜空を意識して見上げるのは久しぶりで新鮮に感じられた。

 

平戸たちの所属する鎮守府は人里離れたへんぴな場所に位置していて、

この入浴施設上空も空気が澄んでいるので、

銀河の中心方向から生じる可視光を、宇宙に漂うガス雲の巨大な山脈が

遮っているのがよくわかる。

 

こうして改めて目にすると、確かに広大だ。

自分と関わりのある人々のことを軽視するつもりはないけれど、

この星空の規模で生じる物事に比べれば、自分の個人的な悩みなど、

諦めずにいれば、何とかなりそうな気もしてくる。

 

漣も平戸と一緒に星空を見上げながら、珍しく大真面目な表情で呟く。

「あれがシリウス、プロキオン、ベテルギウス…。」

 

…それ、冬の大三角。

 

「もしかして、何も考えず惰性で会話を…。」

「ぇへへ…バレちったかぁ。てへぺろ。でもおしゃべりっていいよね。気持ちの肩凝り

がほぐれて。」

 

平戸は気付いていないが、

漣にちょっかいを出されたことで、過去の記憶へ囚われそうになっていた平戸の

思考パターンは、いつのまにやら、すっかり頭のどこかへ行ってしまっていた。

漣がそれを意図していたかどうかは、定かではない。

 

 

 

 天の川について平戸に話を持ち掛けた漣の方は

もはや星々の運行とは全く関係なしに湯水の中でくつろぎ、

平戸は飽くことなく夜空を見上げ続けていたところへ、お湯を脚でかき分けながら

対馬を伴い敷浪が近づいてきた。

 

クワッと目を見開き、間髪を入れず反応する漣。

「つっしまちゃぁーんッ?!つるぺたッ!サイコーッ!!」

やっぱり駄目な人である。早く何とかしないと。

 

突進してきた漣の延髄に、トンと。すかさず手刀を打ち込み、

ダウンさせる敷浪。

 

毎度のことなので、条件反射のように何の感慨もなく淡々と、漣を敷波がたしなめる。

「海防艦娘への手出しはほどほどにと、あれほど…。」

 

ブクブクと水中に沈み込む漣を気にすることなく、敷浪と対馬の二人は

平戸の方へ歩みを進めてくる。

放っておいても大丈夫なのだろうか。たぶん、問題ないのだろう。

 

 対馬のお胸は平戸よりもさらに控えめ。

際立って色白で、小型艦娘の多くがそうであるように肌のきめが細かい。

髪を下ろした敷波は…近所にいる普通の上級生のようだ。胸の大きさは年相応、

小鹿のような若々しい俊敏さの感じられる、すらりとした体格をしている。

 

「あかつき?の姿が見当たらないのよ。」

平戸の隣でお湯につかりながら敷浪が困ったように言う。

 

昼間、海上警備の当番だった艦娘も

特に損傷を負っていない子たちは最低限の調整を受けたあと、

他の子に仮設温浴場の設備を譲り、こっちへ休息に来ていた。

面白そうだし。

 

あかつき?は内湯の洗い場で体を洗い、露天風呂に到達した

まではよかったものの、

お花を摘みに行ったきり戻って来ない。

以降の消息が不明だ。

 

普通に考えれば、あかつき?のいつものパターンであろうが、

同行の申し出を断り、対馬に言い残したひとことが引っ掛かるらしい。

この風呂屋は少し様子がおかしい。調べてみたいことがある、と。

何か問題があるのに連絡を怠る程、あかつき?は考えなしではない。

 

「これは…事件の匂いがいたしますな。漣は何やら嫌な予感が…。」

 

あ、復活した。

 

平戸も、自分からすすんで敷波へ助力を申し出る。

「心配ですね…。私も探します。ここのお風呂は、ものすごく広いですから。屋外とか

洞窟のところとか、薄暗くて隅の方が見えづらいでしょうし。何人かで手分けした方が。」

「少し休んだら、もう一回風呂場をまわってみるつもり。それで見つからなければ、

いったん服を着て建物の中を探してみないと…。」

 

敷波がそう言いかけた時。

湯煙をつんざき、艦娘たちの悲鳴が広い空間に響き渡った。

 

 

 

 

 

 現場に駆けつけた敷波たちの目の前で。

 

キライッキライッキライッキライッ…。

 

かなりの数の深海忌雷が、サッカーボールくらいの大きさの丸っこい胴体から伸びる

数本の触腕をバタバタと振り回し、

安直さの感じられる掛け声を連呼しながら露天風呂内を

ぴょんぴょんと跋扈(ばっこ)していた。

 

深海忌雷とは。海中に出没する浮遊性の爆発物で、

深海棲艦の眷属のうち、機雷にあたるものの総称なのだが。

その特性上、複数備わった触手状の腕でよく艦娘の足に絡み付いたりするので、

性的な方面のネタにされたりしやすい。

深海忌雷側からすれば風評被害もいいところで、

狙ってやっているわけではないのだ…たぶん。

 

敵襲?一体、どこから…。

平戸は素早く周囲に目を走らせる。

 

どうやって手に入れたのか、平戸にもデッキブラシを手渡しながら

漣が手にした得物を油断なく構え、普段通りの飄々とした口調で話しかけてきた。

 

「なんだか、建物の内部から湧いてきてるみたいだねっ。積極的にこちらを傷つけたりする

動きは今のところみられないようだし、ぶつかっても雷撃は発動しないみたいだけど。念の

ため、できるだけ遠くから突っついて追い払うよーに。」

 

この短時間でそこまで観察するとは。

能ある鷹は爪を隠すの古来よりの言い伝えは、(まこと)であった…。

 

「せっかくの触手要素なんだから~ぁ、いろいろ試したいところではあるんだけど~ぉ。」

 

シリアス顔とのギャップが物凄い。

対馬が深海忌雷を警戒するよりもまず、とてとてと漣から距離を取り、

敷波の体を盾にして身を隠す。

この一言がなければ、もっと人望が集まるだろうに。

 

平戸たちが臨戦態勢を整えたのを確認すると、敷浪は前線の艦娘たちのもとへ駆け寄り、

敵と交戦しつつ情報交換を始めた。

 

 

 

 艦娘たちが各々(おのおの)工面した道具を手にすばしっこい深海忌雷から身を守る中、

その後方を悠々と走り抜ける艦娘が一人。

 

「小難しく考えなくたって、こんなのどうとでもなるじゃない。」

 

それを見咎めた敷浪が、

艤装の補正がなく、人間の少女とさほど変わらない身体能力でモップを操り、

深海忌雷を艦娘たちから遠ざけようと苦労しながら声をかける。

 

「初風!独断専行は、危険よ?」

「ヘーキ、ヘーキ。大丈夫っ。まあ、見てなさいって!」

 

 初風は思う。

あいつらが現れるのは建物内部から…。要するに直接外部へ出れば問題なしっ!

 

そこまで考えた時点で

外に出てからどうするのか、そして今現在の自分の格好に思い至らないのが、

初風クオリティー。

 

がさがさと椿の生け垣の下をくぐり、外部との境界の板塀のそばまでたどり着く。

周囲を見渡し、目的のものを探す。

さほど時を費やさずしてそれは見つかった。

 

思った通り、非常口の標識の明かりと共に

『非常時以外は手を触れないでください』

という注意書きの書かれた取っ手が壁にくっついている。

 

照明の光の届かない薄暗がりの中で見分けがつかないが、取っ手のところが扉なのだろう。

取っ手の表面を覆うアクリル板を外そうとするが汗で手が滑ってうまくいかない。

 

あたふたとしているうちに

初風はふと、何かに見られている気配を感じた。

 

待ち伏せ、の可能性は考慮してしかるべきであった。

ゆっくりと振り向いた初風の頭上で、

板塀のてっぺんから見下ろす深海忌雷のつぶらな” 光学センサー ”が

ピカーンッと赤く輝く。

 

「キライ?」

「…嫌いよ。こんな訳の分からない運命のいたずら。」

 

いやぁああぁ~っ!?!!?

 

公共浴場に、最初の犠牲者の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 戦闘がひとまず落ち着き、

悲鳴を聞いた艦娘たちが初風のところへ駆けつけた時には

一足遅く、その場に初風の姿はなかった。

 

南無三(なむさん)…友よ安らかに…。」

漣が、虚空に向かっておごそかに手を合わせる。

 

ひとを勝手に亡き者にしないでよっ?!

初風のツッコミがどこからか聞こえたような気がした。

 

敷波が状況を冷静に分析する。

「初風は…どうやら捕縛されただけみたいね。深海忌雷の目的もいまいち、はっきりしないし。

事態の全体像を把握しようにも、まだ情報が少なすぎる。今は一刻も早く、目の前の敵戦力に

対する優位性を確保しなくては…」

 

最後まで言い終える暇もなく、板塀への道を遮るように

先程よりもはるかに多数の深海忌雷が現れる。

艦娘たちを、ここから外へ出す気はないらしい。

 

「裏の板塀付近で、戦闘再開っ!!余力のある者は加勢してください!」

夜空を背景にして、敷波の鋭い指示がとぶ。

 

 

 

 露天風呂の出入り口から、内風呂、脱衣所の外へと徐々に敵勢力を押し戻し、

何度目かの小康状態(しょうこうじょうたい)

初風と同じように幾人かの艦娘を捕縛されたものの、何とか優勢を保てている。

 

脱衣所を奪還したところで、ようやく服を着られると安心したのもつかの間、

脱衣籠の中に脱いだ服が見当たらない。

というか、バスタオルなど布系のものがことごとく姿を消していた。

 

これでは板塀の非常口を開放したところで、外へ出ることができない。

まさに踏んだり蹴ったり。たちの悪い嫌がらせとしか思えない。

 

「私たち、いったい何をやらされているのでしょうか…。」

 

あまりの不毛さに茫然となり、口から魂が抜けかけていた平戸の肩をたたき、

小柄な漣がサムズアップのジェスチャーをしながらにっこりと微笑みかけてきた。

 

「何たるご褒美。たまんないねっ☆」

「……。」

 

これもポジティブさの一種と言えるものなのだろうか。少し違うような気もするが。

なんにせよ。全然めげた様子のない漣に、

ほんの少しだけ気力を回復させてもらった平戸。

 

 脱衣所と洗い場の境の、ガラス張りのサッシの付近に

平戸、漣、対馬の三人が陣取り、周囲を警戒していた。

 

三人とも、掃海作業への適性はそれなりに持っている。

敷波はこれからの見通しについて、内風呂の洗い場で艦娘の皆に説明を行っている最中だ。

 

「数回の攻防で、攻略法は大体見えてきた感じもしますね。まだ不明な点も多いですが。」

「ヒラトンは哲学者みたいに難しく考えすぎだよ。まあ漣たちにかかれば深海忌雷ごとき、

ちょちょいのちょいってやつかなっ。」

 

お金は無事だったので、脱衣所の自販機で買った

「濃厚!搾りたてそのままだよ牛乳」を腰に手を当てて飲みながら漣が言う。

捕縛された初風たちの安否も気にかかるが、腹が減っては戦ができぬ。

ビン牛乳なので飲んだ口の周りに白い髭がついているのは、お約束だ。

平戸はコーヒー牛乳を選び、対馬はフルーツ牛乳を両手で持って大切そうに飲んでいる。

 

「ヒラトン…私の事でしょうか。」

「フラグ。油断は禁物。」

平戸に続けて、対馬が漣の言葉にポツリとツッコミを入れた。

 

「心配いらないよぉ~ぅ。対馬ちゃんは漣が絶対に守ってみせるからッ。その代わりに

と言っては何だけど、この戦いが終わったら伝えたいことが…。」

「…フラグ。」

 

脱衣所の用具入れにはデッキブラシ以外にも、攻撃手段として使えそうなものが

何種類か散見されたが、

平戸たちは脱衣場の棚の大きな脱衣籠を選んだ。

 

そのへんに幾らでもあるし、とにかく軽いというのが大きな理由だが、

脱衣籠は武器にするのではない。

 

大きなかさばる物を両手で持ってむやみに振り回したところで、隙だらけになるし、

かえって自らの活動範囲をせばめるだけだ。

仕掛けるのではなく、迎え撃つのだ。

棒のようなもので狙ってぶったたくよりも、無鉄砲にこちらへ向かって突進してきたやつを

ガードして衝撃を与えた方が効率がいい。

 

なにしろ、今の平戸たちの体力は人間の同年代の少女と大差がない。素っ裸だし。

迎撃の要となるのは瞬発力と記憶力。

 

 襲ってきた深海忌雷には珍しい特徴がある。

緊急用の一時停止機能なのだろうか。

ある程度以上の衝撃を受けると触手部分を胴体に引っ込め、しばらく身動きしなくなる。

 

機雷としての存在意義を疑うような性質だ。

深海忌雷亜種とでも言おうか。

今まで目にしたことがない、かなり特殊な例である。

頭頂部にはご丁寧に、「テイシボタン」と表記されたでっぱりもある。

 

弾き返して衝撃を与えたあと、

どの個体がどれくらい前に身動きを止めたか記憶しておき、

手遅れにならないうちにボタンを押して活動を完全停止させればよいという訳だ。

 

一回一回対応していては埒があかないので、ある程度貯めてからいっぺんにボタンを押す。

だから、瞬発力だけでなく記憶力も必要になってくる。

 

「回避と記憶。平戸の得意な分野ね。頼りにしてるから。」

 

打ち合わせの最後に平戸たちのところへ戻ってきた敷波は

漣と対馬に声をかけた後、平戸の士気も鼓舞する。

 

下手(へた)に戦局を長引かせてもジリ貧に陥るだけだ。

いよいよ、いちかばちかの勝負を仕掛ける時…。

 

 

 

「突撃ぃーっ!!」

キライッ!キライッ!キライッ!

「変なとこに絡み付かないでよッ。このぉーっ。」

「そこに転がってるの、ボタン押してっ早くっ!」

「助けてッいやぁあぁぁーっ?!」

「ネームシップの恐ろしさ、骨の髄まで思い知らせてあげる…。」

キ、キライッ?!

 

この一戦は、「女湯入場口前丁字路の戦い」として後々(のちのち)まで語り継がれるであろう…。

 

などということはまったくなく、

自分たちは全裸で一体何をやっていたのだろうと、

素に戻って思い返してみるとあまりにもばかばかしくて、忘れ去りたい過去の

筆頭になってしまったのが実状ではある。

 

 

 

 一連のどたばたが過ぎ去り、気がついてみると。

深海忌雷に忙しく対処しているうちに、集団からはぐれてしまった。

今、平戸は敷浪と二人きりである。

 

足を引っ込めて床に転がっている深海忌雷の” 電源スイッチ ”を

切りながら、敷波が言う。

「施設の正面玄関が近いわね。とりあえず見ていきましょうか。」

 

 入浴施設の入り口付近を、廊下のかどに身を隠しつつうかがうと、

来客者に貸し切り状態であることをのんびり説明したりして

受付業務は平常通りのようだ。異常に気がついた様子はない。

 

施設内をこれだけ我が物顔に闊歩している深海忌雷が、

この施設の警備関係の部署に未だに捕捉されていないのも気になる。

更衣室ロッカーのマスターキーの出どころも含め、まるで深海忌雷が敵として

扱われていないかのような錯覚すらしてくる。

まさか、この入浴施設は本当に深海側にくみしているのだろうか。

 

『ただいま当館では毎年恒例、サマーフェスタ開催中っ。開催期間中に限りポイント3倍の

ビック・サービス…。』

 

流れている館内放送も、拍子抜けするほど日常的な雰囲気を醸し出している。

季節が微妙にずれているのが、

第三セクター的なゆるーい臨場感を加えていた。

 

人間の職員は無事なようだが、

何か着る物を手に入れなくては、おいそれと話しかける事もできない。

仕方なしに、来た道を引き返す。

 

「入浴施設内を一周ざっと回ってみた感じだと、深海忌雷の挙動にはパターンがあるわね。」

「そうですね。多数で出現する方角に明確に偏りが見られます。発生源の目安も大体

ついてきました。はっきりとしすぎているので、罠である可能性もありますが…これは。

拠点を隠蔽する意図はまったく感じられませんね…。」

 

二人の会話の内容は至極大まじめだが、とにかく素っ裸である。

壁に掲げられた施設案内板の館内見取り図を前にして、

長方形の大きな脱衣籠を縦にして床に置き、両手で支えた平戸と、

籠を片手で持ち、背中にぶら下げた敷浪が、今後の方針について話し合っていた。

 

「あかつき?の安否も気にかかるし…慎重に事を進めるよりも、素早さが鍵のような

気もするわね。深海忌雷の活動は今のところ収まっているけれど。…漣たちはどうして

いるかしら。」

 

二人して、しばらく黙り込んでから。

敷波が、平戸の顔を見る。

平戸も敷浪の顔を見て小さく頷いた。

 

「行くしかないわね。」

「乗り込みましょう。」

 

二人は館内見取り図の一点を、

決意に満ちたまなざしで見据えるのであった。

 

 

 

 しばらくして。

平戸と敷浪が足を踏み入れたその場所は、薄暗い廊下だった。

 

トロピカルなインテリアと観葉植物が間接照明に妖しく浮かび上がり、

あたりは静まり返っている。

ようやくこの事件の核心に近づいた。そんな感じがする。

 

さらに歩を進めると、やがて廊下の端に明かりが見え、

かすかに声が聞こえてきた。

 

一人の声ではない。複数人の声が重なり合っている。

しかもこの声の感じは…何と表現したらいいだろうか。

ひとことで言ってしまえば…うら若い女性の”嬌声”というか…。

 

敷波が困惑したように足を止め、平戸の方を見る。

目を向けられた平戸も、いかにもR-15作品ですからこれと言わんばかりの展開に

思考回路の回転が鈍って状況の理解を渋り、

そのかわりに目の前の光景ががぐるぐると回り始めていたが。

 

その時ふと。

廊下の端の部屋の入り口から漏れ出る光を避けるように、廊下の壁に身を寄せ

しゃがみこんでいる人影に気付き、指をさして注意を促す。

 

「敷波さん、あれ…。」

 

敷波は頷くと人影のそばに静かに歩み寄る。

「こんな所にいたのね。」

 

声をかけられた黒髪の少女は慌てたように、わたわたと弁解を始める。

「わわっ!これは覗き見してるつもりなんてまったく無くって、なんか物凄いことに

なってるなー、なんて、ちっとも思ってなくって…あれ?平戸ちゃん、敷浪さん。」

 

敷波は安堵したようにひと息つき、微笑んで少女の頭を撫でながら言う。

「まったく、この子は…。いち早く先行して敵情を視察中とは、流石ね。あかつき?」

 

無事を確認できただけでもありがたいし、細かいことを言い出せばきりが無くなるので、

口調はそっけないが、とりあえずそういう事にしておいたのだ。

鎮守府の艦娘たちのまとめ役として、あかつき?との付き合い方をよく心得ている。

 

「…へ?ああ、うん。一人前のレディーとしては、これくらいのこと造作もなく

こなせて当然っちゃあ当然の事よねっ。」

 

褒められたことに対してか、はたまた別の事に対してか、

頬を赤く上気させたまま立ち上がり、あかつき?は腰に手を当て誇らしげに胸を張る。

彼女も、もちろん素っ裸である。駆逐艦であるからして、お胸もぺったん。

 

最近の傾向として、このセオリーが崩れかけているのは

実に実に嘆かわしいことではあるのだが…ゲフンゲフン。閑話休題。

 

 平戸も二人のそばまで歩み寄り、三人でその場にしゃがみ込む。

 

「気がついたら脱衣所の服がなくなってて、廊下に人けもなくって。私、なんか

おかしいなって思ったから、あちこちふらふら見て回って…じゃなくて。偵察

してたらここにたどり着いた感じで…。」

 

あかつき?がこれまでの経緯を説明する。

入浴施設内で深海忌雷が艦娘たちを捕獲して回っている事には

全く気付いていなかったらしい。

 

エンカウント率ゼロ。

下手(へた)に情報を仕入れていなかったからだろうか。

無欲の運の強さというか、物欲センサー回避というか。

無我の境地ここに極まれりといった感じだ。

 

「それで、部屋の中はどうなっているの?」

「えーと。集められた艦娘のみんなが深海忌雷っぽいのに絡み付かれて、あちこち

いじられてぐったりしてるっていうか、気持ちよさそうっていうか…。」

 

事態は一刻を争うようである。

まさしく艦娘の不倶戴天の仇敵。おのれ深海忌雷、許すまじ。

 

「ここは躊躇せず、突撃あるのみのようね。先手必勝。」

「あかつき?ちゃんは隠れててください。私たちは慣れてますからっ。手早く片付けて、

皆を助け出してきますっ!」

「いや、その。別に危険地帯ってわけじゃなくて…。」

 

あかつき?が何やらもごもごと言っているが、これ以上の無法を

許すわけにはいかない。

 

「いくよっ。」「はいっ。」

「「制圧ッ!!」」

 

掛け声とともに部屋へ乗り込んだ

二人が目にしたのは…。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませーっ!マッサージルームへようこ…あら、敷波。平戸ちゃん。

二人そろって、よく来てくれたわね。ただいまお試し期間中だから。この機会に

存分に味わっていってネッ♪」

 

「如月さん?!」

「何やってんの…?あんた、こんなところで。」

 

決死の表情で脱衣籠を構える、目の前の二人にも動じず、

メイド服に身を包み、パチコンッと鮮やかなウィンクを決めながら、

にこやかに営業スマイルで対応する如月である。

 

「何って…経営資金確保の一環よ。聞いてなかった?ところで。眼福で感謝の至り

なのだけれど。天下の往来でさすがにその格好はどうかと思うわよ?寒くはないけどね」

 

二人にバスタオルを手渡す如月。

事態の推移に頭がついていけず、平戸と敷浪の二人はすっかり毒気を抜かれてしまう。

 

「…着るものがあれば、こんな格好のままでいたいわけじゃないけどさ。ありがと。」

 

敷波はお礼を言いながら、

平戸は顔を真っ赤に染めつつ恥ずかしげにうつむき、

受け取ったバスタオルを体に巻き付ける。

 

「あかつき?ちゃんも隠れてないで出てらっしゃいな。」

 

部屋の入り口へ向けて呼びかける如月に、敷波があきれたようにポツリと言う。

「気付いてたの、あんた…。」

「あんなにわかりやすく狼狽してくれるんだもの。気付くなって方が無理よ。」

 

反応を楽しんでいた様子すらある。

如月…あいかわらず食えない(やから)である。

 

「やっぱり、一糸纏わぬすっぽんぽんの姿でのハプニングは、お風呂回の醍醐味よね」

 

舞台を脚色した演出家であるかのような、満足そうな口ぶりの如月に対して、

その如月の言葉を、心底理解に苦しむといった面持ちで敷浪が言う。

 

「何言ってんのよ?他人事みたいに」

「あら。敷浪はそうは感じなかったの?それは残念」

 

 

 

 如月は自分が所属する鎮守府の、ひっ迫した財政状態を改善するため

開発の夕張たちと組んで

様々な”すきま商品”を企画開発し、各所に売り込みを行っていた。

 

忌雷型多機能全身マッサージ機、蒸気タービン式焦げ付き防止鍋、バルジ型競泳用ビート板、

忌雷型自動給湯湯たんぽ、忌雷型家庭用ペットロボット”SIN-KAI”…。

 

今回の無料体験会も売り込み活動のひとつである。

敷波たちが深海忌雷だと思っていた物体は、実は忌雷型のマッサージ機であった。

 

全自動マッサージ機には高性能の” 光学センサー ”が搭載されており、

使用者の健康状態を正確に把握して的確な対応をとることができる。

盗撮に利用されないよう、ハッキング対策も万全…な筈だ。

如月がこれを利用して、艤装に接続して意識を共有した時のように、

風呂場で繰り広げられた今回の戦闘の様子を

つぶさに観察していた可能性もあるが、さすがにそれは考え過ぎだろう。

 

売り込みを、所属する鎮守府の職場に無断で行っていたわけではないし、

業務時間外の余暇をどう使おうと、個人の自由ではある。

 

しかし。ニッチ産業界隈の昨今の流行(はやり)なのだろうか。

何でもかんでも忌雷型に形成しすぎなのでは。

 

 

 

「おーい、敷浪さん平戸ちゃん。やっほ~。」

見ると。温泉浴衣を身に着けた漣が、先程まで敵対していたのが嘘であったかのように、

すっかりリラックスした様子でちゃっかり深海忌雷のマッサージを受けていた。

バスタオルや浴衣など、この部屋の布類は何故か手つかずであった様である。

 

「ここは南国、パラダイスだよぉ…。」

 

マッサージ用の台の上で腹這いになり、両足を気ままにパタパタとさせながら

二人に向かって手を振っている。

 

平戸と敷波の二人にとって、この状況は

いろいろとツッコミどころが多すぎて、訳が分からない。

…是非とも説明を求めたい。責任者出て来てください。

 

部屋にはこのリゾート施設へ入浴に来た艦娘たちのほとんどが顔を揃えていた。

顧客のニーズを知り尽くした至れり尽くせりの按摩マッサージ指圧を堪能している。

 

漣をはじめ。皆、顔を弛緩させ、とろけた表情で心地よさそうだ。

体の揉みほぐし方が余程絶妙なのだろう。

ここまで精密な動作を可能にするとは、さすがは夕張謹製である。

口々に、”あ~そこそこ…。”だの、”ん~気持ちいい…。”だの言っているものだから、

とんだ勘違いをさせられてしまった。

どう勘違いしたかは、平戸たちの生涯の秘密だ。

 

それにしても、何という癒し空間。

部屋へ乗り込んできた二人の方が、ここへ根も葉もない言いがかりを付けに来た

ように思えてきて。

平戸と敷浪は狐につままれた気分だ。

 

 ただし。無事では済まなかった艦娘が、若干一名。

一番最初に捕縛された初風は、随分長いことマッサージされ続けていたのだろう。

マッサージ機自体の安全性には疑念の余地はなさそうだが、

過ぎたるは及ばざるがごとし。

 

大事なところを隠すことも忘れ、マッサージ台の上で、大の字に体を開いたまま

顔を上気させ、体を弓なりにしてビクンビクンと痙攣させている。

そういえば。初風はマッサージ機の一時停止機能を知らなかったか。

部屋を覗いていたあかつき?の反応が、妙な感じになるわけだ。

 

さすがに見るに忍びなく感じたのか。艦娘が何人か、

ぐったりとした初風のもとへ歩み寄り、

アダルトな方面に疎い平戸が、うろたえて身動きできないでいるうちに、

すっかりはだけてしまっている初風の浴衣を、手伝って元通り整えさせ、介抱を始めた。

 

 

 

 今回の騒ぎ。

結果的には、確かに実害を被った者はいなかった。某初風を除いて。

 

如月たちは鎮守府の経営改善のため率先して、

単に副業に従事していただけ、ということも明白であるが、

それを聞いても敷浪はどうにも釈然としない。

 

対処にあれだけ苦労させられたのだ。鎮守府の皆の気持ちを代弁するつもりはないが、

少なくともまとめ役としての立場から文句の一つも言いたくなる。

するとそれに対して如月は、敷浪とのやり取りを楽しむかのようにこう反論してきた。

 

「客寄せは行ったけど、見学を行ったうえで実際に体験するかは各自の自由意思よ?

強制なんかしないわよ。」

「それにしたって客の集め方が強引すぎるし、脱いだ服を無差別にクリーニングするのは

やりすぎじゃない?」

 

 敷波が苦言を呈するのを耳にした、如月と同じメイド服姿の一人の艦娘が、

涙目で無実を訴える。

 

「リモコンの調子がおかしくってぇ~。起動スイッチ入れたあと、全然言うこと

聞いてくれなくってぇ~。」

 

客寄せ係の彼女も、つい先ほどまで館内中散々追い回されていたらしい。

逃げ回らず素直に捕まっておけば、もっと早く異常の原因を報告できたのかもしれないが、

さすがに、そこまで求めるのは酷というものだろう。

 

 如月の側でも、危険性が無いことを外部に伝えようにも、

異常に気付き始めた当初は多勢に無勢で、

送り出したスタッフがすぐ連れ戻されてしまうので、マッサージルームからも出るに出られず、

館内を暴れまわる、客寄せ用にセッティングしたマッサージ機自体は

本来のパフォーマンスの域を超えて、客として設定した艦娘を引っ張ってくるだけで、

危害を加えたりすることはないので、

無闇に対処を試みて艦娘たちの体力を消耗させるよりも

動力切れを待つか、原因が特定されるまで気長に様子をみていたという訳だ。

 

「おかしいわね。うちの開発の品質管理は折り紙付きなのだけれど…。」

 

そう呟きつつリモコンを確かめていた如月は、驚いたように言う。

「あ…いけない。予備のリモコン、間違えて試運転用の持ってきちゃったみたい。

外見にほとんど違いが無いから見分けがつきにくいのよ…。ごめんねぇー。一般への

開放日じゃなくて、ほんと良かった。」

 

絶対、わざとだこの人…。

その場に居た全員の心の声がハモった。

 

 

 

 結局、客寄せ係の艦娘が持ち帰った試運転用から正規のリモコンへ電池を入れ替えて

マッサージ機を完全に停止させることで、入浴施設内で発生した今回の事件は解決した。

 

始めから電池を入れ替えればよかったのだが、

『これを使ってネ。』の簡潔な書き置きが、なにげに効果的であった。

そのことは、もちろん客寄せ係自身も気付いてはいない…。

 

 

 

 

 

 如月が、何やら此処(ここ)の責任者と随分、懇意にしているようで。

いろいろと売り込みを行っている、日頃からのよしみだろうか。

 

一般客の少ない平日ということもあり、貸し切りの時間を延長してもらって、

艦娘の皆は改めて露天風呂に入り直し、体を休めている。

平戸と初風の執務室コンビも、やれやれといった感じで、

お湯にゆったりと浸かっていた。

 

「無事で何よりでした初風ちゃん。一時はどうなることかと」

 

とはいえ。平戸は防戦のさなか、なかなか本腰を入れられない自分を感じてもいた。

まるでプライベートのスポーツ競技を行っているかのような違和感。

 

インターフェース部分のみの艦娘は、基本的に人間の少女と見分けがつかないが、

艦娘たちは誰もが皆等しく、歴戦の兵隊の業を背負ってもいる。

たとえ、艤装に接続していない不完全な状態であっても。

確信を持つまでには至らずとも、本気の殺気かそうでないかの区別くらいは、

それなりにつくのだ。

 

「次の休みまでの体力、使い果たした気分。あーもうっ。人騒がせにも程があるってば」

露天風呂の縁の岩に背中を預けて寄りかかる初風が、

今回の出来事に関してそう評するのは無理もないだろう。

 

たしかに、いろいろとギリギリですれすれな体験であった。

初風はマッサージルームでの出来事を、頭の中で思い返す。

 

まあ、軽い気持ちで無料体験に参加したのは自分だし?

ひどい目にあったのだけれども…。

 

「でも、ちょっと気持ちよかったかも…」

「えっ…」

「無し無しっ。今のは聞かなかったことにしてっ!」

 

初風はこの時、大人への階段を

一歩上がったのかもしれない。

 

「そ、そんなことより。平戸ちゃんの方こそ、さっきまでのゴタゴタ大変だったでしょ?

あたしは…ずっと寝っ転がってたみたいなもんだから。アハハハ」

 

「そうですね。大変だったですけど…」

 

平戸にも何か思うところがあるようである。

平戸の自発的な意思表示は結構珍しいことなので、初風も空気を読んで

邪魔をせずおとなしく言葉の続きを待つ。

 

「頭を働かせて状況に沿った作戦を練ったり、考えた作戦通りに体を動かしてうまく物事を

こなしていくことも私は好きなんだなって、わかったような気がします」

 

「そういうことが好きなんだ。そういえば平戸ちゃん、海上警備から転向してきた

んだっけ。へぇー。ふーん…。執務室にいる時の平戸ちゃんと違う新しい一面を見れた

ようで、なんか新鮮」

 

自分が楽しいことを見つけたかのように嬉しがる初風。

同じ鎮守府に所属する艦娘たちは、平戸の持つ”迷い”がどういった性質のものなのか、

ある程度把握できている。

 

「あたしには体を動かす楽しさとか実感が湧かないけど、自分のことが自分でよく掴め

ない苦しさみたいなのは、あたしにもそれなりにわかると思うから…。だからあたし、

平戸ちゃんのやりたいこと応援するよ」

 

自分を掴む、という感覚自体がまだ良く理解できていない平戸であったが。

これだけははっきりとわかった。

初風にとっては、平戸がこのまま執務の仕事を続けてくれて、二人体制の方が、

一人の場合と比べたら多かれ少なかれ負担が分散するはずだ。

にもかかわらず、こう言ってくれている。

平戸は胸の奥が暖かくなり、心が少し軽くなった気がした。

 

「…初風ちゃん」

「ん~?」

「ほら、頭の上。天の川。シリウス、プロキオン、ベテルギウス」

「それって、冬の星座じゃない?」

「ですねっ」

「なにそれぇ」

 

つい先程までの喧騒が嘘のように穏やかなひとときが流れる

露天風呂に、二人の楽しげな笑い声がこだました。

 

 

-「好き?嫌い?…キライ!?」おわり-

 

 

【追記】(2022-09-11)

本編の途中からここを読まれた方は、

本編の続き(08.「おでかけ」)もよろしければどうぞ…。

 

 

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