平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

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               【 過 去 : 世 界 】





          03-1.「 黄 昏 の 岸 辺 」前編(おまけつき)

 

 

 世界中の海に突如として出現した異形の怪物群。

それに対する起死回生の反攻作戦。

幾多の兵士たちの犠牲を後にして、辛くもたどり着いた敵軍の中枢。

そこで目にしたものは…。

美しい一人の“女性”だった。

 

俺は…引き金を引けなかった。

 

 

 

 

 

 辺りの空き地には、そろそろススキの穂が目立ち始めている。

季節は秋。木々の緑は勢いを減じ、そよ風も、ふとした拍子(ひょうし)に肌に冷たく感じられる。

 

つい近頃までは海岸べりまで雑木林ぐらいしか視界を遮るものの無かった、土を掘り起こされた

農地とビニールハウスの列の広がる広々とした光景の中を、

人と会う待ち合わせの場所に向かって、俺は歩みを進めていた。

 

港にはとぎれとぎれに間を開けてカモメの鳴き声が響き渡り、閑散(かんさん)としている。

まるで、打ち寄せる波の音のみが世界を支配しているかのようである。

 

泊地自体はそれなりの排水量の船舶の出入りが可能な良港ではあるのだが、

地上部の交通の利便性に乏しく、地理的にも特に目立った要衝(ようしょう)ではない為、廃漁村となっていたところを海軍が再整備し、

漁船など一般の船舶も含めた緊急時の避難所として最低限の港の整備がされているにすぎない。

 

 この海軍施設のメインは地上部。軍港とは名ばかりの菜園だ。

一応、周辺の(おおやけ)の事業所の食堂を相手に、定期的に健康志向の無農薬野菜として生鮮食料品を出荷してはいるが、口の悪い連中(れんちゅう)にはリタイア組のボランティア施設などと揶揄(やゆ)されている。

言い得て妙である。

 

 こんな毒にも薬にもならない、未来といえるものが存在するかも(さだ)かではない果ての地に、

何を血迷ったのか近年、次々と新しい建物が建てられ始めている。

 

プレハブではない、地盤に鋼杭(こうくい)をしっかりと打設(だせつ)された、立派な鉄骨コンクリート造の近代建築物である。

日が暮れた後もなお、煌々(こうこう)と明かりが灯り、場違い感がまことにすさまじい。

 

その新築物件に今度新しい住人が()してくるそうであり、ここに在籍している者の中ではどちらかというと若年(じゃくねん)に当たり、体力もそこそこある俺に出迎え役の白羽の矢が立ったというわけだ。

季節はそろそろ農閑期に差し掛かかろうかという頃合いであり、(ひま)なので構わないのだが。

 

 そして約束の時刻よりもいくらか早く。

 

「泊地管理センター」という御大層(ごたいそう)な名称にしては、はびこり放題の雑草に埋もれそうな、

()びてひしゃげた金網と風化しかけた砂利(じゃり)コン製の正門という少々貧相(ひんそう)搬入路(はんにゅうろ)の上で、

少なくとも外見はどこででも目にするような白いワゴンを前に俺はあっけに取られていた。

 

「久しぶりだな。」そう声を掛けられる。

 

身にまとう雰囲気が独特なので一目で区別がつく。

まさかこいつを此処(ここ)で目にする事になるとは全く思いもよらなかった。軍関係の研究職に()いたとは聞いていたが…。

 

一応、形ばかりの入場のサインを求める。これも出迎え役の役割の一つだ。

訳の分からぬまま相手に(そく)されワゴンに乗り込むと、センター内の短い距離を移動しすぐに車の外に出る。新築の建物の正面である。

 

周囲を低木の生け垣に囲まれている以外は特に飾り気のない、いかにも研究所といった感じの長方形のシンプルな建造物だ。

 

俺に続いて先ほどの人物も表に立つ。

俺の目の前には小ぶりなスーツケースを手にした背の高い女が立っていた。

 

一般的に見てだいぶ大柄な体格といえる俺とほぼ変わらない身長なので、女性としてはかなりの

長身だ。

ロングの黒髪を腰を越える位置まで無造作(むぞうさ)に垂らし、黒を基調としたタイトなジャケットとパンツに細身の体を包んでいる。

こいつの格好(かっこう)はいつもこうだ。この一着しか服を持っていないのではと勘繰(かんぐ)ってしまいそうになるくらいである。

 

「変わらないな。」考えるまでもなく、そう口に出してしまう。

「そうか?個人的にはいろいろあったのだが。そのあたりはまた、追々(おいおい)とな。」

ワゴンの中の人員とやり取りを始めながらそう返答された。

出来る事ならばあまり巻き込まないでいてくれると助かる…。

 

この女とは大学時代の同期である。

いわゆる天才と言われる(たぐい)の人種に相当(そうとう)し、常人の思考では思いもよらないような発想をする奴なので、いろいろと振り回された思い出しかない。

 

「さて、行くとしようか。荷物の方は少々扱いが難しいから、専門家に任せておけば良いだろう。」

そう言ってさっさと先に立って歩きだしていく。

 

なるほど。俺の役回りは荷物運びではなく、こいつの相手がメインということか。

基本的に他人を当てにせず自分のやり方で物事をどんどん進めていくのを好む人物なので、余計な気は回さずスーツケースは持たせておいた方がいい。

 

 建物の自動ドアを抜けると空調の良く利いた空間を横切っていく。

新築の建物の清潔感のある匂いが鼻に流れ込んできた。

 

この女との関わり合いは、放っておくと次々に深みにはまって気が付くと手遅れの場合が多いので、(おく)することなくこちらから積極的にコミュニケーションを取った方が無難(ぶなん)だ。

 

「この建物はいったい何なんだ?これからはお前がここに住むのか?」

 

それを聞いた女は愉快(ゆかい)そうに小さく苦笑する。手遅れにならぬうちにという頭の中での警戒を読まれたらしい。

 

「気になるのか?」

「よくわからんことに巻き込まれるのはごめんだからな。」

「先程、私のことを変わっていないと言ったが、君も学生の頃から少しも変わらないな…。その方がこちらにとっても好都合なのだが。」

 

一旦(いったん)その場に足を止め、大分(だいぶ)無沙汰(ぶさた)の間柄にしては不躾(ぶしつけ)な位にじろじろと足のつま先から頭のてっぺんまで眺めまわしてくる。

 

此処(ここ)は…まあ端的に言えば、ある新兵器の稼働試験の為の拠点の様なものでな、今のところ正式な採用には至っていないので十分な実績を積むために、統括本部(とうかつほんぶ)の研究施設とは離れたこの場所に開設されたという訳だ。」

「不安定で危なっかしいもんを隔離して試し打ちって事じゃないだろうな…。」

「なかなか鋭いな。」

「…おい。」

 

洒落(しゃれ)になっていない。人死にとか、勘弁(かんべん)してもらえないだろうか。

 

「そういった面も()きにしも(あら)ず、ということだ。そこまで確実性の薄い段階にあるものを、実働(じつどう)と大差の無いこんな開放的な場所で、これ程の本格的な資金を投下してまで扱ったりはするものか。」

 

新兵器…か。この時期に開発されているとなると、やはり対深海棲艦を見込んだ物だろうか。

この口ぶりからすると正式な採用まであと一歩といった所の様だが、

いずれにせよ、現役を引退したも同然(どうぜん)の俺にはかかわりのないことだ。

 

二人して再び歩き出す。

 

「此処にはその道に()けた兵士も一人、いることだしな。」

 

相手のその言葉の意味を理解して俺はまたしても足を止める。

俺よりも数歩先の廊下の入り口に立ち、女がこちらを振り返って言う。

 

「もう一度だけ、付き合ってみる気はないか?あの海上の悪夢たちに。」

 

 

 

 

 

 あの死地(しち)で、どうしてあのような行動をとってしまったのかは俺にもよくわからない。

さすがに俺は、生き馬の目を抜く戦場において敵対者が女性であるという理由だけで、

()げた手を振り下ろせなくなってしまう程、短絡的(たんらくてき)な思考の持ち主ではない…(はず)だ。

 

意表を突かれたという事もあったであろうし、度重(たびかさ)なる荒々しい戦闘のさなか、かの者から感じられた女性という概念が際立(きわだ)って見えたからかもしれない。

 

深海棲艦が、その多くは一見したところそうとは見えないが、人間の女性の姿を取っているのには諸説(しょせつ)あるが、

かつて我が国の中世時代に(ひたい)に”愛”という一文字を(かか)げた戦国武将がいたように、その姿であることで相手の敵意をひるませるという働きもあるのかもしれない。

 

正直、俺はもう戦闘に身を投じる気はなかった。

俺の様ないわくつきが現場でどのような扱いを受けるかはよく知っていたし、何より一度犯した過ちと同じ行為を、自分が戦場で再び繰り返すのではないかという危惧(きぐ)が心の中に強く根付いていた。

深海棲艦との戦闘ともなればなおさらである。

 

「…そもそも運任せで無理のある作戦であったのは間違いないわけだが。あのとき君の所属する部隊が壊滅(かいめつ)せずに敵将の首をとれていれば、(いち)(ばち)かの大博打(おおばくち)に勝利していたはず。しかしそうはならなかった。おかげで作戦の本隊は総崩れ、人類は人的、物的な大打撃をこうむったうえ制海権を失い、君は軍法会議でのスケープゴートは(まぬが)れたものの散々査問委員会(さもんいいんかい)に引っ張りまわされた

挙句(あげく)こんな辺境の地へ左遷(させん)され、ただでさえ政情不安定なこの時期、()らん波風(なみかぜ)を立てないように軟禁(なんきん)状態と、まあ、こんな感じか。十分に承知しているさ。」

「相変わらず、なかなかに手厳(てきび)しいな…。」

「何を今更(いまさら)。」

 

 建物の中の自分の仕事場に着いてスーツケースの中から引っ張り出した白衣をまとった後、

部屋の(すみ)の応接セットに座って俺と対面した白衣の女は、俺の戦歴のおおよそを何も見ずにすらすらとまとめあげて見せた。

聞けば、一応この建物の(あるじ)との事である。随分(ずいぶん)と偉くなったものだ。

 

「主任研究員とはいっても(ひら)の研究者に毛が生えた程度の立場だがな。」

白衣の女は何の気負(きお)いも感じさせず至極(しごく)当たり前の事の様にそう口にする。

 

しかし、その場で最も俺の印象に残ったのは、

冷蔵庫の中の水差しからコップに注がれた季節外れの麦茶の苦い味わいと、

女の(つぶや)いた一言だった。

 

「もしかしたら…君の探している答えが見つかるかもしれない。」

そのあと奴は、弁明(べんめい)するかの様にこう付け足したのだが。

 

「他者の本分(ほんぶん)など、私にあれこれ言えた事ではないな…。」

 

深海棲艦に対する切り札と俺の私事(わたくしごと)がどうつながるのか、皆目(かいもく)見当がつかない。

にもかかわらず、一旦(いったん)、普段通りの菜園での生活に戻ってからも、その言葉は俺の頭の中からなかなか離れようとはしなかった。

 

そして俺は再び、新築の建物の中の白衣の女の(もと)へと(おとず)れ、此処(ここ)に居る。

 

 

次回、「黄昏(たそがれ)の岸辺」後編。

研究所での邂逅(かいこう)シーンといったら、あれしかない。

 

以下、”おまけ”になります。(※肌色注意です。)

※ここからは時系列的に、【平戸ちゃんの時代】になります。




         (番外編)「 平戸ちゃんの出会い 」


 運命の出会い、とでもいうのだろうか。

その日、久々の休日で特にすることもなくふらりと「マミヤストア」に併設されたショッピングモールに立ち寄った平戸は、女性用衣料品店の店内で、とあるマネキンに目をくぎ付けにされた。

全身像ではなく女性の下半身のみをかたどったそれは、
店内の一段高い位置に設置され、展示されているものがいかにも大人向けの商品であるという気配を(ただよ)わせている。

それがどういったものなのかは平戸も承知している。
海防艦娘も、見てくれは幼くても精神面、知識面では大人の人間の女性を参照して構成されている
構造体だ。
十分承知はしているのだが…。

自分の外見に不釣り合いな品である事が分かってはいても、どうしてもそれから目を離せない。
ポケットの中をまさぐり、取り出した財布の中をのぞき込む。

所持金は足りるようだ。

 店内をうろうろしたりして散々逡巡(しゅんじゅん)した後、
平戸は丁度(ちょうど)通りかかった女性店員に声をかける。

「あ、あの…すみません。あの…あれ…。」

恥ずかし気にうつむき、しどろもどろに(くだん)の品を指さす。

しばらく何のことかと首をかしげていた女性店員だったが、(こと)(さっ)するとにっこりとほほ笑んで大きく(うなず)き、みなまで言わせず(すみ)の方の目立たないレジまで平戸を導く。

商品を紹介されて、それまで自分が思いつかなかったことも合わせて驚いたのだが、その品には背の低い子供用のサイズも用意があるとのことである。

さすがは艦娘御用達(ごようたつ)の商店である。人間界の常識では()(はか)れない。
いくつか試着させてもらったりして、平戸はごくベーシックなデザインのものを購入した。

ショッピングモールからの帰路、胸にしっかりと抱え込んだ紙袋の下で動悸(どうき)が収まらない平戸である。





しばらく後。

 平戸は紙袋を胸に抱きしめ、そっと自室の扉を開けて中をのぞき込む。
大抵の場合こんな時、運命がいたずらをして
背後から駆逐艦娘の(さざなみ)あたりが声をかけてきて、心臓が口から飛び出そうになったりするのがお決まりなのだが、その様な事もなく。
丁度(ちょうど)良い具合に部屋の中にも同室の艦娘の姿は見当たらない。

部屋の中へと滑り込み、そそくさと部屋の扉を閉じると
同居人と兼用の小さなクロ-ゼットへと駆け寄り、クローゼットの両開きの扉の(かげ)で紙袋の中身を取り出す。

ガーターベルト。

 腰まで(おお)われるパンティストッキングとは違い、太ももまでしかないガーターストッキングがずり落ちない様、腰の部分で支えるベルト状の女性用下着の一種。

目の前に(かか)げ、ところどころがレースで飾られたそれをしばらくの間
魅入(みい)られたように眺めていたが、そうしていても仕方(しかた)のないことに気付き、作業を続ける。

平戸はスカートとその下の子供パンツを脱ぎ去り下半身だけ裸になる。
無毛。つるつるである。何がとは言わないが。

店で教わった通りガーターを腰につけ、合わせて購入した専用のストッキングを()いて
太ももの位置まで伸びたベルトの先の金具でストッキングの上端を固定する。
慣れていないのでいささか手間取ったが、何とか身動きしやすいように着用できた。

ガーターの上から子供パンツを履きなおす。
店では勘違いしてガーターの下に履いてしまったが、正しい順番を店員さんが教えてくれた。

スカートも身に着け、身だしなみを整える。これで一安心だ。

この鎮守府にストッキングを着用している艦娘は少ないが、
平戸は普段から(すそ)の長いゆったりとしたスカートを愛用しているので
簡単には気付かれないだろう。

自分の寝台まで歩いて腰を下ろし一息つく。

 しばらくぼーっとしていた平戸は、なんとなく思いついて。
スカートの端をそっと子供パンツぎりぎりまで(まく)り上げてみた。

めくれたやわらかなスカートの下の、ガーターとストッキングに(いろど)られた
自分の太ももを(なが)めていると。
悲しいような、(うれ)しいような、なんとも言えない桃色の感情が胸に()き上がってくる…。

はっと我に返る。
私、何してるんだろう。

(あわ)てて寝台から立ち上がると、上気(じょうき)した(ほほ)を手でこすって平常心を取り戻し、
誰かに見られていやしなかっただろうかと周囲を気にしつつ、自室を後にする。

清楚(せいそ)なアコーディオンプリーツスカートの下には、
しっかりとガーターベルトを付けたまま。


(番外編)「平戸ちゃんの出会い」 おしまい。
引き続き本編連載中。(ダイマ)

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