平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

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          04. 「 資 材 倉 庫 」

 

 

 天井の高い広々とした屋内に、巨大なラックが所狭(ところせま)しと立ち並んでいる。

平戸が棚に設置された操作ボタンを押すと電動式のラックが移動を始めた。

 

ここは鎮守府の湾内に、海上へ突き出すように設営されている「資材倉庫」である。

いくつかのフロートで構成されている浮島で、陸上からも海上からも資材搬入のアクセスが容易なように設計されている。

 

特に重要なのが海上からのアクセスで、

海上にいる艤装を装着済みの艦娘が、倉庫内からベルトコンベアで運び出されてくる各種資材に直接手を触れると、

艦娘用に調整済みの資材が体の中へと吸収されていく、という塩梅(あんばい)である。

ちなみに、艤装を装着していない艦娘が資材に触れても吸収されてはいかない。

 

 警告音と共に横移動していたラックが定位置に収まり、次のラックが目にできるようになる。

今度はラックの棚の上下移動だ。

 

扱うものがいずれもそれなりの重量物であるため収納と出庫はすべて自動である。

だが、数か月に一度こうやって目視での数量の確認が行われていた。

今日の平戸の仕事は鎮守府の本棟を離れ、資材倉庫で在庫確認の作業である。

 

落下物の危険があるので構内では保護帽(ヘルメット)と安全靴の着用を義務付けられている。

硬質樹脂製の黄色い保護帽(ヘルメット)は一番小さいサイズにもかかわらず

平戸の頭には少しばかり大き目で、グラグラとずれてしまいなんとなく付け心地が悪そうだ。

(ほこり)の立つ汚れ作業でもあるので着用しているのは持参した体操服である。

 

 ようやく目的の場所を確認できるようになったので棚の照明をつけ、

平戸は歩きながら手に持ったファイルの品番と照らし合わせて、弾薬の収まっている箱の数量の

指差し確認を始めた。

 

単純作業ではあるが、効率よく在庫の数を数えるためには記憶力が欠かせない。

何処(どこ)に何が、どれだけ収納されているかがあらかじめわかっていれば、

かなりの二度手間をなくせる。

 

記憶力は平戸の秀でた分野でもあるので、当の平戸自身は一生懸命に作業中なのだが、

はたから見た場合面白いように検品が進んでいく。

 

 午前中早くから提督と一緒に作業を始めて、昼食をはさみ、もう昼下がり。

今日の分のノルマが早めに終わり汗もかいたので、平戸はしばしの間、その場を離れる。

 

守衛室のそばにある、体操服に着替えた更衣室の入り口の横を通り過ぎ、

大きくシャッターの開かれた搬入口の近くに立って外気に触れ、体の火照(ほて)りを取る。

 

薄暗い倉庫内から、陸まで伸びた道路の向こうに見える

明るい太陽の光に照らされた鎮守府の緑を眺めつつ。

廊下の窓拭きの時のあかつき?の言葉が思い起こされた。

 

…そろそろ、暑くなってくるかな。

 

熱のこもりやすい倉庫内とは違い、倉庫の外から流れ込むそよ風は、

初夏とはいえほとんど熱を帯びていず、未だにからっとしたすがすがしさを(たも)っていた。

 

「…気持ちいい。」

 

のんびりと深呼吸をしていると、

バタン、と平戸の背後で物音がした。

 

「…?」

 

物音は守衛室のあたりから聞こえたが、

元々倉庫内に人影は少ないとはいえ、ここで働いているのは、なにも提督と平戸だけではない。

 

あまり長く留守にしてもいられない。提督の仕事も可能ならば手伝わなくては。

 

「さて…と。」

外の空気を吸えてすっきりとしたので平戸はその場を後にした。

 

 

 

 それよりもほんの少し前。

提督は目の前に積み上げられたインゴットの数を確認しながら、ふと思う。

平戸は本日の分のここでの仕事をそろそろ終えた頃合(ころあ)いだろうか。

 

略式の階級章が胸のあたりに付けられた、長袖長ズボンの作業服姿で仕事をしているのだが、

その格好(かっこう)だと狭い棚の中で身を屈めての目視の作業は、季節的にそろそろ

暑苦しく感じられ始めてきていた。

 

とはいえ。資材の在庫確認は通常は事務方の職員が行うものではあるが、品数も多く、

例によって例のごとく財政的な理由で人手を増やすのもままならないので、

時間に余裕のある時は提督を含め、他の部署の人員も率先(そっせん)して行うことにしている。

 

平戸は放っておくと他の人の仕事までさっさとこなしてしまうので、

一人だけに負担を押し付けるわけにはいかない。

まがりなりにも鎮守府最高責任者の端くれ。威厳を保っておくためにも負けてばかりはいられないのである。

提督は仕事のピッチを上げ、そのラックの確認を終えると、

ボタンを押して次のラックの準備をする。

 

 

 

 初風は追い詰められていた。

 

普段動かない隣のラックが移動を始めた時は驚いたが、

さすがにリストに載っていない(から)の棚までは確認しには来ないだろう。

そこまではいいのだが。

 

問題は初風自身である。人けの無い倉庫の中では確実に目につく。

かといって、目の前の「ブツ」の物陰に隠れたのでは本末転倒。

これを提督に見つかるわけにはいかないのである。

 

しかも用意しておいた(はず)素性(すじょう)を隠すための物が、肝心(かんじん)な時に見当たらない。

 

確認しには来ないのだから、そのままその場所に隠れれば良いのであろうが、

気が動転しているのでうまく頭が回っていなかった。

 

初風は何を思ったか突然、上半身のTシャツの(すそ)に手をかけるとためらいもなく(まく)り上げて、

パステルカラーの存外(ぞんがい)可愛らしいスポーツブラをあらわにする。

 

何故(なぜ)、脱ぐ。

 

続けざまに、身に着けていた体操服と、ついでに下着もきれいさっぱり己の体から()()って、

棚にある「ブツ」の奥の隙間(すきま)に押し込む。

ヘアゴムで素早く髪をまとめ、髪形を変える。

 

…入口そばの更衣室まで行けば、体操服に着替える前の制服もあるし。何とかなる。

重要なのは、相手の印象に残らないようにふるまうことっ!ええい、ままよ!

 

それ以上あれこれと深くは考えずに、初風は開かれたラックの間の通路へと飛び出した。

 

 

 

 提督が忙しく検品を行っていると、背後で物音がしてなんとなく振り返る。

 

いきなり目の前に飛び出してきたのは淡い水色の髪の毛の一人の少女であった。

ローファーと靴下だけを履いて、体には何も(まと)っていない。素っ裸だ。

 

「そんな格好(かっこう)で一体何してるんだ?はつか…。」

「初風とか知りません。通りすがりの、(ただ)の可愛い女の子ですから。」

 

新手(あらて)の、何かのプレイであろうか。

昨今(さっこん)の性癖は多種多様で幅広いので、提督も(すべ)てを把握しきれているとは思っていない。

 

「いや、知りませんも何も…。」

 

提督は内心、呆気(あっけ)に取られていたこともあり、初風のトレードマークである薄い胸に反射的に目をやってしまいそうになるが、(あわ)てて目をそらす。

人間ではないとはいえ、精神構造はまぎれもなく年頃の女性そのものなのだ。

その辺りの配慮は忘れてはならない。

 

だが一足遅く、自分という個の判断基準を胸の容積に置かれた事に勘付(かんづ)いたのか、

初風は憤慨(ふんがい)するように言う。

 

「小さいと、動きやすくて結構(けっこう)助かっちゃうんだからねっ!文句あるっ?!」

「そうなのか。」

 

そんな風に水を向けられれば、(いや)(おう)にもその部位を注視してしまう。

いろいろな意味で“よく理解”できてしまった提督である。

 

…ある特殊な条件によってしか初期状態以上の体の成長が発現しない艦娘であるが故に、艦型相応の膨らみ始めの形状を保つ(ほとん)隆起(りゅうき)の見られない胸元は、頂点の突出(とっしゅつ)がまだそうとわかる程にははっきりとしておらず、それに呼応するかのように色の境目から先端部まではぷっくりとした盛り上がりを見せ、(つや)()びた桜色に(いろど)られていた。

 

要するに、だ。“確かに”小さい。芸術的なまでに。別に悪い事ではない。

 

「…あ。」初風がちょっと間の抜けたような声を出す。

 

まな板を自分で認めてしまった上に、

言った後でようやく、この話題の方向性が(おのれ)の現在の姿を際立(きわだ)たせているという影響について思い至ったのか、

恥ずかしさで首から頭のてっぺんまで一気に茹蛸(ゆでだこ)の様な真っ赤な色に染まる初風である。

 

「~~~?!~~ッ!!」

 

最早(もはや)、印象に残さない為の自然な身のこなしも何もなく、大慌てで胸を()(いだ)き露出した小さな膨らみを隠す。

 

「そ、それじゃあこれで失礼いたしますです。この馬鹿あどーっ!!」

 

何だ、馬鹿あどって…ああ、アドミラルの略か…。

 

盛大(せいだい)に自滅し、負け惜しみのような()台詞(ぜりふ)を残してその場から駆け去る、

まことにがっかりな艦娘であった。

 

 一体、何だったのだろう…。

 

本来ならば、部外者立入禁止区画の範囲内に(いく)ばくかのイレギュラーな事態が生じた時点で、周辺の状況を精査(せいさ)すべきであろうが、

手の空いた執務関係者が此処(ここ)に居る事自体は何らおかしな事ではない。

初風についても、仕事の遂行上の短所はいろいろと見受けられるが、

その人となりは把握し提督なりに信頼もしている。

 

まあ、倉庫内での保護帽(ヘルメット)と安全靴の着用くらいは注意しておいた方がいいかもしれない。

…フェチ感が増すかもしれないが。

 

「提督。」

「平戸か。」

 

そろそろ来る頃合(ころあ)いだとは感じていた。残るノルマもあと少し。平戸に手伝わせずに済みそうだ。

 

「何か、ありましたか?」

 

まあ、()に妙な雰囲気が残っていても(いた)(かた)のない様な出来事ではあった。

 

(いや)、個人的に気になる事があっただけだ。大した事じゃない。」

 

さっさと作業を済ませてしまおう。(きびす)を返そうとした時、

提督の足のつま先にコツン、と。何か当たるものがある。

拾い上げてみるとそれは、

有名な「赤いリボンの白猫のキャラクター」をかたどった安物のお面であった。

 

「何ですか?」

背伸びをして平戸が提督の手元をのぞき込む。

 

「あ、かわいい。」

「好きなのか?」

 

平戸は目をぱちくりとさせると、

 

「あ、いえ。そのキャラクター、雑誌とかでよく見かけるので。」

 

艦娘の間でも結構ポピュラーであったらしい。

元々著名で人気の高いキャラクターではあるのだが、

それだけではなく、この鎮守府内においては妙に名物じみた扱いをされているようだ。

 

「しかし、何だってこんなものが…。」

 

心当たりといえば、あれしかないであろうが、

答えの出ないことをあれこれ考えていても仕方がない。

 

「平戸はその辺りで休んでいてくれ。手早く済ますから。」

「私も微力ながらお手伝いを…。」

 

軽く外の空気を吸ってきましたと言って休もうとしない平戸と一緒に

残りの仕事を済ませると、

次の人が作業をしやすいようにラックの周辺を整え、二人は倉庫内を後にした。

 

 

 

 

 

 倉庫の入り口にある自販機で提督は無糖のコーヒーを購入し、

平戸の好みを(たず)ねて冷たいココアを買い与えると本棟へ向かって歩き出す。

 

初めの頃はしきりに遠慮していた平戸も、

提督の好意でふるまわれる就業時間中のこの買い食いのほのかな甘みが、

今ではちょっとした楽しみになっていた。

なんとなく提督の方も、熱心に平戸に選ばせようとしていたが。

 

更衣室で着替えを済ませ、平戸と提督は普段の制服姿である。

 

初夏の涼しい潮風に吹かれながら波の穏やかな海の光景を横目に。

船揚げ場に沿った道路を、これからのお互いの仕事の見通しなどを話しながらのんびりと歩く。

 

「ところで、休日はしっかりと休養を取れたのか?平戸。」

「はい。ちょうどお茶菓子も切れかかっていたので、マミヤさんでまとまった注文も出来ましたし、色々得るところもあったと思います。…い、いろいろですよ?はい…。」

 

急に何かを思い出したかのように言い淀み、

うつむき加減に提督から目をそらした平戸であったが、

提督がそれに反応するより先に、さっさと次の話題に切り替える。

 

「開発の夕張さんが、10cm連装高角砲の方が、もう少しどうにかなりそうだそうです。」

「開発の方で、何とかなるなら助かる…。あれは結構、不足しがちだから。」

「そういえば提督、今年の総会にも直接、参加されるのですか?」

「参加しないわけにはいかないだろうな。鎮守府の評価にまともに影響するし。」

「そうですか。それでは今年もお(とも)させていただきますね。」

「…そうだな。」

 

やがて風通しの良い手入れの行き届いた松林の木陰に差し掛かり、

提督と平戸はベンチに腰掛けると、二人で先ほど買った飲料のプルタブをあけて中身を口にする。

 

 船揚げ場に面したこの場所は、資材倉庫からの帰りに提督が必ず立ち寄る場所だ。

此処(ここ)に来ると提督は決まって、緊張感から心を解放された様な、とても優しい顔立ちになる。

平戸は提督の、その穏やかな表情が好きであった。

 

提督の心の中に誰かの姿があることは、平戸も気付いている。

 

この体の大きく、がっしりとした体躯(たいく)を持つ老兵に、

ここまでその心に安らぎを与え、ここまで穏やかな顔にさせる存在とは、

一体どんな人なんだろう。

 

会って、みたいな…。

 

その人物に思いを()せ、提督と共に、陽光に照らされた波の穏やかな海の景色を眺めつつ。

普段からそれが当たり前の事のように、どこかが張りつめていた平戸の気持ちも、

その場限(ばかぎ)りの一時的な事とはいえ、自然と軽くなっていく。

 

まるで何者かの強い願いが、その場所に宿っているかのように。

 

「そろそろ行くか、平戸。」

 

提督に声をかけられて、平戸は我に返る。

十分ほどの間の(はず)なのに、ずいぶんと長いこと此処(ここ)(とど)まっていたように思える。

 

「そうですね。ココア、おいしかったです。ごちそうさまでした。」

 

手を差し出してきた提督に、いつもの様に空き缶を手渡すと、二人で肩を並べて帰路につく。

肩を並べる、というには、少しばかり身長差がありすぎるが。

 

人のいなくなったベンチはその二人を見送るかのように、静かにそよ風の中(たたず)んでいた。

 

 

 

 

 

 その日の夕方。

そろそろ就業時間も終わりになろうかという時刻。

平戸は、別々の場所で会議に参加していた初風と廊下ですれ違った。

ファイルを持つ手をだらんと力なく垂らし、げんなりとした様子で元気がない。

どこか体の調子でも悪いのだろうか。

 

心配になった平戸が声をかけようとすると、

初風の方からスタスタと近づいてきて平戸の目をじっと見つめる。

 

「あの、ね、平戸ちゃん。私たちって、同じに見えるわよね?」

 

そう、聞かれた。

 

「……?」

 

平戸は思わず首をかしげてしまう。

誰が聞いても、質問している初風本人にとっても何を言っているのかよくわからないような質問であったが、

平戸は真面目に頭を働かせ律儀(りちぎ)に答えてくれる。

 

「あー、えっと…。見る人による、と思いますけど…。」

「ほら、私たちって人間と違うじゃない?種族が違うと見分けがつかないって、聞いたことがある…から?」

 

すがるように意気込(いきご)んで聞いてきたものの、語尾に行くにしたがって声が小さく、弱々しくなる。

体調が悪いというよりも、どうやら何かに自信を失って気に病んでいる様子である。

平戸は初風の自信の回復につながるよう、言葉を選びながら返答した。

 

「そうですね。それは、私も聞いたことがあります。確かに服とか、髪形とか違わないと、人からは見分けがつきにくいかも…。」

 

それを聞いて、それまでしょげこんでいた初風の様子が見るからに回復する。

 

「そうでしょう?そうよねっ。良かった!なあんだ、あれこれ悩んで損しちゃったじゃない。あいつったらまったく、こっちに世話ばかりかけさせるんだから!」

 

先程までとは打って変わって元気になり、今度は大笑いを始める初風である。

目の前で何が起きているのか、今一つ理解できていない平戸であったが。

とりあえず、初風が元気になったようでよかったと安心するのであった。

 

 

次回、「いなづま」

うわょぅι゛よつよい。

 

 

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