【 過 去 : 世 界 】
その身に
海上を、10tトラックほどの大きさを持つ
かつて人と人との間で行われた大戦の折、数々の悲劇から生み出された意識体、
海底にわだかまる
その形状には、いわゆる、”軍艦”と呼ばれるものの特徴が
色濃く反映されている。
深海棲艦の解き放つ、激しい意志のこもった一撃一撃が外殻を揺さぶり、
その振動が絶え間なく内部にまで伝わってくる。
俺は、その怪物じみた姿を持つ存在からの激しい介入を
小型駆逐艇に備えられた
22mm常温超電導コイル機関砲弾。
特殊金属の
遠心加速器によって推進力を得ると、
砲弾内部の永久電流により反動を生むことなく、磁力を帯びた砲身を駆け抜け
標的の船体に到達、着弾時の衝撃によりキャップ内側のコイル構造の安定性が失われ、
その威力においても、運用にかかる資金においても、これほど規格外の兵器をもってしても、
数発程度の直撃では深海棲艦に対して満足に損傷を与える事すら
俺と共闘する、もう一隻の影を先程からしつこく付け狙う小うるさいハエの動きを止めるべく。
不意を突いて標的の
狙いすました一撃一撃を
俺の乗る小型駆逐艇は、一人乗りのスノーモービルを何倍かに拡大し、
流線型のぶ厚い装甲をかぶせたような外観で、
ワンボックスカー程の大きさしかなく速度があり非常に小回りが
”AB艇”とは違い、主に水上の標的を対象として設計されたものだ。
操船から兵装の取り回しまで、すべて一人でこなす必要があるとはいえ、
単純な素早さでは引けを取らないはずだ。
深海棲艦が海上に現れたばかりの初期の頃は、哨戒魚雷艇に似た感じで軽量化魚雷を主兵装としていたのだが、
かさばるので積載数も少なく、水中を進む人工の兵器では威力
相手は驚くほど柔軟にこちらの攻撃手段に合わせて動きを変えてくる。
やはり、生き物は勝手が違うということか。
それならば。こちらもそちらと同様に生き物であるという事を知らしめてやるだけである。
《…深海棲艦との戦いは、いわば
艦娘を介すことで、より効率よく深海棲艦側へと人の思いを
ところが、直接人間が深海棲艦に対しての介入を試みた場合、
目視以外にも攻撃を加える相手の存在を五感で感じ取る必要があり、
それが欠けている場合どんなに威力の高い兵器を使用したとしても深海棲艦の
十分な効果が得られないのだと言う。
故に、従来の戦闘においては有効とされていた長距離破壊兵器を使用する事ができないため、
このような前時代的な一騎打ち
それが物的、人的な損害を加速させてもいた。
艤装を装着することにより単体で深海棲艦に匹敵する性能を発揮できる艦娘という存在は、
その
敵船体を
その
先程からやけにすばしっこい個体である。
ニヤリとする。
当てられないくらいの
向こうから当てやすい位置へと近づけさせれば良い。
もらった!
分かりやすいフラグを立てると同時に、水面下からぬっと、
高々と振り上げられる。
間に合わない!
この攻撃パターンは
腕は、反則だろう!!
あわや、という所で目前の怪物が轟音と共に
俺の駆逐艇は巻き上がった爆炎と水煙に包まれる。
そのまま煙の中を突き抜け、
程なくして通常視で見通しがきくようになったフロントディスプレイを、
スカートの
援護をするつもりが、かえって助けられてしまった。
俺は周囲の安全を確認後、小型駆逐艇の速度を落とし密閉式のハッチを開放して
操縦席から身を乗り出した。
完全に活動を止め、もはや波に揺られるがままに海面にぷかぷかと浮かぶ、
生物のものとも、無生物のものともとれる数多くの
「まったく、たいしたもんだな…。」
あの水槽の前で
俺の相方は、母港の海岸線からさほど遠くはないこの付近に出現する深海棲艦に限って言えば、
今までに俺の見てきたどんな
「いなづま」。
封印庫と呼ばれていた地下の空間の、水槽の中で眠っていた例の少女である。
水槽の前でもそう説明されていた通り、彼女は深海棲艦を素材にして人工的に形成された兵器だ。
栗色の髪の毛を身動きに支障が無いよう古風な
女学生式の典型的なセーラー服を着用しており、今は背中や手足に艤装と呼ばれる特殊な機器を
装着しているが、
それを除けば十歳前後といわれても疑いをもたれない様な、
その小さく細っこい体の
始めのうちこそ俺たち二人の姿を目にするなり
機械仕掛けのような目を文字通り光輝かせて突進してきていた深海棲艦たちだが、すっかり顔を
覚えられたようで、
今では海上でいざ
人類の天敵とまで形容された怪物たちがすっかり
数が増え、上位クラスともなれば話はまた別なのかもしれないが、
その辺りはまだこれからといった所だ。
「えへへー。頑張って聞かん坊どもを、お
見かけは小さくても艤装を付ければ通常の艦船と同等の馬力を持つ存在である。
俺の小型艇を横転させないよう速度に気を払いながら、十分に距離を保ちつつ開放したハッチに
近づいてくるが、
こちらはいつも通りそれなりに波は被ってしまうし、
戦闘時の騒音下でなければ、遠くにいても不思議と声は機器を
介さず
俺は話しかける。
「
かなりの量を間引いたんだ。そろそろ効果が現れてきたんじゃないか?」
「そんなにしおらしい子たちではないのです。まだまだ、油断は出来ないのですよ?提督。」
「その呼び方、まだ慣れないな…。」
そう。いなづまは俺のことを「提督」と呼ぶ。
一応、直接的に監督する立場に置かれているのは俺なのだが、
しかも軍内部での正式な位置づけすらも
海軍指揮下の遊撃部隊に準じる
という扱われ方であるにもかかわらず、だ。
「提督は自身が提督であることを自覚して、提督としての心構えを、もっと持つべきだと
思うのです提督。」
「…もしかして単にその単語を使いたいだけじゃないだろうな?」
「そんな安い女ではないのです。言動の一つ一つにしっかりとした意味合いが…?!」
俺が再び艇の外へ顔をのぞかせて視線を注いでいるのに気付き、
ゆっくりとこちらとすれ違いつつ、いなづまは
いなづまは水槽を出る前にあらかじめ、ある程度の人間社会に関する事前学習、
刷り込みはなされていたようで、言葉や生活に不自由するような様子は当初から見られない。
水槽の中から出て目を覚ましたばかりの頃の彼女は誰のそばにも近寄らず、おどおどと周囲の様子を
というよりも人間というものをある程度把握できたからだろう。
念には念を入れて、その海域に留まってはみたものの、
いっこうに新たな獲物が姿を表す気配はない。
することもなく、
そろそろ日も傾いてきたことだし、あまり深追いしすぎるのも得策ではないので、
いつもよりも少しばかり時間が早めだが今日はこの辺で仕事を切り上げることにする。
「夕やーけこやけーの赤とーんーぼー…♪」
俺の艇のすぐ前を夕焼けに赤く染まった背中をこちらに向け、
いなづまがお気に入りの童謡を口ずさみながら巡航速度で母港への帰路を行く。
そういえば、俺といなづまが出会った頃は
深海棲艦とはまた別の存在となって初めて見る野外の光景に、
その赤い鮮やかさが強く印象に残ったのかもしれない。
歌詞も終盤に差し掛かる。
「お里ーの便りーも絶えはーてーたー…♪」
悩ませるつもりはないのだがどうしても気になったので、
原型であり親類の様なものである深海棲艦と戦闘を行うことについて
いなづま自身がどう思っているのかを問いかけたところ、
彼女にとって深海棲艦という存在は、人間の感覚で言うところの、
“自分の心の
それほどの罪悪感はないのだそうだ。
遠くに母港の姿が認められるようになってくる。
夜の明かりがぽつりぽつりと
見る者に
今は、あそこが俺たちの帰るべき場所だ。それで良しとしようではないか。
春。寒さの厳しい季節もどうやら過ぎ去り、
こころなしか、水も氷のような冷たさからぬるみ始めているような気がする。
田舎の片隅にある菜園では、
すでに完成している「技術棟」以外の建物の本格的な建設も始まっていた。
あれが、この海軍施設の新たな本棟となるらしい。
俺は今、技術棟にある当直室の一つを間借りして生活していた。
部屋に風呂や洗濯機は無いがキッチントイレ付きの六畳間でベランダからの風通しもよく、
なかなか快適だ。
いつものように朝早く、地下から地上の階へと上がって来ていたいなづまが、
駆逐艇の船体の整備を終えて部屋へと戻ってきた俺に元気に挨拶をする。
部屋の中には、すきっ腹にこたえるうまそうな香りが…。
「朝早くからいつも世話になるな、いなづま。お前の方もいろいろと忙しいだろうに…。」
「今日はたらこを焼いたのです!」
開口一番そうきたか…。
このスケソウダラの卵巣の塩漬けはいなずまの好物である。
と言っても、初めからそうだったわけではなく、
俺の部屋の冷蔵庫に常備されているのを口にしているうちに
病みつきになったらしい。
グリルで丁寧に焦げ目をつけ、香ばしい匂いの立ち上るそれを切り分ける。
小分けにしたたらこ、鰹節のかかったキャベツのおひたし、ジャガイモの味噌汁。海苔。
手の込んだ料理ではないが、
ろくに調理しないインスタント食品ばかりを口にしていた身からすれば、
どれも“温かく”ありがたい。
「いただきます。」
さっそく熱い味噌汁をすすりながら。
菜園で働いている、以前の職場の友人からもらった、おすそ分けの海苔で
白米とたらこを巻いて口に運ぶ。
卓袱台を挟み、俺とは向かい側の座布団にペタンと腰を下ろして、
いなづまはモグモグと口を噛みしめながら、幸せそうにとろけた満面の笑顔。
たらことおひたしは、食器を洗うのが面倒なので二人一緒の器である。
食事は始まったばかり。
キャベツは
俺は相手の箸の動きの減速を見込んで、ボソッと魔法の言葉を口にする。
「…炭水化物はな…太るぞ。」
いなずまの肩がびくっと震え箸の動きが止まる。
たらこは海苔で白米と一緒に食してこそうまい。
単品では、その魅力を存分に味わえないものであるからこその
これで、
「ふ、ふーん。いなづまは放電現象なのですから駄肉の塊とは無縁なのです…よ?」
よくわからない理屈を口にする。
「お前、本当にたらこ、好きだよな。」
…しまった。
得たり、とばかりに。
いなづまの目がキラリーンッ!と輝いた。
「【wiki】なのです(←息継ぎ)【wiki】」
「電ステイ。」
素早く名前を呼ぼうとして脳内イメージが漢字になってしまった。あまり意味はない。
温かいお茶を湯呑に注いで一杯飲ませ、一息つかせる。
「ごめんなさいなのです提督。食事中にお騒がせして…。」
「まあ、好きなものがあるのはいいことじゃないか。俺もたらこは子供の頃から好きだったし、
気持ちはわかる。ほら、とりあえずキャベツでも食え。」
それとなく、そっちを
「そう言ってもらえるとなんだか嬉しいのです。」
「…食事中の
苦笑いをしつつ、
こうして言葉を交わしていると改めて、
人間もいなづまも考えていることには大差がないように思える。
人間社会で生きるために必要な知識の刷り込み
感性というか、もっと根本的な物事の感じ方の部分で、とても
いなづまと接していると、
あの作戦の時の。己の背任行為にも少しは意味があったのではないか、
そんな現実逃避じみた愚考も思い浮かんでくるのだ。
結果として、多くの兵士達の命を、無駄に費やさせてしまったことに対する罪悪感が。
自分で気付いている以上に俺の心に重くのしかかっているのを感じる。
その言い逃れに利用していることに対する、後ろめたさと共に。
それとは別の、安らぎともいえる何かを。
俺は心のどこかで、この人の形をした小さな存在に対して認識し始めていた。
《…数か月後。海軍統括機関本部にて、ある作戦が
《指示を受け、人々の間を
次回、「平戸のお仕事」