平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

7 / 31



               【 過 去 : 世 界 】





          05. 「 い な づ ま 」

 

 

 その身に(まと)った可視化される程の、漆黒の負の感情を周囲に振りまきながら。

海上を、10tトラックほどの大きさを持つ(いく)つもの巨体が縦横無尽(じゅうおうむじん)跋扈(ばっこ)する。

 

かつて人と人との間で行われた大戦の折、数々の悲劇から生み出された意識体、

海底にわだかまる怨嗟(えんさ)に端を発すると言われる異形の海生生物群、「深海棲艦」である。

 

その形状には、いわゆる、”軍艦”と呼ばれるものの特徴が

色濃く反映されている。

 

深海棲艦の解き放つ、激しい意志のこもった一撃一撃が外殻を揺さぶり、

その振動が絶え間なく内部にまで伝わってくる。

俺は、その怪物じみた姿を持つ存在からの激しい介入を(かわ)しながら、

小型駆逐艇に備えられた得物(えもの)で狙いを定める。

 

 22mm常温超電導コイル機関砲弾。

特殊金属の析出(せきしゅつ)により形成されたコイル構造と、超電導接合によって構成されている砲弾は、

遠心加速器によって推進力を得ると、

砲弾内部の永久電流により反動を生むことなく、磁力を帯びた砲身を駆け抜け跳躍(ちょうやく)し、

標的の船体に到達、着弾時の衝撃によりキャップ内側のコイル構造の安定性が失われ、

()め込んでいた膨大なエネルギーを一気に放出し標的の船体を蒸発、破裂させる。

 

その威力においても、運用にかかる資金においても、これほど規格外の兵器をもってしても、

数発程度の直撃では深海棲艦に対して満足に損傷を与える事すら(かな)わない。

 

(あせ)らず()見計(みはか)らい、

俺と共闘する、もう一隻の影を先程からしつこく付け狙う小うるさいハエの動きを止めるべく。

不意を突いて標的の継手(つぎて)部分に何発か見舞(みま)うが、通常ならば避けられるとは思えない様な

狙いすました一撃一撃を体躯(たいく)をひねるようにして身軽に(かわ)される。

 

 俺の乗る小型駆逐艇は、一人乗りのスノーモービルを何倍かに拡大し、

流線型のぶ厚い装甲をかぶせたような外観で、

ワンボックスカー程の大きさしかなく速度があり非常に小回りが()く。

 

”AB艇”とは違い、主に水上の標的を対象として設計されたものだ。

操船から兵装の取り回しまで、すべて一人でこなす必要があるとはいえ、

単純な素早さでは引けを取らないはずだ。

 

深海棲艦が海上に現れたばかりの初期の頃は、哨戒魚雷艇に似た感じで軽量化魚雷を主兵装としていたのだが、

かさばるので積載数も少なく、水中を進む人工の兵器では威力云々(うんぬん)以前に(ろく)に命中させることができない有様(ありさま)であった。

相手は驚くほど柔軟にこちらの攻撃手段に合わせて動きを変えてくる。

 

やはり、生き物は勝手が違うということか。

それならば。こちらもそちらと同様に生き物であるという事を知らしめてやるだけである。

 

 

 

《…深海棲艦との戦いは、いわば願掛(がんか)け、交渉の様なものであるとよく形容される。

艦娘を介すことで、より効率よく深海棲艦側へと人の思いを伝播(でんぱ)させることができる。

ところが、直接人間が深海棲艦に対しての介入を試みた場合、

目視以外にも攻撃を加える相手の存在を五感で感じ取る必要があり、

それが欠けている場合どんなに威力の高い兵器を使用したとしても深海棲艦の掃討(そうとう)には

十分な効果が得られないのだと言う。

故に、従来の戦闘においては有効とされていた長距離破壊兵器を使用する事ができないため、

このような前時代的な一騎打ち(ぜん)とした戦闘手法を取らざるを得ず。

それが物的、人的な損害を加速させてもいた。

艤装を装着することにより単体で深海棲艦に匹敵する性能を発揮できる艦娘という存在は、

その黎明期(れいめいき)において、まさに人類にとっての希望ともいえる技術であったのだ。》

 

 

 

 敵船体を照準(しょうじゅん)内にとらえようと手間取(てまど)っていると、

その(すき)にするすると滑り込む様にして敵艦に肉薄(にくはく)され、ゼロ距離での集中砲火を浴びそうになる。

先程からやけにすばしっこい個体である。

 

ニヤリとする。

 

当てられないくらいの機敏(きびん)さがそちらの売りならば。

向こうから当てやすい位置へと近づけさせれば良い。

 

もらった!

 

分かりやすいフラグを立てると同時に、水面下からぬっと、丸太ん棒(まるたんぼう)の様な巨大な腕が現れ、

高々と振り上げられる。

間に合わない!

この攻撃パターンは(なか)威嚇(いかく)のようなもので、それほど大きな損傷には至らないだろうが…。

 

腕は、反則だろう!!

 

 あわや、という所で目前の怪物が轟音と共に()(ぷた)つになり、

俺の駆逐艇は巻き上がった爆炎と水煙に包まれる。

 

そのまま煙の中を突き抜け、

程なくして通常視で見通しがきくようになったフロントディスプレイを、

スカートの(すそ)をたなびかせてこちらに小さな背中を向け、俺の相方が身軽に横切っていく。

援護をするつもりが、かえって助けられてしまった。

 

 俺は周囲の安全を確認後、小型駆逐艇の速度を落とし密閉式のハッチを開放して

操縦席から身を乗り出した。

 

完全に活動を止め、もはや波に揺られるがままに海面にぷかぷかと浮かぶ、

生物のものとも、無生物のものともとれる数多くの残骸(ざんがい)を見渡しながら呟く。

 

「まったく、たいしたもんだな…。」

 

あの水槽の前で大見得(おおみえ)()っておいて(なん)だが、正直俺の出る幕はない。

 

俺の相方は、母港の海岸線からさほど遠くはないこの付近に出現する深海棲艦に限って言えば、

今までに俺の見てきたどんな手練(てだ)れの兵士にも(まさ)って素早く数多くを仕留(しと)めることが出来ていた。

 

 「いなづま」。

封印庫と呼ばれていた地下の空間の、水槽の中で眠っていた例の少女である。

 

水槽の前でもそう説明されていた通り、彼女は深海棲艦を素材にして人工的に形成された兵器だ。

目尻(めじり)の垂れた穏やかそうな顔立ち。

栗色の髪の毛を身動きに支障が無いよう古風な漆塗(うるしぬ)りの髪留めを使って後頭部で留めている。

女学生式の典型的なセーラー服を着用しており、今は背中や手足に艤装と呼ばれる特殊な機器を

装着しているが、

それを除けば十歳前後といわれても疑いをもたれない様な、

その小さく細っこい体の何処(どこ)にこれほどまでの激しい原動力が()められているのか、

(まった)見当(けんとう)もつかない。

 

 始めのうちこそ俺たち二人の姿を目にするなり

機械仕掛けのような目を文字通り光輝かせて突進してきていた深海棲艦たちだが、すっかり顔を

覚えられたようで、

今では海上でいざ対峙(たいじ)しても遠巻きにしてなかなかこちらへは仕掛けてこようとしないくらいだ。

 

人類の天敵とまで形容された怪物たちがすっかり形無(かたな)しである。

数が増え、上位クラスともなれば話はまた別なのかもしれないが、

その辺りはまだこれからといった所だ。

 

「えへへー。頑張って聞かん坊どもを、お仕置(しお)きしてやったのです。」

 

 見かけは小さくても艤装を付ければ通常の艦船と同等の馬力を持つ存在である。

俺の小型艇を横転させないよう速度に気を払いながら、十分に距離を保ちつつ開放したハッチに

近づいてくるが、

こちらはいつも通りそれなりに波は被ってしまうし、

戦闘時の騒音下でなければ、遠くにいても不思議と声は機器を

介さず(じか)に耳に入ってくる。

 

一旦(いったん)艇内に首を引っ込めて波をやり過ごした後、耳に装着したヘッドセットのマイクに向かって

俺は話しかける。

 

(はかど)るじゃないか。今の所、補足できる範囲に船影は見られないな…。結構な日数をかけて、

かなりの量を間引いたんだ。そろそろ効果が現れてきたんじゃないか?」

「そんなにしおらしい子たちではないのです。まだまだ、油断は出来ないのですよ?提督。」

「その呼び方、まだ慣れないな…。」

 

 そう。いなづまは俺のことを「提督」と呼ぶ。

 

一応、直接的に監督する立場に置かれているのは俺なのだが、

(いく)らいなずまの力量(りきりょう)が確かとはいえ、艦隊とはとても()(がた)いたった二人だけの、

しかも軍内部での正式な位置づけすらも(いま)だに(さだ)かではない、

海軍指揮下の遊撃部隊に準じる暫定的(ざんていてき)な何らかのもの、

という扱われ方であるにもかかわらず、だ。

 

「提督は自身が提督であることを自覚して、提督としての心構えを、もっと持つべきだと

思うのです提督。」

「…もしかして単にその単語を使いたいだけじゃないだろうな?」

「そんな安い女ではないのです。言動の一つ一つにしっかりとした意味合いが…?!」

 

俺が再び艇の外へ顔をのぞかせて視線を注いでいるのに気付き、

ゆっくりとこちらとすれ違いつつ、いなづまは(あわ)てて明後日(あさって)の方向へ顔を向けて目を泳がせる。

 

 いなづまは水槽を出る前にあらかじめ、ある程度の人間社会に関する事前学習、

刷り込みはなされていたようで、言葉や生活に不自由するような様子は当初から見られない。

水槽の中から出て目を覚ましたばかりの頃の彼女は誰のそばにも近寄らず、おどおどと周囲の様子を(うかが)ってばかりで、これからどうなる事かと少し心配になったりもしたが、

(しばら)くすると、こちらの人となり、

というよりも人間というものをある程度把握できたからだろう。

見違(みちが)えるように快活になり、周囲の物事に対して強く興味を持ち、暇さえあればしきりに話掛けて来る様になっていた。

 

念には念を入れて、その海域に留まってはみたものの、

いっこうに新たな獲物が姿を表す気配はない。

することもなく、此処(ここ)(ただ)ぼーっと時間を費やしている訳にもいかず。

そろそろ日も傾いてきたことだし、あまり深追いしすぎるのも得策ではないので、

いつもよりも少しばかり時間が早めだが今日はこの辺で仕事を切り上げることにする。

 

 

 

「夕やーけこやけーの赤とーんーぼー…♪」

 

俺の艇のすぐ前を夕焼けに赤く染まった背中をこちらに向け、

いなづまがお気に入りの童謡を口ずさみながら巡航速度で母港への帰路を行く。

 

そういえば、俺といなづまが出会った頃は丁度(ちょうど)、菜園でアキアカネが多くみられる季節だったか。

深海棲艦とはまた別の存在となって初めて見る野外の光景に、

その赤い鮮やかさが強く印象に残ったのかもしれない。

歌詞も終盤に差し掛かる。

 

「お里ーの便りーも絶えはーてーたー…♪」

 

 悩ませるつもりはないのだがどうしても気になったので、

原型であり親類の様なものである深海棲艦と戦闘を行うことについて

いなづま自身がどう思っているのかを問いかけたところ、

彼女にとって深海棲艦という存在は、人間の感覚で言うところの、

比喩(ひゆ)ではない、直接的な意味での“自分の心の一部”の様なもので、それとの交渉において

“自分の心の現身(うつしみ)”を爆破したりして“自分に対する自重”を(うなが)す事には、

それほどの罪悪感はないのだそうだ。

 

 遠くに母港の姿が認められるようになってくる。

夜の明かりがぽつりぽつりと(とも)り始めており、生活感を感じるその平穏な光景が

見る者に(かく)たる安心感を与えてくれる。

 

今は、あそこが俺たちの帰るべき場所だ。それで良しとしようではないか。

 

 

 

 

 

 春。寒さの厳しい季節もどうやら過ぎ去り、

こころなしか、水も氷のような冷たさからぬるみ始めているような気がする。

田舎の片隅にある菜園では、

すでに完成している「技術棟」以外の建物の本格的な建設も始まっていた。

あれが、この海軍施設の新たな本棟となるらしい。

 

 俺は今、技術棟にある当直室の一つを間借りして生活していた。

部屋に風呂や洗濯機は無いがキッチントイレ付きの六畳間でベランダからの風通しもよく、

なかなか快適だ。

 

いつものように朝早く、地下から地上の階へと上がって来ていたいなづまが、

駆逐艇の船体の整備を終えて部屋へと戻ってきた俺に元気に挨拶をする。

部屋の中には、すきっ腹にこたえるうまそうな香りが…。

 

「朝早くからいつも世話になるな、いなづま。お前の方もいろいろと忙しいだろうに…。」

「今日はたらこを焼いたのです!」

 

開口一番そうきたか…。

 

このスケソウダラの卵巣の塩漬けはいなずまの好物である。

と言っても、初めからそうだったわけではなく、

俺の部屋の冷蔵庫に常備されているのを口にしているうちに

病みつきになったらしい。

 

グリルで丁寧に焦げ目をつけ、香ばしい匂いの立ち上るそれを切り分ける。

 

卓袱台(ちゃぶだい)の上には、いなづまの手料理が並べられていた。

小分けにしたたらこ、鰹節のかかったキャベツのおひたし、ジャガイモの味噌汁。海苔。

 

手の込んだ料理ではないが、

ろくに調理しないインスタント食品ばかりを口にしていた身からすれば、

どれも“温かく”ありがたい。

 

「いただきます。」

 

さっそく熱い味噌汁をすすりながら。

菜園で働いている、以前の職場の友人からもらった、おすそ分けの海苔で

白米とたらこを巻いて口に運ぶ。

 

卓袱台を挟み、俺とは向かい側の座布団にペタンと腰を下ろして、

いなづまはモグモグと口を噛みしめながら、幸せそうにとろけた満面の笑顔。

 

たらことおひたしは、食器を洗うのが面倒なので二人一緒の器である。

 

食事は始まったばかり。

キャベツは(いま)だ鉢の中に山盛りだが、たらこの減りがあまりに早い。

 

俺は相手の箸の動きの減速を見込んで、ボソッと魔法の言葉を口にする。

 

「…炭水化物はな…太るぞ。」

 

いなずまの肩がびくっと震え箸の動きが止まる。

 

たらこは海苔で白米と一緒に食してこそうまい。

単品では、その魅力を存分に味わえないものであるからこその(から)()である。

これで、彼奴(きゃつ)はキャベツを口にするしかなくなるはず。

 

「ふ、ふーん。いなづまは放電現象なのですから駄肉の塊とは無縁なのです…よ?」

よくわからない理屈を口にする。

 

「お前、本当にたらこ、好きだよな。」

…しまった。

 

得たり、とばかりに。

いなづまの目がキラリーンッ!と輝いた。

 

「【wiki】なのです(←息継ぎ)【wiki】」

「電ステイ。」

 

素早く名前を呼ぼうとして脳内イメージが漢字になってしまった。あまり意味はない。

温かいお茶を湯呑に注いで一杯飲ませ、一息つかせる。

 

「ごめんなさいなのです提督。食事中にお騒がせして…。」

「まあ、好きなものがあるのはいいことじゃないか。俺もたらこは子供の頃から好きだったし、

気持ちはわかる。ほら、とりあえずキャベツでも食え。」

それとなく、そっちを(すす)める。

 

「そう言ってもらえるとなんだか嬉しいのです。」

「…食事中の蘊蓄話(うんちくばなし)はほどほどにな。」

苦笑いをしつつ、相槌(あいづち)を打ついなづまである。

 

 

 

 こうして言葉を交わしていると改めて、

人間もいなづまも考えていることには大差がないように思える。

 

人間社会で生きるために必要な知識の刷り込み如何(いかん)にかかわらず、

感性というか、もっと根本的な物事の感じ方の部分で、とても似通(にかよ)っている感じがした。

 

いなづまと接していると、

あの作戦の時の。己の背任行為にも少しは意味があったのではないか、

そんな現実逃避じみた愚考も思い浮かんでくるのだ。

 

結果として、多くの兵士達の命を、無駄に費やさせてしまったことに対する罪悪感が。

自分で気付いている以上に俺の心に重くのしかかっているのを感じる。

 

その言い逃れに利用していることに対する、後ろめたさと共に。

それとは別の、安らぎともいえる何かを。

俺は心のどこかで、この人の形をした小さな存在に対して認識し始めていた。

 

 

 

《…数か月後。海軍統括機関本部にて、ある作戦が内示(ないじ)される。》

 

《指示を受け、人々の間を()って統括本部を退出する白衣の女性の表情は硬く。

喧騒(けんそう)の中にあって、踏み下ろす靴の足音は廊下に高く響き渡っていた。》

 

 

次回、「平戸のお仕事」

他人(ひと)を思いやることの難しさ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。