06. 「 平 戸 の お 仕 事 」
平戸の仕事の一つが、鎮守府本棟の各居住室にいる艦娘たちの
ローテーションで休みを取っている艦娘たちにあらかじめ時間を定めて意見を聞き、
修復材の配分量など鎮守府の生活で何か困っていることはないか、調査をまとめるのだ。
艦娘たちからは重宝がられていた。
その日。
艦娘の話を聞き終えた平戸は、部屋を出たところで次の敷浪との待ち合わせの時間までに、
まだしばらくの間があることに気付く。
大体、30分弱といった所か。
どの艦娘との話も心持ち、いつもよりも早めに終わる傾向が感じられたのでそのためだろう。
別の仕事に手をつけるにしても中途半端な時間の長さで遅刻しそうだ。
今いる場所から敷浪のいる五人部屋までは一階分の階段を昇ればすぐなのだが、
あまりに早く着きすぎてしまっても、休日を過ごしている敷浪の迷惑になりそうなので、
たまには回り道でもしてみようと思い立った。
一旦、一階まで下りて表に出た後。庭園内を通過し、
奥の方の入り口の物置の所を上がる、普段は滅多に使うことのない階段から上の階へいけばいい。
途中で誰かにばったりと会って、軽く仕事の話をする可能性も
実際は特に誰に話しかけられるわけでもなく、のんびりと庭園の緑を楽しんだ後、
平戸は再び建物の中へ入っていく。
昼下がりの今の時間帯は、本棟の中でも居住室の多いこの付近にはあまり人けがない。
皆仕事に出払っているというのもあるだろうし、
休日を過ごす艦娘たちも、動き回る元気のある子は、
図書室や庭園で各々思い思いの時間を過ごしたり、クラブ活動に励んだり、
鎮守府内にチェーン展開するスーパー「マミヤストア」に併設されたブックカフェや雑貨屋で
買い物を楽しんだりしており、
疲れて動きたくないならば、昼食で満たされたお腹の満足感に浸りながら
部屋でゆったりと昼寝をしている最中だからであろう。
そもそも今平戸の登っている階段は、庭園を抜けなければ
せいぜい「設備点検」の時間に掃除道具を取りに階下の物置に来たり、
道具をしまったりするくらいだ。
心なしか空気も湿っぽくひんやりとしていて、窓があっても薄暗く感じる。
そんな場所の、敷浪の部屋まであと一階という所で、
平戸は頭上の踊り場に人影を見つけた。
敷浪だ。だいぶ使い込まれた橙色のリボンで髪の毛をポニーテールにし、
丈の短いこげ茶色のチュニックにショートパンツを合わせた私服といういでたちで
誰かと向き合って、二人で何やらひそひそと話し中だ。
…場所が場所なだけに、この状況の見た目を一言で表すとすれば“密会”であったが、
あいにくとその言葉は平戸の頭の中においては、敷浪とは、はなっから縁のないものであった。
丁度良いので、話が終わったらここで用事を済ませてしまおう。
相手の話が長引くようであれば、それからでも敷浪の部屋へ向かえばいい。
必要な道具はそろっているので、その方が敷浪にも、なにかと気をつかわせずに済む。
平戸が待つまでもなく話が終わったらしく、敷浪の話し相手が平戸の方へ向かって歩いてくる。
敷浪と話していた人物は、
有名な「赤いリボンの白猫のキャラクター」を
顔を隠しているとはいっても制服、髪形、体格など、それ以外の特徴は手つかずのままなので、
知り合いから見れば、恐らく、それ程深い付き合いでなくても
誰だかおおよその見当はついてしまいそうだったりするのだが。
平戸が軽く会釈をしてみせると、
相手は
ぎょっとしたように立ち止まった後、背を丸めてそそくさと立ち去っていく。
廊下を走り去る艦娘を見送りながら階段の踊り場まで登り、敷浪の下へ歩み寄る。
「平戸。来てたのね。」
「あ、敷浪さん。誰かと待ち合わせてたんですか?」
敷浪は
平戸の顔を見つめた後。一言。
「あの子は…、そう。謎の艦娘Xよ。」
「……。」
珍しく。本当に珍しく、敷浪が
実戦での敵の奇襲にも顔色一つ変えず冷静に対処する、あの敷浪が、である。
今も落ち着いた涼しげな面持ちは、おおよそ普段通りなのだが。
平戸にとってはなかなかの一大事ではあるが、
ともあれ。敷浪のすることである。
何かのっぴきのならない事情があるに違いない。敷浪が知られたくないというのであれば、
自分の方でも、そ知らぬふりで通して敷浪を安心させなくては。
「最近よく話題になっている、あれ、ですよね…?」
「噂によると諜報機関に協力するエージェントなんだとか。」
「あの子がそうなんですか。なんだか格好いいです。」
「マスクで素性を隠し、夜な夜な鎮守府を徘徊して若い娘の生き血を…。」
「せ、先週放送分の急展開は衝撃的でしたねっ?!」
相手に対してやましい動機はないとはいえ。
恩ある敷浪に、面と向かって自分を偽るという慣れないことをしているので、
平戸の目の中はすっかり渦を巻いてしまっていた。
さすがにいたたまれなくなったのか、
「…無理に話を合わせようとしてくれなくても、いいのよ?」
ほとんど白状してしまっている敷浪である。
「いつものおっちょこちょい、れすので。お気になさらず~。」
結局ここに来た目的を果たせず。
もと来た道をふらふらとした足取りで帰っていく平戸に向かって、
引き留めようとした手を、申し訳なさそうに宙にさまよわせる敷浪である。
ちなみに。
二度手間をかけさせない為、現状に対する意見をルーズリーフにまとめて、すみやかに
執務室へ提出してくれた敷浪の配慮へ感謝しきりの平戸であった。
場所は変わって、夕刻。
「何度も言うようだが、ここは飲み屋じゃないぞ。」
鎮守府本棟3階の隅にある自室の六畳間で、提督が半ばあきらめたように言う。
「まあ、硬いこと言うな。今に始まったことではないだろう。」
提督の執務終了後早々に、「マミヤストア」から調達してきた
特売のハラミの串焼きを
持参した一升瓶「
元々体格の良い提督と大差のないくらい背の高い、細身の一人の人物だ。
髪を染めるといった発想は無いらしくロングの黒髪にちらほらと白髪が目立つが、
大まかに見て、提督と同年代といった所か。
彼女はかつて、この鎮守府の立ち上げにも関わっていたが、
今では単に技術者というだけではなく「本営」の中枢を構成する幹部の一人だ。
全国
艦娘たちの艤装封印庫の調整、管理の指揮を
今日もそういった
学生の時分から旧知の仲の提督の部屋へと、転がり込んできたという訳だ。
ちなみに、
この人を部屋へ通すのはいつの間にか平戸の役割になっていたりする。
平戸は料理の方面にはあまり詳しくはないので、もっぱらつまみを皿に盛りつけたり、
空になったコップに一升瓶から酒を注いだり、食器を片付けたりと、提督たちの
そもそも業務時間外なので、部屋へ戻って休息をとるように提督たちは
部屋に戻ってもすることがないので、の一点張りで、
酒宴の席にはよくあるように、日常的な差しさわりのない話題から始まった会話は
酒が進むにつれて
白衣の初老の女は、酒のつがれた安物の
「どうかな?事務職へ転向してみて。一つ屋根の下、こいつと何か進展はあったかな?」
「進展、ですか?」
この狭い部屋には今、三人しかいない。こいつ、とは提督のことを指すのだろう。
…セクハラおやじか、お前は。平戸を一体全体、何だと思っている。
提督がつまみを
「艦娘の維持、管理は計測室の領分だ。
口をとがらせて、そうのたまう。
「一つ屋根の下も何も、本棟で一緒に働いているというだけだろう。誤解されるような言い回しはやめてくれ。」
「これは異なことを言う。私は一介の技術者として、自分が担当する分野の正確な状況把握に
くそっ。揚げ足をとられたか。
息をのむ提督と、それに向き合ってにやにやとする白衣の初老の女性をしばらくの間、
畳の上に
「先生。」
平戸はこの女科学者をそう呼称していた。
「先生にはいつも提督が親身にしていただいて…。私も鎮守府の皆も、とてもお世話になっています。ですが、今日の先生は少し気持ちが緩みすぎでは…ないでしょうかっ。
提督は軽くショックを受けていた。
この提督には、しばしば、艦娘と人とを混同してしまう所がある。
平戸…その年で…。お、お
平戸は「先生」の
ともすれば
艦娘にとって、深海棲艦を相手にするのと人間を相手にするのとでは勝手が違う。
深海棲艦は自分の一部、人間はまぎれもない他者、といった感じだ。
平戸の性格からしても、このように他人に食って掛かるような態度は珍しい。
恐らく自身の立ち位置を明確にし提督への助力を
しかし、
「先生」は謝罪も
提督の方へ顔を向けて言う。
「責任持って幸せにしてやれよ?」
「だからいい
提督の部屋での”会合”は平戸を休ませるために早めに切り上げるのが暗黙の了解だった。
「先生」は歩み寄る。
無理に手伝おうとはしない。平戸が
提督には少し
今回はパッドを手渡し、自作の地雷パズルを吹っ掛けておいた。
単純そうに見えて世界最高ランクの難易度の
威圧感を与えないよう平戸から横に何歩か離れて腕を組んで立ち、
「…いつも、世話になるな。」
平戸は洗いものの手を休めることなく静かに首を振って言う。
「いえ、こちらこそ。楽しい時間を過ごさせていただいて…。」
「どうだ平戸。最近はよく眠れているか?」
平戸は実は「先生」が苦手であった。
”察しがよすぎる”のである。
あの鋭いまなざしでまともに
平戸が自室へ戻りたがらないのは、提督に
この部屋に限らず、提督の傍にいる事で提督が健在であることをはっきり確認できていると
気持ちが安らぐという、
それとは別に、確かに平戸は睡眠に対する恐れを感じてもいた。
部屋へ戻って布団の中で
夢の中の、あの闇に閉ざされた世界の事が目の前にちらつき胸がどうしようもなく苦しくなる。
しかし、提督をみだりに心配させるわけにもいかない。
普段どっしりとした落ち着きがあるように感じられるが、ああ見えて艦娘の事となると、
自分への配慮など、
「そうですね…、健康管理には気を配っていますから。ふらついたり眠くなったりして、業務に
支障が出るような事は今のところありません。」
いつもと
「そうか。」
「先生」はその件について、それ以上深く聞いてこようとはしない。
そのまましばらくの間、平戸の興味の持てそうな他の鎮守府の面白い話題とか、
今度新しく配備される装備品の取り扱い方のコツとか。
そういった
「先生」は、提督の部屋での飲み会の最後には決まって、睡眠の有無についての質問をしてくる。
平戸のことを心配してくれているのだ。決して
それを理解できているからこそ
後ろめたいような、申し訳のないような気持になって。
とうにぬるくなってきている
次回、「あかつき?の大冒険」前編。
かんわきゅーだいのかんわのぶぶん。