平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

8 / 31
第二章
          06. 「 平 戸 の お 仕 事 」


 

 

 平戸の仕事の一つが、鎮守府本棟の各居住室にいる艦娘たちの御用聞(ごようき)きである。

ローテーションで休みを取っている艦娘たちにあらかじめ時間を定めて意見を聞き、

修復材の配分量など鎮守府の生活で何か困っていることはないか、調査をまとめるのだ。

 

几帳面(きちょうめん)な性格の平戸らしく、意見はこまめに反映されるので

艦娘たちからは重宝がられていた。

 

 その日。

艦娘の話を聞き終えた平戸は、部屋を出たところで次の敷浪との待ち合わせの時間までに、

まだしばらくの間があることに気付く。

大体、30分弱といった所か。

 

どの艦娘との話も心持ち、いつもよりも早めに終わる傾向が感じられたのでそのためだろう。

別の仕事に手をつけるにしても中途半端な時間の長さで遅刻しそうだ。

 

今いる場所から敷浪のいる五人部屋までは一階分の階段を昇ればすぐなのだが、

あまりに早く着きすぎてしまっても、休日を過ごしている敷浪の迷惑になりそうなので、

たまには回り道でもしてみようと思い立った。

 

一旦、一階まで下りて表に出た後。庭園内を通過し、

奥の方の入り口の物置の所を上がる、普段は滅多に使うことのない階段から上の階へいけばいい。

途中で誰かにばったりと会って、軽く仕事の話をする可能性も加味(かみ)すれば丁度良いくらいだろう。

 

実際は特に誰に話しかけられるわけでもなく、のんびりと庭園の緑を楽しんだ後、

平戸は再び建物の中へ入っていく。

 

 昼下がりの今の時間帯は、本棟の中でも居住室の多いこの付近にはあまり人けがない。

 

皆仕事に出払っているというのもあるだろうし、

休日を過ごす艦娘たちも、動き回る元気のある子は、

図書室や庭園で各々思い思いの時間を過ごしたり、クラブ活動に励んだり、

鎮守府内にチェーン展開するスーパー「マミヤストア」に併設されたブックカフェや雑貨屋で

買い物を楽しんだりしており、

疲れて動きたくないならば、昼食で満たされたお腹の満足感に浸りながら

部屋でゆったりと昼寝をしている最中だからであろう。

 

そもそも今平戸の登っている階段は、庭園を抜けなければ何処(どこ)へも行けないアクセスの不便さがあるので、朝の人通りの多い時間帯にもあまり使用されることがない。

せいぜい「設備点検」の時間に掃除道具を取りに階下の物置に来たり、

道具をしまったりするくらいだ。

 

心なしか空気も湿っぽくひんやりとしていて、窓があっても薄暗く感じる。

 

 そんな場所の、敷浪の部屋まであと一階という所で、

平戸は頭上の踊り場に人影を見つけた。

 

敷浪だ。だいぶ使い込まれた橙色のリボンで髪の毛をポニーテールにし、

丈の短いこげ茶色のチュニックにショートパンツを合わせた私服といういでたちで

誰かと向き合って、二人で何やらひそひそと話し中だ。

 

…場所が場所なだけに、この状況の見た目を一言で表すとすれば“密会”であったが、

あいにくとその言葉は平戸の頭の中においては、敷浪とは、はなっから縁のないものであった。

 

丁度良いので、話が終わったらここで用事を済ませてしまおう。

相手の話が長引くようであれば、それからでも敷浪の部屋へ向かえばいい。

必要な道具はそろっているので、その方が敷浪にも、なにかと気をつかわせずに済む。

 

 平戸が待つまでもなく話が終わったらしく、敷浪の話し相手が平戸の方へ向かって歩いてくる。

 

敷浪と話していた人物は、

有名な「赤いリボンの白猫のキャラクター」を()した安物のお面で顔を隠していた。

 

顔を隠しているとはいっても制服、髪形、体格など、それ以外の特徴は手つかずのままなので、

知り合いから見れば、恐らく、それ程深い付き合いでなくても

誰だかおおよその見当はついてしまいそうだったりするのだが。

 

平戸が軽く会釈をしてみせると、

相手は此処(ここ)で平戸に会うことを(まった)く予期してはいなかったのだろう。

ぎょっとしたように立ち止まった後、背を丸めてそそくさと立ち去っていく。

 

 廊下を走り去る艦娘を見送りながら階段の踊り場まで登り、敷浪の下へ歩み寄る。

 

「平戸。来てたのね。」

「あ、敷浪さん。誰かと待ち合わせてたんですか?」

 

敷浪は逡巡(しゅんじゅん)するように、しばらくの間

平戸の顔を見つめた後。一言。

 

「あの子は…、そう。謎の艦娘Xよ。」

「……。」

 

珍しく。本当に珍しく、敷浪が(あわ)てていた。

 

実戦での敵の奇襲にも顔色一つ変えず冷静に対処する、あの敷浪が、である。

今も落ち着いた涼しげな面持ちは、おおよそ普段通りなのだが。

 

平戸にとってはなかなかの一大事ではあるが、

ともあれ。敷浪のすることである。

何かのっぴきのならない事情があるに違いない。敷浪が知られたくないというのであれば、

自分の方でも、そ知らぬふりで通して敷浪を安心させなくては。

 

「最近よく話題になっている、あれ、ですよね…?」

「噂によると諜報機関に協力するエージェントなんだとか。」

「あの子がそうなんですか。なんだか格好いいです。」

「マスクで素性を隠し、夜な夜な鎮守府を徘徊して若い娘の生き血を…。」

「せ、先週放送分の急展開は衝撃的でしたねっ?!」

 

相手に対してやましい動機はないとはいえ。

恩ある敷浪に、面と向かって自分を偽るという慣れないことをしているので、

平戸の目の中はすっかり渦を巻いてしまっていた。

 

さすがにいたたまれなくなったのか、

「…無理に話を合わせようとしてくれなくても、いいのよ?」

 

ほとんど白状してしまっている敷浪である。

 

「いつものおっちょこちょい、れすので。お気になさらず~。」

 

結局ここに来た目的を果たせず。

もと来た道をふらふらとした足取りで帰っていく平戸に向かって、

引き留めようとした手を、申し訳なさそうに宙にさまよわせる敷浪である。

 

ちなみに。

二度手間をかけさせない為、現状に対する意見をルーズリーフにまとめて、すみやかに

執務室へ提出してくれた敷浪の配慮へ感謝しきりの平戸であった。

 

 

 

 

 

 場所は変わって、夕刻。

 

「何度も言うようだが、ここは飲み屋じゃないぞ。」

 

鎮守府本棟3階の隅にある自室の六畳間で、提督が半ばあきらめたように言う。

(かたわ)らに正座してかしこまる平戸にとっては、見慣れたいつもの光景である。

 

「まあ、硬いこと言うな。今に始まったことではないだろう。」

 

提督の執務終了後早々に、「マミヤストア」から調達してきた

特売のハラミの串焼きを(かじ)りながら。

 

持参した一升瓶「疾風(はやて)」を卓袱台を挟んで提督と()()わしているのは、

元々体格の良い提督と大差のないくらい背の高い、細身の一人の人物だ。

 

髪を染めるといった発想は無いらしくロングの黒髪にちらほらと白髪が目立つが、

(りん)とした美しさを持つ、白衣をまとった初老の女性である。

大まかに見て、提督と同年代といった所か。

 

 彼女はかつて、この鎮守府の立ち上げにも関わっていたが、

今では単に技術者というだけではなく「本営」の中枢を構成する幹部の一人だ。

 

全国津々浦々(つつうらうら)、様々な地方で設営された各々(おのおの)の鎮守府にある、

艦娘たちの艤装封印庫の調整、管理の指揮を(まか)されている。

 

今日もそういった名分(めいぶん)でこの地を訪れ、仕事にあらかた目途(めど)が立つや否や、

学生の時分から旧知の仲の提督の部屋へと、転がり込んできたという訳だ。

 

ちなみに、大抵(たいてい)まだ執務中の提督はいちいち構っていられないので、

この人を部屋へ通すのはいつの間にか平戸の役割になっていたりする。

 

 平戸は料理の方面にはあまり詳しくはないので、もっぱらつまみを皿に盛りつけたり、

空になったコップに一升瓶から酒を注いだり、食器を片付けたりと、提督たちの(そば)で忙しく立ち回っている。

 

そもそも業務時間外なので、部屋へ戻って休息をとるように提督たちは再三即(さいさんそく)しているのだが、

部屋に戻ってもすることがないので、の一点張りで、

挙句(あげく)()ては提督の傍にいるのが一番休まりますと、提督の目を見つめて真剣に懇願(こんがん)するので

無下(むげ)にもできず、今ではしたいようにさせていた。

 

 酒宴の席にはよくあるように、日常的な差しさわりのない話題から始まった会話は

酒が進むにつれて次第(しだい)に各自のプライベートな内容へと移っていく。

 

白衣の初老の女は、酒のつがれた安物の硝子(ガラス)コップを片手でぶらぶらとさせ卓袱台(ちゃぶだい)の上に身を乗り出しながら、殊更(ことさら)返事を(そく)すように、こう平戸に問いかける。

 

「どうかな?事務職へ転向してみて。一つ屋根の下、こいつと何か進展はあったかな?」

「進展、ですか?」

この狭い部屋には今、三人しかいない。こいつ、とは提督のことを指すのだろう。

 

…セクハラおやじか、お前は。平戸を一体全体、何だと思っている。

提督がつまみを(のど)に詰まらせ、()()みながら非難するような視線を向けると、

 

「艦娘の維持、管理は計測室の領分だ。各々(おのおの)の精神状態の把握も立派な業務の一環だろう。」

口をとがらせて、そうのたまう。

 

「一つ屋根の下も何も、本棟で一緒に働いているというだけだろう。誤解されるような言い回しはやめてくれ。」

「これは異なことを言う。私は一介の技術者として、自分が担当する分野の正確な状況把握に(つと)めただけだが…。はて、“誤解”とは一体どういう意味なのかな。なあ、平戸。」

 

くそっ。揚げ足をとられたか。

 

息をのむ提督と、それに向き合ってにやにやとする白衣の初老の女性をしばらくの間、

畳の上に()したまま交互に見比べた後、平戸が口を開いた。

 

「先生。」

 

平戸はこの女科学者をそう呼称していた。

 

「先生にはいつも提督が親身にしていただいて…。私も鎮守府の皆も、とてもお世話になっています。ですが、今日の先生は少し気持ちが緩みすぎでは…ないでしょうかっ。(いく)ら私の容姿が幼くても、それくらいの男女の機微(きび)は理解できています。ですから、その件でどんなに提督を困らせようとしても、全くの無意味ですっ。」

 

提督は軽くショックを受けていた。

この提督には、しばしば、艦娘と人とを混同してしまう所がある。

平戸…その年で…。お、お養父(とう)さんは許さないぞっ!

 

平戸は「先生」の(まと)う独特の雰囲気と他者への気兼(きが)ねから、

ともすれば()らしそうになる目を合わせ、「先生」に向かって懸命(けんめい)に身を乗り出してきている。

 

艦娘にとって、深海棲艦を相手にするのと人間を相手にするのとでは勝手が違う。

深海棲艦は自分の一部、人間はまぎれもない他者、といった感じだ。

平戸の性格からしても、このように他人に食って掛かるような態度は珍しい。

 

恐らく自身の立ち位置を明確にし提督への助力を()やさぬよう、

擁護(ようご)の意思表示に必死なのだろう。

(はか)らずして、平戸を提督とは別の(がわ)につかせる形になったのは確かに少し(こく)であったか。

 

しかし、可愛(かわい)い。この健気(けなげ)さ。

「先生」は謝罪も()ねて()めるように平戸の頭を軽くひと()でした後、

提督の方へ顔を向けて言う。

 

「責任持って幸せにしてやれよ?」

「だからいい加減(かげん)、そっち方面から思考を切り替えてくれ…。」

 

 

 

 提督の部屋での”会合”は平戸を休ませるために早めに切り上げるのが暗黙の了解だった。

(うたげ)も一段落し、瓶ビールの通箱(かよいばこ)の上に立って流し台で洗い物をしている平戸の隣に

「先生」は歩み寄る。

 

無理に手伝おうとはしない。平戸が恐縮(きょうしゅく)してしまいかえって作業の邪魔になるだけだ。

 

提督には少し遠慮(えんりょ)しておいてもらいたい(たぐい)の話ゆえ、

今回はパッドを手渡し、自作の地雷パズルを吹っ掛けておいた。

単純そうに見えて世界最高ランクの難易度の逸品(いっぴん)だ。卓袱台の前で頭を抱えて絶賛奮闘中である。

 

威圧感を与えないよう平戸から横に何歩か離れて腕を組んで立ち、

(にら)みつける感じにならないように気をつかいながら目線を不自然に宙にさまよわせる。

 

「…いつも、世話になるな。」

 

平戸は洗いものの手を休めることなく静かに首を振って言う。

 

「いえ、こちらこそ。楽しい時間を過ごさせていただいて…。」

「どうだ平戸。最近はよく眠れているか?」

 

平戸は実は「先生」が苦手であった。

 

”察しがよすぎる”のである。

あの鋭いまなざしでまともに見据(みす)えられると心の底まで見通されている様な気持ちになる。

 

平戸が自室へ戻りたがらないのは、提督に陳情(ちんじょう)した通り、

この部屋に限らず、提督の傍にいる事で提督が健在であることをはっきり確認できていると

気持ちが安らぐという、出自(しゅつじ)に根差した動機も間違いなく存在するのだが。

 

それとは別に、確かに平戸は睡眠に対する恐れを感じてもいた。

 

部屋へ戻って布団の中で(ひと)りになると、

夢の中の、あの闇に閉ざされた世界の事が目の前にちらつき胸がどうしようもなく苦しくなる。

消耗(しょうもう)して気が付かぬうちに寝入っているという状態が(つね)であった。

 

しかし、提督をみだりに心配させるわけにもいかない。

普段どっしりとした落ち着きがあるように感じられるが、ああ見えて艦娘の事となると、

自分への配慮など、何処(どこ)かへすっ飛んでいってしまう人なのだ

 

「そうですね…、健康管理には気を配っていますから。ふらついたり眠くなったりして、業務に

支障が出るような事は今のところありません。」

 

いつもと()わり()えのしない返答の仕方だと、平戸は我ながらそう思う。

 

「そうか。」

「先生」はその件について、それ以上深く聞いてこようとはしない。

 

そのまましばらくの間、平戸の興味の持てそうな他の鎮守府の面白い話題とか、

今度新しく配備される装備品の取り扱い方のコツとか。

そういった()()めのない世間話をした後、「先生」は背を向けて六畳間の方へと戻っていった。

 

「先生」は、提督の部屋での飲み会の最後には決まって、睡眠の有無についての質問をしてくる。

平戸のことを心配してくれているのだ。決して悪気(わるぎ)があるわけではない。

 

それを理解できているからこそ(なお)(こと)、「先生」の印象の自分の中でのありようを、

後ろめたいような、申し訳のないような気持になって。

 

とうにぬるくなってきている(はず)の水道の水が、肌に冷たく感じられる平戸であった。

 

 

次回、「あかつき?の大冒険」前編。

かんわきゅーだいのかんわのぶぶん。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。