「宇宙を漂うこのアスラにようこそお越しくださいました」
高い天井、陽の光がよく入る心地のいい広間には衛兵の姿もなく、武蔵のクルーと皇女と思しき女性、そしてその娘と思しき少女だけが立っていた。
「アスラ……?」
「多分この星の名前だ。彼女達の言語でそう呼んでるんだろう」
小声で有賀が美佳に答える。
それが聞こえてかそうじゃないか、皇女は続けた。
「不躾ですが、あなた方は兵士ですか?」
左腕が無い事で察したのかと近藤は自分の左肩を見る。
「確かに、我々は軍に所属する兵士です。我々が乗って来た宇宙艦は戦闘をする事もできます。しかし、我々の目的は戦闘を行う事ではありません。我々は探索、調査の任務を経て故郷の星へ帰る途中なのです。しかし、我々の艦は完全ではなく、その修理のため立ち寄らせていただきました」
近藤は更に続けた。
「この星の住人は戦いを良しとしない平和を愛する方々であるとお見受けします。もし戦闘能力を有する我々の艦の修理を快く思わないのであれば、直ちに我々は退去致します」
「平和を愛しているのは、あなた方もでしょう?」
彼らを見る皇女の目は優しく、暖かかった。
「わたくし達は、乗ってきたものに戦う力があるのか、乗っていた人々が兵士であるのかに関わらず、友好を築ける方々であれば歓迎いたします。兵士かを聞いたのは、あなたの腕を見たからなのです。お許しを」
「それで、あの乗り物の修理にはどれくらいかかるのでしょう」
皇女の言葉を引き継いだ少女の問いに、柑奈が一歩前に出る。
「しばらくかかると思います。あなた方の星の時間の数え方を知らないので、具体的にどのくらいかは言えないのですが……」
「いいえ、それが分かれば大丈夫です。物資は足りるのですか?」
「鉄が不足するかもしれませんが、後は備蓄があります」
「それは良かった。あなた方を案内した場所は鉄鉱石がよく採れる場所に近いのです。道は娘が作りますので、足りなければそこからお持ちください」
皇女と顔を合わせた少女は頷く。
「……ねぇ、お兄」
「なんだ」
近藤と柑奈から一歩下がって会話を聞いていた美佳は、有賀に小声で声をかけた。
「あの2人、皇女様と多分お姫様なんだろうけど、2人だけなのかな」
「どういう事だ?」
「見て、後ろの絵」
その声のまま目を向ける。
そこには、今より少しばかり若く見える皇女と、その隣に立つ夫と思しき男性、今より少し幼く見える少女ともう1人、眩しい笑顔で描かれた女の子の姿があった。髪色や瞳の色から、彼女達の血縁であろう事は明白だった。
「あのお姫様、妹がいるんじゃないかな。歳もそう離れていないだろうけど、なんでここにいないんだろう」
「誰かもわからないヤツらに会わせるのは危険だろ」
「でも、お姫様はいるんだよ? 何かあったらあのお姫様が次の女王様でしょ? ここに兵士も入れてないって事はそれは警戒してないって事だと思うけど」
「…………」
美佳の言葉は安直に聞こえるが、言われると有賀も気がかりになる気持ちがある。
「――では、わたくし達は正式にあなた方の滞在を許可します。ごゆっくりお過ごしください」
そうしているうちに話がまとまったらしく、皇女は娘に目を配って彼女の先導で広間を後にする事になった。
「ハル」
広間を出た扉の前で待っていたのは、ここまで彼らを案内した召使いの女性だった。
「貴女は戻っても大丈夫よ。あの子が寂しがるわ」
「分かりました」
柔らかく微笑んでその場を去る彼女を見送り、姫はまた歩き出した。
「わたしはリーリャと言います。名前、名乗っていませんでしたね」
「あぁ……確かに」
「そういえば、貴女、何か聞きたい事があるんじゃない?」
振り返ったリーリャは、まっすぐ美佳のことを見ていた。
「気になることがあるんじゃないかなと思って」
「……答えにくいことなら答えていただかなくていいんですけど」
「ええ」
「広間の後ろにあった肖像画は、多分皇女様とリーリャさん、そしてご家族だとお見受けします。王……お父様と、妹さんはどちらに」
「父は、この街ではない街に出向いています。この星を統治しているのは父ではなく、代々女性の皇女なのです」
答えながら、リーリャはまた歩き出す。
「妹はこの城にいます。故あって広間で皆さんに会わせる事はできませんでしたが……」
言葉を聞きながら、奈波が美佳の肩を叩く。
「リーリャさん、多分怪我してる」
「えっ?」
「見て。多分治りかかってはいるんだろうけど、微妙に左足をかばってるみたい」
言われても、その違和感は美佳には分からない。
それは本当にほんの些細な差なのだろう。医務室でクルーの事を診てきた彼女にしか気づかないような。
「よく分かるね」
「まあ、だからなんだってわけじゃないんだけど……」
「うん。足を怪我することもあると思うし、お姫様でも」
「だよね。もうほとんど治ってるし」
そんな話をしている間に、彼らは城の出口に到達していた。
武蔵が停泊している谷から歩く事10分。王宮の裏に広がる山の一角が切り立った崖になっていた。
「ここですね」
リーリャが触っているそこには、坑道の入り口のようなものもない。ただ一面の崖だ。
「離れていてください。では……」
3歩ほど離れた事を確認して、リーリャは右手を崖に向ける。
すると、崖を構成する岩盤の一部がひとりでに裂けていき、中型の機材くらいなら搬入できそうな入り口が形成された。
それはしばらく奥まで続いており、明かりは無く暗い道になっている。
「これで鉄が取れる場所まで行けるはずです」
振り返った彼女の左目だけが青色になっていたが、瞬きの瞬間に元の緑色に戻っていた。
「すごい……魔法みたい……」
呟いた美佳に笑って答えたリーリャだが、すぐに少し険しい顔に変わる。
「岩や地面の形を変えるのはそう長く持たない。多分、次に太陽が登ってくる頃にはすっかり元通り。あなた達の乗り物にかけた階段も、同じ頃には崩れてなくなってると思うから、あなた達でちゃんとしたものをかけて。お願い」
「分かりました。場所さえ分かれば、元通りになってもなんとかできます」
柑奈の言葉に頷いたリーリャは、「では、わたしはこれで」と踵を返す。
「美佳、リーリャさんと一緒に城に行ってくれ。帰路何かあったら大変だ」
「オッケー。任せてお兄」
美佳は既に歩き出したリーリャを駆け足で追いかけて行った。
「掘削は戦術科で請け負う。どうせ暇だしな」
「それは助かるよ戦術長。柑奈、さっき興味深いデータが取れたから武蔵でちょっと見てよ」
「うん、いいけど……何が取れたの?」
「それは見てからのお楽しみ」
「俺は艦に戻ろう。有賀、ここにいて機材の誘導を頼む」
「了解しました、艦長」
武蔵に戻る近藤と奈波の背中を見て、有賀はため息をつく。
――宇宙には、本当に魔法を使える人がいるのか。
「それで、興味深いものって?」
「実はリーリャさんが崖に穴を開けた時に、微弱だけどいろんな反応が出ててね」
「岩盤の形を変えたんだから、反応は出るよ」
「違うの。これ見てよ、すごくない?」
「これ……コスモリバースの波長に似てる……?」
観測ドーム第三階層の解析室でモニターを前にした2人は、リーリャという少女が発した力のなかで科学的に観測できたものを抽出したデータを見ていた。
それは間違いなく、規模は明らかに違うが地球で発現したコスモリバースと似た反応を示している。
「よく分からないし概念的なものだとは思うんだけど、もしかしたらあの能力は、星のエレメントに影響を与えるものなんじゃないかな」
「星のエレメント……でもコスモリバースの時、それはヤマトとコスモリバースのコアだったでしょ?」
「そう。ヤマトとコスモリバースのコア、人の魂を使って惑星を呼び覚ましたもの。つまりこれは、リーリャさん自身を触媒として星のエレメントに影響を与える反応なんだよ」
「……本当に?」
「疑いの目で見ない。そりゃ見た時は自分の目がおかしくなったのか、故障でエラー吐いたのかと思ったけど……」
「でも岩盤に穴開けるだけで反応が出たって事は、私達がこの星に来た時にやってた地形を変えたり、今は武蔵を係留してる岩盤出したりした時はもっと大きい反応があったんじゃない?」
「武蔵のデータログにもその時だけ同じ反応が出てたよ。しかも局所的に」
水月がキーボードを叩くと、似た波を描いたウインドウが2つ表示される。
「……調べる価値はありそうだね」
それを見た柑奈は呟き、水月の目を見て小さく頷いた。
リーリャを追いかけていつしか横に並んでいた美佳は、何も言わずに歩く彼女をチラチラ見ながら何か話すべきか悩んでいた。
しかし、城にたどり着く直前で彼女は立ち止まる。
「護衛のつもりなら、もう大丈夫ですよ」
「あっ、そうですよね。もうお城ですし……」
それでも美佳はそこを立ち去ろうとはしない。
「……貴女と広間で会った時に話していたのは、お兄さん?」
「……? はい、そうですけど……」
「そう……」
突然歯切れが悪くなる。何か引っかかる事でもあるかのように、彼女はもじもじし始めた。
「……貴女達は、あの乗り物でどこから来たの? お母様と話していた人は、帰る途中って言っていたけれど」
「今この星がいる位置からすぐ近くにある、私達の言葉で天の川銀河って呼んでる星の集まりの中にある、地球っていう星からです。アスラみたいに自然豊かで、青い海がある星ですよ」
「……どんな旅をしてきたの?」
「冒険譚を期待しているなら、もしかしたらご期待には添えないかもしれませんが。それなりに辛くて、大変で……でも振り返れば楽しいこともあった旅でした。宇宙をフネで飛べるのは、それだけで綺麗なものですから」
「もし、良かったら……」
今度は手を後ろで組み、肩を窄めた彼女は、美佳から目を逸らす。
「良かったら、なんだけど……その話、妹に聞かせてあげてくれないかしら……」
「会っていいんですか?」
「人と会えないわけじゃないの。ただ、今いる場所から出られないだけで……」
「出られない……」
「この星が宇宙を彷徨っているのは、お母様も私も知ってる。この星は元々、光を与えてくれる星の周りを回る星だったけれど、お母様が妹を守るためにその道を変えた。だからお母様はもう、力を使えない」
少し言葉に詰まったリーリャだが、今度は美佳の事を見た。
「妹は……その身を狙われているの。だから城の部屋から出してはいけない」
「狙われてる?」
「この星の民からではなく、空から来る連中にね。宇宙のどこからかやってきた、対話もできない目的も分からないヤツらから、妹とこの星を守るための措置だった」
「無理矢理恒星の重力を抜け出すなんて事が……」
「やり方は簡単。この星を構成する全ての物質に働きかけるだけよ。影響範囲が広大すぎて、それをするとすぐに力がなくなるし、寿命が短くなる。髪の毛だけでも、その影響で少し老化するとは思わなかった」
「……じゃあ、皇女様の髪の色がリーリャさんより薄かったのはそういう事」
広間で見た時は気にしなかったが、今にして思えばリーリャは鮮やかなピンクの髪をしているにも関わらず、皇女はそれより白っぽくなっていた。
年齢によるものだと思っていたが、彼女の話が本当ならば皇女の本当の年齢は見た目より若いのかもしれない。
「お母様の年齢は多分見えてるより若いはずよ。私だってまだ19年しか生きてないんだから」
「えっ、本当に?」
「正直な反応……本当に、貴女なら妹と気が合うと思う。だからお願い、妹と、話をしてあげて」
彼女の目は、地球人と変わらない優しい目だった。
どこの星の人であろうと、地球人が皆そうであるように大切な人を想うとそうなるのかもしれない。
――断れないよ。
「……分かりました」
「今日はもう陽が落ちるから、陽が登ったらまた来て。待ってる」
「そっか。明日会いに行くんだ」
武蔵に戻った美佳は、部屋に戻るなり奈波にことの顛末を話す事にした。
「そう。だから明日はこれも置いてこうと思って」
「銃も?」
「いらないでしょ? 敵になって襲ってくるわけじゃないんだし」
「そうだけど……それならその服も変えたら?」
「服?」
「艦内服でも軍服でも、なんて思われるか分からないよ」
「でも……」
首を傾げる奈波。
美佳は「うーん……」と悩みつつ、チャックを下ろした艦内服の襟をつまむ。
「私、これと軍服しか持ってきてないし」
「……まあそっか……」
「うん。どうしよう」
「……どうしようね」
その後ややしばらく、揃って頭を悩ませた
2人であった。
観測ドームでは、水月と柑奈が気象長に依頼されたこの星の日の入りと日の出の周期について計測を行なっていた。
「日の入りは1時間前。次の日の出とその次の日の入りが分かれば1日が何時間なのかわかるね」
「半日でも大丈夫じゃないかな?」
「でも、一応正確に測らないと」
「それはそうだし測るけど、武蔵から観測してる人工太陽が公転して見えないんだよね……」
モニターに目を凝らしていると、唐突に扉が開く音が聞こえた。
「誰?」
「あっ……私、です」
「美佳ちゃん?」
振り返ると、さっきまで部屋にいたのかチャックが襟まで上がり切っていない艦内服のままの美佳が立っていた。
「ちょっと着崩してるの?」
「え? ……あ、これは違くて!」
「ふふっ、ううん、大丈夫だよ。何か話?」
「“お姉ちゃん”が恋しくなった?」
「水月」
柑奈から睨まれて引き下がる水月。
美佳はそれどころでは無いようで、しばらくもじもじした後で「あの」と切り出した。
「あの……相談が……」
首を傾げる2人に美佳は城の前でリーリャと話した事を伝え、その後奈波から言われた事も正直に伝えた。
それを聞いた柑奈は水月にその場を任せ、美佳の手を引いて自室に案内したのであった。
「要するに、お姫様と話をするのに軍服だと威圧感与えちゃうからお洒落して行きたいって事だよね」
「はい、まあ、そうですけど……」
彼女がベッドの下の引き出しに入れていたのは、恐らく地球から持ってきたのであろう私服類。
「柑奈さん……なんでそれ……」
「武蔵っていろんな星に行くでしょう? だからこういう時のために少しだけ持ってきてたの。それと」
「それと?」
「たまには艦内服以外も着たい時あるでしょ? 誰に見せるわけでもないけど、お洒落したい時とか」
「……正直、ちょっとありました……」
「長旅だもん、それくらいしたっていいんじゃないかって思うんだよね」
言いながら、柑奈はいくつか服を選んで美佳に重ねていた。
「……もしかしてですけど」
「ん?」
「私、着せ替え人形みたいになります?」
「していいの?」
「………………したければ……」
「本当に⁉︎ 美佳ちゃん、きっと何着ても似合うから迷ってたんだよね!」
目を輝かせる柑奈を見て、もしかしたら間違えたのかもしれないと心に思う美佳であった。