波動実験艦武蔵 ―魔法使いの惑星―   作:朱鳥洵

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Chapter3 リーリャとサーリャ

 翌日。

「来てくれてありがとう。……それは正装?」

 城の前にやって来た美佳を迎えたのはリーリャ本人だった。リーリャも昨日よりラフな格好ではあったが、昨日と全く違う服や髪型の美佳に首を傾げた。

「いえ、その……軍の服だと威圧感出るかなって思って……お友達に会う時の服みたいな」

 とはいえ、美佳が着ているのは柑奈の私服から選ばれたもので、美佳が普段着ているものよりほんの少しだけ大人っぽいものだ。

 少し背伸びしようとしていた高校生の頃を思い出す、と美佳は内心気恥ずかしかった。

「アスラの人達にとって、変じゃないですか?」

「いいえ。市民も普段はそのような格好をしているから、大丈夫よ。でも」

「でも?」

「あの子は民を見た事がないから、どんな服でも珍しそうにすると思うけど」

 微笑んで、リーリャは美佳を連れて中に入った。

 妹の部屋は少し高いところにある、と道中聞いていた。

 実際、外見で7階建てと思しき城の中央の建物にある階段を5階ほど上り、更に奥まった場所に案内された。

 両開きの扉には外側に鍵がかけられ、脇には昨日武蔵のクルーを案内したメイド、ハルが立っている。

 ハルは2人の姿を見てお辞儀をし、口を開いた。

「お嬢様。その方は……昨日の」

「サーリャに会わせてあげたいの」

 美佳はそこで初めて、リーリャの妹の名前を聞いた。

 しかし特に顔には出さず、2人の話を聞く事にした。

「サーリャお嬢様に、ですか」

「きっと、仲良くなれると思う」

「ですが、お嬢様は外の方と会ったことがありません。もし何かの拍子に……」

 リーリャはその言葉に、チラリと足元を見る。

「大丈夫。そのためにここにいてもらってるんだもの」

「お嬢様と会いたいというのは、その方の?」

「違う。それは私の願い。外のことを何も知らないあの子に、少しでも外の事を教えてあげてほしいとお願いしたの」

 しっかりと意思を感じる受け答えに、美佳は王族の資質を感じざるを得なかった。

 ハルもまっすぐ見つめるリーリャに根負けしたようで、嘆息してから「仕方ないですね」と扉に手をかける。

「サーリャお嬢様は、この星の暦で4年ほど前からここに住んでおられます。慣例として語学などの教養はそれまでに城の中でほとんど終えておりますが、公務につく年齢より前から外に出ておりません故、城から外に出たことがなく世間知らずなところがあるかと思います」

 手をかけたまま、ハルは美佳に告げる。

「お嬢様にとっては、この星が世界の全てです。あなた方が旅をしてきた宇宙について、お嬢様は知らないと思います」

 ハルはそのまま、鍵を開ける。

「どうか、それを胸に留めておいてください」

「分かりました」

 

 開けられた扉の奥には、扉が開いたことに気づいて振り向き、キョトンとしている少女がいた。

 見た目は地球人の感覚で中学生くらい。髪はリーリャより遥かに長いが美しく、王族の特徴だと思われる鮮やかなピンクの髪と緑色の瞳をしている。

 絵に描いた美少女といった様相の彼女は、ハルと姉の姿を端に見て美佳を怪しい人ではないと思ったようで、ぱぁっと笑顔を見せて駆け寄ってきた。

「お姉様、この方は?」

「この国に来たお客さんで、サーリャと友達になりたいって」

 妹の手前、自分がお願いした事は言えないのだろう。リーリャは言った後に、話を合わせてほしいと意思を目で伝えてきた。

「本当?」

 少女はその透明な瞳で美佳の方を見る。

 ガミラスが攻めてくる前、両親と長男が亡くなる前は、自分もきっとこんな目をしていたのだろうと考えてしまう。

「うん、本当。お話しよ?」

 美佳の返答にサーリャは屈託の無い笑みを浮かべ、彼女の手を引いて部屋に招き入れた。

 背後では、ハルが扉を閉めるのがわかる。

「お姉様とお母様と、それとハル以外がお話してくれるのはじめてなの!」

 彼女にとってはそれが自然なのだろう。

 だが美佳にとっては、彼女が思う世界がこの部屋と、部屋の窓から見える狭い世界だけなのかと実感させられる言葉だった。

「ねぇ、どこから来たの? 違う世界?」

「違う世界……うーん、どうかなぁ」

 どう答えるべきか頭を悩ませた美佳は、これについて変なことを言うものでもないと考えを改める。

「私は、アスラの外に広がってる宇宙を旅して来たの」

「うちゅう?」

「そうだよ。仲間と一緒に」

「うーん……あっ、もしかしてアレで来たの?」

 彼女が窓に行って指をさしたのは、渓谷から艦上部が露出した武蔵だった。

 ――ここからでも見えてたんだ。

「そうだよ」

「びっくりしちゃった。あんな乗り物、普段ここから見えないもん」

「驚かせちゃったね」

「あれに乗ってきたってことは、あなたは違う世界から来たんだ」

 彼女の目を見ていると違うとも言いにくく、美佳はしばらく唸る。

「惜しい……かなぁ……なんて言えばいいんだろう」

「……?」

「アスラの外には、宇宙っていう空間が広がっていて、私達はそこを渡って旅をしているの。私達が産まれたのも、アスラに似た星なんだよ」

「この世界の外には、もっと広い世界があって、そこにはアスラみたいな場所があるの?」

「うん、そういう事。夜に空を見上げると、綺麗な星が見えるでしょう?」

「見えるよ。だけど、キラキラ光る川みたいなのが見えるの」

 そこで美佳は思い出す。

 今この星は天の川銀河に肉薄しようとしている。地球の夜空に天の川が見えるように、今この星からは、地球とは逆の向きからオリオン腕が見えるはずだ。

「その川は、たくさんの光る星が集まってできてるんだよ。そうは見えないけど」

「へぇ……物知りだね!」

「そ、そう……?」

「うん! あっ、お姉さんのお名前、聞いてもいい?」

「有賀美佳だよ。あなたの名前も聞いていい?」

「サーリャ。サーリャ・アスラ・スリン」

「仲良くしてね、サーリャちゃん」

 ぽんぽんと頭を撫でる。

 彼女は最初少し驚いた顔を見せたが、すぐ子猫のように美佳にくっつき始めた。

「嫌じゃない?」

「嫌じゃないよ。なんでだろう、落ち着くかも」

「それなら良かった」

 どうやら文明の違いはあれど、感覚や動作のほとんどは地球と変わらないらしい。

 愛くるしい動物のように甘えるサーリャに連れられるがまま、この部屋で唯一腰掛けられるベッドに座る。

「ねぇ、もっとお話聞かせて!」

「なんのお話?」

「ミカがしてきた旅の話!」

「うん、いいよ」

 宇宙を知らない彼女には、せめて楽しい話を聞かせてあげよう。

 そう決めて、美佳は話し始めた。

 地球とマゼランを結ぶ灯台のような星。

 魚と恐竜が混ざった生物が闊歩する陸地の無い星。

 赤い鉱石でできた幻想的な星。

 宇宙に広がる壮大な墓場のような場所。

 過去を見せ現実にする不思議な星。

 アスラとよく似た環境でいて全く違う考えの人が住む星。

 次元を超えてやって来る神秘の星。

 そして故郷の、美しい地球の事を。

 凄惨な戦いの話は避けて、宇宙の綺麗なところだけを聞かせた。

 彼女は興味深々な様子でそれを聞き続けた。

「――夢の話みたい……!」

「でも全部本当の事なんだよ」

「すごい! この外には、こんなにすごい事がたくさんあるんだ!」

 サーリャを見ると、最初に兄から宇宙に行った感想を聞いた時を思い出す。

「いつか、行けたらいいなぁ」

「リーリャさんに、外に出てもいいよって言ってもらわないとね」

「うーん、多分それはダメ。お姉様ってば、少しでも何かあるとすぐお医者様呼んでくるんだもの。あの様子じゃ、うちゅうに行くなんて絶対許してくれないと思う」

「大事に思われてるんだ」

 そう言うと、彼女は頬を膨らませて不服そうな顔をする。

「それは分かってるけど、ちょっと過保護だと思うの。1日に何度も体調はどうだとか、お腹空いてないかとか聞いて来るんだもの」

「ちょっと前のお兄もそんな感じだったかも」

「おにい?」

「うん、そう。私、お兄ちゃんがいるんだ。歳はちょっと離れてるけど」

「どんな人なの?」

「うーん……過保護すぎる時と放任すぎる時があって、言ってる事に落差ありすぎるし、人の気持ちも分かってるのか分かってないのかって感じ。だけど、近くで改めて見てみると思ったより色んなものを背負おうとしてる」

「大好きなのね」

「だっ……嫌いではないけど……柑奈さんの方が好き……」

 ポロッと本音が漏れた。

 サーリャはそれが誰なのか分かっていないようだったが、美佳の態度の変わりように思わず笑っていた。

「大好きな人がいるのはとても良い事。わたしも、お姉様もお母様もハルも大好き!」

「そっか」

「お姉様は特に好きよ。だって――」

 彼女の笑顔はどこまでも真っ直ぐで、暗い事など、自分が狙われていることなど、全く知らないようだった。

 だが彼女にさえも、一つのかげりがあるのはわかった。

 

「リーリャさん」

「なに?」

 サーリャの部屋から出た美佳は、彼女の手を引いて部屋から離れた廊下へと連れていった。

「教えてください。サーリャちゃんがなんであそこに入れられているのか」

「どうして」

「……知りたいと、思ったからです」

 夕陽の光が窓から2人を照らす。

 そこから避けるように、リーリャは目を背けた。

「昨日も、今日会う前も聞かなかったのに」

「会ってから知りたいと思ったんです。サーリャちゃんの目を見て」

「あの子が何か話したの?」

「違います。だから、知りたいんです」

「どういう――」

「だって……」

 日陰になって、リーリャがどんな顔なのかは分からなかった。

 俯いていた美佳は、サーリャの真っ直ぐな瞳を思い出して拳を握る。

「だって、自分が狙われてる事すらあの子は知らないんでしょう? サーリャちゃんの目は、まっすぐで、曇りもなくて……何も知らないって……そうだよ……知ってたら、誰かを疑うなんて知らないあんな目しないから!」

 遠い星で偶然出会った、今日会ったばかりの少女のために、自分は何をここまで言っているのだろうか。

 そんな事も思ったが、自分の頬に伝う感覚で止められないのだと悟っていた。

「貴女は……」

「サーリャちゃんは、リーリャさんの事が特に好きだって言ってました。私は、その時の顔と言葉が忘れられない」

 思い出す。

 サーリャとはあの後もたくさんの話をした。

 だが、彼女はリーリャについてこう言っていた。

 

「『唯一どんな時も離れないでいてくれたから』」

 

「っ……」

「その時の悲しそうな顔が忘れられない。今にも泣いてしまいそうな顔で、笑ってみせたサーリャちゃんの事が」

「……そっか……そう……なんだ……」

 声色が変わったことに気づいて顔を上げると、リーリャは俯いて肩を震わせていた。

「リーリャさん……」

「ごめんね……ごめん……それしか……」

 その言葉が自分へのものでないことはすぐに分かった。

「……こうするしか……なかったの……」

 力なく座り込み、手で顔を覆ってしまう。

「リーリャさん……すみません、私」

「いいの。ありがとう……教えてくれて」

 泣きながら、それでも笑顔を向けるその顔が、脳裏に焼きついた顔とそっくりで。

「えっ――」

 動揺する彼女の声も聞こえないまま、思わず抱きしめていた。

 少し呆けていたリーリャだが、美佳の身体に手を回し抱きしめて涙声のまま口を開く。

「……貴女が来てくれて良かった。今日会ったばかりのあの子のために、泣いてくれる貴女で」

「行きすぎた事を聞いたでしょうか」

「いいえ。そんな事ない……わたしには、教える義務がきっとある」

 

 リーリャの部屋は、サーリャの部屋から少し離れた場所にあった。フロアも妹の部屋とは違っていた。

 話によれば、サーリャの部屋の周りにはハルの部屋がある以外は違うフロアも含めて全てわざと空けているのだそうだ。

「あの子は多分、わたしに少しの罪を感じている」

「それは……」

 そう言い切る前に、リーリャは自分のスカートに手をかけて捲り上げる。

 美佳は思わず目を閉じたが、やがてゆっくり瞳を開けると、そこには治りかけた深く大きい傷跡が残る左脚が見えた。

 昨日奈波が言っていたことは、どうやら本当だったらしい。

「その傷……」

 左脚の傷はふくらはぎから斜めに太ももまで伸びていて、普通では起きえないものだった。

「これは、あの子の力が目覚めた時に負ったもの」

「サーリャちゃんにも、同じ力が?」

「そう。けれどそれは、ずっと大きいものだった」

 美佳が座るソファーの隣に腰掛け、リーリャはゆっくりと語り始めた。

 

 ――4年以上前のこと。

 リーリャとサーリャは外でよく遊ぶ活発な姉妹だった。

 やがて姉のリーリャは先に力に目覚めたため、継承権がある事を示す儀式を執り行った。

 この星では女子が生まれると、城の近くの決まった場所に木の種を植える。この木は王族の力でしか発芽しないとされ、発現した力でこの木を発芽させる事が儀式であった。

 当代の皇女――マーサには姉妹が産まれたため、この木の種も二つ隣同士に植えられる事になった。

 リーリャは儀式の後、サーリャと約束した。

「いつか、2人の木を隣同士で育てよう! 2人で、他のどの木より大きな木を!」

「うん、約束!」

 それから数ヶ月。

 外で遊んでいた2人に悲劇が起こる。

 突然苦しみ出したサーリャを心配してリーリャが近づこうとすると、彼女はこれまで聞いたことのないような声で。

「来ないでっ!」

「でも、そうはいかない! 今――」

「来ないで、お姉様!」

 サーリャの目は、両目共に元々の緑色から青色に変わっており、直後に地面から棘のような岩が無数に突き出した。

「サーリャ!」

 逃げるより先に、彼女は駆け出していた。

 隆起した地面が服を裂き、身体に傷を作っても構うことなく。

 ――あと、もう少し……!

 指が届く、その直前、視界に赤い水滴が映り込んで左脚に力が入らなくなった。

 蹴り出す事も止まる事もできないまま妹に覆い被さるように倒れ込んだリーリャは、華奢な妹を強く抱きしめる。

 倒された事で自分を取り戻したサーリャは、震える声で口を開く。

「来ないでって……言ったのに……」

「無理だよ。だって貴女は、わたしにとって誰よりも大切で……たった1人の……」

「お姉様……?」

 リーリャの声から力がなくなっていく。

「お姉様!」

 抱きしめていた腕の力が抜け、彼女の身体を避けて起き上がる。

「――っ」

 手に触れた暖かい水の感覚で、サーリャは息を呑んだ。

 自分が着ている服までが真っ赤に染まり、彼女の左脚は抉られていた。

「イヤ……お姉様…………わたしの、せい……」

 その後、異常を悟った衛兵によって2人は城へ運ばれた。

 リーリャは城で治療が施され、翌日には目を覚ました。

 サーリャも体力が尽きて眠っていたが、同じ頃に目覚め、リーリャの無事を聞いた。

 が、サーリャは姉に会いには行かなかった。

 否、行けなかった。

 彼女の脳裏に、まだあの光景が鮮明に広がっている。

 きっと、リーリャは自分の事を嫌になっただろう。

 しかし1か月後、その考えは間違いだと分かった。

 まだ傷は治っていないが、杖をついたリーリャが真っ先にやった事がサーリャに会う事だった。

「……わたしは、会いたくなかった」

 再会した後、サーリャは第一声でそんな事を言う。

「どうして来たの、お姉様」

「サーリャにすぐ会いたかったから。寂しかった……」

「お姉様に会ったら、わたし……耐えられないの……」

 妹はずっと背中を向けていた。

 ハルの話では、ここ1か月マトモに何も食べていなかったという。

 彼女の背中は前見たより遥かに細く、華奢になっていた。

「サーリャ……それでも」

「大好きなの! お姉様が大好きだから、わたしは自分で……自分が許せないの……」

 よく見ると、今彼女が着ている服にはところどころ血の跡のようなものがついたまま。服もずっと着替えてないのだろう。

 開けっ放しのクローゼットにあった服もほとんどがなくなっていた。

「それは、何。その傷は」

「お姉様に、わたしはもう会えないと思っていたから。お姉様と会ったら、もっと辛くなるから……だからいっそ……」

「服は……」

「ハルに渡した。……お姉様にもらったもの以外全部。布が足りないって……だから、全部」

「何、馬鹿な事言ってるの……」

「だって……お姉様を傷つけた。もう、わたしはお姉様の近くにいる資格なんてない」

「サーリャ」

「大好きなお姉様。そしてわたしは、わたしが大嫌い」

 リーリャは話しながら、杖を捨てサーリャを後ろから抱きしめた。

「大好きなサーリャ。わたしは、貴女より大切な人なんていないのよ」

「お姉様……そんな事……されたら……」

「貴女が貴女を大嫌いでも、わたしは貴女が大好き。わたしがどうなったって、わたしは貴女と一緒にいるわ」

 サーリャは自分を抱く姉の手に手を重ね、震える手で握る。

 1か月ぶりに触れた妹は変わらず暖かく、だが柔らかかった身体は骨張っていた。

「ごめんね、サーリャ」

「ごめんなさい……お姉様……」

 リーリャとサーリャの話から、サーリャは力に目覚めたもののそれが強大である事が分かった。

 そこでサーリャは力を使えないよう、また周りに害がないように城から出してはいけないという事が定められた。

 無論、リーリャは被害者でありながら最後まで反対し続けたが、サーリャ本人が了承した事で決定となった。

 サーリャの専属使用人のハルも以前と比べ距離を置くようになり、母も会う時間が大きく減った。それ以外の使用人達は露骨にサーリャの部屋を避けるようになったが、リーリャだけは違った。

 彼女はほぼ毎日妹の部屋に赴き、部屋で話をして時には隣で眠ったり、食事をとるなどして会えなかった時間を取り戻すように過ごしていた。

 時には、軟禁し続けるのはおかしいとしてサーリャを連れて部屋を脱走する事も。

 捕まると、リーリャは決まって「たった一回わたしが怪我したくらいで、サーリャを閉じ込めるなんておかしいでしょう⁉︎」と主張し続けた。

 しかしある時、アスラに異星の乗り物が現れた。

 異星人自体は少なくなかったが、彼らは他の者とは違った。

 彼らは街の近くに攻撃を与え、音声でサーリャとこの星を差し出すように伝えて来たのである。

 猶予期間として異星の乗り物が去った後、皇女が数ヶ月かけて星全てに力を伝えて軌道を変えた事で、アスラは遊星となった。

 アスラに移り住んだ異星の技術者によって軌道上に人工太陽が建設され、星は一見何も変わらないかのように1日を刻み続けた。

 リーリャは妹を守るためと仕方なく現状維持を認め、脱走する事もなくなった。

 アスラは軌道を変えた後も皇女によって加速し続け、短期間で元いた恒星系から離れた場所へ到達したのであった。

 アスラの位置がズレたためか異星人も現在までアスラを捕捉できずにいるらしい。

 その後もずっと、リーリャはサーリャに会い続けた。

 彼女の意向で、サーリャが狙われている事などは伝えられていない。

 次第にサーリャも健康的な身体に戻っていき、また以前のようにリーリャによく甘えるようになった。

 しかしリーリャは今でも、サーリャの世界を狭めた事やサーリャが自分を責める原因を作った自分を許せないままだという。

 リーリャは、自分の木だけが成長した儀式の場所へ行くたびに、心でサーリャに懺悔している。

 

「……あれか?」

「うん、多分」

 武蔵に戻った美佳は、有賀、柑奈、水月とシーガルでリーリャが言っていた場所へ向かった。

 あたりは暗くなっていたが、地形センサーが奇妙な地形を捉えていた。

 上空からライトで照らしてみると、ハリネズミの背中のような尖ったものが地面から無数に突き出ている。

「うん……確かに地層の順番がおかしいかもね」

 着陸した機体前面のライトに照らされたそれを見て、水月は呟く。

「この星の地層の順番が分からないんだけど、このトゲの縞模様がおかしいんだよ。美佳ちゃんが聞いたお姉さんの話は本当の事かも」

「でも、それならおかしくない?」

 後ろで話を聞いていた柑奈が口を開く。

「昨日、坑道を作ったリーリャさんは、1日も経てば元通りって言ってたよね。話が本当なら、これができたのは4年前。ずっと残ってるものなのかな」

「リーリャさん?」

「あ、うん。お姉さんの名前、昨日美佳ちゃんから聞いたんだよ。服選んでる時に」

「へぇ……?」

 水月の視線に嫉妬が混ざる。

 あえてそれを見なかった事にしつつ、柑奈も地面のトゲを見つめた。

「ま、名前は置いておくけど。柑奈の言葉には答えられるよ」

 あえて少し大きい声で前置きした水月が出したモニターには、何かの図が映し出されていた。

「これ見て。こっちが昨日観測したリーリャ……さん? が開けた坑道と階段の組成」

「……これ、本当なの?」

「うん、本当。瞬発的な強度は保たれてるけど、細かく見ると岩の物質が不安定なの。だから1日経てば元に戻ろうとして崩れたり閉じたりしちゃう」

「なら、植物は?」

「えっ?」

 突然会話に入ってきた美佳に目を向ける。

「植物は、戻ったりしないんですか?」

「どうだろう……植物は別に戻ろうとする力が働かないかもしれないし」

「そっか……そうかも」

「でも、なんで植物?」

「この星の王族は継承権を示すのに、木を発芽させるみたいなんです」

「木……発芽なら戻らないのかもね。時間は逆行しないんじゃないかな。岩が戻ろうとするのは密度が急に変わるからだと思うよ」

「じゃあ、これが戻らないのは」

「それはわからないかな……4年もこのままなわけだし、調べようがないよ」

「そう、ですよね」

 手を触れたそれは、ただそこにある地形となっていた。

 しかしこれは、彼女達姉妹の苦い記憶の在処なのだと美佳は深く刻み込む。

 ――何か、できることはないのかな。

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