波動実験艦武蔵 ―魔法使いの惑星―   作:朱鳥洵

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Chapter4 狙われた姫君

「ねぇミカ」

「なに?」

「ミカ、兵隊さんなんでしょう?」

「うーん……一応ね」

 武蔵がアスラの地に降り立って、およそ1週間。

 美佳は艦内シフトの合間にサーリャと会って話をしていた。

「武器とか、使うの?」

 しかし、その日のサーリャはどこか変わっていた。

 これまで一度も、武器や戦いに関する事は言わなかった。しかし昨日突然、「ミカは兵士さんのことをどう思う?」と聞いてきた。

 その話の中で美佳は、後のサーリャの問いで仕方なく自分が軍の所属である事と、何度か戦闘に遭ったことも伝えていた。

 その日はそれだけで終わったが、今日は食事の後ですぐにそれを聞いてきたのだ。

「どうして?」

「違う世界の人達って、どんなものを使うんだろうって。あんな大きい空を飛ぶ乗り物が作れるんだから」

「……この国には、ないの?」

「乗り物はあるよ。でも、空は飛ばないしあんなに大きくもない。人や動物が押したり引いたりするんだもん」

「そっか。兵士さん達も、武器は剣だし」

「うん。でも、たまにお城の上に弓を持った人はいるよ」

「弓……か」

「そう。だから気になって。ミカ達は、何を使うの?」

 逡巡。

 明らかに文明レベルが異なる人間に、これを教えていいのか。

 だが、今彼女は実物を持っていない。言葉で言うだけでは、恐らく理解し得ないだろう。

 そう考え、美佳は手で銃の形を作って前に出す。

「こうやって、バーンって撃つの」

「うつ……?」

「うん。弓矢みたいに、離れた場所にいる相手に当てるんだ」

「そうなんだ……」

 伏目になるサーリャ。

 覗き込んでみると、何か考え事をしているようだった。

「サーリャちゃん?」

「あっ、う、ううん! なんでもない!」

「悩んでることとかあるの?」

「大丈夫だよ! 大丈夫!」

「本当?」

 手を握ると、彼女は少ししてから握り返してきた。

「……もし」

「うん?」

「もし、わたしに何かあったら」

 握る力が強くなる。

 目を閉じたサーリャは次の瞬間、まっすぐ美佳の目を見つめた。

「わたしに何かあったら、ためらわないでね」

 

「水月さん」

 その日の夕刻。

 城から戻った美佳は、艦内服に着替えるとすぐに観測ドームへ向かった。

「柑奈ならいないよ?」

「違います。水月さんに、お願いがあって」

「お願い? どうしたの?」

「リーリャさんの能力から得たデータに類するものがあったら、すぐ私に伝えてください」

「……何か、あった?」

「分かりません。でも、もしかしたら」

「もしかしたら」

 扉が開く。

 振り返ると、有賀と柑奈が共に入ってきたところだった。

「お兄……」

「ここにいると思った。美佳、何か予感があるんだろ」

 有賀は俯く妹を、ただまっすぐに見つめていた。

「少しずつしか伝えてないのに」

「何か意味があるんだろうっていうのは分かってた。美佳は、何も確証がない事で人に頼んで回ったりしない。差し迫った危機でもあるのか?」

 少し考えて、美佳は首を横に振る。

「分からない。分からないけど、近いうち何かがある……多分」

 いつもなら気のせいだと言ってあしらう有賀だが、今回はそんなことを言う事はなかった。

「何かあったらすぐ教えてあげる。だから、今は休みな」

 しばらくの沈黙の後、水月が美佳の肩を叩く。

「……はい」

「柑奈、一緒に」

「うん、分かった。行こうか」

 ドームを出た2人を見送り、残された有賀と水月は深く息を吐く。

「戦術長」

「なにか?」

 お互い目を合わせる事なく、言葉だけを交わす。

「何かあったら、どうする気」

「今から艦長に報告して、機体を使えるようにはしておく。あとは……美佳次第だ」

「その時は誰が行くの」

「俺が行く。もし“それ”をやるなら、俺がやる」

「ダメだよ、そんな事したら」

「……背負えると思うのか」

「背負わせなきゃダメな事もある。わかるでしょ、戦術長が1番」

「そう……だな」

「信じてやりな。妹なんだから」

「ああ」

「あと、その時は柑奈も連れて行って。きっと美佳ちゃんと戦術長を支えてくれるよ」

「わかった。連れて行くよ」

「うん。よろしく」

 

 それから2日ほど経った頃。

「サーリャ」

「お姉様、どうしたの? こんな時間に」

 いつものように城に来ていた美佳が帰ってからしばらくして、リーリャが現れた。

 いつもならリーリャは部屋に戻る時間のはず。

 驚いた顔のサーリャの頭を撫で、リーリャはベッドに腰掛ける。

「美佳から聞いた。何か考えてる事あるんじゃない?」

「……ないよ」

「本当?」

「うん、本当だよ」

 いつも通りの、満面の笑み。

「…………」

「お姉……様……?」

 頬に触れてただじっと瞳を見つめる。

 彼女の真意を読み取ろうとする姉の気持ちはすぐにわかった。

 しかし、それを言うわけにはいかない。

「大丈夫だよ、お姉様」

「でも」

「大丈夫……信じて……?」

 まっすぐ見つめる妹の瞳に嘘はなく、何かの意思を感じられる。

「サーリャ」

 姉の声にただ頷き、彼女はぎゅっとリーリャの事を抱きしめた。

「この後何かあっても、誰のせいでもないから」

「……あなた、もしかして――」

「お姉様」

 遮ったサーリャの声は、落ち着き払っていた。

「お姉様、ずっと側にいようね」

「ええ、ずっとね。たった1人の妹だもの」

「……うん……!」

 ――それから数時間。

 夜もふけた頃に、サーリャは目を覚ました。

 今しか確かめられない事がある。

 違う世界から来た美佳がいる今この時しか。

 その思いで、彼女は窓際に立った。

 その窓の近くには高い木が生えており、ちょうど自身の身体を支えられそうな太い枝がある事も確認していた。

 窓の外の木へ飛び移り、そのまま地面に降りた彼女は草原から空を見上げる。

 最後に見た星空からその景色は大きく変わり、天球を貫くような大きな川が流れていた。

「きれい……これが、宇宙」

 彼女は宇宙を意識する事がなかった。

 美佳と出会って話す中で、夜に見える星空が宇宙を瞬く星々であることを自覚したばかりであり、これまで何の感慨もなかった星々に感情を抱いたのは初めてであった。

 城から離れた渓谷の方には、武蔵の艦橋の光が瞬いている。

 人工的な金属に反射する窓の光もそれは綺麗に見え、ややしばらく見つめていた。

 違和感を感じてふと足元に目を向けると、先程まで短かった草が伸びて脚に絡まろうとし始めているのがわかった。

「ひっ……」

 驚いてそこを離れたサーリャだが、原因はすぐに分かる。

「……離れなくちゃ」

 このままでは、あの時と同じになってしまう。

 ならばせめて、未知の乗り物とまだ見ぬ技術を持つ美佳達にしか到達できないくらい離れてから。

 そう考えた彼女は、そこから急いで駆け出した。

 久々に走る草原はどこまでも続くようで、永遠かとも思えるほど広大。

 視界の端に姉が発芽させた木が大きく成長しているのが見えた頃、サーリャは一度足を止めた。

 木を倒してしまわないよう、遠く離れた場所から。

 本当であれば、姉の木の隣にはひと回り小さな自分の木が成長しているはずだった。

 しかしあの時のせいで、自分の木の種は地中に埋まったまま発芽していない。

『――約束だよ』

 ありし日の姉の声が響く。

『いつかサーリャの木を、私の木の隣に。一緒に、うんと大きな木にしよう』

 怪我も治っていない脚で、姉は何度も彼女の部屋に足を運んだ。

 つらいはずなのに、屈託のない笑顔が忘れられない。

『その日が来るまで、私はずっと近くにいるよ』

 そばにいる。その言葉はサーリャにとって何よりの支えであり、何よりの重圧でもあった。

 そして直感した。きっとわたしは今度も成し遂げられないのだろう。

 曇り始める空を見上げた彼女は、自身の甘さを痛感した。

 今度も――。

「っ……!」

 刹那、胸に痛みが走る。

 あの時と同じ、何もかも。

「ダメ……出てこないで……!」

 次第に降り始めた雨が身体を濡らし、水たまりを作る。

「ッ……だめ……なのに……っぅ!」

 思わず膝をついたサーリャが目を開けると、水たまりには両眼が青色に変化した自分の顔が写っていた。

 ――あぁ、またダメだった。

 ――ごめんなさいお姉様。お願い、ミカ。

 ――今度こそ、わたしを。

 

 

 同日、深夜2時を回る頃。

 眠れずに天井を見ていた美佳の端末に通知が来る。

 ――非常事態。反応が出た。

 ベッドから飛び降りた美佳は、開いた扉からまっすぐに第三格納庫へ走って行った。

 同じく知らせを受けた有賀と柑奈と共にシーガルで飛び出すと、機体に座標が送られてきた。

「水月?」

『座標は送れたね? その場所で大きい反応が出てる。現在進行形、リーリャさんのよりかなり大きい。地形が変わるくらいの反応になってる』

「地形が変わる……?」

「昨日見たトゲみたいなのも地形変動の一種なら、アレがまた出てるって事か」

『その通り。雨は降ってるし暗いけど、ライトつければ見えると思う』

 そこから2分ほど飛び、有賀は外を見て眉を顰めた。

「アレだな……反応が大きい」

 機体を下ろし、ランディングギアが接地する前に扉を開く。

 機体から飛び出した美佳と柑奈は、ライトに照らされた光景に息を呑んだ。

 ものすごい勢いで隆起する地面が、木々を薙ぎ倒し、時には壁、時には棘を形作る。

「サーリャちゃん!」

 中心にいるのがサーリャであるのは美佳にしか分からない。

 思わず駆け出すが、目の前に現れた棘に行く手を阻まれる。

「っ……お兄!」

 振り返り、シーガルから降りた兄に叫ぶ。

「何か無いの⁉︎ シーガルに、武器とか何か!」

「あったとしてどうする気だ」

「道を作って中に入る、それ以外無いよ!」

「それをするための武装は、シーガルには無い」

「……じゃあ、ゼロでもファルコンでもタイガーでも呼んでよ……今は!」

「死ぬぞ」

 いつもの兄からは考えられないほど、それは冷たく聞こえた。

「これを突き破るのに必要な武装は、威力が高すぎる。ここで使えば、中にいる彼女は死ぬ」

「――」

 力が抜ける。

 そうだ、自分は彼女を殺したいわけじゃない。

 ――そんな事、望むもんか。

 雨に濡れたまま、美佳は俯いて腕を下ろした。

 しかし、下げた腕に触れる感覚で目が覚める。

 ――銃。

『――ためらわないでね』

 彼女の言葉が甦る。

 瞬間、彼女が求めていた事を察した。

「そういうこと……サーリャちゃん」

 ホルスターから銃を抜き、撃鉄を下げる。

「じゃあ、私が」

 雨の中ゆっくりと銃口を向け、息を吐く。

「止めてあげる」

 ――――。

 

 今まで聞いたことのない音で目が覚めた。

 ベッドから飛び降りたリーリャは窓の外を見るや、着の身着のまま城を飛び出す。

 ――矢を放つ音でもなかった、アレは何の音なの?

 城壁を出たあたりで、低空で雨を裂いて轟音を立てて飛ぶ鉄の塊を目の当たりにした彼女は、この一連が美佳達に関係がある事を理解した。

 同時に、その中心にいる人物まで。

 空飛ぶ乗り物が巻き起こした風が通り過ぎた頃、彼女はまた走り始めた。

 泥が付くことなど考えず、雨に濡れたままで。

 ――きっと、大丈夫だよね。

 

 煙を立てる銃を泥の中に放り捨てた美佳。

走り出そうと蹴り出した足が泥に取られ膝をつく。

 直後、背後から飛来した一機のコスモファルコンが超低空でホバリングしたままで、地形変化が起こった一部分に機銃を撃ち込み始めた。

「何して――」

 止めようとしたが、ファルコンが撃つ弾丸の軌道はサーリャがいると思われる方向に向けてではなく、美佳とサーリャの位置を結んだ横方向から撃ち込まれていた。

 約10秒撃ち込んだファルコンはキャノピーを開き1人を下ろすと、垂直に高度を上げて飛び去っていった。

「美佳ちゃん!」

「……奈波……?」

「行くよ! 走って!」

 見知った声に導かれ、ファルコンによって開けられた、シーガルのライトが照らす道を駆け抜けていく。

 雨を振り払って走り着いた場所には、泥に汚れた姿のサーリャが倒れていた。

「サーリャちゃん!」

 彼女を抱き上げる。

 左腕に手を通した時、水ではない嫌な感覚が触れた。

 雨の水で洗われていたが、彼女の左腕は間違いなく銃撃でついた傷から出血していた。

「サーリャちゃん……」

「大丈夫だよ、傷は大きくないから、ちゃんと止血すれば大事にはならない。美佳ちゃん、彼女に呼びかけてあげて。呼吸とかも確認してくれる?」

 冷静な親友の言葉に我を取り戻し、美佳は抱きかかえたままの彼女に声をかける。

「サーリャちゃん、聞こえる? 痛いよね、すぐ何とかしてあげる」

 口元に耳を当て、胸に手を当てる。

 弱々しいが息はあり、心臓もしっかりと動いているのがわかった。

 親友を見て頷くと、奈波は雨の中でも慣れた手つきで応急処置を始めた。

「異星人の治療は初めてだけど、私達と変わらないんだね」

「うん。アスラの人達は、特に地球人に近いのかも。生き物としての構造だけじゃなく、愛情や親愛の表現も、文明も何もかも」

「そんな近いメンタリティを持つ私達が巡り会えたのは、きっと奇跡で、必然なんだと思う」

 奈波の声に耳を傾けながら、時折苦しそうな顔を見せるサーリャを見つめる。

「……ごめんね、私……こうしなきゃ、止められなかった……」

 その時、少しサーリャの顔が微笑んだように見えた。

「サーリャちゃん……痛いよね……ごめんね……」

「サーリャ!」

 遠くから聞こえた声に目を向ける。

 シーガルのライトの逆光で見えにくいが、その姿から武蔵のクルーではないのは確かだった。

「リーリャさん……」

「美佳……やっぱり、貴女だったの」

 美佳の隣に座り込んだリーリャはしかし、治療を続ける奈波の邪魔をしないようにかサーリャの右手を握るだけに留める。

「すみません、私が」

「分かっています。妹を、止めてくれたんでしょう?」

「傷つけたくなかったのに……これしか分からなかったんです……」

 サーリャを少し抱き寄せ、肩を震わせる。

 そんな美佳を、リーリャは優しく包み込んだ。

「いいの。この子の傷は浅いんでしょう? すぐに目を覚ますから」

「でも、私……サーリャちゃんを……」

「美佳は悪くないよ。ありがとう」

「……ごめん……なさい……」

「大丈夫だから……貴女も、治療してくれてありがとう」

 美佳を抱きしめたまま、背後から来た2人に視線を向ける。

「さっきとても大きな音が鳴ったし、乗り物が空を飛ぶ音もあった。もしかしたら――」

 直後、視線の先にいた有賀と柑奈の首筋に刃物が突き立てられる。

 周りを見回すと、自分とサーリャを避けるように距離をとりながら、それでいて美佳と奈波に切先を突きつける衛兵の姿が見えた。

「やっぱり……」

 彼女は美佳から離れ、彼女と刃の間に進み出る。

「退きなさい」

「なりませぬ。その者どもは、姫をたぶらかし危害を加えた。放ってはおけませぬ」

「もう一度言います。退きなさい」

「それは――」

「退け!」

 リーリャは向けられた刃に進み出て声を荒げた。

「この方々は妹を救ってくれたのです。感謝はあれど拘束するなど言語道断、遅れて来ておいて何を言うか。恥を知れ!」

「しかし、サーリャ姫に危害を加えたのは事実」

「妹を守るための措置だったと先程言いましたが、それでは不十分ですか」

「事実は事実です」

「なら」

 彼女は美佳に向けられたままの刃を掴み、握りしめて自らの手に傷をつけた。

 流れる血が雨水と混ざって地面に落ちる。

「これでも、貴方が私を傷つけた事になりますか」

「な、何を……」

「周りを見て、あのまま放置すれば貴方達や城まで危険だったのが分からないのですか。彼女が妹を傷つけたというのは、今この状況で貴方が私を傷つけたというのと同等の暴論だと言っている」

 手を離し、左手から血を流しながらも彼女は冷静に続ける。

「妹を止められなかった貴方達に、美佳達を咎める権利などありません。退きなさい」

 有賀と柑奈を拘束していた衛兵を睨みつけて拘束を解かせる。

「美佳」

 いつもの声色に戻って語りかけたリーリャは、座り込んでいる美佳と同じ視線に立った。

「妹はもう大丈夫なの?」

「多分。リーリャさんが前に経験したものと同じなら、今気を失っているのは能力を強制的に止めた反動だと思います」

「そう……よかった」

「それより、その手」

「このくらい大丈夫よ」

「ダメです。そこから悪化したりしたら……奈波、いい?」

 親友に目配せをする。

 それに答えた奈波がリーリャの手当てを始めるのとほぼ同時に、有賀と柑奈も近づいてきた。

「許していただけるなら、わたしたちの艦に連れて行けばもっとしっかりした診察や治療ができると思います」

 巻いた包帯をテープで止め、奈波はリーリャの目を見つめる。

 彼女は少し考えて、ちらりと妹の方に目をやった。

「……お母様には事後報告になるけれど……」

「そう……ですよね」

「でも、この子のためです」

 

 シーガルに2人を乗せ武蔵へ帰投した彼らは、すぐに彼女達の傷の状態を確認した。

 姉妹共に重症ではなく、サーリャは体力を使いすぎて気を失っただけだろうとの診察結果が出て、点滴だけをしてベッドに横たわっている。

 肩の傷は深くなく、ほとんどかすったようなものだという事だった。奈波の見解では、もうすぐ目が覚めるだろうと。

「……私達の星とは、医療も違うんですね」

 寝ている妹の頭を撫でながら、リーリャは口にする。

「アスラにこのくらい治療ができる設備があれば、私の脚も何年もかからなかった」

「……そうかもしれません」

「何年も、この子を苦しめることもなかったのに」

「リーリャさん……」

「知ってたの。私が妹に会うたびに、この子は私の足の傷を見ていた事も、それに心を痛めていたことも。……サーリャに会いたいっていう、私のエゴのために」

「でも、嬉しかったんだと思います。サーリャちゃんは、あなたが大好きだってずっと言ってました。過保護なところもあるけど、自分のことを考えてくれるんだって」

 頭を撫でていたリーリャの手が、頬に移る。

「あれだけの力が発現してしまったら、ヤツらはまたこの星に来てしまう。今のこの星では、この子や民を守る事はできない……」

 彼女は少し微笑むように穏やかな顔を見せる妹に笑顔を向け、美佳に振り向いた。

「近く、この星を離れる事を勧めるわ。私達は星から出る術を持たないけれど、貴女達にはこの乗り物がある。わざわざ危険なところにとどまる必要なんてない」

「……でもそれは、サーリャちゃんやリーリャさんを見捨てることになる。私はそんな事したくない」

「私達の問題に巻き込まれて美佳やここの人達が傷つく必要はないの」

「地球には、英雄と言われる宇宙戦艦がいます」

 穏やかな顔で語り始めた美佳は、リーリャが過去の話を聞かせてくれた時のようにゆっくりと、それの話をし始めた。

「彼らは、残り一年で滅ぶ定めだった地球を救うためにたった一隻で大きな敵と戦い、地球を救って、更には和平まで結んでしまった。そして地球が、彼らの求めた平和から離れてしまった時も、その戦艦はたくさんの人の思いと共に、顔も知らない人達を救うために、そして地球を救うために戦い続けた」

 天井に手を伸ばした美佳は、届かない何かを求めるようだった。

「私は、時に自らの命を投げ出してまで他の誰かのために戦ったその戦艦の、ヤマトの姿を見て、こうありたいと願ったんです。ヤマトは理想のために、地球があろうとする現実に抗い続けてきた。人がそうあってほしいという願いと、誰かと手を取り合える未来を求めて」

 立ち上がり、リーリャの目を見据えた美佳は、力強い視線で頷く。

「宇宙戦艦ヤマトは、今も人々に希望を照らしてくれている。この武蔵は、そんなヤマトの姉妹艦……ヤマト級を冠するこの艦が、目の前に迫った危機を、手が届く誰かを救おうともしないのは、絶対にイヤ」

「美佳……貴女は」

「私はサーリャちゃんが、約束を果たす姿が見たい。サーリャちゃんがいつか、リーリャさんと並んで歩く日が来る事を信じてる。他の誰かのせいでその未来が無くなるなんて、そんなのは……絶対に認めない!」

「よく言った。俺の部下はやっぱりそうでないとな」

 突然した声に振り向く。

 そこには、近藤と有賀、柑奈、そして理沙が立っていた。

「事情は予め彼女から聞いていましてね。大きな反応だったので、彼女の言う敵が来るのは予想がついておりました。本艦としても、恩義のあるアスラが傷つけられるのを指をこまねいて見ているわけにはいきません。我々が戦う事で、このアスラを狙う者たちがどのような反応を示すのかは未知ですが……」

「艦長……」

「これは、武蔵クルーの総意だ。お前だけじゃなく、滞在期間中クルー達は色々なところでこの星と接してきた。この星に危機が迫っているのならば、そのために飛びたい。それは皆同じ気持ちだ」

 近藤は思わず立ち上がっていたリーリャに向き直り、頭を下げた。

「一度だけ、この星のために戦わせてはくれませんか」

「……どうして、そこまで……」

「何かを守るために、我々は軍人になった。ただそれだけです」

 刹那、艦内に警報が鳴り響く。

『軌道上に、ワープアウト反応に酷似した重力場の歪みを検知。繰り返す、ワープアウト反応に酷似した反応を検知』

 近藤と目を合わせ頷いた美佳は、リーリャの手を握る。

「絶対に、守ってみせるから」

 

 

 武蔵から飛び出したシーガルは、渓谷を抜けて城へ向かった。

「ん……お姉様……」

 その中でサーリャは目を覚まし、美佳とリーリャを見て微笑む。

「良かった……」

「ミカ……声、聞こえてたよ」

「泣いちゃってたから、恥ずかしい」

 機体の窓から入り込む朝日が照らす中、3人の笑顔が見えた。

「お姉様……ごめんなさい、わたし、また……」

「いいのよ……謝らないで」

 チラリと窓の外を見ると、城の上空に到達していた。

 城壁の中に降下したシーガルは、エンジンを止める間も無く扉を開く。

「リーリャさん、サーリャちゃんは安全なところに。多分地下とかがいいと思う」

 扉から2人を出し、美佳は笑う。

「待って、ミカ」

 振り返る彼女の頭上では、渓谷から離陸した武蔵が朝日に輝いていた。

「どこにいくの……?」

「リーリャさんとサーリャちゃんは、私がこの旅でできた、とっても大切な人なの。私は、そんな2人を守る」

「……でも……」

 サーリャが見上げた朝焼けの空には、幾つもの光が輝いている。

 それは空に輝く星ではなく、ワープアウトする艦艇の光。

「私は軍人だから。何かを守るのが、私の使命なんだよ」

「でも! わたし達のために……!」

「私はサーリャちゃんが大好き。リーリャさんも、ハルさんも。そして、この星も。たくさんの思い出をくれたこの星が、目の前で滅ぼされるのは耐えられない」

 泣きそうな顔をするサーリャを抱きしめ、その髪を撫でる。

「大丈夫だよ。絶対、生きて帰るから」

「約束……守ってよ……絶対だから」

「うん、絶対」

 サーリャの身体を離した美佳は、リーリャと目を合わせる。

 彼女は少し俯くと、泥のついたままの銃を差し出した。

「美佳のでしょう」

「……拾ってくれたんですね」

「…………私とも、約束だから」

「……はい」

 空にとどまる武蔵に向かうシーガルの軌跡を、2人は手を繋いでただ見つめていた。

 これまで彼女から感じなかった強い意志を持った姿を、その瞳に映しながら。

 

「総員、第一種戦闘配置! 対艦戦闘用意!」

 慌ただしく準備を始める艦橋に飛び込んできた美佳は、まっすぐに艦長の席に向かう。

「……艦長。お願いがあります」

「どうした」

「この戦闘、私にレーダーを見させてください」

 既にレーダー席にいた丹生が振り向く。

「……そう思ってたよ」

 美佳の肩を叩いた丹生は、近藤に頭を下げる。

「お願いします」

「まあ、そうだろうな」

 近藤の柔らかい表情に固まっていると、背後から声が飛ぶ。

「美佳、早く席につけ。出撃するぞ」

「お兄……あっ、り、了解!」

 席に座る美佳を見届けて、丹生は艦橋から出た。

 エンジンに点火して加速をかけた武蔵は、瞬く間に雲を越え、大気圏をも越えて宇宙へ到達する。

「艦隊との距離、約5万。熱反応増大……来ます!」

 漆黒の宇宙に輝くいくつもの閃光は、立ちはだかる武蔵に向かって進んでいく。

 地上から見続ける少女の目に、それはどう見えているのだろう。

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