・扉間の先天性女体化
・柱間細胞バイオハザード
火影塔の地下には研究室が連なるエリアが存在する。それなりの規模と質が揃った設備ではあるが、なにせ里の黎明期であるため皆実務に忙しく、使用しているのはほぼ千手扉間くらいのものだった。
その扉間も仕事が多忙を極めているため訪れるのはもっぱら業務時間外だ。厳密に言うなら私的使用ではあるのだが、研究目的は真っ当に里のためであり内容もしっかり報告書にまとめられている。その上火影の補佐兼実妹という立場もありそこは黙認されていた。
そんな扉間が今着目しているのは実兄・千手柱間の細胞だった。
柱間の脅威の生命力は衆目の知るところだが、幼少期からともに過ごしてきた扉間にとってもそれは『千手一族特有の頑丈さ』では到底片付けられないレベルである。
これを医術に応用できれば怪我を負った忍たちの死亡率や後遺症などを大幅に軽減できるかもしれない。
柱間のそれは医療忍術ではなく自身の異常な回復力に起因するものであると仮定した扉間は、限りなく純粋な善意の元、兄の細胞を研究しようと決めた。
そして若干引き気味の柱間に頼み込んで細胞のサンプルを採取させてもらい、意気揚々と研究を始めたのだった。
しかしその経過は思わしくはなかった。
兄の細胞が想定より強すぎたのだ。
傷をつけた実験用のマウスに兄の細胞を埋め込んで経過を観察してみたが、ちょっとマウスの免疫や体力が落ちると兄の細胞が異常増殖して本体を乗っ取ろうとしてしまう。
増殖した細胞が木状に変質して増大し、挙句の果てにはそこに兄の顔が浮かび上がったときにはさすがの扉間もゾッとした。
あのマウスにはさすがに悪いことをしたとちょっと憐れみさえした。
もう少し細胞の成分を薄めたらうまくいくかも、と思わなくもなかったが扉間もああ見えて人の子である。あの光景があまりにショッキングでこれ以上研究を続ける意欲が薄れていた。
……止めよう。よくよく考えたら兄者の細胞ありきの医術では今後の世代に引き継げない。もっと恒常的な技術を発展させるべきだ。
扉間は自身に言い聞かせ、採取した細胞たちは火遁で念入りに焼却処分した。
「それにしても、本体から剥離した細胞でもこれだけの回復力を見せるとは。今まで戦場で兄者の血に触れた忍たちもただでは済まないかもしれないな」
まぁ他ならぬ自分が幼少期から幾度かは確実に兄の傷から流れた血に触れているし、そんな自分が今まで何度も大怪我を負っても傷口が木になったりも兄の顔が浮かび上がったりもしなかったんだから杞憂だろうが。
そんな扉間の笑えない冗談は、聞く相手もなく研究室の石の壁に吸われていった。
里の河川敷をのんびり歩いていたマダラは、背後から女の悲鳴が聞こえてぎょっと足を止めた。
繰り返すがここは里の河川敷であり、戦場ではない。そんな場所でなぜ悲鳴がと思いながら振り向くとドン、と胸に人影が飛び込んでくる。
見下ろしてマダラは更に驚いた。はぁはぁと息を切らしながらマダラの胸にしがみつくのは、なんとあの千手扉間だった。戦場で死にかけるような大怪我を負ってすら悲鳴を押し殺して気丈に振舞ってきたような元仇敵が生娘のような悲鳴をあげて取り乱している。
「おい、いったい何があった?」
マダラが声を掛けると、扉間はやっと気が付いたように顔を上げた。
「あ、まだら、あに、兄者が…いや、あれは兄者なんかじゃ……」
元から白い顔は更に血の気が引いて真っ青で、あまつさえ涙まで零している。
確かに柱間は意見が対立し、なおかつ譲る気がないときに扉間を威圧することはある。だが扉間とてそれで泣き出すような可愛らしいタチではない。なにが理論武装を地で行く扉間をここまで怯えさせているのか。その幼い子供のような怯えっぷりに、マダラはついつい長男気質が働いた。
「柱間がどうかしたのか?落ち着いて話してみろ」
「あ、ああ…実は、」
扉間の腕に手を添えてそう穏やかに声を掛けると、扉間はどうにか頷いて説明を試みようとした。そのとき、扉間が走ってきた方向から別の声が聞こえた。
「トビラマー、マツンゾー」
ひゅっ、と扉間が息を飲む音がした。
扉間の背後に視線を移すと、そこにいたのは柱間……のように見える木人形だった。
輪郭だけは柱間を象った、木目も露わな人型のそれが、柱間そっくりで、しかし抑揚のおぼつかない声を発しながらふらふらとこちらに歩み寄ってくる。
「な、」
そのあまりの光景に絶句する。まだ現実を受け入れられないマダラは木分身かと思おうとしたが、それにしてはあまりにお粗末だ。
扉間が怯え切った様子でマダラの服を掴む手に力がこもる。
木人形と柱間との関連性があるのは間違いないだろうが、ブラコンの気がある扉間がここまでの反応を見せているということは、肯定的な存在ではないのだろう。
ならば燃やしてしまうのが手っ取り早いかとチャクラを練ると、更に反対方向から声が聞こえた。
「オイテイクナンテヒドインゾー」
「トビラマー」
「トビラマー」
「オオ、マダラデハナイカ!」
「フタリイッショトハメズラシインゾ」
「ナカガイイノハヨイコトゾ」
「ワシモマゼテホシインゾー」
気が付けばわらわらと溢れ出た木人形に囲まれていた。
その異様な外貌と、一様にたどたどしく、しかし親し気に発される柱間そっくりの声音。
そのあまりのおぞましさにマダラの背中に冷たい汗が伝った。
「……と、いう夢を見たんだ……」
げっそりとそう言うマダラに、柱間は大笑いで膝を打った。
「それで朝から碌に目を合わせてくれなかったのか。ワシが何かしでかしてしまったかと心配して損したわ」
「笑いごとじゃねえよ。気を抜いたら今もあの光景が浮かんできそうなんだからよ…」
そう言いながらのっそりと筆をとって書類に目を通す。
夢見が最悪だったせいで仕事の進捗はすこぶる良くない。そろそろ扉間が市井の視察から戻ってくるというのにこの山積みの書類を見たらどんな小言を言われるか。
そんなことを思っていたらその扉間が火影室のドアを開けて現れた。
「いま戻った。商店街もずいぶん活気が出てきてこの調子なら…、」
言いながら机に向かっていた扉間は、そこで柱間の顔を二度見して足を止めた。
「……兄者?え?だってさっき資料室に向かうと言って廊下をすれ違ったはずじゃ……?」
その言葉にオレは思わず柱間を見る。
「ん?ワシはずっとここにおったぞ?」
そう答えた柱間の首元、襟からかろうじて見える素肌部分の一部に木目が見える。
──カツンと、マダラが取り落とした筆が床に落ちる音がそらぞらしく室内に響いた。