灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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船着場の2体

 数年ぶりに訪れた港町は、相も変わらず騒々しかった。

 

 細い路地を抜け、橙や黄の光が眩しい大通りに差し掛かかるや否や、青年は目深(まぶか)にフードを被った。視界が半分くらいになってしまったが、青年にとっては慣れたものだった。

 

 幽霊のようにスッと、歩行する大衆へと紛れ込んだ青年は、フードの奥から覗く鋭い目でキョロキョロと左右を見やった。

 

 イヤリング、指輪、宝石、骨董品、大きなものだと家具の類。物じゃなければ占い、賭け事など……。

 

 雑踏と店主共の大声が飛び交う最中は、少なくとも青年にとって心地よいものではなかった。彼は静寂を好む訳ではなかったが、騒がしい場所よりは幾分もマシだった。

 

「はァ」

 

 特に隠すことなく、青年は溜息を吐いた。白濁のソレは、間もなくして冷たい空気の中に溶けて消えてしまった。

 

 やっとのことで屋台通りを抜けた青年は、すぐに路地裏へと身を移した。壁によりかかり、空を仰ぎ見る。

 

 黒を黒で塗りつぶした、真っ黒な闇が広がる空。相も変わらず虚しいソレを目に捉えた後、青年は“オド”を出発する直前に手渡された一枚のメモ用紙を眼前に広げた。

 

「性別は女。白銀色の髪、小柄な体型。それに錫杖(しゃくじょう)を提げている。愛想がいい……」

 

 箇条書きで書かれたそれらを淡々と読み上げて、彼は顔を顰めた。

 

「意味分かんねぇよ……容姿はともかく、何で名前の情報すら届いてねんだよ」

 

 愚痴をこぼしつつ、青年はメモ用紙の右下に目を移す。そこには1つのイラストが。恐らく……いや、間違いなく探索者(ターゲット)を模したものだ。

 

「こんなので、分かればいいけどよ」

 

 丁寧に折りたたむのも億劫で、適当にポケットの中にしまいこんだ青年は、再び目深にフードを被り歩き出す。その行先にあったのはこじんまりとした船着場だった。視界にソレを捉えたその時――

 

 ボーーーーーーーーー

 

 身体全体を震わせる重低音が港中へと響き渡った。出不精(でぶしょう)の青年でもすぐに分かった。汽笛の音に間違いない。遥か闇に染まりきった海の向こうから、大勢を載せた船がやってきたのだ。

 

 そう思った青年は口角を僅かに上げた。そして、喉の奥で笑う。

 

「ようこそ“ホロウ”たち。……ここだって、何もねえよ」

 

 そう呟いた彼の口元は既に下がりきっていた。

 

 

 

※※※※※

 

 

 

 間も無くして辿り着いた船着場には、どこから湧いて出たのだろうか? そこらかしこがホロウ共でごった返していた。

 

 既に船は漂着しており、港へと下ろされた簡易の橋の上をゾロゾロとホロウたちが歩いている。すぐに退いたらいいものを、その場で話をしだす者がいるのだから困ったものだ。こちとら、数行に(まと)められた容姿の特徴(1つは性格)と、想像で描かれたイラスト(結構上手い)しか手がかりがないのだ。探す難易度を上げないでもらいたい。

 

(……鎌でも振るうか?)

 

 そんな考えすら頭の中に思い浮かんだ瞬間、青年の服の裾がちょいちょいと引かれた。

 

「あの……これ」

「んぁ?」

 

 間抜けな声を出しながら青年が振り返ると、そこには真っ白のフードを被った……恐らくは女性が立っていた。彼女は目深にフードを被っているせいで、青年の眼からはその容姿を確認できない。

 

「これ、落としましたよ」

 

 凛と、透き通った声とともに青年に何かを差し出す女性。ソレは青年が丸め込んでポケットにしまったはずのメモ用紙だった。

 

「あぁ……ども」

 

 軽く会釈をして青年はソレを受け取ろうとしたが、青年が軽く引っ張っても、メモ用紙は彼女の手から動かなかった。

 

「……何か?」

「もしかして、何ですけど。ホロウを探してますか?」

「ホロウを……」

「ただのホロウじゃなくて、“アーク”の」

「…………あぁ、あんたが?」

 

 パチクリと瞬きをし、青年は眼前の女性を今度はマジマジと見た。小柄な体型、それに布に巻かれた細長いものを背中に背負っている。あとは……

 

「白銀の髪……」

 

 青年はそう呟くと、女性のフードをめくった。

 

「ちょっと……!」

 

 ファサッとフードを取ると、女性の顔立ちがあらわとなった。

 

 琥珀に透き通った大きな眼。筋の通った鼻筋、僅かに紅潮した頬、薄桃色の唇。そして……白銀色をした長い髪。間違いなかった。

 

「やっぱりだ。あんたが中央から来た……」

 

 そこまで言いかけた時、青年の右手がパシッと跳ねられた。

 

「勝手に! ……勝手に触らないでください」

 

 すぐに目深にフードを被った女性。青年の口から「あぁ」と声が漏れ出た。

 

「悪い……あぁ。悪かった……です」

「……私の方も、手を叩いちゃって……痛くなかったですか?」

「いいよそっちは。 ……えっと、名前か」

 

 1歩、2歩距離をとって、青年は自身のフードをまくった。冷たい空気を肺の中に溜め込み、少女のフードを捉えながら言った。

 

「辺境区のアーク、『オド』に所属している“シヅキ”だ。役職は“浄化型”」

 

 そこまで言い、青年……改め、シヅキはぎこちなく手を差し出した。

 

 数秒の後、差し出した手が恐る恐るといった手つきで取られた。その掌は思ったよりも柔らかくて、シヅキの眉が軽く上がる。

 

 今度は自らフードをとった女性の琥珀色の眼つきは、シヅキからは随分と怪訝な表情をしているように映った。真意がどうかは分からないが。

 

 間も無くして、女性は声を発した。

 

「中央区から来ました、今日から辺境区にお世話になる“トウカ”です。役職は“抽出型”です。えっと……よろしくお願いします」

 

 雑踏と喧騒に巻かれた船着場。2体のホロウの出会いは、あまり出来の良いものではなかった。

 


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