灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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酷く自分勝手な言葉

 

 真っ黒な闇の中で眼を覚ました。

 

 普段、生活を送っている闇空の下。そんな世界とは比にならないほどに暗い闇だ。上下左右すら曖昧な空間はひたすらに静寂だった。

 

 

 ――このような世界をシヅキは既に知っていた。

 

 

 コクヨの複製である“絶望”との戦闘後、眠りについたシヅキが観た悪夢。今は無きヒソラが“特定のホロウに起きる現象”と語った代物だ。

 

 (特定のホロウ……か)

 知恵の種(インデックス)、同族(ごろ)し。心当たりはあった。しかし、それらを悪夢の原因としてしまうと、前回に観たソレの理由とならない。或いはもっと別の……?

 

「シヅ、キ……」

 

 

 頭の中に直接語りかけるような、くぐもった声。聴き違える筈のないその声に、シヅキは背後を振り返った。

 

 

 ――なるほど、悪夢だ。

 

 

「シヅキ…………助けて」

 

 そのような言葉を呪いのように吐き続けるホロウ……トウカ。彼女の胸を細く、しなやかな一閃が貫いていた。漆黒かつ長身の刀……差し向け手とはあろうことかコクヨであった。

 

 串刺しにされ、宙ぶらりんのトウカ。白銀の髪が真下へと垂れ彼女の横顔を隠す。

 

「シヅキ…………」

 

 呪いを吐き続けるトウカ。暗に“なぜ見捨てたの?”という意思を忍ばせたその呟きとは、呪いに相違無かった。

 

「…………」

 

 この光景を目の前にして、シヅキはゆっくりと眼を閉じた。異形と化した右手を振り上げる。自身の首元に刃先を立てた。

 

 もし同様の事が現実に起きたのであれば、シヅキが取る選択肢とはコレだ。それは悪夢の世界でも同様で……つまり、今のシヅキにとってトウカの居ない世界というものは、

「意味が……無ェんだよ」

 

 震える喉を掻っ切った。意識がぷつんと切れる。

 

 

 

 ※※※※※

 

 

 

 ヅキ…………

 

 

 シヅキ………

 

 

「シヅキ!」

 

 

 反響を繰り返す自身の名前に、ハッと眼を覚ます。何重にもブレる焦点が次第に合っていき、闇空に覆われた世界を映し出したのだった。

 

「シヅキ……あぁ良かった。ちゃんと眼を覚ました……」

 

 こちらを覗き込み、視界の半分ほどを埋め尽くす1体の女性。彼女は酷く安堵を浮かべていた。シヅキはその姿を見るなり怪訝な表情を浮かべる。

 

「んだよソヨか」

「トウカちゃんじゃなくて、わたしで悪かったわね」

「いいや……お前でよかったよ。こんな情けねェ表情はトウカの前でよ、あんま見せたく無ェ」

「なーんだ、自覚あるんじゃない」

 

 不敵に笑ったソヨを押しのけて、魔素の回っていない身体を強引に立たせる。大きな木の下に寝かされていたことに初めて気がついた。少しだけ向こうに、棺の滝が見える……。

 

 

 …………。

 

 

「シヅキ、何があったか覚えてる?」

「バカ言えよ。忘れちゃいけねェ」

 

 視線を自身の腕へと寄越す。この腕が全てを物語っていた。膨大な魔素のカタマリ、知恵の種の末路、記憶と記録を継ぐ武装……。いくら名称を取り繕ったとしても、拭いきれない事実がそこには在る。

 

 勝手に腕が震える。止めようにも、その止め方を知らない。止める気にもなれなかった。

 

 

 …………。

 

 

「シヅキ、わたしはね? シヅキとトウカちゃんが無事だったことがすごく嬉しいのよ。それこそヒソラ先生とコクヨさんが犠牲となった悲しみよりもずっと……」

「ソヨ、お前……」

「わたしはシヅキの考えていること、大体分かるわよ? 腐れ縁だから。 ……でも、あなたの隣に立つのはわたし(ソヨ)じゃない。シヅキの為にわたしが出来ることなんて何もないわよ」

 

 棺の滝を眺めながらそのように語ったソヨ。吹き荒れる強い風に、自身の栗色の短髪を押さえた。

 

 ソヨは振り返ることなく、更に言葉を重ねる。

 

「ただ、ね。わたしじゃないと言えないこともあるの。シヅキの気持ちなんて何も考えていない、すごく自分勝手な言葉なんだけどね……いいかな?」

 

 シヅキは肯定も否定もしなかった。何かを発することも。何か行動を起こすことも。

 

 しかし、ソヨはそんなことを全く気にする様子もなく、ゆっくりとシヅキの方を振り返ったのだった。 ……涙で濡れて透き通った眼にて、シヅキを捉える。

 

 

 彼女は言った。確かに宣言していた通りに、それは彼女にしか言うことが出来ず、そして酷く自分勝手な言葉でしかなかった。

 

 

「おかえり、シヅキ」

 

 

 取り返し用のない罪を犯したシヅキにとって、その言葉とは全くもって謂れのないモノであった。

 

 

 乾ききった風が肌を撫でる。傷口に染みて痛みが走った。

 

 

 

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