灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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魔素の痕跡

 

 

「わっ……!」

 

 小さく悲鳴を上げたトウカの手を引く。幸い彼女が転んでしまうことはなかった。

 

「大丈夫かよ」

「う、うん……ありがとシヅキ」

 

 腕に力を込めてトウカを引っ張り上げる。多少の時間はかかったが、なんとか彼女も勾配の強い丘を登りきることができた。

 

 景色を見渡す。

 

 …………。

 

「何も、ないね……」

「だから言ったろう。誰が見たって、何も手がかりなんて掴めねェよ」

「うん。あ、ありがとシヅキ。私が登ること、手伝ってくれて」

「……あぁ」

 

 相変わらず一面に広がるのは荒れ果てた大地だった。植物(正確には植物だったモノ)の類いは無く、枯れ果てた土壌が続くだけの土地だ。それは、以前に巨大岩から見渡した景色と代わり映えのないものであった。 ……強いて言うならば、半球状に抉れた大穴がぽつぽつと見つかるようになったくらいだろうか?

 

 吹き荒れる風に溜息を吐く。シヅキは丘上にて器用に寝転がった。

 

「……懐かしい、景色」

「んぁ?」

 

 トウカがポツリと呟いた言葉に、シヅキは間抜けな返事をした。

 

「懐かしいって……似たようなのを見たことあんのか?」

「う、うん。中央区もね? 似たような景色だったから。バリケードでぐるって囲った中に、大きな街とアークがあるの。バリケードの外は、何もない荒れ地」

「……あぁ、そうだったな。間接的にだが、その景色を俺も()()()()()()()

「コ、コクヨの記録(きおく)?」

「いや人間の記憶(きおく)だ。俺の意志に関わらず、定期的に流れ込んでくるんだよ。知恵の種(インデックス)に詰まってたもんだ」

「それって……どんなのが、あるの?」

「……少し前に喋ったろう。人間が犯した罪とホロウの存在を」

 

 シヅキがどこか投げやりな口調に言うと、トウカは少しだけ唇を尖らせた。

 

「そうじゃなくて、他にも色々とあるなら、私も知りたい」

「……歩きながら喋ろうぜ」

 

 トウカの手を引き丘を降りたシヅキ。どこを目指すわけでもなく、風の流れに逆らうようにして歩を進めてゆく。 ……隣を歩くトウカはシヅキへ催促をするように、彼の袖を握り込んでいた。

 

 シヅキは自身の後ろ髪を掻きながら語る。

 

「この種が何故造られたかって言うのは分からねェ。記載が無ェんだ。ホロウが莫大な力を得るための工作だったのか、それとも別の目的があったのか……いずれにせよ、製作者は人間だ」

「ヒソラ先生も、言ってた。この種が人間の記憶を圧縮したものだって」

「……碌でも無ェものばっかだ。人間同士の闘争だとか、いつどの国が滅びただとか、経済の崩壊だとか。追想をするだけで鬱になる」

「シヅキは、人間のことって……嫌い?」

 

 トウカのこの問いかけにシヅキは目線を寄越した。小さな彼女はじっと彼のことを見つめている。おずおずとしているようにも、堂々としているようにも見えるのだから不思議だ。

 

 シヅキは自らが手をかけた真っ黒のホロウに思いを馳せながら答えた。

 

「好き嫌いで言うなら嫌いだけどよ。本音を言っちまえば“どうでもいい”だ」

「ふふ、なら私と同じ、だね」

「……お前は世界に生命を取り戻すんじゃあねェのかよ」

「人間の復活は、含まれてないよ。生命っていってもね? 私はただ生きている花が見たいだけ」

「……あァ。言ってたな」

 

 以前にトウカが言っていた言葉を思い出す。

 

『昔、生きている頃の花の映像を見たことがあるの。白くて、小さくて、弱々しい花だった。でも、すごく綺麗だったの。眼に焼き付いて、一時も離れない……一目惚れだった。私はね? きっとその花を見るために存在しているんだって、そう思えたの』

 

「……一目惚れ、か」

「ど、どうしたの? シヅキ」

「何でもねェよ。 ……残念ながら、生命の盛期についての記録はほぼ残ってねェ。花の記載は無いな」

 

 淡々とした口調でシヅキが言うと、トウカは寂しげに笑い、ただ一言「そっか」と呟いた。シヅキの胸にチクリとした痛みが走る。

 

 

 

 ※※※※※

 

 

 

 小一時間を歩き続けたシヅキとトウカ。やがて彼らがたどり着いたのは、地面が半球状に抉れた地形が連なる地帯であった。

 

 直径10m、深さもそれ位だろうか? そこそこに大きな半球だ。そのような穴が無作為にぽっかりと空いているのだ。

 

 実際に近くで見て、シヅキは違和感を覚えた。

 

「なァトウカ、この穴ってよ……」

「うん。たぶんだけど、造られた、モノ」

 

 ゴクリと唾を飲んだトウカ。彼女の身体が少しだが震えていることが分かった。シヅキだって心意的には彼女と近しい。身体は張り詰めた緊張を感じていた。

 

 …………。

 

「降りてみる。トウカは残っていてくれ。何かあれば、小さいことでもいいから教えろよ」

「あ、ありがと」

「今さらだ」

 

 穴底には何も無いことを確認しつつ、シヅキは意を決して中へ滑り降りていく。

 

 ズザザザと靴底を擦る地面は固い。砂が溜まっていない証拠だ。この穴の存在がそこそこに新しいことをここで確信する。

 

 無事に滑り降りたシヅキは穴底の中心まで歩く。さすがに底は吹き溜まりとなっているせいだろう、砂塵がいくらか溜まっていた。だが少ないと思える。

 

 ソレを踏みしめつつ、ぐるりと周囲を見渡してみた。

 

「異常は無ェか」

 

 穴をよじ登ったシヅキは、今度はトウカを連れて穴へと入ってゆく。彼女も同様に、穴を一望した後に闇空を仰ぎ見たのだった。

 

「……まだ新しいね、この穴」

「あァだからよ――」

「うん、分かってる。 ……魔素の抽出してみる」

 

 一つ頷いたトウカは、背中に提げていた錫杖をその手に持った。ソレを包んでいた布を受け取ると、シヅキは穴の中心から少し離れた。

 

 ――魔人と比べたら微小だが、ホロウも魔素の痕跡を残す。ノイズだ。

 

 通常、抽出の対象とは魔人であるが、ホロウにだって使用することは可能だ。魔人だってホロウだって、その根源とは人間なのだから。

 

 …………。

 

 

「……おかしな話だよな。心の狂った元人間と、狂った心で造られた似非人間が(ころ)し合うなんてよ」

 

 

 そんな当たり前の事実をこぼした時だった。

 

「シ、シヅキ!」

 

 動揺に満ちた声にてトウカが名を呼んだ。シヅキはノータイムにて彼女の元へと駆け寄る。その肩を抱いた。

 

「どうしたトウカ! 何があった!?」

 

 その顔を覗き込むと、トウカの表情はすっかりと青ざめていた。さながら有り得ないものを見てしまったように。

 

 シヅキは深呼吸をし、辺りを睨め回した。 ……周りには何も無い。気配も無い。舌打ちをこぼす。

 

「ち、ちがうの……! 敵とか、そういうのじゃなくて……その、魔素の痕跡があって……」

 

 しどろもどろに語るトウカ。シヅキが振り返ると、彼女はすっかり地面へと座り込んでいた。

 

「その……あの、魔素の痕跡が……」

「落ち着いて話せ。聞いているから」

 

 シヅキの声にトウカが頷く。ギュッと錫杖を握り込みつつ、彼女はこのように言い放った。

 

 

「この魔素の痕跡は……リーフちゃんのものなの。コクヨに、(ころ)されたはずなのに……」

 

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