灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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差し出された手

 

 

 ずっと昔から自分は頭のおかしなホロウであると思い続けている。

 

「何をやっているのだろう」「何を追いかけているのだろう」「このような犠牲の果てに何を見るのだろう」

 

 (のり)でくっ付いたようにビクとも動かないナイフ。その切っ先……その向こうには、血にそっくりの魔素を流す名も知らぬホロウが居た。先刻、大切な友を容易く(ころ)したホロウだった。

 

 彼女はその日、自分の犯した過ちを認められず、取り乱し、過呼吸症状に陥った。幸い共に密会へ参加をしていたレインが介抱をしてくれた訳だが。 ……何にせよ、これこそがトウカが初めて犯した同族消(どうぞくごろ)しだった。

 

 それからも懲りることなく、何度も何度も何度も。直接的なモノとそれより多い間接的なモノを含め、トウカは大きな罪を重ね続けてきた。傷つけることに傷つき、或いは傷に慣れてゆく過程を自覚し更に傷ついた。

 

 

 ……かつてこのようなことを尋ねられたことがある。

 

 

『何故お前は花なんかのために、このようなことを続けられるのか?』

 

 

 人間の復活を目指す巨大組織、アーク。ホロウを浪費するそのやり方に疑問を感じ、行動に起こした者共が集まり、密かに結成された反乱軍が中央区にはあった。

 

 そこに属していたホロウが尋ねた言葉への合理的な解なんてものを、トウカは持ち合わせていなかった。だから当時、彼女は精一杯の作り笑いを浮かべるだけだった。 ……もっとも、心の中では投げやりに叫んでいたものだが。

 

(そんなの、私ですらよく分かってないよ)

 

 煤が入っていた空き瓶がカランと転がる。

 

  

 ……花は好きだ。生きている花がみたい。その強い気持ちは衝動なんかではなく本物だ。

 

 

 しかし、だからといって、他のあらゆるものを犠牲にすることを躊躇わない自分が、確かに自らの内へ存在することはどうにも受け入れ難かった。

 

 しかし、だからといって、自らの望みをあっさりと諦める訳にはいかなかった。

 

 

 ボーーーーーーーーー

 

 

 故に彼女はただ単独であっても、質の悪い炭と油の臭いに塗れた貨物船へと乗り込んだのだ。

 

 持ち物は錫杖。普通、抽出型は杖を使うのに自分は錫杖だった。なぜ錫杖なのだろう。気がついた時にはコレを使っていたのだ。

 

 後は分厚い本が数冊入ったカバン、口を塞ぐ目的だけの乾いたパン、身分を証明する中央区の制服、ソレを包み隠す白のフード付き外套。 ……最後に自分のことが大嫌いな自分自身。

 

 そのような物だけを携えて、トウカは辺境区を目指していた。甲板の上、細い錫杖の柄を握り締めた彼女は闇空を仰ぐ。

 

 そして彼女は僅かな声量で呟いた。

 

「…………この先に、幸せが、あるのかな」

 

 不快な潮風が吹き荒れ、トウカは靡く外套を手で押さえつけた。そして乾いた笑みを浮かべる。自分は決して幸せになってはならない存在なのに、そんなものを望んでいることがとても汚いコトだと思えてしまったのだ。

 

 (でも……花を見たら、私は、きっと幸せになってしまう)

 

 自身の爪を、立てた膝へと食い込ませる。刺激的に走る痛みとは、爛れる暇なく広がり続ける心の傷を誤魔化そうとする行為でしかなかった。心の傷……ソレは罪を重ねることでの罪悪感情と、一方で生きている花を見たいという希望感の増幅。相反すそれらとはとても苦しいものでしかなかった。

 

「…………希望を持つって、こんなに痛いこと、なんだ」

 

 間も無くして煌びやかな橙の光を、船の行末に見つけた。

 

 

 ………………。

 

 

「辺境区のアーク、『オド』に所属している“シヅキ”だ。役職は“浄化型”」

 

 

 随分とぶっきらぼうな様子で自らを『シヅキ』と名乗ったホロウ。背は高く、眼は切れ長で怒っているように見える。真っ黒な外套は闇に紛れるカモフラージュなのかな、と思った。

 

 第一印象は“怖い”だった。ソレは容姿のせいもあるし、無断でフードを捲ってきた行動のせいでもあった。

 

 だがその出会いは同時に、自身が新たな土地へやって来てしまったことを痛感させた。文字通りに痛みを伴うその感覚を悟られないよう、雑踏が鳴り止まない小さな港の真ん中で、トウカは自らを取り繕う愛想の良い笑みを浮かべつつ、差し出された大きな手を取ったのだ。

 

 

「中央区から来ました、今日から辺境区にお世話になる“トウカ”です。役職は“抽出型”です。えっと……よろしくお願いします」

 

 

 今思えば、シヅキとの出会いは激変でしかなかった。

 

 

 

 ――そして今。またあの時と同じように大きな手が差し出されている。

 

 

 

 「トウカ」

 

 一面が真っ白な部屋の中、自身が(ふせ)るベッドの真横にはシヅキの影があった。港町で出会った時と同じ、一見怒っている切れ長の眼が再び向けられていた。

 

 状況がよく分からなくて、困惑気味にトウカが尋ねる。

 

「ど、どうしたのシヅキ……何の手……? あと、その格好はどうしたの……?」

 

 眼の前に写るシヅキの格好とは、普段の()れた黒の外套に包まれたものではなく……正装と言えばいいのだろうか? 上層部の連中が普段身につけているような黒のスーツ姿だった。髪型も普段とは異なり、ちゃんと整えられている。悪い言い方をすれば、シヅキらしからぬ風貌だ。

 

 そんな彼はトウカの問いかけに一瞬だけ眼を泳がせたかと思うと、すぐに向き直り、僅かに口元を綻ばせながらこのように言ったのだった。 ……言ってくれたのだった。

 

 

 曰く。

 

 

「トウカ、俺とデートしてくれないか?」

 

 

 何かが崩れ落ちていくような音が、自身の胸の内で確かに響いた。

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