灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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自分の末路

 

 彼らにとって人間を除くモノへの執着とは、倒錯(とうさく)といって過言ではなかった。一部始終を淡緑の瞳で捉え、改めてそう思う。

 

 ふと眼を閉じる。ある光景を脳の水底から(すく)う行為に、視覚情報は邪魔だったからだ。間も無くして呼び起こされた記憶……否、記録とは随分と古いモノであったが、諸々が変わり果てた現在においても再現は出来る。

 

 何故なら、その記録内容こそがシーカーにとっての執着であった訳だから。()()()を目蓋裏へと描いたシーカーは小さく息をついた。

 

「シヅキ、トウカ。僕が君たちを見つけ出したことは必然だった」

 

 このようなことを口走ったならば、きっとシヅキは(いぶか)しぶるに違いない。かといって情報量を渋ることが悪手であるとは以前の経験から学んだ。 ……どうもその塩梅が難しい。

 

 自分は対等なコミュニーケーションを取ることが苦手だ。ソレを初めて教えたのは、それこそあの人だった。「君は賢いからね。孤独を愛さないと」などと。

 

 …………。

「懐かしい」

 

 心の塔で過ごした歳月とは、あの人の言葉を理解するのに十分過ぎるものであった。環境が変わり、それに伴い常識が大きく変わった。己が姿さえ幾度と上書きしてきた筈なのに、自分には友と呼べる者は誰も居なかった。

 

 ずっと孤独に、ずっとやり方を模索し続けている。世界に生命を取り戻す……なんてバカげたことを目指し続けているのだ。

 

 シーカーは再び息をつく。

 

「カエデさん。僕はついに孤独を愛せなかった。 ……さて」

 

 長く時間をかけ息を吐き出したシーカーは立ち上がる。シヅキとトウカに希望を持てなくなった今、新たな希望を探す必要がある。再び世界の監視を始めるのだ。膨大な時間と精神を擦り減らし、灰色世界という海から一粒の砂金を探し当てなければならない。

 

 

 ――そう決意し、ひたすらに闇空を仰ぐシヅキに背を向けようとした時だった。

 

 

 バリィィィィィィィィィィィィィィィィィィン

 

 

 硝子を壊したような音が、けたたましく鳴り響いたのだ。

 

 

 ※※※※※

 

 

 何が起きたのかすぐには分からなかった。

 

 ただ耳を(つんざ)くほどの轟音が辺り一面に響いたかと思うと、すぐさま視界全体が真っ白に染まる。反射的に麓の港町へと眼を向け、その光景にシヅキは絶句した。

 

「町が……無ェ」

 

 正確に言えば、そこに町の原型が無かった。石が積まれた建物の壁、規則正しい模様の道、こじんまりとはしているが無数のモノが詰め込まれた屋台……その全てが有るべき形を失い、重力を忘れたように空へと昇っているのだ。さらに言えば彼方まで広がっていた無限の闇の海は、チカチカと白に瞬いていた。

 

 そのような異常な光景を前に、眠るトウカを抱えたシヅキが吐く言葉とは言うまでもなかった。

 

「……なんだよ、これ」

「シヅキ」

 

 困惑、或いは思考に浸る間もなくモノトーンの声がかけられる。見上げた前方に写る影……シーカーはいつの間にかそこに立っていた。

 

 シヅキが何かを言う前に、ソレは言葉を重ねる。

 

「想定外の事態が起きている。ここを離れたほうがいい」

「何が起こっているんだ」

「外的な要因。おそらくは、“世界”」

「……どういう意味だ。世界じゃ分からねェよ」

「灰色世界が、僕と君たちを(ころ)しにきた」

「なんだ? 灰色世界様が自ら“生命を望む異物”を排除しに――」

「そう」

「あ?」

「そう。一言一句正しい」

 

 思わぬ肯定の言葉にシヅキは言葉に詰まる。見れば、シーカーの表情は実に険しいものであった。あのシーカーが、だ。

 

 ソレは港町の方向を一瞥(いちべつ)した後に言う。

 

「たった今、塔周辺の分析が完了した。僕の結界を破ったモノを1体確認。結界を破り、あろうことか君の創造したこのささやかな世界にも穴を開けた」

「……へぇ」

「だから――」

 

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

 

 

 再び響くけたたましい音の壁。今度のソレは酷く鈍い音であり、更に言えば強烈な振動を伴っていた。

 

 足元を揺らがす地響きにシヅキの体制は崩れかけるが、体幹を意識すればついにそうなることはなかった。しかし一方で、シーカーは地面に叩きつけられてしまった。

 

 しばらくして揺れが収まったところで、土塊(つちくれ)に塗れたシーカーがよろよろと起き上がる。打ち所が悪かったのか、額からドロリと赤が垂れた。ソレを強引に拭ったシーカーは言う。

 

「僕はこの通り。ホロウの上書きは完全な行為じゃない。身体を入れ替えるたびに僕の精神をすり減らし……身体能力の悪影響は(はなはだ)だしい。だからシヅキ、君に委ねを所望する」

「……俺にその侵入者を(ころ)せっていうのか」

「そう」

「……その道理は……もう俺には無ェよ」

 

 見下ろした視線の先にあるトウカ。彼女の瞼は硬く閉ざされ、もはや眠っているのか、それとも気を失っているのか判断は付かなかった。

 

 ただ、たった一つだけある絶対的な確信。その残酷な現実をシヅキは言語化する。

 

「……トウカは起きねェんだ。やがて個の崩壊に蝕まれて……こいつは人間のエゴに(ころ)される」

「シヅキ」

「デートはもう出来ない。会話だってな。笑った顔だってよ、もう二度と見れねェし、もう二度と……トウカは帰ってこない」

「ほ、他に頼る宛が無い。僕の望みの為にはこの塔の存在が絶対条件」

「ああ。()()()とってはそうだろうな」

 

 淡々と、淡々と言葉を吐くシヅキ。シーカーは彼の言葉を聞き、少しだけ黙り込んだかと思うと、「そう」とだけ呟いた。やがて、揺れ動く地面をポツポツと歩き始める。

 

「……今までの協力に感謝をする。あとは僕だけで何とかする」

 

 借り物の身体を引き摺りつつシーカーが歩みを進める。地響きに何度も足を取られ、何度もその場にしゃがみ込んだ。そうやって揺れがマシになると再び歩き始める。それは実に痛々しい姿だった。

 

 

 ……………………

 

 ……………………

 

 ……………………。

 

 

「シーカー、待てよ。俺は別に道理が無いと言っただけだ」

「……どういう意味」

「分からねェか? 気が変わったって事だ」

 

 その下唇を強く噛んだシヅキ。彼はシーカーに呆気なく追いついたところで、片腕に抱いていたトウカを差し出した。

 

 シーカーが淡緑の瞳を細める。

 

「何を」

「丁寧に扱ってくれよ。気を失っていても、痛いものは痛いだろうからさ」

「だから、何を」

「その侵入者をぶっ(ころ)すってことだ。この俺がな」

 

 シーカーから少しだけ距離をとったところで、シヅキは真っ黒に染まった異形の腕を縦に、横に振るった。その衝撃に空気がブワンと(たわ)む。

 

 その空気に紛らわせるように、彼は一つ溜息を吐いた。

 

「シーカー、俺に任せろ。お前のご都合を叶えてやる。 ………………そういや俺も、“自分の末路”ってやつを捜していたんだ」

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