灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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観て、触れて、知った

 

 僅かな弾みをつけて動き始めた円状の昇降機の上に、シヅキは座り込んでいた。

 

 真横へと眼を向ける。シヅキが再現をした小さな世界が壊されたの同様に、心の塔とは大きな悲鳴を上げていた。不安定ながらも絶妙な均衡を保っていた柱群、階段が少しずつ崩落をしているのだ。

 

 昇降機よりも速く落ちてゆく真白の柱を横目に、シヅキは溜息を吐いた。

 

「……もう終わりなんだな。何もかも」

 

 呟いたその直後、酷く鈍い音と共に昇降機が震えた。それでも昇降機は止まることなく下降を続ける。まるでその先に待つ者のところへとシヅキを誘うように。

 

 シヅキは昇降機の上に仰向けとなると、先刻のシーカーの言葉を反芻(はんすう)した。

 

 「『灰色世界が、僕と君たちを(ころ)しにきた』か」

 

 以前のシヅキであれば、その言葉を分かりづらい比喩表現とでも捉えていたはずだ。しかし今は違う。観て、触れて、知ってしまったのだ。 ……何をか? 残酷なその全てを。

 

 シヅキはふと眼を閉じた。

 

 

 ………………。

 

 

『中央区から来ました、今日から辺境区にお世話になる“トウカ”です。役職は“抽出型”です。えっと……よろしくお願いします』

 

『そうだったんだ。 ……えっとね? 私とシヅキは明日から同じチームだから』

 

『もし……世界が命を取り戻して……遙か昔のように生命が芽吹くようになったらね……ここから観える景色はきっと……すごく、すごく綺麗だと思うんだ』

 

『シヅキと、ね。甘いもの好きって聞いた。一緒に食べよ?』

 

『ヒソラ先生が言ってた『今あることが全て』って言葉……私、今分かった。シヅキも私も無事に帰ってこれて、こうしてお喋りが出来て、ありがとうなんて言える。私はそれがすごく嬉しいの』

 

『私ね? 今までに、ホロウを3体(ころ)したんだ』

 

『自分に価値を見出せず、だからせめて犯した罪を償いたくて、自らの存在を終えようとしているの、だよね。すごく、綺麗な考え方だと思う。とても健気で、可哀想で、まさしく悲劇の体現。 ……でも私は、ソレを許さない』

 

『ありがと、シヅキ』

 

 

 …………………………。

 

 あの時の光景が蘇る。観て、触れて、知った。 ……何をか? 綺麗で、汚くて、かけがえのないその全てを。

 

 シヅキは呟くように言った。

 

「なぁトウカ。俺は生命だとか世界なんてよ、(はな)からどうでもよかったんだ」

 

 視界が霞んでいく。それが鬱陶しくて強引に眼を擦った。それでも間も無くして視界が悪化する。シヅキは舌打ちを打った。

 

「あァ……くそ…………眠ぃ」

 

 

 ※※※※※

 

 

 心の塔の白の床が土へと変わった。足元の感触が柔らかになり、スッと緑の匂いが香る。シーカーが生命世界を部分的に再現したこの箱庭は、シヅキの創ったソレよりも緻密で繊細だ。やはり実物を知っているからだろうか。

 

「ふぅ」

 

 溜息というよりは弛緩の為の呼吸だった。脱力し、ぐちゃぐちゃな脳の中を一度リセットする。実際にはそんなことが出来るはずないけれども。 ……それでもせめて、身体くらいは切り替えないとならない。

 

 呆れるほどに黒い、暗い闇空の下。シヅキが立つ地面の先には一つの影があった。もちろんそれはトウカでもシーカーでもない。

 

 シヅキは前方を見据え、小刻みに震える異形の右腕を自らの後方へと()いた。

 

「お前が侵入者だったのか。そうだったんだな」

 

 とは言うものの、目の前の者とはシヅキが知っている彼では無いのだろう。先ほどからやけに煩い魔素のノイズがその危険性を警鐘しているのだ。無論それは“絶望”やコクヨの比ではない。

 

 きっとアレは、シーカーがリーフの身体を借りているのと原理は同じだ。彼の内面を司っているのはもはや彼ではない。そう確信出来たからこそ、口からはつらつらと言葉が出た。

 

「ソウマ……いや、灰色世界。俺やトウカのような異物の存在はお前らには不都合か? 人間だけを愛し、人間の復活のために躍起となるホロウだけを認めるのか? …………エゴが過ぎるぞ」

 

 シヅキの言葉にそいつは応えない。しかし、細縁のメガネの奥から覗く虚の瞳がその全てを物語っていた。失望……或いは諦めだろうか? いずれにせよ今のシヅキには関係のないことだった。

 

 

 ――体勢を沈める。身体中に魔素を回す。それでも足りなくてシヅキは「あ゛ァァ」と唸った。フラッシュバックしたトウカの表情を、頭の片隅へと大切にしまい込む。

 

 

 ………………

 ………………

 ………………。

 

 

「………………じゃあ、やり合おうぜ」

 

 

 ズォン

 

 

 空気を裂くかのような重い、重い音と共にシヅキの姿が一瞬で消えた。その次の瞬間、一本の腕が闇空を舞ったのだ。

 

 

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