灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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対 世界

 

 その瞬間、確かな手応えを自身の右腕へと感じる。シヅキの眼の端には飛び散ったソウマの腕が映っていた。

 

 ズザザザザザザザザ

 

 初動の勢いをそのままに奴の腕を斬り落としたシヅキは、空中で身を翻し、緑の地面を滑りながら着地する。その勢いが収まったところで、中距離に映る奴の全貌を捉えた。

 

 シヅキは舌打ちを打つ。

 

 (あいつ、なんで無抵抗なんだ……)

 

 奴はこの一連の流れの中で全く動かなかった。自身の腕が斬り落とされたにも関わらずだ。虚の眼は虚のままで、乱れたメガネを直す素振りも見せない。 ……その傷口からはビシャビシャと漏れ出す黒い液体が痛々しく流れ続けていた。

 

 シヅキは低い姿勢を維持しつつ奴の様子を窺う。その場に留まり続けると意識が飛びそうで仕方がなかったので、大きな円を描く様にして動いた。それでも否応なしに瞼が下がりならなかった。視界と思考が断続的に機能を停止する。

 

 シヅキは再び舌打ちを打ち、その無骨な刃先を奴の喉元へと向けた。 ……迷っている暇はない。決めるなら一撃だ。

 

 標的の視界がこちらを捉えられるギリギリのところで、再び体勢を極限まで落とす。異形の右腕を振り上げ、シヅキは地面を踏み抜こうとした。

 

 ――しかしその時。

 

 

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! ! ! ! !』

 

 

 叫び、という言葉では足りなかった。より暗く、黒い声らしきナニカ。それが痛々しく箱庭を貫いたのだ。

 

 あまりに突然の圧に、シヅキはまだまともな左手で片耳を塞いだ。先ほどとは別の意味で視界が大きく揺らぎ、「クソがよ!!!」と大きく叫ぶ。

 

 ぐらつく中で見ると、奴の様子が大きく変わっていた。両手で頭を大袈裟に抱え込み、痙攣のような症状が出ている。その視線とはひたすらに闇空を仰いでいた。

 

 

 叫ぶ、叫ぶ。痛々しく叫んでいる。明らかに尋常ではなかった。

 

 

 すぐにシヅキは口内の息を鋭く吐き切ると、その不安定な脚で地面を踏み抜いた。経験上、あのような者に時間を与える行いとはもはや悪手でしかないと判断したからだ。風を斬るようにして距離を詰め、ゼロ距離の寸前で大きく跳躍をした。そうして大きく広がった視界の真ん中に居座る標的へと……

 

「らァ――――!」

 

 ……その腕を躊躇なく振り下ろした。

 

 ギィィィィィィィィィィィン

 

 けたたましく甲高い音がシヅキの耳を(つんざ)く。シヅキの放った一撃がついに奴の喉元を捉えることはなかった。より前の段階で阻まれる形となったからだ。

 

 しかしそれ以上に問題だったのは、ソレを阻んだ者達の正体だった。

 

「んだよそれ!!!」

 

 言葉を吐き捨てると共に、反動をつけ大きく距離をとる。しかし間髪を入れずに猛攻がシヅキを襲う。

 

 左右から、上下から、或いは背後から鋭利な刃が射し込まれる。一つと鍔迫り合いになった瞬間に他に叩かれると悟ったシヅキはその全てを右腕で受け流した。

 

 一つ一つの攻撃は大したものではない。大したものではないのだが。やはり困惑の感情を振り払うことは出来なかった。その攻撃群の隙に出来た僅かな隙を突き、再び大きく距離を取る。そして、体勢を整えつつ、シヅキは初めて彼らの姿を凝視出来た。

 

 眉間に皺を寄せ、シヅキは小さく呟く。

 

「おい魔人共……その大鎌は記憶のどっから引っ張ってきやがった……?」

 

 

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! ! ! ! !』

 

 

 その尋ねに応えるように、奴は再び叫び散らした。するとビシャビシャと地面に垂れていた黒の液体がぐつぐつと泡立つ。 ……間も無くしてカタチを変え、大鎌武装の魔人共が現れた。

 

 攻撃の再開。

 

「逆撫でるような真似ばかりしやがって!!!」

 

 シヅキだっていつまでもしどろもどろで居る訳ではなかった。もう自分には何も残っていない、その認識を脳内で改めてかき乱した後に、かつての自らの面影共へ向け容赦なく右腕(ヒソラ)を振るう。振るう。振るう。

 

 真っ向から振り下ろされる大鎌をへし折り、喉を一閃に掻っ切った。背後から近づく魔人を後ろ蹴りし、複数体巻き込んだ後に串刺しにした。真横からの斬り上げ攻撃を寸のところで(かわ)し、心臓紛いを貫いた。

 

 

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! ! ! ! !』

 

 

 そしてあの叫び声が聴こえてくる。シヅキが眼の端に捉えた奴の姿とはもうソウマの原形を保ってはいなかった。身体を構成するその全てが一体化するようにドロドロとした黒の液体へと変貌を遂げてゆく。喉はもうその機能を果たせないはずなのに、あの叫び声はどこから出しているのか。

 

 悲痛な、辛苦に塗れた、絶望の慟哭(どうこく)めいたあの叫びを。

 

 

「あああああああああああアアア!!!!!!!」

 

 

 とうとうシヅキは我慢の限界だった。闇空の最底における(ころ)し合いは続く。

 

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