灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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トウカの最期

 

 

「トウカ」

 

 その華奢な腕を伸ばし白銀の影へと触れる。シーカーはその肌の異常な冷たさに驚きはしたが、とうとうその手を離してしまうことはなかった。

 

 剥き出しのテラスの上、シーカーは彼女へ矢継ぎ早に問う。

 

「何故、起きられた。君はもはや“トウカ”ではない域に達していたはず」

「………………」

「それとも彼女の“個”とは既に崩壊した後か。人格は消えど、何らかの作用で肉体が残ったか」

「………………」

「答えろ。君は何モノ」

「…………………………」

 

 しかし、いくら問いかけても答えが返ってくることはない。その琥珀色の瞳とは、どこか焦点が合っていないようで。シーカーが今まで見てきた彼女とはまるで別モノだった。

 

 ………………。

 

「やはり異なる、か」

 

 そのあまりの手応えのなさに、シーカーは肩を掴んでいた手を解こうとした。 ……だが。

 

「何を」

 

 その直前、小刻みに震える白の手が伸ばされシーカーの袖が握られたのだ。間もなくして、簡単に振り解けてしまう程に弱い力で持ち上げられる。

 

 そうやって不安定に差し向けられた自身の指先へ映る景色を……ぴくりとも動かないシヅキの姿を捉え、

 

 

「……そういうことだったか」

 

 

 シーカーは全てを察したのだった。そして、その身体を温めるようにトウカの顔を両手で包み込む。

 

「トウカ、君にはもはや言語機能も理性も残っていない。挙句、自分のことすら認識できなくなったにもかかわらず、眼を醒した」

 

 人形のように無機質で味気のないその頬を撫でる。その中に弱りきった魔素の反応を見つけた。これが、この燃え尽きる寸前の魔素反応こそが”トウカ”の全てなのだ。

 

 シーカーは一つもまばたかない琥珀の瞳に自身の指の背で触れた。

 

「君も僕と同じ。存外に(ほだ)されていた。依存といっていい。シヅキが君を求めたように、君だってシヅキを求めていた。 ……言い換えればソレは――」

 

 

『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! ! ! ! !』

 

 

 ”世界”による幾度目かの慟哭が響き渡り、シーカーの視線は茨の束へと吸い寄せられた。見ると、先刻と比べ茨の束は太く、大きくなっていることが分かる。その先端とは心の塔を差していた。

 

 下唇を上歯で噛む。やはり祈りも願いも人間には届いていない。届いていたとしても聞き入れてもらえなかったようだ。そのことを十分に理解した上で、シーカーは小さなトウカの身体を抱え立ち上がる。

 

「……シヅキを助けるには、最後の手段を取る他ない」

 

 言語化し思考を整理する。そしてこれから何を行うのか、その結末に何が待っているのかを思い描き……シーカーはごくりと唾液を飲み込んだ。

 

 最後、その視線を彼女の瞳へと寄こし、シーカーは柔らかな笑みを浮かべる。

 

「トウカは綺麗な眼をしている。琥珀色は、その色は太陽の明かりを思い出させる。太陽は眩しくてまともに観ることは出来ないけれど、君の眼は違う。 ……シヅキにとって、君は正しく光だったろう」

 

 口を半開きにし、今にも融け消えてしまいそうなトウカ。シーカーはその額に自身の額を合わせる。

 

 小さく、小さく、小さく。シヅキには聞こえてしまわないよう囁くようにシーカーは言った。

 

 

 

 

「おやすみ、トウカ。君にはありったけの生きている花を手向(たむ)けよう」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

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 ――

 

 ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ……………………………………………………。

 

 

 

 スッと鼻をついた緑の匂い。僅かに香ったソレがシヅキの意識を徐々に覚醒させていった。

 

 しかし、それは同時に感覚の自覚を意味する。

 

 身体と、手と、足。その全てが痛い。ただし全身をナイフで刺されたような鋭い痛みではなく、鈍く重い痛みだ。

 

 (まぶた)は否応もなく張り付き、開かない。視界には何も映らない。

 

 そして、思考が働かない。何故このような状態なのか。そもそも自分とは誰なのか。 ……それを上手く思い出せない。

 

 

 何か大切なことを忘れているような?

 

 

 ………………

 

 ………………。

 

 ………………!

 

 

「トウカ……」

 

 枯れきった声で彼女の名前を呼ぶ。それだけでは飽き足らず、シヅキは張り付いた眼を強引に開き、その上体を起こした。

 

 辺りを見渡す。

 

 そこに広がっていたのは見慣れた景色……シーカーの箱庭だった。どうやら自分はその中心、灰色の花畑の上に倒れ込んでいたと気づく。

 

 シヅキは視線を落とし左手をグー、パーと開き閉じた後、舌打ちを打った、

 

「まだしぶとく(いきてい)るのかよ。俺ァ」

 

 全身を隈なく走るこの痛みの正体も、今思い出した。これは、この傷は“世界”との戦いにより負った傷だ。茨の束に身体中を串刺しにされ、そこから先の記録(きおく)が一切無い。 ……辺りを見渡してもドス黒い液体や茨の束とは広がっていなかった。

 

 シヅキは先刻に失った右腕(ヒソラ)の付け根に手を押し当て、怪訝な表情を浮かべた。

 

「あの後、何があったっていうんだ……?」

 

 

 

「“世界”は(ころ)した」

 

 

 

 突然聞こえてきたその声にシヅキはバッと振り向く。振り向き、そして絶句した。とても信じられない光景が広がっていたからだ。

 

 永遠にほど近い数秒の後、困惑の声がシヅキの口をつく。

 

「え……ァ…………は?」

 

 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。頭の中をその単語が覆い尽くしてならない。寝起きの思考回路ではとても制御しきれなかった。

 

 故にシヅキは目の前の光景を有りのままに見ることしか出来なかった。有りのままに……その琥珀色の瞳と、白銀の影を。

 

「トウ、カ…………?」

 

 いつの間にか崩れ落ちていた脚をほぼ引き摺る形で、シヅキはその影に近づいてゆく。

 

 真っ白に染まった彼女は距離を詰めても逃げも隠れもしない。その事実が幻覚の類いではなく、本物の彼女だとシヅキを確信させる。確信し、そこでようやく喜びの感情が湧き上がったのだ。

 

「は、はは…………ァ……アハハ!!!」

 

 口を引き攣らせ笑ったシヅキはとてもぎこちない足取りながらついに彼女の元へと辿り着いた。そして、いとも容易く手を伸ばしたのだ。

 

 思考を彼女が支配する。思い出が甦る。

 

 彼女にまた触れられる。

 一緒にいられる。

 あの温かな光の傍で。

 ずっと。

 

 

 そうやって、彼女へ触れようとした時だった。

 

 彼女が小さく息づいたのだ。

 

 

()()

 

 

 そして彼女は、

 

 

「僕はトウカじゃない」

 

 

 彼女(?)は、

 

 

「トウカの意思その全てを上書きし、身体を乗っ取った」

 

 

 ソレは残酷に、

 

 

「僕はシーカー。数日前、トウカを()()()

 

 

 淡々と真実を述べた。

 

 

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