灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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ソヨソヨそよ風

 

 フード付きの真っ黒の外套は何年も前から愛用している品だった。

 

 港町や別の街……偶にそこからホロウがアークを訪れてくる。彼らは皆、商売を生業としている者達だった。図太いのか豪胆なのかは知らないが、アーク内で簡単な店を開くのだ。いわゆる露店というものである。

 

 不定期的に現れる露店と物珍しい品は、アークに属するホロウ達にとって数少ない娯楽の一つだった。シヅキは自ら赴くことがなかったが。

 

 だから、急にソヨが服を渡した時にはシヅキは眼が点になった。彼女曰く、『シヅキさ〜ずっと同じ服着てるじゃん。たまには別のも着なって』とのこと。同じ服と言ったって、アークから支給されている制服なのだからいつも着ているのは当然のことだったが、異様に服の枚数が多いソヨは制服ばかり着るシヅキが気に入らなかったのだという。

 

 シヅキはその服を返そうとした。でも、その返し方がいけなかったのか……それとも返そうとする行為が要因となったのか。涙ぐむソヨを前にして、シヅキは慌てて外套を羽織った。

 

 『似合ってるじゃん』 胸の前でグッドマークを作るソヨを見て、嘘泣きだったと思った。腹を立てたものの、それから何年間も、(ほつ)れや破れを繕いながら着続けている。

 

 それは今日も同じことだった。ハンガーに掛けることなく、ベッドの隅で丸くなっていた外套を羽織るとシヅキは部屋を出た。

 

 起床直後の時間は、他のホロウと出会すことが多い。しかし、今日はその限りではなかった。恐らく、コクヨが引き連れた新地開拓の大隊が原因だろう。少なくとも彼らは今日1日休養をもらっている筈だ。

 

「俺だって休みてーけどな」

 

 ギギギと軋む昇降機に一人乗るシヅキ。単独で任務に当たっていたシヅキは休めるわけではない。

 

 正確には休もうと思えば休めるが……それは避けたい行動だった。アーク内に居場所がなくなったシヅキは果たしてどうなるだろう。行く宛もなく、放浪するのだろうか? それとも、()()()()()()()のだろうか? 何にせよ、居場所があったらいい。屋根があって、飯が食えて、棲む場所がある……それだけで十分だった。

 

 やがてロビーに着いた。地下階層の狭苦しい空間とは異なり、そこはバカみたいに広い。キョロキョロと見渡し手ごろなソファを見つけると、シヅキはそこにドカっと座り込んだ。

 

「おっはよ〜シヅキ。昨日はよく眠れた?」

 

 間も無くして、そう言いながら小走りで駆けてくるホロウの存在に気がついた。シヅキの眉間に軽くシワが寄る。

 

「ソヨ……お前な――」

「ん? どうしたの?」

 

 ソヨはシヅキの言葉に重なるようにそう訊いた。あたかも、私は知らぬ存ぜぬと。

 

「ハァ……」

 

 シヅキは小さく溜息を吐いた。まさか本当にシラを切れるとでも思っているのか? そもそも、昨日のうちに送った通心への回答がまだ来ていないのだ。『トウカのことで話がある。ソヨの都合のいい時間に合わせる』そんな通心への――

 

(いや……今がソレか?)

 

 シヅキは改めてトウカの顔を見上げた。 ……茶髪のくせっ毛。そこから見える表情は、いつものちゃらんぽらんなソヨと相違ない。そもそもこいつはポーカーフェイス? というのか、表情を隠すことが上手いのだ。

 

 自身の後ろ髪をポリポリと掻いたシヅキ。変な探りを入れるのは性に合っていない。

 

「……この際、トウカとチームを組めとか監視しろだとかはもういい。文句言ったってどうせ覆らないだろうからよ。 ……気に食わねえのがやり方だ、ソヨ。せめて自分の口で伝えろよ。まどろっこしいことしやがって」

「え〜何の――」

「答えろって。いいから」

 

 (しら)ばくれていることは分かりきっていた。

 

「……それはごめんね。悪気があったわけじゃないの。ただ……わたしが間に入るとややこしくなりそうだったから」

「ややこしいってのは?」

「ちょっと……色々あってね」

「……ボロを出したってやつか」

「ボロ?」

「トウカが色々と言っちまったんだろ? お前に」

 

 その言葉を聞いたソヨの眉が軽く上がった。

 

「シヅキが言わせたの?」

「まさか。自分から言っちまった。すげぇしどろもどろになってたな」

「あちゃー、あの子ねぇ」

 

 その顔を右手で覆い、やれやれと項垂《うなだ》れるソヨ。演技臭く見えるが、流石に意外だったのだろう。

 

 間髪入れずにシヅキは言う。

 

「でも、内容までは聞いてねぇよ。あくまでソヨに色々と言っちまったことだけだ。俺が知ってるのは」

「そうなの。 ……内容は聞かなかったの? 気になるでしょ?」

「……別に。俺が介入する理由がねーよ」

 

 視線を逸らしながらシヅキが言うと、ソヨはくすくすと笑った。

 

「あ? 何がおかしいんだよ」

「いや、そういうところ良いなって思っただけよ」

「そういう……?」

「モテるよ、シヅキ。あとはその捻た性格を直して、もうちょっとオシャレしたら尚いいかも」

「訳分からん。俺のことは今どうでもいいだろ」

 

 どうも居心地が悪くなり、シヅキは後ろ髪を掻いた。

 

「……そういやよ、肝心のトウカはどこだよ。ソヨの方で色々と管理してるんだろ? まさか寝坊か?」

「んーん、あの子は今色々と手続きをしているとこ。役職が同じ抽出型への紹介とか、あとは諸々の契約書とかね。昨日のうちに出来なかったから」

「……なら、俺がここに来る時間もっとズラして良かったろ? そういう手続きって時間かかるんじゃねーのか?」

 

 シヅキがそう言うと、ソヨは明後日の方向を向いた。自然とシヅキの目線も彼女に釣られる。

 

「んーん。来たみたい」

 

 ロビーの奥の方。そこから一体の影が近づいてくる。

 ソレは真っ白の外套を羽織っていた。まるで、自身のことを全て覆い隠さんとばかりに。

 

「じゃっ! わたし行くから」

 

 それが見えた途端に、ソヨは駆け足で行ってしまう。真っ白の影と交差する時に挨拶を交わしたのが分かった。ソヨは相変わらずの笑みを浮かべたのに対して、影はぎこちなく頭を下げていた。

 

 ソヨが完全に通り過ぎた後に影は再び歩みを始める。小さな歩幅の彼女と目が合ったのは、シヅキが声を出した時だった。

 

「……よぉ、トウカ」

「ひっ……! シ、シヅキか……おはよう」

 

 ぎこちなく手を上げて挨拶をするトウカ。琥珀色の眼はシヅキを捉えて離さなかった。

 

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