灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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牙を剥く大鎌

 

 ブゥゥゥゥゥン…………

 

 魔素のノイズが体内を震わせる。震えは心臓から始まり、そこから各器官に伝播を重ねていく。そして最後には、皮膚を喰いちぎらんとばかりに全身を暴れ回るのだ。……シヅキはこの感覚が大嫌いだった。

 

 しかしそんな震えもずっとは続かない。もうやめてくれ、そう思うほどにノイズが大きくなった時……奴らは姿を現す。

 

「……魔人」

 

 すぐ背後にいるトウカにも聞こえない声量でシヅキは呟いた。

 

「…………」

「…………」

 

 目の前の空間が一瞬間だけ捻れた。白濁の木々とドス黒い空が混ざり合い、澱みきった灰色を浮かべる。そこから這い出るようにして2体の魔人が現れた。

 

 奴らは喋らない。代わりに武器を構えやがる。1体は骨ごと抉りとらんとする巨大な大剣を持つデカブツ。身長は2mあるだろう。もう1体は喉元を掻っ切るためだけに尖った短剣を持つ痩せぎす。シヅキより小柄だ。

 

 言語を用いた交渉なんて、存在しない。あまりにも理不尽な殺意がシヅキをブッ刺す。跡形の理性を失った魔人が闘う理由は果たして何だろうか? そんなものは知ったことではないが……

 

 ――シヅキもそれに応えてやる。

 

「大剣持ちからだ。速攻でやる」

 

 普段よりかなり低いトーンでシヅキは言葉を吐いた。無論これは、裏に居るトウカに向けたものだ。

 

 (おもむろ)にシヅキは武器を構える。空の闇にも負けないほどにドス黒い大鎌。何十、何百の魔人を刈りとった凶器……シヅキはその刃先を魔人共へと向けた。

 

「……殺す」

 

 その言葉と共にシヅキは駆けた。熱暴走を起こしているのではと言わんばかりに熱を帯びた身体。体内の魔素が脈打ち、疾走するシヅキを常識の向こう側へと連れていく。

 

 理性を失い、僅か程度の尊厳すら手放そうとする魔人。しかし、奴らは腐っても人間の末路だ。刃を交わす中で見出される知性は、時折“意表”という言葉を纏い顕現する。 ――ちょうど、以前に対峙した短剣持ちのように。

 

 だから、シヅキは策もなしに突っ込まない。汚らしく、泥臭く、搦手を用いる。彼の常套手段だ。

 

 無骨な大剣を構える魔人。真正面から接近するシヅキは、大鎌の矛先が魔人を捉える瞬間に、

 

 ザクッッッ

 

 ソレを地面へとぶっ刺した。

 

 しかし、それで助走の勢いが殺せるわけが無い。慣性に流されるシヅキの身体は、地面に刺さった大鎌を軸にして空中で弧を描いた。 ……そこから繰り出されたのは、遠心力を利用した渾身の蹴りだ。

 

「ラァ―――!」

 

 構えられた大剣の真横を掠め、シヅキの脚が全長2mはある魔人の頭上へと降りかかる。それは一切の容赦無く、魔人の脳天を直撃した。

 

「ギィィィィィィィィイイイ」

 

 その瞬間、今まで黙りこくっていたデカブツの魔人が声を上げた。頭蓋をひしゃいだ……脚に残る感覚にシヅキは確信を覚えた。痛みを感じないと言われる魔人も、存在(いのち)を危ぶむ大衝撃には怯まざるを得ない。

 無論、シヅキは追撃を仕掛けない。怯んでいるとはいえ、相手は魔人だ。反撃のリスクが高い。それに――

 

「――っ」

 

 痩せぎすの魔人……短剣を構える魔人が、飛びかかるようにシヅキとの距離を詰めてきた。身軽なフットワークながら、その動きはかなり大胆だ。

 

 ――それはそうだ。今、シヅキの手には鎌が握られていないのだから。

 

 デカブツの眼前に倒れる大鎌を横目で見やり、すぐに視線を戻した。痩せぎすとの距離は近い。短剣の射程範囲は目と鼻の先だった。

 

 シヅキは叫ぶ。

 

「トウカ!」

「うん!」

 

 シャン

 

 トウカの返事の後、鈴が揺れる音が辺り一面に響き渡った。ただ地面を杖で叩くだけで、こんなに音が鳴るものかとシヅキは舌を巻く。

 

「ジジジジ……」

 

 その音の後、痩せぎすの動きが完全に止まった。錆び付いた歯車のような声は、苦痛に歪んでいるように聞こえなくもない。当然だ。魔人は己の生命線である、()()()()()()()()()のだから。

 

 痙攣を繰り返す痩せぎす。それを前に、シヅキは自身の右手を胸前に突き出した。そして、心の中で念じる。

 

(来い)

 

 その一言の後、彼の手の中には大鎌が現れた。代わりに、デカブツの手前で倒れていたモノは跡形もなく消えている。

 

 シヅキは大鎌を構えた。その刃先は空を穿かんとする。

 

「ジジジジ……ジジ……ジジジジジ…………」

 

 未だ痙攣の連鎖に囚われ続けている痩せぎすの魔人。(いびつ)で奇怪な声で喚き続ける(それ)に、シヅキは一言こういった。

 

「すまんな」

 

 斜め下方向へと急速に落ちる大鎌。それは振り子のようにぐわんと揺れて、痩せぎすの首を捉えた。

 

ザシュ

 

 シヅキの耳に纏わりついたのは、肉と骨を抉りきった音だった。吐き気を催すゴミみたいな音だった。

 

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