灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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眩しい音

 

「ギィィィィ……ギィィィィ……」

 

 甲高い声で喚き続けるデカブツの魔人。その場に膝をつき、全くと言っていいほど動かない。頭蓋がひしゃげたからだ。唯一の武装である大剣すら手から滑り落ちていた。

 

「ギィィィィ………………」

 

 魔人共は皆、その身体に黒色の粒子を纏っている。だから顔とか身体つきとか……そういうものを確認することが出来ない。それに、粒子は人型を形成しているが、輪郭は酷く曖昧だ。だから、魔人と対峙するときには『人間』というより、『化け物』を相手にしている気分になれた。

 

 ――もし、魔人が似非人間(ホロウ)と同じ姿をしていたならば、シヅキは躊躇いなく鎌を振れるだろうか?

 

「ギィィィィィィ……」

「……ああ、止めを刺すよ」

 

 大鎌を振り下ろす。肉と骨を断った。

 

 今日もまた魔人を浄化した。2体浄化(ころ)した。

 

 

 

※※※※※

 

 

 

 抽出型。浄化型と同じく、アークにより与えられた役職だ。主な役割は浄化が終了した魔人から魔素の塊を抽出すること。その魔素を“解読”することで、“ホロウの悲願”は達成に近づく訳だから、結構重要な役割であろう。

 

 無論、その抽出においても素質が問われる。自身の魔素を自在に操れる浄化型に対して、抽出型は誰かの魔素を操ることが出来る。

 

『ジジジジ……』

 

 シヅキの頭の中で、つい先ほど浄化したばかりの魔人が鳴いた。トウカが鈴を鳴らした瞬間、奴はぱったりとその動きを止めたのだ。 ……トウカが、やつの体内魔素を弄ったからだ。

 

「あそこまで、足止めできるものなのか」

「……? シヅキ、どうかした?」

「何でもねーよ。 ……じゃあ浄化の方を頼む」

「うん……シヅキ、怪我は――」

「ねーよ。ねーから」

 

 無傷を証明するように、シヅキがバンザイの格好をとると、トウカはゆっくりと首を縦に振った。

 

「じゃあ、抽出するね。できれば話しかけないでもらえると助かるかも」

「ああ。あそこの木陰にいる」

「うん」

 

 トウカから十数メートルほど離れた白濁の大樹。その下にドカっと座り込んだシヅキは膝の上に頬杖をついた。

 

 向こうには錫杖を構えるトウカと、首の無い魔人が2体……奴らはその存在を終えようとしていた。

 

 魔人は……ホロウだってそうだが、その存在活動(せいめいかつどう)を終えた後、身体は跡形も残らない。その肉体は消失し、唯一魔素のみが空気中に拡散する。空気に希薄して無かったものになるのだ。

 

つい先ほど浄化を終えた魔人共も、5分もあればいとも簡単に消えてしまう。ほんとにあっけなく消えてしまう。シヅキの腕にはまだ肉と骨の感覚が残っているというのに。

 

「ハァ……」

 

 首を前に傾けた後、勢いをつけて後ろに倒した。ドンっと大樹に後頭がぶつかり、鈍い痛みが走る。

 

「……くだんねーこと、考えてんじゃねーよ」

 

 シヅキが思い出したのは先刻に発した自身の言葉だった。

 

『魔人を刈るくらいしか俺に出来ることはねぇんだ』

 

 ……じゃあ、それだけ考えろ。魔人の心理とか、素顔とか、感情とか……それは魔人を刈る時に必要な情報か? 要らない。一切要らない。なら求める必要は無い。そうだろう? 

 

 ……そうだ。トウカの“計画”とやらもそうなのだ。変に勘繰りなんて入れる必要は無い。そういう頭を使うとか、心理を読み解くとか……他の誰かにでも任せればいい。

 

 自分に言い聞かせた後、シヅキは大きく舌打ちした。

 

「監視……ソヨめ。なんで俺なんだよ」

 

 眉間に皺を寄せつつトウカに目をやる。彼女は錫杖を高々と掲げていた。素人目にもそれが抽出が始まる合図だと理解できた。

 

 トウカが杖を持つ手を僅かに振るわせた。すると――

 

シャン シャン シャン シャン シャン シャン

 

 鈴が鳴る。森の中に反響して鈴の音が響き渡る。反響するせいで音が残るくせして、トウカは鈴を鳴らし続けるため、音は何重にも重なる。

 

シャン シャン シャン シャン シャン シャン

 

 綺麗な音だとは思う。どことなく神聖で、気高さ? そんなものをシヅキは感じた。 ……ただ、いつまでもソレを聞いていたいのかと言われれば、シヅキは間違いなく首を振る。

 

 彼は自身の胸を押さえた。真っ黒の外套の上から強く握り締める。それだけじゃ足りなくて、舌を強く噛んだ。ジワジワと血の匂いが広がる。

 

「……なんだこれ」

 

 小さく呟いたシヅキの声は酷く弱々しかった。物理的に痛いわけじゃ無い。身体機能に影響が出ているわけでもない。ただ……胸が一気に締め付けられたような感覚に襲われた。

 

(眩しい……)

 

 決して、音に対して抱く感想ではない。でも、今のシヅキにはこの音をそう形容する他なかった。

 

 

 


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