灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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灰色世界

 

 行きと同じように、屋台が並ぶ大通りを突っ切ろうとする。スイスイと群衆を掻っ切り進むシヅキ。一方で……

 

「お嬢ちゃん、アクセサリーとか欲しくはないかい。 今なら安くしとくよ」

「よければあなたの運命を占って差し上げましょうか?」

「ここらじゃ見ない顔だなぁ。もしかして引っ越してきたのかな? なら、家具はウチで買ってもらわないとね!」

「あ、えっと……ごめんなさい! 遠慮しておきます……」

 

 一々頭をぺこりと下げ、群衆共に揉みくちゃにされるホロウが1体。シヅキは冷ややかな眼でその姿を見ていた。

 

「あんな奴ら、無視しておけばいいだろうが」

 

 無論、その声が誰かの耳に届くことはない。

 

 いつまで経っても前に進めないトウカ。とうとうシヅキは痺れを切らした。今度は群衆の流れを逆流し、金物屋に捕まっていた彼女のもとへと辿り着いた。

 

 着くや否や、シヅキは首からぶら下げていたタグを店主の眼前に突きつけた。

 

「俺たちゃアークだ。先を急いでいる。悪いな」

 

 冷たく、そして速い口調でそう言うと、張り付いた笑みを浮かべていた金物屋の店主の口元が真一文字に結ばれた。その眉間には皺すら寄せられる始末だ。

 

「……それは、悪いことをしちまったなぁ」

 

 怒気の篭った声でそう言った店主は、自身の右手を2度払った。

 

「行こう」

「……はい」

 

 目深にフードを被り、再び群衆を掻っ切る。今度はトウカが声をかけられることはなかった。

 

「ありがとう、ございます」

 

 大通りを抜けて少し落ち着いたところで、トウカが取ってつけたようにそう言った。

 

「……一々相手にしないほうがいいと思うぞ。あいつらしつこいから」

「そういうものなのですね」

「そういうって……中央だって、似たような奴らが居たろ?」

 

 しかしこのシヅキの問いかけに、トウカは(かぶり)を振った。

 

「そういうものかい」

 

 ハァ、と息を吐く。そろそろ街を出ておきたい時間だ。その旨をトウカに伝えると、彼女は首を縦に振った。

 

「中央がどうだったかは知らねえけど、辺境(ここ)のアークは高台の森を抜けた先にあんだ。距離もまぁまぁある」

「分かりました」

「行こう」

 

 事務的な会話を終え、シヅキとトウカの二人は港町を……造られた灯りでのみ着飾られた町を後にした。

 

 

 

※※※※※

 

 

 

 道の整備がおざなりな、高台へと続く細い道を登ってゆく。出来るだけペースを落として歩いていたシヅキだが、それでも抽出型のトウカとは歩調に差が生まれてしまった。

 

「先に行ってもらって結構ですよ」

 

 口元に笑みを浮かべてトウカはそう言ったが、シヅキはその指示に従うことは出来ない。

 

「その、錫杖? だったか。持とうか?」

「いえ……これは。何かあった時には」

「まぁ、それもそうか」

「お気遣いありがとうございます」

「別に。いいって」

 

 歩調を合わせるようにして、坂を上がる。……バカみたいに静かな空間に、土を蹴る足音とトウカの少し荒い息遣いだけが聞こえてくる。シヅキは自身の首裏をポリポリと掻いた。別に静寂が好きなわけではないのだ。

 

 何か話でも振ろうか、しかし何を? そうやって逡巡している中で、最初に口を開いたのはトウカの方だった。

 

辺境(ここ)でも、アークへの目は少し厳しいものなのですね」

 

 先ほどの金物屋の対応を思い出したのか、トウカは寂しげな顔をしてみせた。シヅキの眼には、それがショックというよりは辟易の部類の表情に映った。

 

「……中央だとか、辺境だとか。そんな違いはねえんだろうな。ホロウ共は人間を崇高している。心酔も、憧れも、尊敬も。畏怖しやがる輩だってな。だからこそ、“人間の末路”に刃を振るう奴らにはいい顔出来ねぇんだろ。たとえ、それが必要なことだとしてもな」

「……」

 

 それを聞いて、何も返事をしないトウカ。シヅキはわざとらしく伸びをした。

 

「ようは俺たちゃ嫌われ者なんだよ。嫌われるから、拠点だって辺鄙(へんぴ)な場所にならざるを得なかった」

「難しい問題ですよね……」

「そうか? 放っておいたらいいだろ」

 

「そうしねえと、一々疲れるだけだぞ」という言葉は寸のところで飲み込んだ。

 

 会話を終え、黙々と丘を上がる2体。間も無くして、丘の頂上が見えてきた。トウカは息を切らしていたが、休憩なしで頂上まで上がることが出来た。

 

 丘上には大規模な森林が生い茂っている。正式な名前がついている訳ではないが、一般的にここは『廃れの森』と呼ばれていた。

 

(ふもと)でも言ったが、オドは丘上の森の中に拠点を構えている。ここからもう少しだけ歩くんだが……ん?」

 

 トウカがこちらを見ていないことに気がついた。彼女の目線は麓の方向へと向けられている。

 

「トウカ……さん?」

「え? あ、ごめんなさい。私……」

「いや、別にいいけどよ。なんか見えたのかよ?」

「……世界を見ていました」

 

 随分と壮大な言い方だった。トウカの顔は冗談の類を言っているようには見えなかったし、シヅキにはその言葉の意味がなんとなく分かった。

 

 この日何度目か分からない溜め息を吐き、シヅキは言う。

 

「どこだって変わんねえよ。こんな絶望で満ちた……クソみたいな世界はよ」

 

 吐き捨てるように言ったシヅキ。その眼が捉えたのは……闇に満ちた風景だった。

 

この世界には光がなかった。比喩的な表現ではない。

かつて世界中を照らしたという“太陽”がなかった。

かつて夜を彩ったという“月”が、“星”がなかった。

この世界には命がなかった。

動物が、虫が、自然が生きることは許されなくなった。

かつて世界中を支配したという人間はその姿を維持できなくなった。

 

 結果、現状の世界とは物理的にも、或いは精神的にも闇に覆われた惨状でしかなくなったのだ。

 

 魔素の力で明かりを灯すカンテラの光で満ちた港町と、どす黒い空。そして、人間を模して造られたホロウというひどく曖昧な存在のナニカ。そんなものしかない、味気ない世界を目の前に1体のホロウが自虐混じりにこう言った。

 

「灰色世界」

 

 “暗黒世界”と形容しないのは、まだ終わりたくないという意識が働いているのか彼には分からなかった。

 

 

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