灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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大ホールにて

 

 部屋で着替えを済ました後にシヅキが向かったのは大ホールと呼ばれる場所だった。

 

 ロビー奥に設けられており、その名の通りかなり広い部屋だ。オドに所属するホロウ全員が集まったとしてもスペース的な余裕がある程度には広い。

 

 更に言えば、この部屋は横のみにならず縦……つまり頭上にも広かった。ロビーよりも高い吹き抜けとなっており、少し声を出すだけでもかなり反響する。よって、ホロウ全体への話がある時などにはよく使われる部屋だった。

 

 深くフードを被ったシヅキは例の如く、その奥からキョロキョロと周りを観た。

 

(……ほぼ全員だな)

 

 何十という規模のホロウたちがそこには居た。ホールの中央部で立つ彼らは、特に騒ぐ様子なく、だからって黙っているわけでもない。仲のいい奴らでつるみ合って、小さく談笑していた。

 

 一方でシヅキは中央部には向かわずに、ホール隅の壁へと向かう。そこに背中をドンと押しやり、腕組みをした。そして眼を瞑る。彼は誰かと話すことなく、ただその時をじっと待っていた。 ――何故なのか? 彼には仲のいいホロウが極端に少ないからである。

 

(早く始んねえか)

 

 心の中でシヅキは吐いた。

 

 その矢先、ホールの入り口付近が少々騒がしくなっていることに気がついた。談笑の類とは別の……何というか、ヒソヒソと隠すような声だ。

 

 壁に沿うようにホールを移動する。入り口に眼を向けたシヅキの口から「あ」と声が漏れた。

 

「あいつ……」

 

 その両手に細長い棒を持つホロウが1体。誰かを探しているのか、それともホールを見渡しているのか、キョロキョロと首を動かしていた。その度に印象的な白銀の長い髪が靡く。

 

 シヅキは、その大きな琥珀の瞳に見つからないようにフードを更に深く被った。そして小さく舌打ちをする。

 

 ロビーでほぼ無視するかのようにトウカと別れたシヅキ。その後は何の接触もしようとはせず……というよりトウカと会うことを避けていた。 ……何となく、今の自分自身が話すべきではないと思ったからだ。

 

「ねぇ、あんな子……オドにいたっけ?」

「さあ? 知らない顔だ」

「何型かな?」

「杖持ってるし、抽出じゃないだろうか? つーか大ホールは武装禁止のはずなんだがな」

 

 近くにいた2体のホロウたちの会話がシヅキの耳に入ってくる。見ると、彼らの表情には困惑が宿っていた。悪く言えば、異物を眼にした時のアレだ。

 

「…………」

 

 改めて、入り口付近を見る。周りのホロウはトウカに話しかけるわけでもなく、だからと言って完全に無視するわけでもない。遠巻きにその様子を眺めるだけだ。そのトウカと言えば、相も変わらず入り口からは動いていない。ただずっと……何かを捜すようで。

 

 シヅキは自身の頭を掻いた。強く、強く掻いた。酷い居心地の悪さが彼の中に渦巻いていた。

 

(バカめ……ほんと。何を拘ってんだよ)

 

 徐に眼を閉じ、でもすぐに開いた。腹の中でゴロゴロと蠢く感情はどうしたことか? すっぽり収まるスペースなんて有りやしない。ズキズキと心がトゲなんかに刺される感覚に襲われる。

 

「怠いな」

 

 鋭く息を吐きながらシヅキは呟いた。その脚を動かそうとする……その時だった。

 

「只今より、新地開拓大隊の隊長を務めたコクヨによる話を始める! 皆、ホール中央に集まるように!」

 

 ホール奥の壇上になっているスペースから、1体のホロウが大きな声でそう言った。あのホロウは見たことがあった。コクヨとの関わりが深い奴だ。

 

 流石にそのように声をかけられてしまえば、指示に従わざるを得なかった。周りのホロウ共だって一切の私語をすることなく、黙って中央へと歩いていく。

 

 シヅキは眉間に皺を寄せた後に、ハァと溜息を吐いた。当然その脚は入り口とは異なる方向へと向かう。

 

 間も無くして、ホールの中央部には数十というホロウが集まった。それを確認した後、壇上の眼鏡をかけたホロウが言う。

 

「急な呼び出しにも関わらず、迅速に集まってくれたことに感謝する! 本日は、昨日の新地開拓に関して、隊長を務めたコクヨより話がある。心して聞くように! ……では」

 

 鋭利な声色でホロウたちに呼びかけた眼鏡。彼が壇上から退くと、すぐに別のホロウが歩いてきた。長い黒髪を後ろで一括りにした、眼帯のホロウ……彼女は小さく咳払いをした後にその口を開いた。

 

「昨日まで新地開拓大隊を率いていたコクヨだ。久方の者も多いな。直接は新地開拓に携わっていない者も多いだろうが、どうか心して聞いてほしい」

 

 淡々と述べるコクヨ。その漆黒の瞳からはどのような感情なのかが掴めない。シヅキには、彼女がホロウを見渡しているようにも、あるいは虚空を見ているかのようにも見えた。

 

 ――そんなボヤけた雰囲気だからこそ次に続くコクヨの言葉は、より衝撃的だった。

 

 一息吐いてコクヨは言う。淡々と言う。

 

 

「まずは単刀直入に言おう。魔素の多量流出により3体のホロウが消滅した(死んだ)。 ……魔人にやられた」

 

 


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