灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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ホロウの悲願

 

「何も、悲観するだけの話ではないだろう」

 

 すっかりと落ち込んだ空気の中、そのように切り出したのは、他でもないコクヨだった。

 

 眼帯で隠れていない左眼でホール内のホロウ全体を見渡して、彼女は言う。

 

「魔人は、強大であればあるほど有する魔素は質が高い。つまり、“絶望”を穿(うが)ちさえすればそれ相応の対価を得られるということだ」

 

 コクヨは徐にその指を動かし、やがて1体のホロウを差した。

 

「そこのお前。なぜ我々ホロウは、人間の末路である……魔人に刃を向ける?」

「そ……それは……」

 

 完全に怯んだそのホロウ。しかし、彼はぎこちなくだが言葉を紡いだ。

 

「それは……人間を復活へと導くため、です」

「そうだ。悪いな急に」

 

 コクヨがその腕を下ろすと、男性ホロウは胸を撫で下ろした。

 

「我々は、かつて世界を生きた人間を復活させるために活動するホロウの集団、アークだ。そのために、ホロウが持つ能力を最大限に発揮しているな」

 

 再びコクヨは指を動かした。次に差されたのは、シヅキの隣に居たホロウだ。

 

「そこのお前。アークの中のホロウはどう分類される?」

「ま、魔人を倒す浄化型と魔素を回収する抽出型……そして、回収された魔素の持つ様々な情報を理解可能にする解読型……です」

「もう1つあるだろう?」

 

 やけにコクヨの声は冷たく聞こえた。

 

 指差されたホロウは、その顎を震わせながら返答する。

 

「そ、そんなホロウたちをサポートする……雑務型です」

「そうだな。我々は大別して4つの役職を軸に動いている。そして――」

 

 今度は指を下ろすことなく、別のホロウを差した。コクヨは問いかける。

 

「何故、魔素を操作する行為が人間の復活へと繋がる?」

「……それは」

 

 差された指の先を見据えて、シヅキは答えた。

 

「魔素という存在が持つ性質にあります。魔素は、()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、かつての人間が有していた記憶……それが魔素の中には吹き込まれているということです。魔素が有す記憶を読み解くことにより、俺たちホロウは生きていた頃の人間が有した記憶を得ることが出来ます」

 

 シヅキは一度、口内にたまった唾液を飲んだ。

 

「魔素は記憶の内外出力のみならず、“可視化”と“形成”を行える。つまり、物質の形を作ることが出来ます。俺たちは……ホロウの身体はその賜物(たまもの)です。辛うじて()()()()()人間が存在した生命末期の時代に、ホロウは、人間の手により魔素から創造されました。 ……人間の代替として」

「話がずれているな」

「あぁ、すみません。 ……現在のホロウは魔素が持つ“形成”の性質を利用し、人間そのものの創造を目指しています。しかし、ホロウの身体が魔素のみで出来ている一方で、人間はそうじゃない。だからホロウは今、()()()()()()()()()()()()()()()()

「もういいだろう」

 

 シヅキがそこまで言ったところで、コクヨは話を打ち切った。

 

「十分すぎる答えだ。ありがとう、シヅキ」

「あぁ……はい」

 

 まさか名指しでお礼されるとは思わず、シヅキは一瞬たじろいだ。

 

「そうだ。先ほど説明があったように我々は今、魔素から魔素以外のものを“形成”しようとしている。炭素、水、塩……他にもあるが、かつての人間を構成したそれらの物質を造り出そうとしているのだ」

 

 コクヨの言葉に対して、ホール内のホロウが一斉に頷いた。

 

「人間の創造へ活用する……そのために、我々ホロウは質の良い魔素を必要としている。しかし、空気中を漂う魔素は空気に希薄、或いは他の魔素と混合し煩雑に絡み合っている。つまり、それ以上に“形成”の仕様がないということだ」

 

 コクヨは再び指を動かした。1体のホロウがその餌食となる。

 

「これで最後だ。お前に問おう。では、どのようにして“形成”が可能な魔素を回収する?」

 

 指の方向はシヅキから少しだけ逸れた箇所だ。具体的には、シヅキの1つか2つ奥……

 

「ま……魔人は――」

 

 その声を聞いて、シヅキの口が「あ」の形に歪んだ。

 

(よりによって、トウカかよ)

 

「魔人は……人間の身体が魔素を取り込んでしまい、歪みきった存在……です。だ、だから……人間を形成するために最も有力な記憶を持っています! だから……いや、それに? それに、魔人を形成する魔素はこ、固体です。よって、空気に希薄していることも……あ、ありません!」

 

 常時上擦りの声で、どもりまくったトウカ。シヅキの口からは思わず「うわ」と漏れ出た。

 

「……ああ。そうだな。ありがとう」

 

 しかしながらコクヨはそのことを気にする素振りすら見せず、ただ一つそう返した。

 

「先ほどまでワタシが尋ねたことは全て、アーク内のホロウで共有されている常識だった。何も、君たちが本当に理解しているのかを試したつもりはない。ただ、改めて思い返して欲しかっただけだ」

 

 言い切った後、鋭く息を吐いたコクヨ。彼女は再び指を動かした。しかし、それはホール内のホロウへ向くことなく、頭上へと差し出される。

 

 間も無くして、彼女が伸ばした手には一本の刀が造られた。体内の魔素から行われた剣の生成だ。

 

 長物(ながもの)の剣をホロウに突きつけながら、コクヨは言う。

 

「我々ホロウの目的は何だったか……それは、人間の復活を目指すことだ。そのために我々は、かつての人間であった魔人に刃を向ける。魔素を回収し、人間の復活へとにじり寄るのだ。その為であれば、己が存在など惜しくはない。全ては人間の為に……我々は全てを差し出すだけの覚悟がある。そうだろう!」

 

 コクヨの声は大ホール内にこれでもかと響き渡る。腹の内側から響く、力強い声だ。

 

 ホール内のホロウもそれに負けないように、「はい!」と返事した。

 

「我々ホロウの存在意義は! ホロウの為にある筈がない! 全ては、創造主たる人間の為だ! それが達成されるならば、後はどうでもいい筈だ! 人間の復活こそが“ホロウの悲願”なのだから!」

 

 再びホール内に「はい!」という返事が響き渡る。シヅキも便乗して言う中で、彼の意識は他のところにあった。

 

(ホロウの悲願……)

 

 口内で反芻したコクヨの言葉。シヅキはそれを飲み込もうとした。しかし、どうもつっかえてしまう。唾液と一緒にして、強引に飲み込んだ。

 

(……そうだ。ホロウの悲願。それだけ考えろよ)

 

 浄化した魔人の姿を頭に浮かべながら、シヅキはそう思った。


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