灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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返しきれない恩

  

 ヒソラは大きく分けて3つのことをシヅキとトウカに話した。

 

 1つ目は“絶望”について。シヅキが気絶してからというもの、コクヨと“絶望”の戦闘が続いた。数刻にも及ぶ激戦の果てに……“絶望”は彼女の手にかけられたのだという。

 

 無事に“絶望”から魔素の塊を抽出することも出来たらしい。ヒソラは、ホロウ達にとって大きな躍進となるだろう、と語っていた。魔人の強さと採取できる魔素の質との間には相関関係があるからだ。

 

 2つ目はシヅキとトウカの容態について。2体に共通して言われたことは、数日間は休養に当てろということだった。つまりは、(しばら)く魔人刈りは出来ない。

 

 各々の身体のことも大雑把ではあったが現状を知らせてくれた。

 

 シヅキの身体は、起床直後に言われた通り魔素の流れがボロボロになっているという。

 

 ホロウの身体を構成する魔素。それは絶えず、体内を循環し続けている。そんな魔素を操作することで、ホロウは様々な恩恵を受けることが出来る。浄化型でいうところの、一時的な身体強化だ。

 

 しかし魔素を操作するということは、身体を自然に循環している魔素の流れを強引に変えることに過ぎない。多少の操作ならすぐにその循環機能は回復する。だが、連続的に大きく魔素を操作し続けると、段々と回復が追いつかなくってしまう。深刻化すると、今回のシヅキのように自身では流れを元に戻すことが出来なくなるのだ。

 

 幸い、今回はヒソラが行った治療によって循環機能は回復したらしいが。

 

 次にトウカのこと。話を聞く限りだと、シヅキが眼を覚ます前に大方の説明は為されていたらしい。

 

 “絶望”が伸ばす枯れ枝に刺されたトウカ。彼女の身体からは多量の魔素が流出した。

 

 魔素の流出は視認出来ない。そもそも魔素に形は無いのだ。しかし確かにそこに存在する。空気に触れ、希薄することで魔素は流れゆくのだ。

 

 存在の全てを魔素に依存するホロウにとって、それはあまりにも致命的だ。先日、コクヨの大隊の一部が“絶望”に(ころ)された時だって、その要因は魔素の多量流出だった。

 

 しかしトウカは(いきてい)る。ヒソラ曰く、応急処置が功を奏したらしい。

 

 還素薬。最近、開発部にて作られた液状の薬。これは魔素の流れを自然循環するように維持する役割を持っている。もし空気と希薄しつつあるなら、その魔素濃度を保とうとするらしい。

 

 結果として、トウカの中の魔素は辛うじて存在しうる最低量を保てたのだとか。

 

 そして3つ目。これが最も不可解な内容だった。

 

「実はね? “薄明の丘”周辺に妙なノイズが渦巻いていて、中に入れなくなっているんだ」

 

 薄明の丘。それは“絶望”と対峙した例の丘の俗称らしい。シヅキは初めて聞いた。

 

「ノイズが渦巻く? どういうことだ?」

「そのままの意味だよ。薄明の丘周辺を右から左に、って具合に絶え間なくノイズが流れを作っているんだ。足を進めようとすると強力なノイズに遮られてしまうんだよ」

 

 シヅキもトウカも、首を傾げた。なぜそんな現象が起きているのか、理由が分からないからだ。強いて挙げるとすれば、“絶望”の存在だろうか? しかしながら因果関係が不明だ。

 

 ヒソラがそんなことを説明した後、今度はシヅキとトウカのターンとなった。“絶望”と対峙した時から含めて、事細かく何が起きたのかを訊かれた。

 

 ノイズを感じ丘に逃げたところから、間一髪をコクヨに助けられたところまで。特に秘匿にする理由もなかったため、シヅキは包み隠さず話した。

 

 

 ――そんな数時間に及ぶ問答の果て。ヒソラもソヨも、病室から後にして今に至る。

 

 

「ハァァァァァァァァァ」

 

 シヅキが掠れ気味の溜息を長いこと吐くと、トウカは苦笑いを浮かべた。

 

「疲れたね」

「長えんだよマジで。何時間喋らせんだよ」

「ね」

「いいよなお前は。途中から聞く側に回れてよ」

「あはは……」

 

 トウカは暫くの間、気を失っていた。だから途中からは全てシヅキが全て話さざるを得なかったのだ。

 

「でも、色々と知れて良かった。私、シヅキにずっと背負われていたんだね。全然覚えてないや」

「ロープできつく縛って、な。身体に縄跡でも残ってんじゃねーのか?」

「えー……それは嫌だよ」

 

 ベッドに座るトウカは、自身の腹部あたりを服越しに撫でた。2、3度手が往復する。

 

「……シヅキ、どうしたの?」

「あ?」

「ずっと見てるから。その……私の、お腹」

 

 こちらを覗き込むトウカの頭の上に疑問符が見えた。シヅキはどう答えようか迷ったが、疲労した思考回路は何も良い案を与えなかった。

 

 シヅキはぶっきらぼうに言い放つ。

 

「傷、痛まねぇのかって」

 

 トウカの身体は枯れ枝が貫通し、大きな損傷を負った。しかし、魔素が補われたことにより、その穴はもう完全に塞がりきったらしい。

 

 トウカはふるふると首を振った。

 

「……うん。痛くはない、よ? ちょっと張ってる感覚って言うのかな? 何だか変な感じ」

「魔素が損傷箇所を修復したばっかだから、まだ身体に馴染んでねーんだろな」

「私もシヅキも、暫くは安静だね」

「……ああ」

 

 シヅキが返事をしてから少しの間だけ、2体とも話さない時間があった。 ……静まり返った空気が場を支配する。

 

…………。

 

「こんな落ち着いた時間、久しぶりだね」

「落ち着いた……ああ、そうだな」

「ゆっくり話せるのもいつ以来かな?」

「覚えてねーよそんなの」

「色んなことがたくさんあったよね」

「……さっきから何が言いたいんだよ」

 

 シヅキがそう聞くと、トウカの口元から「うっ」と声が漏れた。

 

「雰囲気作り、しようと思ったのに……」

「なーにが雰囲気だよ。口下手なくせして」

 

 一気にトウカの眼が細まった。

 

「それ、シヅキが言うかな? ……ちょっ、指を構えないで!」

「暴れんなよ。狙いが定まんねえ」

「釈然としない!」

「……お前、それ好きな」

 

 シヅキが指を下ろすと、トウカは大袈裟に胸を撫で下ろした。

 

「結局何が言いたいんだよ、トウカ」

「……う、うん。その……ソヨさんとヒソラ先生が居た時はちょっと言いづらかったんだけど……でも、言わないとダメで」

「ああ」

「だから、言うね」

 

 スゥと大きく息を吸い、吐いたトウカ。徐に閉じられた瞳が開かれた。琥珀色の、綺麗な瞳……

 

 間も無くして、彼女の小さな口が開かれた。

 

 

「ありがとね、シヅキ」

 

 

 たっぷりと溜めたトウカから出てきたのはそんな言葉だった。シヅキは何も言うことなく、次のトウカの言葉を待った。

 

「本当にありがと。私……シヅキが居なかったらきっともう存在していないんだよね」

「そのことかよ。礼を言うんだったらコクヨにしろよ。 ……聞いてたろ。俺は“絶望”に全く敵わなかったんだ」

 

 シヅキが思い返したのはちょうど大鎌を粉々に砕かれた光景だった。何も出来ないまま、たっぷりの絶望感を味わったにがすぎる記録(きおく)……。

 

 しかし、シヅキの思いとは裏腹にトウカは(かぶり)を振る。

 

「ヒソラ先生が言ってた『今あることが全て』って言葉……私、今分かった。シヅキも私も無事に帰ってこれて、こうしてお喋りが出来て、ありがとうなんて言える。私はそれがすごく嬉しいの」

 

 ニッと歯を見せながら笑うトウカ。本当の本当に、心からの言葉のように思えた。

 

…………。

 

「……ああ」

「なんで、そっぽ向くの」

「肩になんか手が乗ってるぞ」

「誤魔化し方が雑すぎる……」

 

 ハァ、と溜息を吐くトウカ。そんな彼女を横目で見て、シヅキは思う。

 

(本当に、変なやつだ)

 

 やっぱり他のホロウと比べて異質だ。「ありがとう」と言えることが嬉しいなんて、付き合いなんて長くないのに、シヅキが無事だったことをこんなに喜べるなんて……おかしい。

 

 でも、そのことを以前のように否定的に捉えることは出来なかった。

 

「……眩しすぎんだよ、お前」

「え、何? シヅキ?」

「なぁトウカ。一つ訊きたいことがある」

「え? な、何?」

 

 少しだけ困惑の表情を浮かべるトウカ。シヅキは小さく息を吸って、言葉を紡ぐ。

 

「お前、俺に恩を感じてるんだよな?」

「どしたの、急に」

「いいから」

 

 シヅキがそう促すと、トウカは恐る恐るといった具合でコクリと頷いた。

 

「うん。それは間違いない。シヅキには本当に、返しきれない恩があると思ってる」

「そうか。ああ、その言葉で十分だ」

「えっと……どういうこと?」

 

 首を傾げるトウカ。その琥珀色の瞳を前に、シヅキはクシャクシャと自身の髪を撫でた。

 

「そんくらいの恩があるならよ。一つだけ、俺の頼みを呑んで欲しい」

「そ、それはもちろん! 私に出来ることなら……」

「ああ、お前にしか出来ねえことだ。」

「わ、私だけ?」

 

 自身を指差すトウカ。シヅキはゆっくりと頷いた後、舌を強く噛んだ。フンと息を吐く。爪を掌に食い込ませる。そして一息に言い放った。

 

 

 

「トウカ、この質問に答えてくれよ。お前、この辺境の地に何しにきたんだよ。前に言ってた“計画”って、なんなんだよ。お前は……何を求めているんだ」

 

 

 ――大きく見開かれたトウカの瞳。吸い込まれそうな、かと思えば穿いてしまいそうな琥珀色の瞳。それは澱んだ空気の中でもひたすらに輝いていた。

 

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