灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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帰り道

 

 パンケーキを食べ終え、カフェテリアから退店したシヅキとトウカ。

 

 店の前に出ると、トウカはくるりとシヅキの前に出て、こう言った。

 

「じゃあ、帰ろっか」

「もういいのかよ。時間ならまだあるが」

 

 見上げると、少し遠くに背の高い時計塔が建っている。針が指す時刻はまだまだ早い。

 

 しかしシヅキの問いかけに、トウカはふるふると首を振った。

 

「うん。私はもう、満足したよ? 楽しかったから」

「……そうかよ」

「シヅキがまだ行きたいところあるんだったら、全然、付き合うよ?」

 

 こちらの眼を覗き込むようにして言うトウカ。彼女の白銀の長髪がふわりと揺れた。

 

「……いや、どっちだっていい。俺は」

「そっか。じゃあ、行こ?」

「ああ」

 

 そう言って、シヅキより少し前を歩き出したトウカ。彼女の両手はちょうど後ろで組まれていた。

 

 その後ろ姿を眼に捉えながら、シヅキは思う。

 

 (結局、あの劇を観て何が言いたかったんだ?)

 

 

『うん。私ね? 今日の劇の内容を、どうしても観たかったの。シヅキと一緒に』

 

 

 数時間前……港町を訪れた時に、トウカが発した言葉。それはシヅキの喉元にずっと引っ掛かったまま、取れずにいた。

 

『人間とホロウの物語』 ……きっとその内容を知らないホロウは居ない、古くから語られる伝承だ。

 

 (……わざわざ、俺と観たかった理由があったのか?)

 

 もしかしたら考えすぎかもしれない。偶然シヅキと共に出掛けたのだから、“シヅキと一緒に”なんて言葉を付けた可能性だってある。 ……あるのだが。

 

 ハァ、とトウカには聞こえないくらいの声量で溜息を吐く。もしソヨが同じセリフを言ったのであれば、さして気に留めることはなかったろう。 ……しかし、実際はトウカなのだ。だから、困る。

 

 上下に揺れる彼女の肩を眼にしながら、シヅキは心の中で呟いた。

 

 (俺、まともにトウカのこと知らねーんだな)

 

 まだまだ短い付き合いである訳だが、にしたって、シヅキは“トウカ”というホロウのことを知らなかった。

 

 趣味、好きな食べ物、出身、素性、あとは……“計画”とやら。

 

 何も知らないのだから、その言動の全てに意図を求めてしまうのだ。我ながら、神経質すぎる気はするが。

 

「……」

 

 トウカは今日のデート(に似た何か)が終わった後に、計画の内容を話すと言っていた。根拠はないが、シヅキはそこに彼女のことを知るナニカがあるような気がした。

 

 (おもむろ)に眼を閉じて、開いた。喧騒に巻かれた港町の大通りを、トウカは小さな歩幅で歩いている。

 

「知って、どうする気なんだろうな。俺は」

「……? シヅキ、何か言った?」

 

 こちらを振り返ったトウカ。その琥珀色の瞳がシヅキを貫く。彼はぶっきらぼうに言った。

 

「なんでもねーよ」

 

 

 

※※※※※

 

 

 

 いつかと同じように、廃れの森へと続く緩やかな丘を登っていく。時間はまだ早い。ゆっくりしたトウカの歩みを指摘する理由なんて、なかった。

 

 丘を上ること数十分。眼前には白濁の木々が連なっていた。廃れの森の入り口である。

 

「ねぇ、シヅキ。ちょっとだけ景色を観てもいい?」

 

 トウカが指を差した先にあったのは、麓に広がる景色だった。そこには先ほどまで滞在していた港町が見える。

 

「あのキラキラした建物って、劇場だよね?」

「ん? ……あぁ、だろうな」

「すごい、明るい」

「魔素光だって消耗品なんだがな。過剰に使い過ぎだろ」

「でも、暗いよりは明るい方が、いいよ」

「限度があるだろ」

 

 シヅキが溜息混じりに言うと、トウカは口元に手を当てて、クスクスと笑った。

 

「……なんも面白えこと言ってねーだろが」

「そ、そうなんだけどね? 楽しかったから、つい……」

「楽しかった?」

「うん。シヅキと劇を観て、甘いものを食べて、私、結構楽しかった」

「そうかい」

「シヅキはどうだった、かな?」

「俺は…………別に、まあまあだった」

「ま、まあまあか……」

 

 その顔に苦笑いを浮かべるトウカ。それを尻目に、シヅキは再び景色を観た。

 

 

 ――闇のように深い黒の空。太陽も、月も、星も無い。生命の尽きた味気の無い世界。

 

 

「灰色世界」

 

 小さく呟いたシヅキの声は間もなくして、そよいだ風にかき消されてしまった。隣に立つトウカは、自身の髪に手を添えていた。手を添えながら、景色を観ている。

 

 しばらくそうやって、景色を眺めていた。

 

 

…………。

 

 

「……ねぇ、シヅキ」

 

 沈黙を破ったのは、やはりトウカだった。いつもと同じ調子でシヅキの名前を呼ぶ。

 

「なんだよ」

 

 だから、シヅキもいつもと同じ調子で応えた。振り向いた先のトウカは、その顔に朗らかな笑みを浮かべている。

 

「あのね……私ね」

 

 スッ、と息を吸ったトウカ。穏やかな口調で、優しい声で、いつもの調子で。彼女は言った。

 

 言ったものだから、すぐには理解出来なかった。

 

 

 

 

「私ね? 今までに、ホロウを3体(ころ)したんだ」

 

 

 

 

 ………………

 

 ………………?

 

 

「…………は?」

 

 

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