灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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誤魔化せない

 

 ソウマとの一悶着の後にベースキャンプへと戻った。

 

 テント等の準備はすっかりと整っており、シヅキたちと同じく周囲の魔人探索に向かっていたホロウたちも既に帰還していた。その中の1体であるリーフは、シヅキに抱えられたトウカを見るなり眼を丸くした。

 

「……その子〜大丈夫?」

 

 相変わらず緩い口調の彼女だが、声色に緊張感を感じたのは気のせいでは無いだろう。シヅキは舌で唇を湿らせた後にこう言った。

 

「魔素ノイズに当てられて目眩んだらしい。大事をとって抱えてるだけだ。問題ねえよ」

 

 例のいざこざについては伏せておくことにした。それは目立つことを避けるのが主な目的だが、シヅキたちに何か不都合が生じた際の反撃手段としての意図もあった。 ……そう、反撃手段だ。

 

 

『覚えておけ浄化。魔人を刈り取ることしか能のない貴様らは抽出、解読よりも下の立場にある。ゆえに貴様らがおれに意見することは許されんことだ』

 

 

 つい先ほどのソウマの言葉を思い出す。誰が聞いても、あれは偏った思想であるに違いなかっただろう。しかるべきタイミングで、この発言を公の元に晒すことは大きな影響をもたらせる筈だ……とシヅキは考えている。

 

(んな機会が無いのが最善だが)

 

 ハァ、と溜息を吐くのは堪えたシヅキ。その言葉を聞き、普段の眠そうな眼に戻ったリーフは「お大事に〜」とただ一言だけ言うとどこかへと去っていった。

 

 その後ろ姿を見届けたアサギが静かな口調で言う。

 

「少しだけ心が痛むな。心配してくれているのに」

「……まぁ、しゃーねーだろ」

 

 間も無くしてアサギと別れたシヅキは、トウカを抱えたまま十数張りのテント群の中を歩き出した。他のホロウはまだ外で活動中のためか、不気味なほどに静寂だ。シヅキは右へ左へと首を動かし、すぐに目的のソレを発見した。

 

 一見するとソレは他と特に遜色のない一張りのテントだった。しかし他とは異なり、簡易的な張り紙がなされていた。

 

「『身体や心に異常を感じたら遠慮なく来ること ヒソラ』……か」

 

 少し前よりも顔色はマシにはなっているトウカだが、平常かと聞かれればそうには見えなかった。眼はトロンとしているし、常に口呼吸だ。しばらく言葉も発していない。

 

 トウカを一瞥(いちべつ)したシヅキは一つ舌打ちを打った。

 

「なんでこうも厄介事に絡まれるんだろうな……俺も、お前も」

 

 

 

※※※※※

 

 

 

 テントは外と中を一枚の布で仕切っていたが、さらにその中も深緑の布にて分断されていた。治療スペースとそれ以外という分け方だ。

 

 しばらく待った後に中の布がヒラリとめくられた。そこから出てきた白衣のホロウ……ヒソラ。彼の表情はやはり普段とは異なりどこか固いものだった。

 

「体内の魔素の廻りが少し鈍くなっているよ。だから目眩や軽い呼吸不全の症状が出てるんだ」

「治せそうか?」

「うん。 ……とは言っても、ホロウの身体が勝手に自然回復をしてくれるよ。せいぜいボクに出来ることは安静にさせることと、心のケアくらいだね」

 

 そう言ったヒソラは、折りたたみ式の椅子にどっぷりと腰を掛けた。

 

「疲れたか?」

「魔人と戦ってるシヅキくん達ほどでは無いよ。ただ普段の運動不足が祟ったかな? 数時間も歩くと疲れるものだね」

「……そうか」

「まぁボクのことはどうでもいいじゃないか。シヅキくんがここに居られる時間だって限られているでしょ? 今話すべきはもっと他のこと」

 

 そのように言ったヒソラは、彼にしては珍しく脚を組んでみせた。心なしか声のトーンも少し落ちたような気がする。

 

 ヒソラは自身の膝の上で組んだ手を見ながらこのようなことを言った。

 

「シヅキくん、一つ訊きたいんだけどさ。トウカちゃんが負傷した時のことをできる限り語って欲しいんだ」

「……」

「訊かれないと思ったかい?」

「……いや」

「触れられたくなさそうだね。そういう訳にもいかないけれど」

 

 どう言ったものかとシヅキは決めあぐねていた。リーフやサユキには誤魔化しようがいくらでもあると思うが、ヒソラは解読型ホロウである以前に医者だ。素人の適当な出任せなんて簡単に見抜かれてしまうだろう。

 

(それ以前に、こいつに嘘を吐くのもな)

 

 シヅキがこの世界に存在し始めてた時以来、ヒソラにはずっと世話になっていた。魔素の使い方が他のホロウよりも荒い分、シヅキは負傷が多かったのだ。負傷のことをソヨに見抜かれて、半ば強制的に医務室へと向かわされる……そんな流れが何回もあった。

 

 つまるところ、シヅキはヒソラに対して多少なりとも恩を感じていたのだ。だからこそ彼に嘘を吐く罪悪感は他のホロウに向けたものよりも大きかった。 ……無論、その本心をシヅキは認めようとはしなかったが。

 

「……分かった。話す」

 

 しばらくの思考の後、シヅキは全てを白状することにした。岩壁付近で何が起こったのか……それをヒソラへと端的に話した。

 

「――という訳だ」

「……ソウマがトウカちゃんを、ね」

「あのさヒソラ。このことは内密にしておいてくれねえか? 今は事を荒立てたくない」

「急に決まった調査団とかいうものに疑問があるから?」

「あ、あぁ……察しがいいな」

「マグレだよ。分かった、ボクは干渉しないでおく」

「助かる」

 

 シヅキは安堵の溜息を一つ漏らした。これで懸念していたことの一つはクリアしたことになる。むしろ頼りにできる協力者を獲得できたと言っていいかもしれない。

 

「そうだシヅキくん。ボクからもう一つだけ質問があるんだ。いいかな?」

「あぁ、なんだ?」

 

 シヅキがそのように返事をすると、ヒソラは少しだけ間を置いた後にこんなことを訊いてきたのだった。

 

「シヅキくんは、コクヨのことをどう思っている?」

 

 

 

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