灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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ノイズの流れ

 

 空気中の自然魔素のブレをノイズと呼ぶ。普段から恒常的にブレは発生しているわけだが、魔人やホロウのような存在が近くにいるとそのブレは大きくなるのだ。これを利用することで、ホロウは魔人の襲来に対応することができる。

 

 しかし、ノイズは大きくなればなるほどホロウの身体に悪影響を及ばす。皮膚がジリジリと逆立つ感覚に襲われ、場合によっては嘔吐や頭痛、呼吸困難にまで重大化をする。シヅキは“絶望”が出したノイズを思い出した。あの時はトウカが嘔吐をした。

 

 今回の調査団なるものの目的は、この巨大なノイズの除去にある。ノイズが逆巻いて出来上がった渦……通称“結界”はあらゆるホロウを通過させない程に肥大化してしまったのだ。人間の復活に奔走するホロウにはその問題を解決する必要があるのだと。

 

 ――と、オドを出発した翌日、ベースキャンプの広場にて傲慢野郎(ソウマ)は偉そうな態度で語ったのだった。それを聞くアサギの眼に怒気が籠もっていたことは言うまでもない。

 

 間もなくして調査団一行は結界がある“から風荒野”に向けて出発をした。ソウマが先頭の縦に長い隊列は、昨日に組んだものとそう変わりはない。シヅキたちは黙々と歩き続けた。

 

 まずは棺の滝の岩壁を越える必要があった。高さが20mはある岩壁をよじ登り超えることは、浄化型ならまだしも抽出型や解読型(ヒソラ)では不可能だ。

 

 どうするものだろうか? とシヅキは頭の片隅で考えていたわけだが、ソウマ曰く迂回できるルートがあるらしい。少しだけ起伏がある道を登っていくのだという。

 

 ベースキャンプである棺の滝から足を踏み出し、歩くこと数十分。次第に歩を進める地形が緩やかな坂道へと変化をした。

 

(これをずっと登っていった先に“結界”があるのだろうか?)

 

 トントン拍子で進むことに困惑をしながらも、シヅキは行く道の前方をその眼に捉えた。

 

 一見するとそれはただの坂道で、棺の滝から地続き的にゴツゴツとした岩肌が露出していることが強いての特徴だった。奥の方にはモヤのものがかかっており、掠れて見えづらくなっていた。今のところはノイズを感じることは無かった。

 

「う〜」

 

 本当にノイズの渦なんてあるのか? と疑いを持ち始めた頃に、そのように唸る声が聞こえてきた。反射的に振り返ると少し向こうの方に、頭に手を当てたリーフの姿があった。そのすぐ横には背中を擦るサユキが居る。

 

「抽出型は確か……ノイズの感知に敏感なんだったか」

 

 過去に魔人と対峙した時のことを思い出す。シヅキが魔人を感知するよりもトウカが存在を知らせることが多かった。

 

――そうだ。トウカは大丈夫だろうか?

 

 そう思い改めて前方の景色を眺めたが、モヤのせいでトウカの姿は思うように見えなかった。

 

 とはいっても、トウカの近くにはアサギが居る。ヒソラやコクヨだって周りにはいるのだからシヅキが気にかけることは杞憂に留まるだろう。

 

 大丈夫だ、と自分に言い聞かせたシヅキは自身の後頭部を乱暴に掴むと強引に首を回したのだった。

 

――ちょうどその時。

 

「っ……!」

「おー! 来たっすね! これがノイズの渦すか!?」

 

 妙に楽しそうな声色のエイガに舌打ちをしつつシヅキは視界を右手で半分に覆った。

 

(渦か、なるほどな)

 

 突然として身体全体が震える感覚に襲われた。皮膚がジリジリと逆立ち、心臓の鼓動が速くなる。やけに喉も乾いてならなかった。

 

 それだけならいつものノイズと変わりはないのだが、今回はというと明らかな“流れ”を感じたのだ。ノイズに波があると言えばいいだろうか? ちょうど身体の右側から左側へと身体の震えが伝播をしているのだ。今までにこんな感覚は味わったことがない。しかし確かに言えることは、今現在、不快のカタマリに襲われているということだ。

 

「……」

 

 シヅキは外套の真っ黒のフードをバサッと被ると、静かに歯を噛み締めた。ただ黙々と坂道を登っていく。

 

「もーちょっとすよ! みんな頑張るすよー!」

 

 エイガが周りのホロウにそのように呼びかける。「言われなくても分かってる」と心の中で呟いたシヅキ。彼を襲うノイズの渦は次第に強まっていった。吐き気と頭痛が一遍に押し寄せてきた。口の中には出発前に食べたレーションの臭いが広がる。

 

(少しマズイか……?)

 

 そんな危機感を覚え始めた頃に、改めて前方へと眼を向けた。その時にシヅキはある違和感に気がついたのだった。

 

「……モヤが……消えてやがる?」

 

 先ほどまで不明瞭だった景色がやけに晴れていたのだ。クリアな視界の先には先を歩いていたホロウたちの姿が見えたが、彼らの背中は近づくばかりだ。どうやら止まっているらしい。

 

(あそこが目的地か)

 

 自身の周りのホロウを気にかける余裕はなかった。ただ二重にも三重にもブレる視界が捉えたゴールを独り目指すだけだ。一歩、二歩と脚をだす。ベースキャンプを棺の滝へと張った意味を、この時シヅキは身にしめて理解したのだった。

 

 しばらく歩き、再び前方を見た。晴れたモヤの先には何体かのホロウの姿が確認できた。その内の一体であるアサギがその大きな手をこちらへと振っていた。よくもまぁ

このノイズの中であんなことが出来るな、とシヅキは素直に関心をする。

 

「あと…………少し…………!」

 

 掠れ掠れの声で吠えるようにシヅキは言った。この時になるとノイズのブレは最高潮に達し、まるで自分の身体が自分のものでは無くなる感覚に襲われた。千切れ、離れ離れになってゆく…………。

 

 ただ実際そんな事が起きる筈はない。自分は自分だ、とシヅキは言い聞かせ、手を振るアサギへと向けて一歩一歩近づいてゆく。そしてついにその手を取ったのだ。

 

「よく頑張ったな、シヅキ! 到着だ!」

「はァ……はァ……ああ」

 

 その場に倒れ込んだシヅキは、意識を朦朧とさせながらも大きな違和感に気がついた。

 

「ノイズのブレが……無くなってる?」

「あぁ、どうやら渦の中心部はノイズが無いらしい」

「んだよそれ……」

 

 乾いた笑いをこぼしたシヅキはよろよろとその場に立ち上がった。次第に正常へと戻ってゆく視界に安心感を覚えたのも束の間、シヅキはその眼を大きく見開いた。

 

「景色が……歪んでいる?」

 

 アサギのすぐ後ろに広がる景色が、まるですりガラス越しに前方を見た時のようにボヤけ歪んでいるのだ。少し先と今自分が立つ大地との間には、絶対的な隔たりが存在をしていた。

 

 ゴクリとシヅキは息を呑んだ。初めてソレを見たものだが、すぐにソレが何であるのかを理解した。

 

 静かな声で呟いた。

 

「これが……結界……」

 

 渦状のノイズの正体だ。

 

 

 

 

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