灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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優先度

 

「このまま立ち話を……という訳にもいかないよね?」

 

 ということでシヅキとトウカは、ソヨにある一室へと通された。そこは異様に物の少ない小部屋だった。部屋の中心には何組かの椅子、そして長机が備え付けられている。

 

「んだこの部屋? 知らねーんだけど」

「え……なんでシヅキが知らないの? 来たことあるはずだけど?」

 

 呆れ口調のソヨ。シヅキは首を傾げるだけだ。

 

「応接室だよ、ここ」

「おうせつ……あー、あるかもしれん」

「あるんだって。もう、何にも知ろうとしないんだから」

「うるせ」

「さぁ。トウカさんも座ってください」

「は、はい」

 

 軽く頭を下げ、トウカが椅子に腰掛けたところでソヨは本題とばかりにこう訊いた。

 

「シヅキさぁ、魔人の浄化したよね?」

 

 クセのある茶髪の間から覗くソヨの眼がシヅキを捉える。シヅキはそれをしばらく凝視した後、

 

「そうだな……したよ、浄化」

 

 細い眼を逸らしながら答えた。対してソヨはわざとらしく溜息を吐く。

 

「来るのが遅れたのはいいけど、そういうことはちゃんと現地で伝えないといけないんだよ? 分かってる?」

「……急に魔人が現れてよ。そっちの対処で手一杯だったんだ」

「はいはい、言い訳はいいから。まずは連絡……魔人と対処しながらでも出来るはずなんだから。分かってる? 規則なんだよ? ()()()()()()()()()()()

「あ、おい」

 

 突然立ち上がったシヅキにソヨは眼を丸くする。

 

「どうしたのよ、急に」

「いや、その……」

「優先度……」

 

 トウカが小さく呟いたのをシヅキは聞き逃さなかった。シヅキの頬を一滴の汗が流れていく。「優先度を履き違えるな」 ……そのセリフは寸刻前にトウカに言ったこととまるで同じだった。

 

「ば、罰があるなら後で受けるから……とりあえず連絡の件は次から気をつけるって。すまない」

「えーシヅキが素直に謝った。ビックリした〜」

 

 両手を広げ驚いたようなリアクションを取るソヨ。演技っぽいソレをシヅキは癪に感じたが、今回ばかりは不満を言えない。

 

「優先度ですか……」

「………………」

 

 トウカの呟きに、シヅキは酷く冷ややかな何かを感じた。 ……悪い。体裁が悪すぎる。彼は大きく咳き込んだ後、頭をフル回転させた。何か、ないか……。

 

「ま、魔人について……そうだ。ちょっと報告する情報がある。真面目なやつだ」

 

 無理に腕を組みそう言ったシヅキ。それは話題を逸らすための抗弁であり、同時に伝える必要がある事実でもあった。

 

「報告? どうしたの?」

 

 素直にソヨが食いついてくれたことに胸を撫で下ろし、シヅキは先刻の出来事を思い出しながら言った。

 

「いや、ちょっと特殊な個人(こたい)だったからよ」

「特殊……?」

「やけに知能が高かったんだよ。足に短剣を仕込んでいやがって、斬られたんだ。あと……恐らくだが死んだふりもしていた。奇襲されたんだよ」

「……なる、ほど」

 

 顎に手を当てて考え込む素振りをするソヨ。

 

「……トウカさん。中央区にはこれほどに知能の高い個人(こたい)はいましたか?」

「確かにだ。訊いときゃよかったな」

 

 2体から視線を寄せられるトウカ。しかし、彼女は(かぶり)を振った。

 

「いえ……中央区は人形(ひとがた)がほとんどいなくて。ごめんなさい、お役に立てず」

「いえいえ! トウカさんが気にする必要はないですから!」

「記録……なかったんだよな」

「そうだねー、ない。だからこのことは上に報告させてもらうからね」

「ああ頼む」

「ところでさ〜、シヅキ」

 

 急に立ち上がったソヨ。彼女はシヅキの返事を待たずに、彼の元へと机を回り込んでやって来た。

 

「な、なんだよ?」

「斬られんだね。足」

 

 満面の笑みでシヅキの足を指差すソヨ。

 

「……斬られたな」

「治療。医務室。早く」

「お、応急措置は受けた」

 

 シヅキがそう反論すると、後ろからトウカがひょっこりと顔を出した。

 

「あくまでも、減少した魔素を補填しただけですから。シヅキさん……戦闘中に自身の身体を強化(エンチャント)してましたよね? 悪影響がないか調べてもらうべきですよ」

「はい、医務室ゴー。決定ね?」

 

 苦虫を噛んだような表情をするシヅキ。反論の材料を探すが…………そんなものはなくて。

 

「だーっもう! 行きゃいいんだろ! 行きゃあな!」

「初めから素直に行きなさいよバカシヅキ」

「うっせえ……んじゃ、トウカのこと後は頼むぞ」

「言われなくても分かってるから〜」

「ああなら頼む……ったく」

 

 ブツクサと文句を言いながら部屋を出て行こうとするシヅキ。

 

「あ、あの!」

 

 彼がドアノブに手を掛けたところでトウカがそう呼びかけた。

 

「色々とありがとうございました。道中、すごく頼りになりました」

 

 ぺこりと頭を下げ、微笑むトウカ。シヅキはそれを見て、

 

「……ああ。また後でな」

 

 軽く手を上げて部屋を後にした。

 


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