灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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『空っぽ』の怯え

 

「…………ぁ」

 

 自身の発した声にて、シヅキの意識は覚醒した。

 

 (おもむろ)に身体を起こし、見渡した風景は実に狭苦しいものだった。すぐにそこが屋内であることは理解できた。

 

「……どこだよ、ここ」

 

 言葉を話して驚いたのが、自身の声の細さだ。水気を含んでいないガラガラの音は、部屋に響くことなく、あっけなく自身の膝上辺りに落下してしまった。それに誘われるようにシヅキの視線も下へと向く。 ……シーツ。

 

「ベッドの上か。あぁ……ヒソラんとこだ。ここは」

 

 そこまで思考が巡ったところでシヅキの中の記録(きおく)は鮮明になっていく。

 

(そうだ……俺、コクヨさんと()()()()をして……それでボロボロに負けて)

 

 目線の先にまで持ち上げた腕は僅かに震えていた。次にその震える手で自身の喉を押さえ込んだ。 ……声が細いのだってきっと、魔素を強引に吹かせた影響なのだろう。

 

「痛いな……痛え」

 

 魔素を吹かせた後はいつだってこうだ。痺れるような痛みが身体の末端をじんわりと、そして残酷に襲う。それはノイズの影響を受けた時と同じで、いつまで経っても慣れるものではなかった。力の代償と言えば聞こえはいいけれど、自損行為と何一つ変わりない。

 

 額を流れてゆく一滴の汗。それを強引に拭ったシヅキは、震える喉で言葉を吐いた。

 

「あぁそうだ。魔素の影響だ。だから、この胸の痛みだってきっと――」

「シヅキ!」

 

 自身の名を呼ぶ声が聞こえた。すぐに誰かが分かるくらいには聞き慣れた声だった。

 

 間も無くして仕切りの役割を担っていた分厚い布がまくられた。僅かに眩しい光がシヅキの眼に差し込む。彼の眼前に立っていたのは白銀の髪と琥珀色の瞳が印象的なホロウだった。

 

「はァ……はァ……シ、シヅキ!」

「……トウカ」

「だ、大丈夫!?」

 

 片手に持っていた錫杖(しゃくじょう)をバッと離したトウカがこちらへと駆けてきた。焦燥と不安にまみれたような彼女の表情。魔人刈りに赴く際に必ず身につけている真っ白の外套を見るに、つい先ほどベースキャンプに帰ってきたところらしい。

 

 トウカはベッドの傍にしゃがみ込むと、遠慮無しにシヅキの左手を包み込むように持ったのだった。

 

「お、おい」

「手が……震えてる。強引に身体強化(エンチャント)を、したんだね……」

「……必要なことだった」

「コクヨさんが、傍に居ながら?」

 

 しまった、とシヅキは思った。どうやらトウカは()()()()()()()を知らないらしい。 ……いや。魔素を吹かせた兆候を見抜かれた時点で、誤魔化すことなんて無理だったか?

 

 ……ああ。

 

「ハァ」

 

 シヅキは重苦しく溜息を吐いた。それは諦めの溜息だった。

 

「……コクヨさんと手合わせをしたんだ。そん時に魔素を吹かせた。それでだ」

「コクヨさん、と?」

「勘違いすんな。俺の判断で身体強化(しんたいきょうか)を行った」

「でも、手合わせを持ち掛けたのは、コクヨさん……だよね?」

「…………」

「そう、なんだね」

 

 ポツリと溢したその声と共に、トウカの手を握る力が強くなったのを感じた。 ……この手の震えは、魔素を吹かせた影響か? 強く手を握られた影響か? もはや分からない。

 

 

 ――ただ一つ。確実なことがあるとすれば、トウカは……

 

 

 心の中で呟く。

 

(俺のことを……俺なんかのことを心配してくれているんだな)

 

 それだけは嫌と言うほどに伝わってくるのだから、困る。シヅキは解読型ではないのだから、触れた者の心を読み取ることは出来ない。でも……確かにこの手は、トウカの気持ちを教えてくれている。

 

「…………」

 

 だからこそ、シヅキのことを思ってくれるからこそ。困惑をするのだ。

 

「あのさ、トウカ」

 

 考えるよりも前に口が出ていた。言葉の取捨選択を出来るほど、今のシヅキに余裕なんて無かった。

 

 どこまでも頼りげのない、枯れかけの声で彼は問う。

 

「お前は……トウカはさ…………ほんとに……本当によ。過去に、ホロウをこ――」

「シヅキ」

 

(ころ)したのか?」 そう吐き切る前に、シヅキの言葉はトウカによって遮られたのだった。

 

 顔を上げた先には、こちらを真っ直ぐに見つめる琥珀色の瞳があった。 ……彼女の呼びかけの意図はすぐに分かった。

 

「……すまん」

「ううん、いいの。 ……その質問の答えは正、だよ。私はちゃんと、悪者だから」

「……俺にはよ。トウカが酷く不器用なホロウにしか映らねえよ。口下手で、ドジで、優しいホロウだ。だからよ」

 

 シヅキはその手を握り込んだ。まるでそれは、彼の中の苦痛を外へと出すように。

 

 彼は唾を飲み込んだ後に、こう言った。

 

「だから、不思議なんだ。お前は俺のことを、“誰かのことを思えるホロウ”だと評価したよな? ……それは、お前だってそうなんだろう?」

「…………」

「なあトウカ。あん時の話の続きを、訊かせてくれねぇか? 取り返しのつかねえ犠牲を払ってでも……払うことに大きな苦痛を伴っていても! 何故お前は“自分”を貫くことが出来るんだ?」

 

 

『調査団のメンバーを選出したのは他でもないワタシだ。信念があるホロウを選んだのだよ。誰かを、ナニカを犠牲にしてでも叶えたいモノを有している……そんなホロウをな。だがシヅキ、お前だけは例外だ』

 

 

 コクヨはそのように語っていた。つまり、トウカは信念のあるホロウだ。ちゃんと“自分”を持っていて、叶えるモノがあるホロウ。眩しいホロウ。自身の存在に意味を見出しているホロウ。

 

 

  ――自身の存在に意味を見い出せない、空っぽのシヅキにとって、ソレは何よりも羨ましかったのだ。

 

 

「なぁ、頼む」

 

 存在して以来、ポッカリと穴を開き続けている、痛んで止まない胸を押さえつけシヅキはトウカへ(すが)った。今にも決壊してしまいそうな眼をトウカへと向けたのだ。

 

 対するトウカは、ぽかんと開いていたその口をゆっくりと閉じ、奥歯を強く噛み締め、再び口を開いたのだった。

 

「私は――」

「ああ。起きたのだなシヅキ」

 

 その時だった。そんな冷たく、空虚な声が響いた。響いて、あえなくトウカの声を掻き消したのだった。

 

「なんだ、トウカも一緒だったのか。お前は明日も早いだろう。さっさと寝床に就け」

 

 瞬間、シヅキの額を冷たい汗が伝った。頭の中が真っ白となり、呼吸が荒くなった。

 

 そしてただ一言。怯えたような声で目の前のホロウへと彼は言ったのだった。

 

「コク、ヨ……さん」

 

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