灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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希う者

 

 初めに感じたのは熱さ、遅れて痛み。しかし耐えられないものではなかった。むしろそれは、醒めさせた。

 

「――っ!!!」

 

 腕に走ったソレを物ともせず、左脚を軸とした回し蹴りを腹部辺りに叩き込んだ。それと同時に、エイガの身体は体勢を崩しながら背後へと飛んだのだ。

 

 派手に吹っ飛んだエイガはその身体を激しく痙攣させる。震えを隠すことなく、ふらつきながらその身体を起き上がらせた。

 

 口元を歪ませるようにして、彼は嗤う。

 

「シヅっちぃ……お前動けたんすね。ペテンの素質あるすよ? ぜーんぜん気づかなかった」

「…………」

 

 軽薄で、挑発めいたエイガの言葉。シヅキは何も返事をすることなく、ただその左手で闇空を撫でた。背後にはトウカの影が。

 

「シヅキ……」

「こいつを、片付ける。その後少し話をしよう」

 

 背後を振り返ることは無かった。ただ精神を落ち着け、指先に意識を流す。間もなくしていつもの大鎌が握られた。

 

「……俺は二体居るのか? 先ほどまでとは随分と心が変わった。そんな感覚に陥る」

「あ? 何言ってんすか? 全然分かんねーんすけど」

「すまない。思考を言語化したんだ。声に出してよく分かったが、めんどくせぇ邪推が頭ん中を走ってやがるんだ……これは、シヅキだ」 

 

 大鎌を振り上げる。闇空を穿つように。まるでそこに穴を開けるかのように。

 

 それを見たエイガの眉間に濃い皺が寄った。

 

「だっる。コア持ったんすかね……いや、まだ前兆だ」

 

 大きく溜息を吐いたエイガ。彼の短剣が指したのはシヅキ…………ではなく。

 

「……っ! シヅキ!」

 

 トウカが悲鳴混じりに叫んだ。鈍色の短剣が彼女めがけて飛んできたのだ。

 

 ジッッッ

 

 それを大鎌は確かに捉えた。遅れてやって来たシヅキの身体が、エイガからトウカへの射線を遮る。

 

 黒の外套がふわりと舞う。シヅキは背後のトウカへ向けて言葉を紡いだ。

 

「トウカは下がっていてくれ。俺が位置を認識できる範囲で、あとは遮蔽物の裏だ」

「大丈夫、そう……?」

「エイガに手出しはさせねえよ。 ……それに、今の俺なら()()()()()()()()()

「……そっか。じゃあ、また後で」

 

 どこか寂しげな口調で述べたトウカ。真後ろから藪をかき分ける音が聞こえてくる。それを確認したシヅキは一つ息を吐いた。真正面からはカラカラと嗤い声が聞こえてくる。

 

「シヅっちさ〜その女のこと庇うんすね。 ……知ってます? そいつ、中央区に居た頃はアークに属するホロウを何体も(ころ)した過去があんすよ。なんでも虚ノ黎明を探しているんだとか。いーんすかねぇ! そんなゴミを庇っちまって!」

「それならお前もゴミだろ。同じゴミなら、俺は眩しい方がいいよ」

 

 そう言い放ったシヅキの身体が宙を舞う。軽やかに身を動かし、エイガとの距離を詰めてゆく。

 

「クソがよッッッ!!!」

 

 エイガはシヅキへと応戦する。両手に握られた短剣の刃をシヅキの体躯へと向けた。

 

「――――ガァ!!!」

 

 間も無くして迫りきったどす黒い大鎌に、エイガは短剣の刃先を滑らせた。それらが鍔迫り合うことはない。エイガはその身を懸命に低く保ち、大鎌の軌道方向にその身体を転がしたのだ。

 

 地面を這うように移動したエイガは、肩で荒く呼吸をしつつ、よろよろと立ち上がる。

 

「ハァ……ハァ…………あぁ゛!!!」

「エイガ、お前は『ドゥ』と鳴く魔人に心当たりがあるだろう」

「あ? ……………なんの……コトすかねえ」

「一度剣に触れて分かったよ。差異はあるが、あの複製された魔人の源泉はお前だろう?」

「お前が知る必要は……っ! ねーんすよ!!!」

 

 次に仕掛けてきたのはエイガだった。シヅキの懐に飛び込まんと、その体勢を低く保ち二本の短剣を間髪入れず振るう。しかしシヅキはそれをいとも簡単に()なしてゆく。軌道も距離も、加えられる力も……シヅキは既にそれを知っていたのだから。

 

 刃が接触をする度に甲高い金属音が響く。その合間に聞こえてくるのは、すっかりと酸欠となったエイガの呼吸で、それは聞くに耐えないものだった。

 

「クソッ……クソが! なんで斬り裂けねエんすか!」

「もっと狡猾に、意地汚く、不意を突いてこいよ。俺に見透かされるな」

「お前がァ! その言葉を語るなァ!!!」

 

 見ると、エイガの身体の痙攣はより激しくなっていた。なぜ今だにそこに立てているのか不思議なほどに。

 

 すっかりと擦り切れた短剣を手に、エイガはやはり刃を振るう。振るう。振るう。それが数十回と続いた。

 

 しかしついに捉えることすら出来なくなってしまった。短剣は虚しく空を斬り、斬り続けた後にエイガは倒れ込んだ。

 

コヒュウ、コヒュウと弱々しい呼吸音が聞こえてくる。シヅキは大の字となったエイガの手を取ると、ギュッと握り込んだのだった。

 

「トウカは心を壊す魔法、と言っていたか。既にボロボロじゃねえか」

「っる……………せぇ……………………」

「いけしゃあしゃあとしていたのも全て演技か。お前はずっと俺たちのことを欺いていたのだものな」

「シヅっちだって……すっかりとベツモノじゃあねえすか……………」

「なぜ、だろうな。ただトウカが(ころ)されるって考えたらよ、誰かを傷つけたくないって気持ちが()えたんだ。 ……いや、()えた訳じゃねえか。俺にとってはトウカが(ころ)される方がずっと辛かっただけの話か」

 

 シヅキが困惑気味に答えると、エイガは頬を緩ませ笑った。

 

「……ああ、やっぱりオレと一緒っすわ」

「一緒だと?」

「オレの存在はオレん中にはねーんすよ。オレの価値も、意志も、未来も…………一体のホロウのために全て委ね尽くしてるんすわ」

「…………そうかよ」

 

 シヅキは(おもむろ)に右手を振り上げた。その手に握られた大鎌は、一つの躊躇いもなくエイガに向けられる。

 

(ころ)せるんすか? オレを消したら、お前は文句なしの同族消(ホロウごろ)しだ」

「ああ。今の俺なら()()()

「そうすか…………知ってっすかね? その原因はコアすよ」

「コア?」

「闇と絶望に満ちた世界で、ホロウが縋る唯一の希望」

「へぇ、そりゃあいいな」

 

 真っ黒の外套を深く被ったシヅキは大鎌を振り下ろした。その刃先がエイガの首筋寸前で止まる。

 

「最期に言い残すことは?」

「あ? んすかそれ……………………なら『お身体には気をつけて』と伝えてくだせえよ」

「ああ。承った」

 

 シヅキは静かに返事をした後に、静かに大鎌を振り切った。

 

 

 

 ――赤毛が揺れる。揺れる。そこに軽薄な表情はなかった。悲しみも、怒りもなかった。その表情は後悔でもなければ、諦めでもない。強いて言うのであれば…………(こいねが)う者の末路だった。

 

 

 

 魔素が舞う。暗闇の空を渡る。そこに終着点はあるのだろうか。その答えを誰も知らない。

 

「………………」

 

 シヅキはその光景を無言で眺めていた。しばらく眺めた後に、徐に手を持ち上げる。するりと大鎌が地面へと落ち、カランと乾いた音を立てた。

 

「肉と、骨と、魂を斬った。俺の意志がそう決めてやった。 …………ホロウを、(ころ)した」

 

 彼の頬を何滴もの雫が伝った。嗚咽が漏れて止まなかった。身体が震えて止まなかった。

 

「シヅキ、ありがとう。 ……辛いね」

 

 その縮こまった背中を、トウカは優しく包み込むのだった。

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