灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

92 / 135
取引

 

 あの日、あの時と重なりきっていた。見間違う筈がなかった。

 

「すまないなシヅキ。ワタシはまだ在らねばならぬのだ」

 

 そんなコクヨの声と共に、視界を覆い尽くさんと広がってゆく無数の枯れ枝。それらが狙いを定めたのは、シヅキが手に持つ大鎌であった。

 

 間も無くして腕を介し伝わってくる大きな振動。空を仰ぐと、もうそこに大鎌は無い。無作為に枝が散らかっているだけだった。 ……そう。あの時と同じで。

 

 シヅキは怒りとやるせなさに叫んだ。

 

「ばかやろう……!」

 

 

 ガシャァァァァァン!!!

 

 

 肌を震わせるけたたましい金属音。それと共に背中にドンと痛みと衝撃が走った。跳躍の慣性を失い、その場に落ちてしまったらしい。

 

「いってえ…………」

「シヅキ離れて!!!」

「――っ!?」

 

 トウカの声に呼応し、反射的に身を地面に転がす。その勢いと共に素早く立ち上がると、目の前には鎖の残骸が積み上がっていた。先程のけたたましい金属音とは、この鎖の崩壊を意味していたのだ。

 

 

 ――さらに言えば、それが意味するのはもう一つあって。

 

 

「随分と身体が痛んだ。精神の方にも影響が出ている。気を抜くと簡単に狂い得るか」

「コクヨ……君ってやつは」

「まさかここまで追い込まれるとは思っていなかった、ヒソラ。人間が人間のために作った魔法(モノ)を最大限に利用したか」

 

 疲弊した眼にて前方を睨んだシヅキ。彼の眼が映すのは鎖の縛りから解放されたコクヨの姿だった。その場に棒立ちとなっているように見て取れる彼女の胸元には、ぐったりとした様子のソウマが抱えられている。

 

 彼女はソウマへと一瞥をくれた後に、シヅキ達をその闇色の眼で見渡したのだった。さしずめそれは……獲物を刈り取る眼であった。

 

「さて、どうしたものか。ワタシは決めあぐねている。何が正解だろうか?」

「……なんの話だい?」

「聡明なお前ならもう分かっているだろう、ヒソラ。取引をしたいのだよ」

「と、取引…………」

 

 小さく呟いたトウカが喉をゴクリと飲み込むと、コクヨの視線が容易くトウカを捉えた。一方でシヅキはコクヨの視線を遮るようにして大鎌を構える。

 

「…………」

「そうか、お前は恵まれているな。 ……まあいい。今、話があるのはヒソラだ。ソウマの傷を治してくれやしないか?」

「ホロウの身体は放っておいても勝手に修復されるけど」

「何を言うか。このままでは長く()たぬだろう。お前の力が必要だ」

 

 淡々と言葉を連ねるコクヨであったが、その一方でソウマはピクリとも動きやしない。自らを支える力すらないのか、コクヨの腕からはみ出したソウマの顎は、すっかりと真上を向いていた。

 

「ソウマを失うことはお前にとっても耐え難い筈だ。お前の“コア”とはホロウの存在を繋ぐ、ことだろう? 裏を返せば、救えるホロウを失うは(おの)が存在価値に傷をつけることだ」

「……バカを言いなよ。鎖から解放された君がボクたちに手を出していないのは、ソウマの存在があるからでしょ」

 

 ヒソラが皮肉混じりにそのように返すと、コクヨは「ヒヒッ」と甲高く笑ってみせた。 ……この状況でだ。狂っているとしか言いようがない。

 

 頬を伝う汗を拭ったシヅキは、体内で張り詰めた空気を吐き出した。

 

(落ち着け、落ち着け…………俺はコクヨに勝てない。トウカを守れない。今もまだ無事で居るのはソウマの()()()がかかっているからだ)

 

 

 ――なら俺に今できることはなんだ?

 

 

 大鎌を持つ手に力を注ぐ。自身を流れる魔素がジンジンと疼いていることを自覚した。 ……不意を突く。()ぎった思考。コクヨの意識がヒソラに持ってかれている今なら、視線が外れた時に…………いや。

 

 どれだけ有利な立場であったとしても、コクヨに刃を届かせられる気がしなかった。きっと、本能の奥底に擦り込まれているのだ。“絶望”と対峙した時の経験と、手合わせをした時の経験……その2つがシヅキに絶対的な畏怖感情を植え付けている。

 

 頭の無いシヅキには、鎌を振るうことしか出来ない。ならば、それすら封じられたシヅキに出来ることは?

 

 …………。

 

(何も、無い)

 

エイガと対峙したときに、エイガを(ころ)せたときに、トウカを守れたときに、多少自分は変われたと思えた。しかし、どうやら杞憂だったらしい。

 

 

「……あ、あの一ついいですか?」

 

 

 ――膠着状態だった現状を動かしたのは、突如として背後から聞こえてきたトウカの声だった。震えを帯びた声だ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。