灰色世界と空っぽの僕ら   作:榛葉 涼

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俺の全てだ

 

「シヅキ」

 

 抑揚の無い声にて、その名が呼ばれた。ソレを皮切りにした訳では無かったが、

 

「――っ!」

 

 地面を精一杯に踏みしめた。

 

 

 ギィィィィィンンンッ!!!

 

 

 けたたましく響く超高音。肉薄する距離で刀を振るい上げているコクヨの表情が目に映った。

 

 ぎょっとしている。あのコクヨが眼をひん剥いている。意表をつけたことに間違いなかった。別にそういう意図があったわけではなかったけれど、これはこれでいい。

 

 自らの腕に加える力を弱めると、彼女の押し返す力がこちらに勝り、刀の振り切り方向へ身体が吹っ飛んだ。ズザザザと靴が地を擦る。

 

 身体に籠もった熱を排出するように、息を吐き出した。頭が冷却され、1つの確信が過ぎる。

 

(今の俺なら、コクヨさんを(ころ)せる)

 

知恵の種(インデックス)……!」

 

 抑揚の無いくせに叫んでいる、そんな矛盾を孕んだ音が響いた。目の前に在るのは、遠慮なしに刃先を差し向けるコクヨ。つい先ほど眼をひん剥いていたのは、幻覚なんてオチではなく、現実だったと知る。

 

 ピクピクと目尻をひりつかせたコクヨが再び叫ぶようにして言う。

 

「適応が速すぎやしないか。想定外だ」

「適応……? あァ、コレですか」

 

 首を動かすことなく、自身の目線だけ下げきったシヅキ。そこにあったのは……いや、彼の右手とは、とてもじゃないが正常と言えるものでは無かった。

 

 コクヨの眼と同じ位にどす黒さに染まった“腕”。そこには指が存在しなかった。手先とは、鋭く尖っており、振るってしまったならば、もうソレは凶器と相違のない。まるでシヅキの腕には大きな剣が寄生しているかのようで。“魔人の手”なんて言えば、うまく言語化出来ているだろうか? 

 

 シヅキというホロウは、そんなものを手に入れてしまったのだ。無論、望みではなかった。それに取り返し用の無い大きな痛みを伴った。罪を犯した。 ……しかし、選択に後悔は無い。

 

 シヅキはどこか気まずそうに苦笑いを浮かべる。

 

「醜いですよね、これ」

 

 肩を落としたシヅキの右腕が、鈍い音ともに泥を跳ね上げた。 ……コクヨの眼がその跳ね上げを確かに捉える。喉が膨らみ、唾が通過した。

 

 彼女が慎重に言葉を発する。

 

知恵の種(インデックス)は、ホロウの在り方そのものだ。自らの救いを叶えるべく、ソレ以外の全てを切り捨てる。 ……シヅキ。お前は種を発芽させる為に、一体何を捨て置――」

 

 言葉を話し終える前に、ヒュンと空気を裂くかのような音が鳴り響いた。反射的にコクヨがその身を翻す。その寸のところを群青が駆けていった。ソレを見届けることはなく、コクヨはただ眉間をひくつかせた。

 

「まだ、話の途中だが」

「すんません。俺、あんたを(ころ)しに来たんです」

 

 虚に光を失ったシヅキの眼。その声に抑揚は無く、実に淡々とドライなものだった。

 

「……お前」

 

 コクヨは彼に自身を重ね合わせる。否、重ね合わせてしまえた。目の前に在るシヅキとは、先刻までの“シヅキ”ではない。似たような経験を随分と前にしたことがあった。50年前の中央区。種を食べ、人間の記憶を垣間見て、コクヨはその日に“世界平和”を決意した。

 

 

 ――コクヨは確信をする。シヅキは光無き世界へと“救い”を見出したのだと。存在の証明理由を、コアを見つけた。

 

 

「…………(ころ)し合う前に、最後に一つだけ答えろ」

 

 自身の眼帯に手をかけたコクヨ。華奢な指でソレを握り締め、ゆっくりと外してみせた。中から覗いた琥珀色に透き通った眼が、シヅキのことを確かに捉える。

 

「お前にとって、“トウカ”とはなんだ」

 

 シヅキは間髪入れることなく、即答をした。

 

 

「俺の全てだ」

 

 

「クヒッ!!!」

 

 醜くコクヨが鳴いた。その腕が変形する。間もなくして無数の枯れ枝が生え散らかした。その影響は彼女自身の身体に収まることを知らず、辺り一面へも影響を与える。

 

「ミィ」

 

 耳障りな雑音を、真っ黒の花が発した。

 

「ホロウの幸せの為に、ワタシはお前たちを排除する! 世界に光などを取り戻してたまるものか! 生命の片鱗を世界に戻してなるものかっ!」

 

 コクヨの声に呼応して、僅かに地面が揺れた。咄嗟にシヅキは大きくバックステップをする。次の瞬間、極太の蔦が地面を抉り立ち昇っていった。

 

 視界前方、十数という規模の蔦が(うね)り生えている。その中心にコクヨの姿を見つけた。刀を携える手が震えている。怒りに身を任せ震えているのだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 シヅキはそんな彼女に向けて左手を差し向けた。その手には大きな得物が握られている。青を青で塗りたくった、深い深い群青の弓。矢を携え、器用に片手一本で弓を引いた。

 

 喉の奥からの排熱と同時に、一音一音を大切に、発音する。

 

「技を借りるぞ、サユキ」

 

 バビュンと音を立て、群青色の細い矢が、コクヨへ向けて飛んでゆく。

 

 

 ――このようにして、たった2体のホロウは、事変に似た戦いの火蓋を落としたのだった。

 

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