迷子のマリア   作:naow

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環境が変わりそうになる時には、考えを整理することも大事です。


幕間・日々是鍛錬

 大森林の踏破も進み、私達はアーマイク王国の領土内に大きく踏み込んだ。

 関所などを通った訳でも無く、世が世なら思い切り不法入国な訳だが、もはや今更である。

 

 その辺りの管理が緩い時代・世界で良かった。

 

 エマやアリス、カーラが森の獲物を仕留めて来るので、肉類の備蓄はむしろ増加している。

 アリスは解体作業も出来るので、可食部位の確保が効率的になったのも大きい。

 

 元とは言え冒険者、便利な存在である。

 

 そんな私達は春の命溢れる森の中、夜になったので「魔法住居(ハウス)」に引き籠もる。

 ……今まで使っていた物なのだが、正式名称が判明したのは良いものの、あまり人前で「霊廟」なんて呼びたくない。

 実際のところ使用に問題は無いのだが、気分的な抵抗はどうしようもないのだ。

 

 私の霊廟とか言うと、色々と誤解を招きそうでもあるし。

 

 私の愉快な仲間たちも、それぞれ「宮殿(パレス)」だの「人形工房(ラボ)」だの「おうち」だの、めいめい好き勝手に呼んでいる。

「霊廟」と呼ばれるよりは良いと、私も訂正しない。

 

 そんな「魔法住居(ハウス)」内での夕食の時間も終わり片付けも終え、皆が好き勝手に部屋なり食堂なりで過ごす時間に、私は修練室へと足を向けていた。

 魔力操作の訓練の為である。

 

 

 

 静かな空間で体内魔力を感じつつ、それを循環させる訓練を、黙々と行う。

 得体の知れないモノと言う感想は変わらずだが、扱えるようになってしまえばどうと言うことはない。

 意識して循環させるのは「魔力」と言う物をはっきりと自覚し、かつ、内在量を把握する意味合いが強いのだが、いざという場面で意識せずに扱う為には、やはり普段の訓練を欠かせない。

 

 忘れがちだが、私は思いの外ポンコツ気質なのだ。

 

 修練室の片隅で椅子に腰掛け、静かに魔力操作を行いながら、大森林の賢者様との鍛錬の合間に交わした会話を静かに思い起こしていた。

 

 

 

「召喚されたのでは、無いのですか?」

 魔力操作をミスった罰で打ち込まれた魔法弾(バレット)で床に大の字に転がりながら、私は情けのない声を投げる。

 そもそも魔力操作を誤ったのは、その前の私の質問に対する、賢者様の回答が原因なのだが。

「そうだよ? 僕は、被召喚者では無いんだ。詳しくは言えないけど」

 にこにこ顔にどこか申し訳の無さそうな影を差して、賢者様は言う。

「でも、多分ある程度予想は付いてるだろうけど、この世界の生まれでもない。ややこしいね」

 私は呼吸を整えると、身体(からだ)を起こす。

「出自は訊かなくとも結構です。ある程度ですが、見当は付きますからね。気になるのは、称号の方です。『世界を渡るもの』はまだしも、なぜその読みが『キャラクター』なんてコトになっているのです?」

 賢者様は、私が完全に起き上がり、静かに呼吸を整えても、答えを寄越すのを渋っている様子だった。

 きっとはぐらかされるだろう、そう思い、諦めて魔力操作の方へと意識を向けた所で、賢者様が息を吐いた。

 私は片目だけ開けて、賢者様を見る。

 

「……出身を訊かれた方が、まだマシだねえ。君になら、日本じゃないよって言っておけば、それで済んじゃうし」

 

 案外素直に出身地をバラすのか、と驚いたが、良く考えなくても世界は広い。

 何も言ってないに等しいくらいに広い。

 しかし賢者様の言い分だと、それ以上詳しくは教えてくれなさそうだ。

 さり気なく私が元日本人だと知っているとも告げてきたに等しいが、此方には特に驚きは無い。

 

 だって賢者だし。

 

「……随分と、海外の方のイメージと違いますね」

 改めて見れば線の細い、眼鏡のとても良く似合う細面の優男だ。

 異世界モノ特有な見たこともないような髪色でも無く、彼の明るいブラウンの髪はむしろ見慣れ過ぎていた。

 見た目で判断出来ないと思いこんでいた部分も有るが、それにしてもなんと言うか、勝手に日本人だと思いこんでいた。

「君達は海外にどんなイメージを持っているんだか」

 困ったように頬を掻いて、呆れたように言う。

 まあ確かに、環境にある程度左右されるとは言え、個人の性格は生まれた国では判断出来まい。

 

 反省はするが、じゃあ勝手に抱えていた様々な海外のイメージを払拭出来るかと言えば、それはまた別の話だ。

 

「まあ、良いか。核心に触れない程度に、君の質問にもう少し踏み込んで答えようかな。……ほら、集中力がお留守だよ」

 

 思い掛けない言葉に集中を乱されたところに、容赦なく魔法弾(バレット)が叩きつけられる。

 私の修行が足りないのか、師匠の性格が悪いのか、この場合はどちらだろう。

 

 私はその後何度か倒れ立ち上がりを繰り返し、少しだけ苛立ちを募らせながら、楽しい修行タイムは過ぎていく。

 

 

 

「世界を渡るもの」については完全に濁されたが、その他気になる事を、取り留めもなく投げつけた。

 聖教国とは関わりが有るのか? と問えば、一方的に敵認定されているのだと言う。

「なんだか協力してくれとか言われて断ったら、何人か刺客が来たねえ。みんな消しちゃったけどね。お陰で、僕は彼の国にとっては大敵、なんだか魔王のひとりって扱いだね」

 大森林の賢者様は、あの国では「深緑の魔王」と呼ばれているのだそうで。

 魔王が本当に居たのも驚いたが、あの国全部が束になっても敵わないのではないだろうか、この魔王には。

 フシキと名乗っているが、その響きは日本人的に聞こえるのだが、とボヤキ気味に呟けば。

「ああ、日本語の響きってなんだかオリエンタルで良いでしょ?」

 おちゃめな賢者様だが、そりゃあ現代的な意味合いでは、日本はオリエンタルで間違いなかろう。

 ……無い筈だ。

「確か、漢字では不可能の不と、意識の識で『不識』って書くのかな。意識出来ない、認識出来ないとか、そういう意味だったと思うよ」

 どこか楽しそうな賢者様だが、その認識は有っているのか。

 その字面では「意識不明」の方に意味が吸い寄せられそうだが、それは言わずに留めておいた。

 

 まあ、重要なのは、偽名であると言うことであろう。

 

 魔王というのは複数いるものかと問えば、賢者様は笑う。

「この大陸で言えば、教国の敵で強いのは『魔王』扱いみたいだねえ。海を超えれば魔人族って呼ばれてる人達の国の王が、魔王って事になるね。魔人とは言っても、普通なんだけどね」

 海の向こうはともかく、この大陸内にも他に「魔王」が存在するらしい。

 それが賢者様とどっこいのレベルだったなら、聖教国はどう足掻いても勝てないと思うのだが。

 

 気を取り直して年齢を聞けば、内緒とはぐらかされた。

 ただ、古いことを知っているのは単純に、地脈だか霊脈の記憶を読んだからなのだと言う。

「地脈は生命の記憶を湛えると言っていましたが、生命とひとくちで言っても幅が広いでしょう。そんな膨大な情報の中から、人類の記憶だけを読み取れるものなんですか?」

 今一つ信用できない私が意地の悪い質問を投げると、平然と答えを投げ返してきた。

「君は虫や動物の思考を言語化して認識出来る? 鳴き声に何らかの意味を感じ取れても、正確に何を言いたいか理解できないでしょ?」

 正論風だが、どうにも小賢しい物を感じてしまう。

「ヒトに近い僕だから、人類の意識、それに近い存在の言葉しか判らないよ。だから、逆に簡単だよ。聞こえる『声』に耳を傾ければ良いのさ」

 

 理解(わか)るような、理解(わか)らないような事を言われて混乱し、また魔法弾(バレット)に強かに打ち据えられる。

 

「霊脈、地脈については、君に運があれば、アルバレインで実感出来るかもね。僕は怖くて、他人をアレに触れさせるなんて出来ないけど」

 

 挫けそうな心で床に転がる私に、賢者様のしみじみとした言葉が滲みる。

 予言めいたことを言うのは辞めて欲しいし、それもなんだか不穏な方に分類されてそうだし。

 

 聞きたいことはまだ幾つも有るが、時間は有るのだと、私は溜息を漏らした。

 この屋敷は、天井が高い。

 

「……この世界から、地球に帰れたヒトは居るんですか?」

 

 特に意味も無い、興味があった訳でもない事が、口の端から零れ落ちる。

 

「居なくはないよ。ただ、肉体を持って戻れたヒトは居ないね。意識だけが戻った所で……動ける身体が無ければすぐに呑まれちゃうだろうに、ね」

 

 私は別に帰りたいとも思っていない。

 ただ、私は賢者様の、その語り口が寂しそうなのが、妙に気になった。

 

 賢者様との鍛錬と質疑応答は、幾つかタブーを掠めながら、その後も数日続いた。

 お陰で、こんなにも雑念だらけだというのに、魔力操作に滞りはない。

 

 結局滞在していた3ヶ月強の鍛錬によって魔力炉への適応が高まった私は、レベルを718へと大幅に上げた。

 外部骨格(フレーム)の矯正と強化、魔力炉の新製によって強化されたカーラもさり気なくレベルを322まで引き上げている。

 

 一方でアリスはレベルを721にまで引き上げ、私を追い抜いた。

 そしてエマは、相変わらず強者として君臨している。

 

 賢者様との思い出から抜け出した私は目を開ける。

 大森林を抜けてしまえば、目的地のアルバレインはもう目と鼻の先だ。

 思ったよりもまっすぐに来てしまったが、だからといって今更進路を変更するのも面倒だ。

 賢者様が「僕ほどのレベルの存在は、近くには居ない」と断言していた以上、目的地に居ると思われる双子の魔女も、そこまで強くは無い、という事なのだろう。

 

 思い返せばひたすら魔法弾(バレット)で叩きのめされていた記憶ばかりだが、順当にレベルも上がった事だし、無駄ではなかった。

 多少の化物と呼ばれる存在になら、私たちでも対抗出来るであろう。

 

 どこか纏わり付く不安を振り払い、鍛錬の締めに的へ向けて右手を突き出し、炎熱を束ねて放射する。

 

 頑丈な鍛錬場では威力のほどは測り兼ねたが、私の右腕は肉が焦げも溶けもせず、衣服も無事だった。

 魔法というのは、こうでなくてはいけない。

 

 確かな満足を胸に、私は修練室を後にするのだった。




考えを整理とか言う以前に、ただの愚痴と自己満足でした。
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