迷子のマリア   作:naow

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冒険者に絡まれるのは、お約束のようです。


10 憩いの酒場

「おう、姉ちゃんよ。アンタ1人かい?」

 乱雑に整えた短髪と分厚い巨躯を少し屈めて、酔っていると思しき冒険者が野卑な視線を隠しもしないで私に顔を向けている。

 

 お前のその目はガラス玉か何かか。

 

 どう見ても2人連れだろう、確かに少女は背も低いし、縮こまっているが見えない訳はないだろう。

「目が悪いのか、数え方を知らないのか、単純に馬鹿なのか、どれです? 本当に私が1人に見えているとしたら、冒険者としてやっていくのも危険でしょう、引退なさったほうが身のためですよ?」

 とは言え私は優しいので、丁寧に、言葉を選ばず、今後の身の振り方を考えるように諭してやる。

 これほど親身になって貰った事などついぞ無かったのであろう、男は顔を真赤にしてプルプルと震えている。

 

 感動しているのなら、大人しくテーブルに戻って今後の人生について考える事をお勧めする。

 

「おいおい姉ちゃんよ、アンタ……誰に大口叩いてるのかわかってるのか?」

 顔は真っ赤ながら、努めて冷静に、まずは恫喝から入ろうとする短髪男。

 私はじっと相手の顔を眺める。

 

 先代の言葉が、うっすらと脳裏に蘇る。

 

 ――相手の実力も知らずに、闇雲に挑むのは無謀というものです。

 

 敵を知り、己を知れば何とやら。

 

 自分の実力を知ることも、相手がどういう存在なのかを理解することもとても大切な事だと。

 

 話として理解は出来るが、しかしそれは生半な事ではない。

 相手の実力にしろ、自分の身の丈にしろ、正確に把握するのは中々に努力を要する。

 ――と言うのは、私が元いた世界での話だ。

 

 ああ、もう既に懐かしい景色は遠く、記憶には霞が掛かっている。

 どうでも良いことは、かなり鮮明に覚えているが。

 

 私のどうでも良い郷愁は兎も角として、この世界は魔法と言うものが確立されている世界だ。

 技術体系も整い、研究もされている。

 

 探査・調査系の魔法も、私が考えていた以上に多岐に渡り、発達している。

 自分の実力も、相手の力量も、客観的な数値として「鑑定」することが可能なのだ。

 

 ……私は本式の魔法士(メイジ)でも魔導師(ウィザード)でも無いし、魔法協会(ソサエティ)に所属もしていないので、詳しい理屈など知りもしないが。

 

 考えてみると、こうして魔法も使いこなし、肉弾戦も対応可能で、自律し行動できる人形。

 先代は、やはり優秀な存在だったのだなあ、と、しみじみ思う。

 

 妙な所で胡散臭さが見え隠れしては居たが。

 

 中身が「私」に代わり、マスターとやらが「最高の失敗作」と評した通りの有様に成り下がってしまったのは、素直に申し訳なく思う。

 

「何とか言ったらどうだ? お姉ちゃんよ?」

 怒りを不機嫌さで包んで押し出されたその声に、私は遊ばせていた思考を戻した。

 冷静を装っている心算(つもり)か余裕ぶっていたいのか、声を荒げる事はしていないが、その頬は引き攣っている。

「何とか言え、ですか。では」

 私は立ち上がり、身体(からだ)ごと、絡んできた冒険者へと向き直る。

 折角発言の機会を下さったのだ。

 背筋を伸ばして立ち、両手は下ろしたまま、軽く合わせて前へ。

 

 メイドとしての自覚など皆無だしそんな教育は受けていないが、メイド服を纏っているのだからと、形だけ真似してみる。

 

「自分の実力も把握出来ていない馬鹿が、酒臭い息で絡んで来ないで下さいませ。鬱陶しいことこの上御座いません」

 まずは軽く、何か言えというリクエストに答えて感想を述べる。

「その上でお答え致します。見ての通り、私共は2人連れで御座います。そんな見て理解(わか)る事を尋ねてくるような大馬鹿野郎に、遠慮する必要も(へりくだ)る理由も御座いません」

 そして更に丁寧に、思ったことのほぼ全てをハッキリと発音してやる。

 ただでさえ赤かった冒険者の顔が、燃え上がるように紅潮していく。

「雑魚は雑魚らしく、隅っこで縮こまって震えていて下さいませ。視界に入れるのも鬱陶しいので、速やかに消えるか死んで頂けますよう、謹んでお願い申し上げます」

 柔らかな口調に、オブラートどころか棘剥き出しの言葉を載せて、それでいて丁重に結びの言葉まで添えて、相手の顔面に投げつけてやる。

 

 LV(レベル)32、職業は戦士。

 年齢27、犯罪歴は有り、かつ隠蔽魔法使用済。

 

 別口の魔法で調べると、冒険者ランクは表示上はB、実際のところは推定でもCにどうにか届く程度らしい。

 

 ランク詐称っぽい部分はまあ目を瞑るとしても、だ。

 冒険者だったら盗賊相手の対人戦も当然有り得る。

 そういった戦闘での結果は、犯罪にはならない筈だ。

 私は冒険者ではないので隠蔽したが。

 つまり、冒険者なのに、と言うか冒険者だから、なのか、いずれにせよ隠したい犯罪行為を行った過去がある、と言うことだ。

 

 小悪党顔でやることも小賢しいとか、目の前の茹でダコを好意的に見る理由がどんどん無くなっていく。

 

「言わせておけばこの野郎……!」

 此処まで好き放題言われて、漸く彼の言語野が怒りに反応してくれたらしい。

 随分とのんびりとした感性をお持ちのようで、羨ましい限りである。

 とは言え拳でも振り上げる、程度の事は予想していたが、なんとまあ、怒りに任せていきなりの抜剣であるか。

 片手上段で剣を振り上げたまま、彼はおもむろに動きを止める。

 

「素直に謝れば、命だけは助けてやるぜ?」

 

 言動、全て合わせて安っぽい、薄っぺらい冒険者男。

 武器を構えていることで、余裕でも生まれたのだろうか?

 相変わらずの茹でダコ顔にヒクついた笑みを貼り付けて、何故か優位に立っている心算(つもり)のようだ。

 

 私は、私のレベルと相手のレベルとの間に横たわる差を改めて確認し、馬鹿馬鹿しさに溜息を()くのだった。




相手を立てる心算(つもり)も、言葉を選ぶ優しさも持ち合わせては居ないようです。
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