屋敷、とは聞いていた。
当然普通に地面に建っている普通の建築物なので、面積相当の収容力しか持たない。
とは言え、その敷地面積がなかなかの規模だ。
私の「霊廟」には当然及ばないものの、あの賢者様の屋敷には匹敵しそうな勢いだ。
あのお屋敷も、見た目では測れない何かはありそうだったが。
「あ、おはよ。そろそろ朝ご飯だから、食堂に行ったほうが良いよ?」
宛てがわれた部屋を出て、さてどうしたものかと思案している私に、気軽な声が掛かる。
振り返れば、昨日の酒場で出会った冒険少女が、特に警戒感を持っている風でもなく、私に顔を向けている。
「おはようございます。私達も、朝食を頂けるのですか?」
正体を知られていないのだし当然だろう。
私は静かにそんな事を考えながら口を開き、そして――それに気が付いた。
廊下の奥。
そこに半裸で正座する黒く長い髪の少女。
そして、その少女にお説教する、やはり黒髪だが肩口で切り揃えた、メイド服の少女。
昨日私に一瞬だけ見せた底知れ無さを微塵も顕さない、半分寝ぼけて説教サれる半裸美少女。
私はどんな感想を抱けば良いのか。
「あーあー、イリス、またやってる。好い加減、部屋を出る前にちゃんと着替える習慣を身に付ければ良いのに」
冒険少女の口振りからして、あの光景は日常的なことらしい。
「イリスのアレと酒癖は治らない。アレじゃあお嫁さんに行くのは無理」
なんとも形容の難しい、しかし一言で言えば残念な私の胸中に、すうっと、平坦な声が染み込む。
「おはようございます。……あれはもしかして、毎朝の……?」
確認する意味も理由も無いのだが、私の口からは疑問が半端に言葉となって転がり落ちる。
私と冒険少女を見かけて声を掛けてきた魔法少女は、こくりと頷いた。
「たまに、リリスもやる」
その唇から零れ落ちたその名に、私はなんとも言えない気分で口を噤む。
昨日初めて目にした時は、気の強そうな、イリスと良く似た見目姿だったリリスという少女。
その姿は鮮明に思い出せるが、あの娘がアレと似たような事をする姿は、いまいち想像出来ない。
「残念マスターはヘレネちゃんに任せて、ご飯食べに行こう。どうせあの子は朝からお風呂に行くだろうから」
魔法少女は改めて向き直り、私を見上げるようにして言う。
私は説教されている廊下の奥の姿へと少しだけ視線を走らせてから、目の前の少女へと頷きを返すのだった。
広い食堂に通されて席に付くと、遅れてエマとアリス、そしてカーラが食堂に顔を出す。
昨夜は取り急ぎという事で、1部屋に2人づつ案内され、私はカーラと同室だった。
目を覚ました時、カーラはとても良く寝ていたので、当然のように放置して来た訳だが。
案内してくれた説教少女が起こしてくれたのだろう。
それでもどこか眠そうなのは、演技だと思って良いのだろうか。
人形のクセに、私よりも遥かに睡眠好きな、困った存在である。
昨日顔を会わせた者、初めて見る顔、それぞれが簡単に挨拶や言葉を交わし、私達は案内された席へ、他は思い思いにテーブルに付き、長身の男と説教少女を中心に、数人の少年少女が配膳を手伝っている。
私たちを除けば11名、これにあの双子とお嬢様を加えた14名が、この屋敷に住む全てなのだろうか。
そのレベルは下は18から、上は62まで。
勿論私たちにとって脅威になりうる実力者は居ないが、カーラとなにやら意気投合していた錬金術師がその18レベルだ。
戦闘職では無さそうな彼女でさえ、そこらの駆け出し冒険者など相手にもならないレベルに達している。
最高レベルは、イリスに説教をしていた黒髪メイド少女だ。
レベルが62ともなれば冒険者としてはかなりのモノなのだが、何故彼女は此処で、メイド服を着込んでいるのか。
世界というものは、時に理解が難しい。
エマが楽しそうにキョロキョロ見回している様子に危機感を刺激されつつ観察を続けるが、この集団は人間としては強い者が混ざっている、それしか判らない。
私が、私たちが此処へ導かれたその意味は、まだ見えてこなかった。
この屋敷の姉妹、そしてその友人と思しきお嬢様が遅れて食堂に現れた頃には配膳も終わり、全員が食卓に付いていた。
朝食の内容を思い出し、幸福な時間を懐かしむ私は、双子の狐面とお嬢様を前に、出されたお茶を静かに味わっていた。
きっちりと軍服に身を包む双子の姿に今朝の正座していた姿がダブり、失笑しそうになる表情を抑える。
寝起きがだらしなくとも、酒癖が悪く脱ぎ癖が有ると聞かされていても、眼の前に居るのは正真正銘の化け物の可能性が高いのだ。
「朝から
説教されていた緑の狐面が、ぞんざいに口を開く。
見た目とのギャップが激しいが、そろそろ慣れてきた。
「この部屋は一応、私達の執務室と言う事になってるわ。普段はあんまり使わないけど、重要な会話が漏れないような工夫はしてる。だから、あんまり警戒しなくて良いわよ?」
赤い狐面が、此方はその見た目通りのたおやかな動作で、柔らかな唇を開く。
勝ち気な物言いが目立つが、その振る舞いは見た目相応だ。
姉妹にも、きちんと指導すれば良いのに。
私はその言葉を受けて、素直に周囲に視線を巡らせる。
見た目では判らないが、その壁に刻まれているのは不可視の魔法陣が複数。
音漏れ防止どころか、防御結界もあるし、私では良く判らないものも多数ある。
カーラなら、何か判るだろうか? 後で聞いてみよう。
「良く判んないけど、この部屋、ヤバくないか?」
魔法のに対する造詣が深くないアリスが、素直な感想を小声で――私達だけにしか聴こえない範囲の小声で零す。
詳しくないなりに、肌で何かを感じ取ったのだろうか。
「ヤバいもヤバくないも、目の前に居るのはそういう存在です。機嫌を損ねるような真似だけは、謹んで下さいね?」
私もまた、小声で返す。
念話とか言う便利なものでは無いが、私たちのこの会話は人間の耳にはまず聴こえない。
読唇しようにも、唇もほぼ動かないので、何かを呟いていると見抜いた所で、その内容までは知られることは無い。
「理解してくれているなら、話が早くて助かるわ。この街はとかくトラブルが舞い込みがちだから、厄介事は叩き潰す事にしてるの」
無い筈なのに、
息を飲む音は、アリスのものか、それとも私か。
「厄介事にならないでくれるのを、期待してるわよ?」
気圧される。
エマでさえ、その顔の笑みを消している。
そんな私たちを前に、紅い狐面は右手を軽く上げると、その指を鳴らした。
瞬間、強制的に起動される私たちの「鑑定」魔法。
この部屋に施された魔法陣の効果か、それとも彼女がやったことなのか。
そして、私たちは
眼の前の3名、それぞれが抱える、私たちを圧して余り有る、そのレベル、ステータスを。
そのために私たちの鑑定を強制起動したのだと気づくには、少しだけ時間が掛かった。
怪物的存在に、出会い過ぎです。