迷子のマリア   作:naow

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他の姉妹の動向はともあれ、マリアが危機です。


109 今、ここにある死地

 テーブルの上に置かれた天秤。

 イリスの目に籠もる、殺意とは違う、決意。

 私は、この禍々しい天秤と、その用途、効果を知っている。

 文献上の記録を読んだだけの、ただそれだけの記憶では有るが。

 

「お前さんにはまず、ありのまま答えると宣誓して貰おうか」

 

 拒むなら、そのまま戦闘状態に移行する気か。

 随分と過激で勝手な判断だが、彼我の実力差が有るこの状況では、私とて無闇に拒否も出来ない。

 それに、恐らく相手はその事を知らないのだろうが。

 私は、たぶん、その「宣誓」を行っても、何の問題もない。

 何故なら。

 

「畏まりました」

 

 私はイリスの目を見据えて頷いてから視線を下へと逸し、天秤へと右手を掲げる。

 この天秤を使用するに当たって、必要な儀式だ。

 

 宣誓のやり方を説明しようとしていたのだろうか、イリスの気配に戸惑いが混ざるのを感じた。

 この少女は、私がこれを知っているとは思っていなかったのだろうか。

 

 私の身体(ボディ)が比較的古い「ザガン人形」だと知っていても、その知識が魔道具にまで及んでいるとは思っていなかったのだろう。

 

 まあ、私の知識は実際のところ曖昧だし、そもそも「先代」の受け売りなのだが。

「……罪人の見えざる手よ。私は偽らず、真実を告げる。背いた時は、その手を伸ばしなさい」

 宣誓と言うのは、基本的に定型文だ。

 予め決められた文言に則っていれば、多少のアレンジは許される。

 要は、意味合いを歪めなければ、私の口語に合わせた所で効果は変わらず発揮される。

 

 事実として、私の宣誓によって、私の魔力炉――人間であれば心臓に当たるそれが、見えざる魔力の手によって鷲掴みにされる。

 非常に不快で息苦しいが、これで準備は整った、と言う事だ。

 

 あとは、私が素直に答えればそれで済む。

 もしも偽証したら、この見えざる手は私の魔力炉を、強引に体外へと引きずり出すだろう。

 

 罪を犯した私を、「仲間」として取り込む為に。

 

「……なんでそんな()()宣誓文を知ってるんだ? いやまあ、良いんだけどよ……」

 

 イリスの声が呆れ、諦めたように溜息を伴う。

 表情をひとつも動かさずに、今度は私が戸惑う番だ。

 

 古い宣誓文、とはなんだ?

 こういう魔道具は、古いも新しいもなく、きちんと手順を踏まなければならないのでは?

 

 当然のように当惑を表に顕さない、そんな私の疑問に誰も答える筈もなく、代わりにリリスが口を開いた。

 

「なんでも良いわよ、準備が出来たなら質問するだけだもの。それじゃあ、せいぜい素直に答えてね?」

 

 恐らくこの魔道具を知るカーラが緊張を孕む視線を私に向け、魔道具に関心のないエマとアリスは良く理解(わか)らないなりに真剣な様子で、同じく私を見ている。

「それじゃあ、質問を繰り返すわね? まずは、アンタ達は何をしにこの街に来たの?」

 予告通り、リリスは先の質問を繰り返す。

 そして私もまた、迷いなく先の返答を繰り返す。

 

 なにしろ本当に本心からの回答だったのだから、何も臆することはない。

 

 理解は出来ているのだが、やはり不可避の死と隣り合わせの状況というものは、それだけで緊張を強いられるのだと――痛感した。

 

 

 

 結果、私が本当に観光目的でこの街を訪れたと知った双子は、間の抜けた様な顔を私に向けた後、お互いに顔を見合わせている。

 

「……誰だよ、聖教国が面倒な駒を寄越して来たとか騒いでたヤツぁ」

「だってあの国の中枢に食い込んでる人形の同系よ? 関係が有ると思うじゃない!」

 

 挙げ句、私を放置して口論を始める始末である。

 それを眺めるお嬢様は楽しそうににこにこしているし、私たちは呆気にとられるしか無い。

 

 どうでも良いのだが、疑いが晴れたのならこの天秤への停止命令をして欲しい。

 

「じゃあー、私からも質問して良いかしらー?」

 

 そんな風に一息()こうとした私は、何気なく発せられたその言葉の出処に目を向け、そして息を呑む。

 

貴女(あなた)達はー、人を殺したことは有るのよねー? この街でもー、その予定は有るのかしらー?」

 

 そして、そんな私を無視するように、目元だけが笑っていないお嬢様が投げ掛けてきた。

 常ならば、間違いなく誤魔化すであろう質問。

 しかし、誤魔化せば、天秤の効果によって死ぬ。

 だからと言って、正直に答えたら。

 

 些か過激に過ぎ、先走っている感のある双子だが、彼女たちはこの街での重大なトラブルの発生を忌避しているのだろう。

 そして、人形が起こす殺人事件など、かなりのトラブルと予想される。

 

「……勿論、人を殺害したことは御座います。この街では特に予定には有りませんが、降りかかる火の粉を払わず火だるまになる趣味は御座いません」

 

 逡巡の末、私は素直に思ったままに口にする。

 言った通り私にその気は無いが、言っても此処は交易の街。

 人の出入りは激しく、冒険者のみならず、旅人の中にも不心得者は居る。

 

「なるほどー。その火の粉を払う時にー、無関係の人を殺しちゃう事は有るのかなー?」

 

 質問を重ねるお嬢様の笑みは暗く、眼光は冷たい。

 私は現状からその仮定について考えるべく、再び仲間達を――傍らの狂戦士を見る。

 

 相手が白刃を抜き放つなら、私はともかく、少なくともエマは見逃すまい。

 折角の遊び相手なのだ。

 そして、場所によっては、その際に無関係の犠牲者が生まれる可能性は否定出来ない。

 

 私個人なら気を配ることも可能だが、限界は有る。

 ましてや、それを成すのがエマとなれば、都市部での周囲の被害を抑え切るなど、果たして出来るだろうか。

 

 無闇に被害が拡大した結果、集まった衛兵隊にまで被害が出ることは容易に想像出来た。

 なにせエマは、今は何となく私の指示に従っているだけなのと、幸いにも周囲に無関係の人間が密集している状況での大暴れをしていない、それだけなのだ。

 それに、よくよく考えてみれば、エマの危険性はそこに留まらない。

 

 例の「お父様」ことマスター・ザガンの命令が、エマの中に半端に生きている。

 そもそも「人間種」そのものが、殺害対象なのだ。

 いつ気紛れで私の指示を無視するか、知れたものではない。

 

 そんな爆発物を持ち歩く私が、無関係と逃げることは出来まい。

「……状況に依ります。昼の大通りで複数の敵対者に襲われたなら、私たちは周囲の被害を考慮しません」

 エマを仲間に引き入れたことを後悔するのは、後回しにしよう。

 私は諦めて、想定できる最悪に近い状況で起こりうる結果について、控えめに、しかし隠しはせずに答える。

 

 お嬢様の目は冷たいままだ。

 

「おっけ、理解(わか)った。お嬢様、威圧はもう良いぜ。『審問は終わりだ』」

 

 しかし、その私の模範とは言えない回答に、イリスはあっさりと天秤の使用を停止した。

 何が起こったのか?

 私は、彼女たちの期待する回答を出来なかった筈なのだが。

 

 私の不審と戸惑いを感じ取ったのだろう。

 イリスは私の目に視線を合わせ、そしてニヤリと笑う。

「なんだぁ? お前さん、俺達を正義の味方か何かと勘違いして()ぇか?」

 小悪魔と言うには些か邪悪な笑みを浮かべるイリスは、やはり、私の理解(わか)らない事を言う。

 

 私たちがこの街に侵入した事に勘違いとは言え警戒を強くし、即座に接触、観察してからの尋問。

 その行動の理由は何かと考えたら、単純に外敵から街を守るためだろう。

 

 しかも、その外敵となり得る存在が、堂々と――いや、実際はおっかなびっくりだが――暴れる時には一般人の被害を考慮しないと宣言したのだ。

 

 私だったら消す。

 後で後悔するくらいなら、先に憂いを断ってしまった方が良いのだ。

 

「俺達は、仲間と身の回りの親しい人が無事なら、他はどうでも良いのさ」

 

 その仲間達が、危険な目に合うかもしれないと言う話だと思うのだが。

「仲間や親しい人達、腐れ縁なんかを守る手段が、私達には有るって事よ」

 尚も理解が追いつかない私の耳に、邪鬼の姉が不遜に言う。

 

 つまり、何だ?

 私たちは脅威では無いと言う意味なのか、それとも、脅威であったとしても、周囲に被害を出さずに制圧できると言う意味なのか。

「まあ、教えないけどね? ともかく、私達にとって重要なのは、アンタ達が聖教国の手駒かどうか、それだけだったのよ」

 軽く手を広げて肩を竦めると、リリスは私の疑問を置き去りにした。

 された方は混乱の度合いを深めるばかりである。

 

 結局、私たちが監視され尋問までされたのは、私たちがあの国の関係者かと疑われた、ただそれだけの事だった。

 馬鹿馬鹿しさに溜息が漏れる。

 逆に言えば、彼女たちはあの国はこれほどまでに嫌い、徹底して排除しようとしていると言うことだろう。

 私にとってもあの国と協力関係にあるなどと思われるのは心外だが、疑いが晴れたのならそれで良い……のだろうか?

 

 その後、念の為ということで、残りのメンバーも審問を受けた。

 手のひらを乗せる石版に接続された水晶のような何かが、正直に答えると青く、嘘を()くと赤く光る魔道具で。

 

「最初から、それを使って頂きたかったのですが」

 

 私の呆れ混じりの恨み言は、誰にも拾われる事は無かった。




日頃の行いというもの、でしょうか。
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