私の知る「罪人の見えざる手」と言う魔道具は、今は「真実の天秤」と呼ばれているのだという。
初めて作成されてから400年余り、どこで名前が変わったのだろうか。
私は製作者でもなんでも無いので、心底どうでも良いのだが。
ともあれそんな重犯罪者向けの審問道具まで(私だけ)使用された取り調べは終わり、結果。
「で? 結局言い掛かりで圧迫面接ごっこの果てに、私に至っては文字通り命懸けだった訳ですが? それについて、責任者のお考えをお伺いしても?」
痛くもない腹を探られた私の機嫌はすこぶる悪い。
「いやあ、この件に関しちゃあ、悪いのはリリスだな」
頭の後ろで手を組んで、口笛でも吹きそうな態度でイリスがあっさりと姉を売る。
いっそ清々しい程である。
「何よ! アンタだって『こんなタイミングでザガン人形が来るなんざ、偶然とは言え
とは言え、売られた方はそんな呑気な感想など口にする気分でもあるまい。
案の定、リリスは即座に妹に噛みつく――と言うか、頬を抓り上げる。
人の頬と言うのは、思ったより伸びるのだな。
「痛えから離して下さいお願いします」
ところどころ「は行」に置換しながら、意訳すれば上記のように懇願するイリスだが、無視してリリスはこちらに顔を向ける。
左手はまだ頬を抓ったままだ。
「とにかく、悪かったわ。聖教国が難癖つけてきてるタイミングだったから、気が立ってたのよ」
しゅんとした顔で、リリスは私たちに頭を下げてみせた。
勝ち気な振る舞いの割りには、思ったよりも素直な行動になんとも言えず、私は仲間達を順に見回す。
正直、迷惑したのは間違いない。
無いのだが、素直に謝罪されるのも、それはそれで対応に困る。
久々の心理的重圧から開放された記念に、もっとこう、ハートウォーミングな罵り合いを期待していたのだが。
「その……私には良く
そんな風に私がアリスと顔を見合わせていると、おずおずと、カーラが挙手する。
挙手の意味はいまひとつ理解が及ばないが、発言内容には確かに、と思わせられた。
私たちの事で言えば、聖教国に因縁があるのは私と、自覚が有るかは不明だが恐らくアリス。
エマとカーラは恨みどころか、直接の縁は無いだろう。
たぶん。
対するイリスたちはなにやら浅からぬ因縁が有る様子だが、そんなもの私たちが知っている筈もない。
タイミング云々言われたとて、そんな物を私たちが推し量る理由はない。
「あー。連中、最近なんか知んねえけど、調子に乗っててよ」
いつの間にか解放されたイリスが、赤くなった頬を擦りながら答え、意味ありげに口を閉ざす。
気になってその顔を見れば、なにやら考え込むように視線を上に向けている。
考える時に視線を彷徨わせる方向が、私のそれと同じなのがなんとも言えない。
私の視線に気付いた風もなく、その顔を横に向けた。
「メアリーちゃん、悪いんだけどカナエちゃんとトモカちゃん、呼んでくれね?」
顔を声を向けられたお嬢様は嫌な顔ひとつせず、ふわりと浮き上がった。
これで拒絶したら、超笑うのだが。
「わかったー。あと、ヘレネちゃんにお茶のおかわり、お願いしてきても良いかしらー?」
果たして、お嬢様は実に朗らかに、伝令役を引き受ける。
お嬢様にお願いする様な仕事では無いと思うのだが、この場でメイド服を着ている片方はアンポンタンだし、もう一方は愛想が悪い。
そもそも、私たちはこの屋敷で働いている訳でもない。
「まあ、聖教国絡みの話と有っちゃ、あの2人も外せないからなあ」
イリスは遠い目をして、私たちには
フットワークが軽いお嬢様が戻ると、その後ろには4つの人影があった。
2人は見覚えのある冒険少女と魔法少女。
残り2人は見覚えのない、長髪眼鏡のイケメンと金髪を頭の後ろで簡単に束ねた、同じく金髪の美女だった。
「戻ったぞ」
眼鏡がぶっきらぼうに言うと、イリスの顔が曇る。
と言うか、不機嫌に歪む。
「呼んでねえよ。わざわざ仕事振ったってのに、終わったならゆっくり休んでろよ、なんで呼んでも居ねえのに来るんだよ。話がしづらいだろうがスットコドッコイ」
熱烈な歓迎ぶりである。
しかし、親愛溢れるイリスの早口に、眼鏡男は表情をひとつも動かさない。
「お前とリリスでは、無駄に場を荒らすだけだろうが。むしろ、なんで俺達が戻るまで待てなかったんだ、このたわけ」
冷静に切り返す眼鏡男の判断力は、なるほど正しいと思われる。
現に、先程までは空気が荒れるどころか、波打って凍りついた。
巻き込まれた方は良い迷惑である。
「私は冷静だもん!」
「イリスと変わらん」
頬を膨らませるリリスだが、男は構わず一刀の元に斬り伏せる。
仏頂面で取り付く島もない言い草は、ある種惚れ惚れする程だ。
3日も一緒にいれば、間違いなく嫌いになるだろう。
「それで? 聖教国の使いと思われた人形4体と、カナエとトモカ。それを集めてなんの話だ?」
こちらに視線を向けながら言う男に、私は小さく、姿勢よく肩を竦めて見せる。
此方を見られた処で、私が話の行く末を知っている訳も無い。
勿論、この男とて私に説明を求めた訳ではあるまい。
単に確認のため、そう言った種類の視線だ。
私たちを人形と知っていて、それを確認するための。
わざわざ私達を隔離していた割りに、情報共有はそれなりに行っていたらしい。
「待て待て待て待て、カナエちゃんとトモカちゃんには話してないことを、平気で口にするんじゃないよ。……まあ、その辺も話さなきゃとは思ってたけどよ」
イリスは忌々しげに指先でテーブルの表面を叩く。
そのカナエとトモカと呼ばれたのは、例の2人組だろう。
その2人は、互いに顔を見合わせている。
此方は情報の共有は行われていない様子だ。
「……その2人のプライバシーも関わってくるんだ。お前らは本気でお呼びじゃないんだよ。話せることは後で話してやるから、頼むから今は消えてくれ」
余程苛ついているのだろう、イリスは不機嫌に、ともすれば殺気すら纏わせて、言葉も選んでいない。
私たちが人形であることは話せても、その2人のプライバシーとやらは配慮せねばならない。
それも、実力を行使しても、と言うことか。
そんな化け物の殺気を受けて、しかし金髪男女はそれぞれその姿勢を崩すこともなければ、その表情を強張らせることもない。
「イリス、私達は構わないよ。あの国が関わってるってコトでしょ? 私達の事も……話しておいたほうが良いと思う」
張り詰めた空気の中、冒険少女が意を決したように言葉を挟む。
その隣の魔法少女も、無表情ながら緊張感を滲ませている。
やおら緊張感を増したというか取り戻したというか、室内の圧力が増すような錯覚に包まれる。
一体これから何を話すというのか。
黙り込むイリス、言葉を発しないリリスに構わず、眼鏡男に促された冒険少女と魔法少女は空いているソファーに、その眼鏡男と金髪女は壁際の椅子にめいめい腰掛ける。
室内で緊張感を持っていない派閥の代表であるメアリーお嬢様もリリスの隣に腰掛け、役者は揃った、という空気が組み上げられる。
少し間を置いて、遠慮がちにドアがノックされ、イリスの短い返事に促されて説教少女が入室し、全員分のお茶と、テーブルにお茶菓子の追加を置いてすぐに退室した。
テーブルの上で指を組んだイリスが諦めたように嘆息して、そして、室内の一同を見回す。
なにやら重要な話し合いが行われそうな雰囲気だけは感じるのだが、残念な事にその内容までは推測できない。
私達はものの数分で、驚くほど蚊帳の外だった。
緊張感と最も縁遠いのは、どちらかと言うと……。