恐らく仏頂面で、私はイリスの話を聞いている。
転移者とか転生者とか、そういう話は秘密にしておくものかと思っていたが、私だけの思い込みだったのだろうか。
私は先代とエマには話しているが、それ以外には話していない。
あ、アリスには簡単にとは言え、話していたか。
まあ、どうであれさっき全て話してしまったので、今更どうでも良いのだが。
リリスとイリスの姉妹は、やはり元は日本人だったのだという。
爆発事故に巻き込まれ、姉のリリスが趣味だったオカルト知識を活かし、地球側の霊脈と失われつつあった生命力を使って、こちらへと飛んだのだという。
もう、どこから突っ込めば良いのか迷う。
オカルトがどうだ霊脈がなんだと、いちいち胡散臭すぎて手に負えない。
エマは笑顔だがたぶん理解していないし、アリスは表情筋が死んでいる。
カーラがなにやら頷いているが、何に納得したのやら。
ともあれ、そこまで話してくれたのなら、隠し事も無いのだろう。
「今ひとつ納得というか、理解が及びませんが。つまり、お姉様が主導だった関係で称号が――」
ごく軽く呟いた私は、しかし、気軽に座っている訳にも行かなくなってしまった。
表面上、和やかな双子は、しかし確かに、私に威圧感を放ってきたのだ。
何故? 急になんで?
慌てた私が周囲に助けを求めるように視線を巡らせるが、仲間達におかしな様子は無い。
これはつまり、理屈は不明だが、ピンポイントで私だけを威圧していると言う事だろうか。
思い当たることと言えば、称号に触れたことしかない。
監視するように私に向けられていたタイラーの視線が、僅かに鋭さを増した気がした。
「まあ、そんな訳で俺ら転移組は、聖教国とは元から因縁があった訳だ。連中が居なければそもそも、俺達は事故に巻き込まれるなんてこと、無かったんだからな」
へらへらと話すイリスの台詞が、私の鼓膜の上を滑る。
こんな威嚇までして私の口を封じて、そんな言葉を信じろという方が無理な相談だろう。
「そう言われたら、そうなるのか。私はそもそもあの国に関わりたくなかったから、近寄らないようにしてたけど。考えてみたらムカついてきたぞ」
双子の称号に気付いていないのか、その2人の身も凍るような威圧を受けていないアリスは呑気である。
私も余計なことに気を回さなければ、或いは彼女と同じ感想を抱いていただろうか。
「じゃあ、聖教国はマリアちゃんの敵でもあるんだねぇ。敵だったら、遊んであげても良いんだよねぇ?」
エマが嬉しそうに物騒なことを言い始める。
楽しそうで結構だし止める
私が押し黙り、大人しく席に着いている事が恭順の意思表示と受け止められたのか、いつの間にか威圧感は消え去っている。
「あー、別に構わんと思うぞ? ただ、街ん中で暴れるのは勘弁して欲しいけどな?」
のほほんと答えるイリスだが、こちらも口調の割りにはとんでもねえ事を言っている。
狂戦士と腹黒魔女の会話というのは、こうも物騒なのか。
「で、どうなんだ? 腹黒メイド。俺達はお前らの事情を聞いて、敵じゃ無さそうだと判断した訳だが」
その魔女に、腹黒認定されたらしい。
失礼な話だ。
「私は最初から、
憮然とした私の答えに、イリスは爆笑で応える。
その隣のリリスは苦笑いで、これまた揃って失礼な姉妹である。
「ザガン人形が仲間引き連れて来たようにしか見えねえのに、警戒すんなって方が無理だろうが。最近、聖教国にザガン人形が最低2体居るって知ったばかりだったしな」
気を許した、そんな様子のイリスの口は軽く、室内の誰もそれを咎める様子は無い。
もはや秘匿する情報でも無い、そういう判断なのだろう。
私は溜息を漏らし、お茶を口に運ぶ動作で思慮を隠す。
聖教国にザガン人形が2体。
知らなかった情報に、心がざわつく。
巷間に知られるザガン人形の生き残りは6体。
「
エマとキャロル以外、リズとどれだ?
時間を見て、それぞれの基本性能と能力について、先代の授業を思い出しておく必要が有りそうだ。
関わりたくないから目を逸していたというのに。
目を逸らすと言えば、お嬢様の名前もメアリーだ。
しかし見た目の様子や種族情報から鑑みても「
違うと信じる事で、私の心を落ち着けておこうと思う。
「それに、またこっちに暗部を送ったらしいって話も聞いてたし。いやあ、タイミングの悪いヤツってのは居るもんだ」
楽しげなイリスの声に、私は半眼を向ける。
それはつまり、私達があの国の関係者では無い以上、この街にあの国の暗部が潜り込んだと言う意味ではないのか。
笑い事ではないと思うが。
「報告よりも到着が早かったから、おかしいとは思ったけどね? まあ、念のためというか、ザガン人形だし?」
妹への助け舟の
おかしいと思ったらもっと慎重に確認すべきだっただろうに、酒場まで強制連行されたかと思えば、翌日には緊張を強いられる環境での審問である。
段階を踏むという考えは無いのか。
つくづく、ザガン人形は嫌われたものである。
「いやあ、予想よりも早いと思ったらバケモンが来たってんだからな。慌てた慌てた。いやあ、ゴメンな?」
ごめんで済んだら衛兵の仕事も楽であろう。
イリスは相変わらずへらへら笑っているが、理解しているのだろうか?
「大丈夫だよぉ! マリアちゃんは優しいからぁ!」
エマが適当にも程がある言葉を返し、茶菓子に手を伸ばしている。
マドレーヌとは珍しいが、今の私はとても味わう様な余裕と元気が無い。
誰が優しいのか。
仮に優しかったとして、物事には限度というものが有る。
そうは思うものの、エマは勿論、目の前の怪物3体がそんな事に頓着するとも思えない。
何故か気遣わしげな視線を寄越すカナエの胸の内は不明だが、何となく、そこに安堵を覚えてしまった。
間違いなく、私は疲れていた。
私たちが聖教国とは無関係であることを信じて貰え、審問会が終わったのはもうじき昼と言う時間だった。
なんだかんだで午前中で解放された訳だが、長かったのか短かったのか。
解放された皆と、同席していたイリスの仲間達は食堂へと向かう。
そんな私の背中に、小さな声が針となって刺さる。
「称号の事とか、気付いちゃ駄目じゃない」
聴こえないフリも出来ない私は、せっかく退室できるチャンスだと言うのに、足を止めてしまった。
私以外で室内に残って居るのは、背後の双子の魔導師だけだ。
ゆっくりと振り返れば、リリスは微笑んでいるが、その
説教メイドが片付けたテーブルの上に片肘を注いて、イリスの方は表情を消している。
「忘れろと言うのでしたら、すぐにでも」
おどけるように肩を竦めて見せるが、魔導師たちは反応してくれない。
仲間たちの遠ざかる気配がこんなにも心細いとは、今まで私は知らなかった。
口は災いの元。懲りる事をそろそろ覚えましょう。