メイスにこびり付いた血や肉片を振り払って、そして私は残る男達に対して立つ。
左足を半歩前に、右手はメイスごと少し身に隠すような、少し斜に構える私に対するのは、暗殺者――という事になっている――5人の男だ。
低レベル勇者さま軍団は、既に全員、ほぼ肉塊と言う有様で地面にへばり付いている。
「……強いな。流石、魔女が使いに出すだけは有る」
人が八つ当たりに夢中になっている間に、いつの間にやら煙草に火を付けていたらしいリーダー格の男が、言葉を紫煙に紛らわせる。
仮にも仲間を瞬く間に失ったと言うのに堂々たるその振る舞いは見事だが、その発言は頂けない。
瞬間的に私は不機嫌な半眼になってしまうが、私は悪くない。
「人の話をきちんと聞く習慣を身に着けて下さい。私はあの魔女から受けた嫌がらせの、鬱憤晴らしに暴れているだけです。大体」
右足に体重を移し、上体を反らし気味にして左手を胸に添え、目を閉じて顔を少し上に向けて見せる。
此れ見よがしに隙を晒してみたが、男達は動かない。
……思惑を外した上に、わざとらしいポーズまで取って、これでは私がひとりで馬鹿みたいではないか。
「胡散臭い聖女さまの所為でとんだ迷惑ですよ。ただの観光もままならないとは、文句の2ダース程度はぶつけても
仕方がないので姿勢を戻し、半眼で軽く睨むようにしながら、言葉を続ける。
隙が有るからと軽率に動く手合では無かったのは少しばかり誤算だったが、だからと言って別段脅威とも思えない。
男達は自国の聖女に、彼らにとっては謂われのない言い掛かりを付けられ、しかし激昂するような
ただ、表情が厳しくなった、それだけで。
「……お前と聖女様に、何の関係が有ると言うんだ? 言葉にする前に良く考えないと、取り返しは効かないぞ」
煙草男の右手側で、冷たい声が上がる。
レベル的には煙草男には及ばないが、愛国心なのか聖女さまへの想いからか、静かな怒りをその冷たさに封じ込めて。
「当然無関係では有りませんので、前言を撤回する必要も無いのですよ。そうですね、そう言えば自己紹介もまだでした」
しかし私は動じることも気にする事もなく、わざとらしく姿勢を正し、慇懃かつ無礼に頭を下げる。
「私はサイモン・ネイト・ザガンの最後の作品。『墓守』マリアと申します。聖女さまこと『
表面上とは言え、仲間を大半殺されたのに顔色を変えることの無かった男達だが、私の放った言葉の意味を理解するには時間が必要だった様だ。
ぽかんと口を開く者、表情を無くす者、仲間と顔を見合わせる者。
「巫山戯た女だとは思ったが、その上不愉快な女とはな。戯れ言も度が過ぎる、生命が惜しくは無いらしいな」
その中にあって、比較的早く理解出来た男――先程の冷めた怒りを放った男が、
どうやら、その怒りは本物らしい。
知らぬとは言え人形にご執心とは、なかなか泣かせるじゃあないか。
「信じるも信じないも、お任せしますよ。ですが、考えたことは無いのですか?」
私の眼光も、凍てつくように底光りしていることだろう。
怒りではなく、軽蔑で。
男は動く事もなく、言葉も発せず私を見ている。
「就任以来、60余年、でしたか。それほどの時間を、若い見た目のままであったとか?」
私の背から吹き込む風が、髪を乱す。
「だからこその聖女、奇跡と共におわすお方だ。貴様如きが悪戯に口の端に乗せるべき名では無い。あまつさえ、愚弄など許される事では無い」
随分とまあ、時代掛かった言い回しを好む御仁である。
夢を見るのも夢に生きるのも結構だが、それが幻と知っている私にしてみれば、健気も過ぎると笑えてくる。
「御忠心も大変結構ですが、知っていますか? 聖女リズが着任以降、『
「偶然か、同じ時期に破壊されたのだろうよ。不思議な事などひとつも無い。妄想に囚われたか、哀れな女よ」
私の言葉尻に噛みつくように、言葉を重ねてくる。
その双眸には苛立ちに怒りが泡立ち、余裕を保つのもそろそろ難しそうだ。
堪え性が無くて、非常に助かる。
「聖女だからと全てを見ないフリですか。ならばそんな目などお捨てなさい。妄念に縛られた、滑稽なお方」
実の所、男の台詞は正解と言える。
全ては私の妄想と言われても、本来返す言葉も無い。
だが私は、ここぞと表情を歪め、せせら笑う。
何故なら私は。
ただ、挑発という名目で、哀れな恋をコケにしているだけなのだから。
「……死ね」
男の怒気を内包した、しかし凍えそうな冷たい声は、単なる宣言では無かった。
その声を合図に、両端に陣取っていた2名が左右に走る。
そのどちらの姿も
苦心して隠し、私の注意を言葉で引いた――
隠そうとしても魔力で操作してしまえば、探知に引っ掛からない訳がない。
その攻撃に合わせるように、煙草男の左手側に立つ男が、詠唱を終えた魔法を解き放った。
なにやら小声で呟いていたのでまさかとは思ったが、詠唱魔法とはまた、随分と古典的な作法を知っているものだ。
私は感心してしまう。
聖女さま大好き男は単に私が気に食わないからとか、そんな理由だけで舌戦を仕掛けたのでは無かったのだ。
魔法制御を詩篇に編み込み、言葉にすることでイメージを明確にしてゆく、いかにも魔法使いと言うその在り方。
もはや
今では魔法を発動させるプロセスをパッケージして魔法媒体か己自身に刻み、必要ならばキーワードひとつで、慣れてしまえばそれすら無しに発動出来る。
その簡易さに反して、威力は詠唱魔法に劣ることも無い。
わざわざそんな遺物を引っ張り出すからには何か理由なり秘密なりが在るかと思ったが、それは何の変哲も無い、12本の魔力で作り上げられた矢。
威力が低いとは言わないし、無策で受け止めてしまえば、攻撃を受けた箇所によっては行動に支障が出るのは間違いない。
矢の姿をしているが、着弾すれば炸裂する程度の工夫は施されているだろう。
だが、対処が難しい魔法でも無い。
背後から迫る金属――たぶん
此方もまともに攻撃されてしまえば、流石に無傷では済むまい。
前から迫る
どちらも追尾してくるだろうし、左右に逃れようにもどちらにも妨害者が居る。
勝利と言うか、私の死を確信したか。
煙草男は俯いて私から視線を外し、煙草を足元に捨てるとそれを踏み躙った。
――気の早い事である。
私は声も無く、ただ無造作に障壁を張る。
せっかくなので、カーラと頭を突き合わせて改良した、新作のお披露目だ。
私を完全に囲う12面体の防壁は
爆散する魔力の塊が連なり、その風圧は木々を圧し折らんばかりの暴威の腕で周囲を撫で回す。
想像通りとは言え、エマの暴虐に比べれば微風でしか無いそれに、私は憐憫の情を……覚えるハズも無かった。
きちんと魔法の知識が積み上げられていたようで、安心しました。