八つ当たりでストレスを発散した私が魔女の屋敷に戻ったのは、午後のおやつの時間だった。
時間が丁度すぎて、私が買い込んだ菓子類を出すには遅い。
エマが自分で選んだお菓子――ただし、出資は私――と、この屋敷の料理人が焼いたパウンドケーキを前に目を輝かせており、そんなエマに紅茶を淹れながら、説教メイドが微笑んでいる。
まあ、エマの見た目だけは可愛らしいのだから仕方がないが……うっかり目を離すと、説教では済まない事を仕出かす問題児だ。
メイドさんの笑顔が曇らないことを祈るしか無い。
「マリアちゃん遅いよぉ! 先に食べちゃおうかと思ったよぉ!」
リビングに入った私を見つけると、エマはプリプリと怒ってみせる。
私は適当に笑って誤魔化すと、そんなエマの隣に腰を下ろした。
「食べてても良かったのですよ? 良く我慢出来ましたね」
何となくその頭を撫でながら、私はやはり適当に答える。
実際は、律儀に待っていたのでは無くて、本当にタイミングが良かっただけだろう。
思ったことを口に出してしまえば、きっとエマの機嫌を損ねる。
私は曖昧な笑顔のまま、持て余し気味の視線を室内に彷徨わせるのだった。
おやつの時間はエマと少年少女組の輝く笑顔が眩しく、自分が失った時間というものを考えてしまった。
そう言えばドーナツを見掛けなかったので、今度イリス辺りに相談して作って貰おうか。
「マリア、その、頼みが有るんだが」
私の前に並んで立つ2人に、向けられる用件の見当が付かない私はついつい、全く関係ないことを考えてしまっていた。
桜餅とかも食べたいな、って言うかこっちの世界では桜を見たことが無いな。
「マリア、頼むから真面目に聞いてくれないか?」
呆れたような顔と声に現実に引き戻され、私は億劫な口を動かす。
「聞いていますが、何というか。珍しいと言うべきか、そんなに仲が良くなったのかと喜ぶべきか迷ってしまいまして」
生温い微笑みをカーラに向けて、その視線をカーラの隣に立つ……確かレイニーと言う名の錬金術師にも向ける。
意思が強そうな目付きだが、カーラと仲良くなってしまう辺り、どこか抜けているのではないかと心配してしまう。
「マリアさん、カーラさんの事は聞いています」
レイニーの言葉に、私だけでなく、私の後ろに居るイリスとリリスも何の事やら、という視線を彼女へと集中させた。
メアリーお嬢様は、只今お散歩中だそうである。
「カーラさんは、ドクター・フリードマンの最後の人形なんですよね?」
しっかりと私の目を見て言うレイニーに何とも言えない引き攣った笑みを返してから、カーラをひと睨みした。
イリスは額に手を当てて嘆息を漏らし、リリスは小さく肩を竦める。
「カーラ、この粗忽者。
私の言葉は続かない。
怒るのも筋が違う気がするし、しかし放置してしまうのも危険だ。
今回はたまたまイリスのクランメンバーで、まあ、見るからに善良そうなお嬢様だから無事で済むかもしれない。
しかし、もしも私が初対面の相手にそんな事を言われたら普通に衛兵に通報するか、
「いやでも、レイニーは良い子だぞ?」
説教用の言葉に悩む私を、不思議そうなカーラの声が逆撫でする。
「それは見れば判ります。私が呆れているのは
声が荒れそうになるのを抑える私の様子を見ていたイリスが、笑いを堪えて私の肩を叩く。
ちなみに、私が双子と一緒にいるのはたまたまで、酒場に行くからと誘いに来ただけだ。
同じタイミングでカーラ・レイニー組にも声を掛けられ、珍しいと足を止めて話を聞くことになったのだが。
話の内容以前に、カーラの迂闊さに頭痛を覚える。
「まあ、それについては後ほどみっちりとお説教します。頼みとは何ですか? 話を聞くことですか?」
溜息を小さく
「いや……ああ、ええと、その、な?」
余りにもタイミングを逸した揚げ足取りに、カーラは反応に窮したが、すぐに気持ちを切り替え、そして良い難そうに言葉を濁す。
言いたいことを察しろ、と言う事だろうか。
「要領を得ませんね。何ですか、此方のクランのお世話になるから私たちとの旅は終わる、とか、そういうことですか?」
少し考えた私の口から漏れたのは、どちらかと言えば私の願望だった。
即座に、カーラはげんなりと表情を変える。
「悪くはないが、私は冒険者ではないからな。このクランは、冒険者だけが所属出来るのだろう?」
私に何か可愛そうなモノを見る目を向けてきた。
非常に心外な対応である。
「え? 私、冒険者じゃないよ?」
カーラの隣でレイニーが不思議そうに声を上げ、そして2人は顔を向け合う。
話が進まない。
私はジト目になり、イリスは声を殺して笑っていた。
立ち話も何だし、酒場で人形云々と話されてもたまらない。
イリスに促されて彼女の私室に踏み込んだ私達は、改めてカーラの頼みとやらを聞いてみた。
「いや、その……マリア、悪いんだが……
別の言葉を期待していた私は素直にがっかりしたが、それなりに思いもしなかった言葉だったので、きちんと理由を聞いてみようと考えた。
「私がそれに頷くかどうかは別として、理由をお伺いしても?」
私が言葉を向けると、カーラはもじもじと、その白い手袋に覆われた両手指を組んだり解いたりしている。
乙女か、お前は。
「ええと……私の手足になる人形を、何体か造りたいのだ。今のままでは、ただの足手まといでしか無いし」
もじもじして言う事が、ひとつも可愛くなかった。
私は思わずイリスと、そしてリリスに顔を向ける。
「私は門外漢だから興味本位でしか無いんだけど、アナタ、その人形を造れるって事?」
リリスが私の顔を見て小さく嘆息してから、その顔をカーラに向けた。
造れなければ言い出さないのだろうが、しかし、今までそんな素振りも見せなかったのだが。
私も単純に興味が湧いたので、無言で首を巡らせる。
「人工精霊以外なら、一応、設計図は
自信なさげに、カーラは自分の頭を指さした。
「だが、いかんせん500年以上も昔の設計だ。せっかく腕の良い錬金術師と知り合いになれたのだし、彼女の力も借りてみたい」
いつもの尊大さは鳴りを潜め、縋るような目で懇願してくる。
要するに、自身が戦力になっていない現状を変えたいという言い訳の下、人形作りに友達と挑戦したい、という事か。
拒絶する理由はひとつしか無いが、それとは別に引っ掛かることが有り、私は視線を天井あたりをウロウロさせる。
……友人を連れて、堂々と私に素材を
たぶん気付いているであろうリリスと、気付いているかちょっと怪しいイリスに顔を向け、私達はそれぞれ困った表情を見せあうのだった。
お友達が出来て、嬉しかったのでしょう。