私の心当たりと言うのは、まさにここ、「霊廟」にある。
先代がマスターであるサイモン・ネイト・ザガンの命により作り上げたこの「霊廟」だが、私は驚くほどこの施設について知らない。
好奇心に任せて「霊廟」内を探索したりもしたのだが、いかんせん広い。
広い上に、私があちこち見た限りでは、食堂や書架室――著書室というほど広くはない――、私たちがよく屯している談話室、それにメディカルルーム。
そう言った特徴的な部屋以外は、全てが比較的簡素な客室のようだった。
何を想定して、これほど多数の客室を用意しているのだろうか。
そう言った私にとっての謎が多いが、その原因は先代にある。
先代は、魔法やそもそもの肉体の動かし方について厳しく細かくレクチャーはしてくれたが、この「霊廟」については、ほぼ何も教えてくれなかった。
この
それどころか、私は、賢者に言われるまで、この魔法空間が多層構造になっていることさえ知らなかった。
この「霊廟」が層をなすのであれば、錬金術どころか、人形を造るための設備がどこかに存在するのではないか?
先代が言及しなかった以上存在しない、などと考えられるほど、ことこの件に関しては、私は先代を信頼していなかった。
とは言え、突拍子のない考えだとは思う。
だが、賢者の一言で改めてここについて何も知らない事を不審に思った私は、エマを見ていて思っていたことも合わせて考えたのだ。
私が先代の説明を真面目に聞いていなかったと言う可能性も、勿論ある。
だが、エマがマスターの命令を曲解したり、自身の設計コンセプトに逆らうような戦闘スタイルを選んでいるように。
――先代もまた、マスターの命令を何か、曲解ないし無視しているのでは無いだろうか。
しかし、エマが完全にその命令から逃れ切れているとは言えないのと同じく、先代も完全に無視することは出来なかった。
だから、たまたま目の前を通り掛かった私の魂を拾い上げ、己の後継として、かつ、マスターの命令を無効化するために、私にこの
飛躍しすぎだと思うし、話が大きく横に逸れたので簡潔に続けるが、先代はマスターの後継に成り得る人形師を此処に招く役目を負っていたのではないか。
しかし先代は、ザガン氏以外をマスターと認める気にはならなかったのではないか。
だからこそ、「霊廟」完成後も、あの石造りの寂しい建造物を、離れることをしなかったのではないか。
仮に仮を重ねて強引にそれが真実だとすれば、此処に人形を造るための設備が無いのはおかしい事になるだろう。
先代の真意が不明だし矛盾もはらんでいると思う。
だから、思いついた当初はただの空想だと自分の中で終わらせていた。
しかし、賢者の示唆した他の
――要するに、その程度の薄いにも程がある理由で、私は「霊廟」を開示し、更にはその内部の探索のために他人の手を借りようとしているのだ。
改めて私たちが「霊廟」に足を踏み入れたのは、日を跨いだ翌日の午前のことだった。
「うー、だりぃ。頭
イリスが青い顔でブツクサと文句を言っている。
緊張感というものについてもっと真剣に考えて欲しいのだが、言っても無駄であろう。
「ホントよね。少しは加減ってモノを覚えて欲しいわ……」
その隣で、リリスも妹と変わらない体たらくで愚痴を零す。
ツッコミ待ちだろうか?
「……俺の記憶では、2人とも勝手に呑んでいたように見えたのだがな」
眼鏡を押し上げながら、長身の男が仕方無さそうに口を開いた。
一緒にいる金髪女の方は、にこにこと2人を見ているだけだ。
よくよく珍獣扱いされる双子である。
その双子の顔色が悪いのは、当然宿酔いである。
昨日一旦戻ってからメンバーの人選を行い、料理人に今日の昼食を人数分弁当として発注すると、夕食までには帰ると言って、双子は冒険者ギルドの酒場へと向かった。
そして夕食の時間を過ぎても帰ってこなかった。
クランメンバーの誰も心配する様子がない事から、いつもの事なのだろう。
説教姿が印象的だった黒髪メイドの子は、ひとり寂しそうだったが。
「私たちは先に休ませて頂きましたが、どうせまた半裸でご帰宅なさったのでしょう? 他所様の所為にする前に、ご自身の行動を省みて正したほうが宜しいのでは?」
他人が酔い潰れようが宿酔いで楽しい有様になっていようがどうでも良いのだが、あのメイド女子の可愛らしい顔を曇らせるのだけは頂けない。
思わず声が出てしまったが、双子は聞き慣れた台詞に類するものは聞き流すことに決めた様子だ。
代わりに、眼鏡が私の言葉に反応する。
「……ウチのクランでは、どうにもこの2人を甘やかしがちだ。お前、マリアと言ったか……ウチでこいつらを躾けてくれないか?」
私が嫌そうな顔を声の方に向けると、双子もまた嫌そうに眼鏡男を見ていた。
「あらら、良いんじゃない? そうしたら、頭が痛いとか言って酒造所に行く用事をすっぽかす事も無くなるわね?」
そんな私たちの様子など目もくれず、金髪女……確かジェシカと呼ばれていた女が楽しそうに手を合わせた。
化け物2人の躾役など、心の底から御免である。
「そいつ性格悪そうだからパス」
「私は自分を律しているから必要無いわ」
「猛獣を2匹も飼育できる気がしませんので、ご遠慮します」
私たちは各々好き勝手に口を開き、そして陰険に睨み合う。
誰の性格が悪いと言うのか。
眼鏡男は肩を竦め、そんな私たちをアリスが乾いた笑いで眺めていた。
探索のメンバーは、私たち4体に双子魔女、その仲間の眼鏡男ことタイラー、その相棒だと言うジェシカ、そして錬金術師のレイニー。
総勢9名が、和気藹々とイリスの部屋から「霊廟」へと入った。
とは言え、その内実は明るい、貴族屋敷と言うには少々装飾の足りない、それでも清潔な空間だ。
人形相手に必要か判らない空調もしっかりと完備されているので、息苦しいとかそういう事もない。
その辺りは、半年程度を此処で過ごした人間が居るのだから間違いない。
そういった設備が存在することもまた、私の空想を後押ししているのだが。
「霊廟と聞いていたが……そんな雰囲気は微塵も無いな」
素早くホール内に視線を走らせたタイラーが、率直な感想を短く述べる。
まあ、このホールを見ては、霊廟だの言われてもピンと来るものも無いのだろう。
「だよねぇ! お墓なんて何処にも無いんだよぉ、ここ! ドレスルームはあちこちに有ったけど!」
飛び跳ねるように、エマが答える。
何が楽しいのか、その顔はいつもより輝いて見える。
いや待て、ドレスルームが複数有った……だと?
そういう大事なことはもっと早く私に報告すべきだろう、何をしているんだこの小娘は。
「……とまあ、私も仲間も、本当に最近まで『霊廟』であった事さえ知らなかった有様でして。このフロアだけでも、私は全てを完全に把握出来ている訳ではないのです」
念の為探知を走らせるが、目立った反応で、不明なものはない。
そんな有様なので、探査を何処に掛けたら良いか判らない。
一箇所ごとに丹念に掛けていては、どれほど時間が掛かるやら。
「なるほど、所で、この屋敷の見取り図は有るか?」
エマや私の言葉を聞いていたのかいないのか、タイラーは顎先に手を添えると考える様子を見せ、そして私へと顔を向けてきた。
そういった物を要求されるであろうことは予測済みである。
「はい。それでは、まずは談話室へ向かいましょう」
私たちが特に意味もなく食後に集い、どうでも良い会話を繰り広げていた談話室。
そこにそんなモノが有るとは思っていなかったらしいアリス、それにカーラが、目を丸くして私を見ていた。
エマはいつも通り、なにも考えていない笑顔のままだった。
……。