魔法空間であるこの「霊廟」におけるフロア間移動はどの様な物か、興味が無かったと言えば嘘になる。
転移用の魔法陣でも有るのか、それとも入り口と同じく、ドアを通じての移動なのか。
予想もつかない方法を見せてくれるのか。
そんな期待をあっさりと裏切られた私は、振り返って登りきった階段を見下ろしていた。
もしかしたら技術的には凄いことなのかも知れないが、結局普通の階段だった。
螺旋階段とかではなく、一応踊り場が有って折り返す形にはなっているが、何の変哲もない階段である。
登っている途中の景色も謎の異空間等ではなく、普通に壁がある。
「ファンタジーにロマンなど有りませんね……」
「何言ってんだ?」
つぶやく私の横を、不思議そうな顔でアリスが通り過ぎていく。
気がつけば、私はいつの間にか最後尾になっていた。
どいつもこいつも、危険が無いと判ると勝手なものである。
階段を登ってきたのだし、私は元日本人なので素直にここを2階と呼んでしまうが、このフロアもまた、照明が行き届いて程よく明るい。
誰も足を踏み入れていない筈なのに、埃が積もっているような様子もない。
考えても理解出来るとは思えないので、こういうモノだと受け入れて、私も初めてのフロアを歩く。
招き入れた客人たちは、私を置いて先に進んでしまっている。
――まあ、私が居た所で初めてのフロアの案内など出来る筈もないのだから、構わないのだが。
私の身に降り掛かった強制強化イベント。
今回は何が起きたかと言えば、魔法能力の向上――と言うか、魔法の精度が少し上昇したらしい。
それも、大威力が手軽に出せるようになったとかではなく、魔法の発動速度がおよそ20%向上、と言う……そんな物に制限を掛けていた先代の意図が全く読めない。
探索系の方も同様に制限が外れたので、そちらが今までよりも使い易くなるのは素直に喜ばしい。
そして、より嬉しいのは、体内魔力の循環効率が上がった事だ。
それに伴い、今までよりもはっきりと、体内魔力を意識出来るようになった。
……先代は私の魔力操作が下手だとか鑑定含む魔法の発動が遅いとかなんとか言ってくれていたが、それも全て制限が掛かっていたのが原因だった訳か。
直接文句を言ってやりたい所だが、生憎と先代はもう居ない。
手軽になった探索の魔法をあちこちに飛ばしながら、私は客人たちの後を追うのだった。
2階は、1階とは様相が違っていた。
通路は変わらないが、一部屋が占める面積が大きい。
所々には部屋がまるごとないブロックも有り、適当に何か配置すれば良い休憩スペースになりそうだ。
まあ、これでハッキリした、とは言うまい。
私の先代に関する不審が形になって眼の前に並んでいるように見えていても、結局は予想の範囲を出ないのだから。
とは言え、黙っていてはマズい相手が、この空間に2名居る。
予想が具体性を帯びてしまった以上、知らぬふりを続けていては私の身が危ない。
「イリスさん、リリスさん。少し宜しいですか?」
目的の部屋を見つけたカーラとレイニーがはしゃぐ様子を横目に、私は双子魔導師へと近付く。
カーラもレイニーも人形作りが出来ると思っているようだが、私はまだ使用の許可を出していない。
その事に気付いているのだろうか?
「あん? どした、腹黒破廉恥メイド」
はしゃぐ2名に暖かな視線を送っていた双子の妹の方が、どうでも良さそうな顔で暴言を浴びせてきた。
相談するのを辞めようかと思ってしまうが、黙っていては後々面倒だ。
「好きでこんな恰好な訳では有りません。それよりも、お話したいことが有るのです」
言いながら、適当に話せる空間が無いかを探す。
手近に服飾工房が有るので、そこで良いだろう。
「腹黒の方は否定しねえのな。んで、話したい事って、なんだ?」
何が楽しいのか、イリスがニヤリと口角を上げる。
リリスの方は、聞こえてはいるのだろうが、この空間のあちこちにゆっくりと視線を彷徨わせている。
「内密にお話出来ればと思います。何でしたら、腹心のあのお二人もお呼び下さい。少し面倒なお話かもしれません」
私の声と口調、そして言葉の内容にイリスは笑うのを止め、リリスは私へと視線を向けた。
「マスター・ザガンがこの様なフロアを用意していた理由と、『先代』がここを封印していた理由についての拙い予測です」
イリスが首を巡らせ、それを追った私の視線の先には、此方を見ているタイラーの姿が有った。
実に良く出来た忠臣っぷりである。
「単なる予想なのに、その時点でだいぶ笑えない感じなのね? このフロアを見つけるまで話さなかった理由も教えて貰えるのかしら?」
軽く手を挙げる合図でタイラーを呼ぶイリスの後ろで、リリスが私を見ていた。
「ここを見るまで、どんなフロアなのかを知るまではただの妄想でしたので。しかし――妄想は予想になってしまいました」
少なくとも、先代の本心はともかく。
マスター・ザガンが、霊廟を造る程に生命の終わりを意識していた老人形師が、何の為にこの様な設備を整えていたのか。
私の表情を観察していたリリスが、ふと、瞳を閉ざす。
「聞かせて貰うわ。
顔を動かすと、双子魔女の忠実な腹心が直ぐ側まで歩み寄っていた。
4名を伴い、私は程近くの服飾工房へと足を踏み入れた。
綺麗に整頓された室内は、ミシンや私では名前も分からない道具まで、色々と綺麗に取り揃えられているのが判る。
適当に視線を走らせ、出来上がりのメイド服が数着畳まれているのを発見した私はサイズを確認した後、その場でスカートを履き替える。
ようやく落ち着くことの出来た私は、私の奇行を黙ってみていた一同に適当に椅子を勧め、そして私の抱える予想を語った。
「――んー、まあ、話は
椅子の上で足を組んで、腕組みまでしてイリスは気の抜けた顔を向けてくる。
「はい。先代からこのフロアについて何も聞いていない、むしろ隠されていた現状では、正解は判りません。私の考え過ぎと言う事も充分に有り得ます」
素直にただの妄想に属した予想である事を私が認めると、イリスは大きく息を吐いて天井を見上げる。
「それでも私達に話しておかないといけない、そう思ったって事よね?」
代わって、リリスが口を開く。
私の視線も、リリスへと向けられた。
「我が身可愛さですよ。もしもマスターが後継者を求めていたのなら、訪れた後継者候補を傷付ける様な真似はしないでしょう」
誰も余計な口を挟まない。
タイラーもジェシカも、それぞれのスタイルで椅子に腰掛けながら、私の言葉を黙って受け止めている。
「ですが、先代はどうでしょう? マスターの望みについては予想でしか有りませんが、現に存在するこの空間を封印し、後継である私には何も伝えずに息を引き取った彼女は――私がこの空間を見つけることを予測していなかったのでしょうか?」
リリスの顔には表情がなく、イリスはその顔に不審の色を浮かべ始める。
「何の拍子で
「――やっぱ、そうなるのかよ」
リリスが冷たく口を開くと、イリスは右手で覆った顔を上に向けた。
「だが、話を聞く限りでは、お前はその後継者候補を――レイニーを害そうとか、そう言った事は考えていないんだな?」
眼鏡の奥の瞳を冷たく輝かせて、タイラーが私を見据える。
ジェシカは黙しているが、笑顔の筈のその目元は静かだ。
「当然です。そもそも、カーラに巻き込まれてこんな所まで来てしまった彼女に、後継者になって下さいと言う
ハッキリと、空気が凍るのを知覚した。
エマが近くに居なくて良かった。
私は、双子の魔女とその従者が怒り出す前に、続きの言葉を並べて見せる。
「私の探査の魔法で感知できれば問題無いのですが、正直自信が有りません。あの錬金術師の少女に何かが起こらないよう、皆様の協力をお願いしたいのです」
それが、ひいては私の安全に繋がるのだから。
私は只管に必死だった。
私も随分信用を失った様です。