人形が作れるようになって上機嫌のカーラとレイニー、それをなんだか暖かく見守る他の面々だったが、私の機嫌があまり良くなかったので全員を『霊廟』から追い出し、一旦イリス邸へと戻る。
カーラ他に対する苛々とレイニーの無事に安堵する気持ちで情緒のバランスを崩し、カーラには勢いで
他にも必要な素材類は有るのだろうが、なんだかとても、どうでも良い気分である。
リリスとイリスの双子にはなにかしら意趣返しをしてやりたいと思うものの、関わると面倒しか無いので、とっととこの街を離れるべきだろう。
その面倒極まる2名は、クランの料理人に今晩のメニューに関して相談に向かい、私はようやく落ち着いた気分である。
リリスはいまいち掴めないが、イリスの方の人柄は……まあ、ぶっきら棒で横柄な言動が些か鼻に付くものの、根本的には悪人では無さそうだ。
ガサツで大雑把で偉そうな面ばかり見せられた気がするが、少なくとも、クランメンバーに対する態度は基本穏やかであった。
その気遣いをもっと他にも向けて、ついでに見た目相応の言動を心掛けたなら、印象も随分と変わるだろうに。
今更遅いし、もっと言うなら、心底どうでも良いのだが。
「あー! マリアちゃんとアリスちゃんが戻ってきてる! 遅いよぉ!」
イリスの部屋を出て、さてどうしたものかと廊下で考え込んでいた私がその声に気付き振り向く前に、強い衝撃に
いや、衝撃で揺れたのは私の
誰がこんな透明なガラスを普及させたのかは気になる所だが、今はどうでも良い。
数枚割れてしまったそれを視界の隅に収めながら、弁済は私なのだろうな、と、思考を逃避させたのも仕方のない事だろうと見逃して欲しい。
斯様に混乱と錯乱に溺れる私だが、冷静になれば考えるまでも無いことだった。
カーラへのせっか……説教に飽きて一足先に屋敷に戻っていたエマが、遅れて戻った私目掛けて体当たりの様な
腰から上が分離、場合によっては分解したのではと錯覚する衝撃だったが、私の
「すごいな……ぶつかった衝撃で窓が割れたぞ。お前、大丈夫なのか?」
アリスがエマの勢いに目を丸くして、その後なにかうそ寒そうに自分の両腕を抱きながら私へと声を向ける。
アリスに言われるまでもなく、当事者としてとても心配である。
「エマ、まず人様のおうちで走ってはいけません。そして、人様に飛び付く時は、加減を考えなさい。最後に、私たちを置いて先に帰ったのは
私自身がレベルアップし、かつ魔力操作が格段にスムーズになったお陰でどうにかなっているが、先程受けた衝撃は、下手をすると初遭遇の戦闘時に受けたエマの蹴りより強かったと思う。
エマには、自分が化け物なのだという自覚をしっかりと持って頂きたいものだ。
「えー? だってぇ、全然帰ってこないんだもん、待つのも飽きちゃったし、忘れちゃうよぉ」
自分の
と言うか、先に戻ったとは言えそれほど時間差が有った訳でもないのだし、何がエマをそれほど急かしているというのか。
言っても問うても無駄であろうが。
あと、さり気なくカーラが無視されているが、自分の乗り物はもっと大事にすべきだと思う。
「あのねぇマリアちゃん! みんながね、明日一緒に狩りに行かないかってぇ! 一緒に行くぅ?」
私にしがみついたまま、エマがキラキラと瞳を輝かせている。
この小娘は、こんなにもスキンシップ過多であっただろうか?
そもそも「みんな」とは誰かと思ったが、エマが走ってきたであろう方向に視線を向けると、イリスクランの若年組が此方を見ている。
私たちが戻るまでの僅かな時間で誘われた、という事なのだろうが、それにしてもはしゃぎ過ぎでは無いだろうか?
そう思って少年少女たちをまじまじと見れば、その顔が少しばかり引き攣っているのが判る。
エマの過激なスキンシップは、彼らの度肝を抜いたようだ。
「……別に良いのですが、私達は狩人でも冒険者でも有りませんよ? 彼らの邪魔になりませんか?」
正直、狩りを行うにしてもこの街の付近には、大型の危険な獣は居ないのではないだろうか。
別に身体能力に自信がない訳では無いが、私たちが「狩り」を楽しめる環境が残されている程、この街の衛兵も冒険者も怠惰では無さそうな印象だったのだが。
……まあ、そんな言い訳じみた事を口にしてしまったのは、思慮や遠慮の結果では無く、単純に面倒だから、と言うのは否定しない。
「そんなに危ない事は無いってぇ! 私だって強いしぃ、邪魔になんかならないよぉ?」
駄目です、と言ったら私をバラバラにしそうな笑顔で、エマは無邪気に言う。
私はまだ、エマの怪力から解放されていない。
とは言え暴れたいのを我慢してくれているのだから狩りに行くのを止めはしないが、私が一緒でなくてはならない理由もあるまいに。
大体、
「狩りか、良いね。私も一緒に行って良いかな?」
アリスがカラカラと笑って、エマの頭を撫でる。
そんな事より先に、この怪物を私から引き剥がして欲しいのだが。
少年少女もアリスも、私を救ってくれる様子は微塵も無かった。
「そうか。では、もうマスターの故郷には、誰も残っていないのだな」
声が寂寥を帯びて、弱々しい風に乗る。
赤みを帯びた金色の髪が僅かに揺れるが、その
「うん、そうだね。マスターどころか、
答える声は、小首を傾げる事でその黒い髪を揺らせた。
「新世代の人形で私と対等に立ち会える者には出会えていないな……。同じマスターの人形ですら、己の特性を無視する愚か者すら居た有様だ。無理も無いことかも知れんが」
夕日のような金色の髪を掻き上げて、遠く連なる山々に視線を送る。
その見た目は女性の似姿だが、芯の通った立ち姿は武人のように凛々しい。
「……私達に、そんなコ居ないんじゃない? 居るの?」
黒髪の少女は立ち上がりながらスカートの裾を払い、埃を落とす。
自分の髪が視界を掠め、そして相手の髪を見て、彼女は考える。
「跳ねっ返りが居るのは、人間だけでは無いと言う事さ。死んでは居ない筈だから、お前も会うかも知れない。……その前に私が再び出会ったら、うっかり破壊してしまうかも知れないが」
その顔は少女とは反対に向けられてるので、表情は判らない。
だけど、そんなに険しい顔では無いんだろうな、何故かそう思った。
「あんまり姉妹を……というか、妹はあなただけだから、お姉さんを減らして欲しくないんだけどな。それで、ゼダちゃんはこれからどうするの?」
ゼダ、そう呼ばれた女はすぐには答えず、峻厳な山脈を眺めていた視線をそのまま左へと向ける。
言葉が紡がれるまで待つ黒髪の少女だったが、それほど辛抱を必要とはしなかった。
「そうだな。私にちょっかいを掛けていた間抜けの顔も拝みたい所だ。東へ向かうとしよう」
その言葉に釣られて、自分も東へと顔を向けた。
確か、そちらは聖教国とか言う国が有った筈で、その先は海だったと記憶している。
思いを巡らせはするが、質問を飛ばそうと思うほど、興味を惹かれない。
「そっかあ。じゃあ、私は西へ行こうかな。私は闘うのも人を殺すのも興味無いから、平和な街にでも、目立たないように」
唇に指を添えて答えると、ようやくゼダは振り返った。
この子も命令に縛られているのか、それを無視するような私を咎める
他の姉たちと同じく。
そう考えた少女だったが、ゼダの瞳には非難の色は無い。
「それは良いかも知れないな。だが、東には大きな川が有る。お前はどうやってあの大河を超える気だ? 走って渡る事もお前なら出来なくは無いだろうが、それは目立たずには済まないと思うが」
優しげな眼差しで、だが、大真面目に紡ぎ出された言葉に、少女は暫し動きを止めたがすぐに笑い出した。
笑われた方は、折角の忠告を無視されたようで、難しげに眉を顰める。
「あははははっ。ごめんごめん、でもね? 普通に渡守に頼むとか、貨客船を使うとかすれば良いじゃない」
笑いすぎの涙を拭う姿を憮然と眺めていたゼダだったが、言われて初めて気が付いた、そんな風に表情を変える。
「そうか、別に全部を自力で行う必要は無いのだな。何の為に自分が人間種と同じ見た目なのか、考えもしなかった」
楽しげな小さな笑みを口元に浮かべ、目を細める。
「私の妹はうっかりさんだね。じゃあ、ここでお別れだけど、元気でね」
対する少女は、満面の笑みで言う。
ゼダの瞳に名残惜しさを浮かんだが、しかしそれは揺れはしない。
「手合わせできなかったのは残念だ……が、仕方がないな。では、メアリ姉上もお元気で」
「私は平和主義者だから、仕方ないね。ありがとうね、ゼダちゃん。また会えたら良いね」
互いに微笑みを向け合うと、それぞれの進路へと顔と
ほんの数時間の邂逅。
すぐに2体はそれを心のうちに仕舞い込み、日常となった旅路を、いつものように辿るのだった。
元気なエマの元気な抱擁、私ならご遠慮頂きたいですね。