「霊廟」に勝手極まる悪戯をされた私は、場合に依っては手痛い代償を払わせる、仲間にそう宣言した。
あくまでも相手が充分な謝罪の態度を見せなかった場合の事では有るが、そうなった場合でも「霊廟」は守らなければならない。
私にもしもの事があった場合の「霊廟」の管理者をカーラに委任する事に決め、アリスにはカーラの護衛を任せた。
らしくもない決定だったが、仲間達はともかく、私は特に気にしなかった。
その程度には、頭に来ていたのだ。
――そう、らしくも無かったのだ。
「今回の件は全面的に俺が悪かったです。可能な限り、要望には答えられるようにします」
夜通し説教でもされたのだろうか。
イリスは顔色も悪く、私を前に、神妙に頭まで下げて、言葉遣いも……まあ、本人なりに気にしている様子である。
もっと適切な言葉があるだろうと思わなくも無いが、少なくとも馴れ馴れしさは消えているので私の機嫌は少しだけ良くなった。
マイナス100がマイナス99になった程度には。
「では、ポータルを消失ないし無効化して下さい」
一夜明けた会談の場に於いて、私は冷たく突き放す。
実の所、無効化の方法が思いつかなくも無かったのだが、まだその事は言いだしたりしない。
言われた方は困り顔を私に向けて言いにくそうに口元をもごつかせ、情けなく視線を横の姉に送る。
「消失させるには、空間を破壊するしか無いのだけど……
一晩で、文献でも調べたのだろうか。
昨日は不可能と言い切っていたのだが、消せることは消せる、と言う話が出てきた。
「それは困りますね。不測の事態が重なった挙げ句、霊廟の消失と言う結果になってしまえば……私としては、報復行動に出ざるを得ませんが」
だが、「霊廟」を危険に晒すような真似を許可出来る訳がない。
即座に返した私の言葉に、リリスは目元を鋭く細め、メアリーお嬢様は笑みを消した。
イリスは情けなく表情をオロオロさせ、私とリリスに視線を往復させている。
「怒っているのは
静かに言いながら、リリスは紅い狐面を取り出し、その
タイラーが腕組みを解いたが、緊張を解いた訳では無い。
その両手を、彼の得物、腰の両側に括り付けたダガーの近くに持っていっただけだ。
ジェシカとメイド娘――ヘレネが、廊下で聞き耳を立てている若年組を追い散らすために、それぞれが席を立った。
「そうさせない為の努力はしないのに、ですか。良い御身分ですね? 口で謝ってポータルは消せないで済ます
脅しに似たリリスの台詞に、私も堂々と脅迫を返す。
「……強気なのは怒っているから、でしょうね。私達だって言葉だけで済ませようとは思っていないわ。何度も言うけど、気持ちは
昨日の朝までは確かに呑まれていた、格上の化け物どもを相手に、しかし私は退こうとは思わなかった。
そんな私の態度に苛ついたのか、それとも不審でも感じたのか。
リリスの声に硬さが混ざる。
彼女の思い通りにいっていない、そういう事なのだろう。
「今までが穏便に済ませようとし過ぎたのですよ。……
唐突でかつ、状況に関係しない話題に、リリスは無言で応える。
サイモン・ネイト・ザガンの人形は100を越えて作られたが、彼が真に作りたかった人形は2シリーズ以降の物だ。
1シリーズで培った様々な技術の上に立つ2シリーズたち、それら完成品のデータの果に辿り着いた私たち3シリーズ。
そして、その最終形までに蓄積した情報や技術で2シリーズの機能向上を行う施設まで作り上げていた。
極論してしまえば、私は彼の最後の作品故にそう呼ばれているだけで、墓所を護る実力が有れば、「墓守」は誰でも良かったのだ。
フレームはやや旧式だったものの、その魔力炉はザガン人形の2シリーズに迫っていたアリスが、3シリーズ相当に改造されてしまったように。
「私たちに組み込まれた魔力炉の完成に、それほどの時間と試行錯誤が必要だったのです。何しろ、人の手の届かない高性能な人形の実現には、相応に高性能かつ高出力の魔力炉が必要だったのですから」
目元を隠したリリスが何を思っているのか、その引き結んだ口元からは読み取れない。
その隣のイリスは、私の言いたいことに気が付いた様子で顔色を失くしながら、目元に力を込めた。
「大変な努力の賜物ですよ? なにしろ」
他のメンバーは、私が何かをしでかしそうだとは思っているようだが、何を言っているかはまだ理解出来ている様子は無い。
勿体ぶるのも楽しいが、私はそれを選ばず、一度閉ざした唇を、すぐに開いた。
「暴走してしまえば、そうですね……地図上の話で言えばこの街の半分近くは吹き飛ぶ。その程度の魔力を拳大の魔力炉に収めているのですから」
私が口を閉ざすと、束の間、執務室から音が消えた。
「ザガン人形ってのは……こういう意味で厄介なのかよ」
静寂を割って、イリスの声が掠れる。
リリスは大きく息を吐くと、背もたれに身を預けた。
「……
お手上げ、そんな風を装って、リリスは肩を竦めて見せる。
それが余裕ぶった演技なのか、それともその程度は簡単なのだと言いたいのか、その態度からは確信を持って読み取るのは難しい。
「ウチの連中を、そんなモンに巻き込もうってのか、この野郎……!」
対してイリスは、判り易い怒りをその瞳に浮かべている。
激情型で直情傾向、単純で羨ましい限りだ。
私の意図に気付いたのに、想像はその程度で止まっている辺り、実に甘い。
「私が単身なのは、そんな詩的な理由では有りませんよ。それに、巻き込まれるのが
リリスもイリスも、メアリーもタイラーも、言葉を発すること無く私を見ている。
私を破壊すれば止められる、事はそう単純では無さそうだと、気付いたのだろう。
私が、ひとりでこの会談に臨んだ意味も。
「みすみす見逃してくれて有難う御座います。お陰様で」
会談に辺り、交渉を行うのも話すのも、「霊廟」の持ち主である私だけが行うと言った時、イリスもリリスも何かが引っ掛かる、そんな顔をしていたが、止める事をしなかった。
私の仲間達が散歩がてら買い物に行くと言って出掛けるのを咎める事もなく、のんびりと見送っていた。
「この街のあちこちに、試作を含む、魔力を充填済みの魔力炉を隠すことが出来たようです。仲間達は、何処かで『霊廟』に籠もった事でしょう」
隠したのはエマだ。
私は予め完成品に近い試作の魔力炉を20個収めた
一度起動してしまえば、私の魔力炉が停止するか正規の手続きを経ずに信号が途切れると、即座に暴走するように設定してある。
その果てに有るのは、何の面白みもないただの大爆発の連鎖だ。
私はそれを、街のあちこちに配置するようにエマに依頼していた。
報酬は、更地になった街に残された、怒り狂う化け物たちとの戦闘の許可。
残念ながら念話などといった便利な能力の持ち合わせがないので首尾は不明だが、この程度の仕事をしくじるエマでは有るまい。
楽しそうに邪悪に笑うエマを思い出す私に、室内の視線が集中し突き刺さる。
しかし、私は圧されもしなければ呑まれもしていない。
「イリスさん。この街を危機に陥れているのは、
憎々しげに私を睨むイリスを、私はひんやりした心持ちで眺める。
さぞ私を破壊したいだろうに、うっかりそんな事も出来ない。
そんな彼女を笑ってやるほど優しくはなれないが、本気で諭してやるほど性格が悪くもない。
「では、改めてお伺いします。
自分を落ち着けるように狐面を取り出したイリスの、その目に映る私は果たしてどんな顔をしているのだろうか。
捨て駒になるかどうかの瀬戸際で救われた私の行き着いた果てが、結局ただのテロリストとは。
内心を飾る自虐の笑みは、この顔を歪ませているのか。
それとも自分で感じている通りに、凍りついたような無表情を保ったままなのか。
返答を待つ私は、そんな事が少しだけ気になった。
誰が何処でどうなろうと、「霊廟」だけが無事ならそれで良いのです。